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第49話『月下美人』

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 仕事帰りの俺に声をかけてきたのは、ワンピース姿のルーシーさんだった。ベージュのショルダーバッグをたすき掛けしている。俺と会うことができたのか、ルーシーさんは楽しそうな笑みを浮かべている。

「こうして実際に会うのは初めてですね、風見さん」
「そうですね。改めて、初めまして。風見宏斗です」
「ルーシー・ダイマです。ダイマ王星の女王であり、エリカの母です」

 ワンピース姿で女王だと言われてもあまり実感が湧かないな。きっと、周りの人はコスプレ好きな美女としか思っていないんじゃないだろうか。
 こうして見てみると、ルーシーさんは本当に綺麗な人だ。エリカさんよりも落ち着いた雰囲気のある大人の女性だけれど、彼女の姉だと言われても納得できてしまう。あと、サイドテールにした茶髪も美しい。

「ふふっ、そんなに見つめられるとドキドキしちゃいます」
「すみません。まだまだダイマ星人の方が見慣れなくて。それにしても、ルーシーさん。どうして地球にやってきたのですか? まさか、例の計画のことで?」
「ううん。風見さん達に会うために地球旅行に来ました。もちろん、仕事じゃなくてプライベートで」
「この前、お話ししたときに地球に行ってみたいと言っていましたもんね。……あれ? お話ししたのは2日前ですけど、よくこんなに早く地球に来られましたね。リサさんの乗ってきた宇宙船でも3日間ぐらいかかりましたが」
「風見さん、私は女王ですよ。私が全力でテレポート魔法を使えば、一瞬で地球に行くことだってできちゃうんです!」

 ルーシーさんはそう言うとドヤ顔を見せて、とっても大きな胸を張った。こういうところはエリカさんの母親だなと思う。

「なるほど、テレポート魔法ですか」
「ええ。さすがに地球は遠いですから、結構体力を使ってしまいました。なので、お家に行くまでの間、風見さんの腕を貸してもらってもいいでしょうか?」
「そういうことでしたら、どうぞ」
「失礼しまーす」

 すると、ルーシーさんは結構体力を使ったとは思えないくらいに軽やかな足取りで俺の隣に立って、左腕をそっと抱きしめてきた。今日の月は半月よりも大きいけれど、ルーシーさんは興奮したりしなければいいな。
 ルーシーさんと一緒に自宅に向かって歩き始める。

「ふふっ、こうしていると夫と付き合っているときのことを思い出すわぁ。まさか、こんなに若い男性と一緒に歩くことができるなんて嬉しいです」
「200歳くらいの年の差がありますもんね。こんなに年上の人と歩く機会はそうそうないんじゃないでしょうか」
「そう言われると嬉しくなってしまいますね。それにしても、風見さんの腕は抱き心地がいいですね。エリカにもこういうことをされているんですか?」
「……ええ。一緒に寝ることもあるんですけど、そのときは大抵腕を抱かれます」
「あらあら、エリカもやることやってるのね」

 昨日の夜も、エリカさんは嬉しそうに俺の腕を抱きながら寝ていたな。

「風見さん。エリカとはどこまでしているんですか?」
「えっ? その……頬にキスし合うことくらいですよ。あと、一度だけ一緒にお風呂に入りました」
「意外ですね。定期的にエリカやリサから地球についての報告をされるとき、エリカは風見さんのことを楽しそうに話しますから。あの子の性格からして、好きな人にはグイグイ行くタイプだと思っていて。私も付き合っている頃に夫と一緒に寝たときは、色んなことをしたのですよ?」
「へ、へえ……」

 どう返事をすればいいのか分からない。どうやら、ルーシーさんは若い頃は旦那さんにグイグイと行っていたようだ。

「風見さん。……エリカのことをどう思っていますか?」

 俺にそう問いかけるルーシーさんの真剣な様子は、女王としての風格が感じられた。もちろん、今の質問は女王としてだけでなく、母としてでもあるのだろう。

「素敵なお嬢さんです。ダイマ星人の方に比べたら、俺の生きる未来は短いものですけど、その未来をエリカさんと一緒に生きていきたいなって思っています」
「……そう。エリカと一緒に寝る仲ですものね。もし、あまり興味がないのであれば、女王であり母でもある私が一肌脱いじゃおうかなって思ったんですけど。いえ、正確には肌じゃなくて服ですか」
「……そうする必要は今後もないと思います」
「そうですか。今の風見さんの言葉を聞いて安心しました。エリカは地球でいい人に出会ったと改めて思います。もし、何か協力してほしいことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「今はそのお気持ちをいただいておきます」

 女王であり、母であるルーシーさんにそう言ってもらえるだけで心強い。せっかく、ルーシーさんが地球に来ているんだし、彼女が滞在している間にエリカさんに告白したいなと思う。
 気付けば、俺の自宅があるマンションに辿り着いた。

「ここのマンションの一室が俺の自宅になります」
「そうなんですね。マンションということは、多くの方がここに住んでいるんですよね。王宮よりも大分小さいのに。地球人はたくましいですね」
「……エリカさんやリサさんもたくましくなっていますよ。さあ、行きましょう」

 俺はルーシーさんと一緒にマンションの中に入り、自宅である901号室へと向かう。その間、ルーシーさんは興味津々な様子で周りを見ていた。
 自宅の玄関の扉を開けると、普段と違って玄関でエリカさんとリサさんが待っていた。あと、カレーのいい匂いがする。

「ただいま、エリカさん、リサさん。夏川駅の近くでルーシーさんと会いました。プライベートで地球に来たそうです」
「こうして実際に会うのは20年ぶりね、エリカ。元気そうで良かった」
「お母様……」

 すると、ルーシーさんはエリカさんのことをぎゅっと抱きしめる。エリカさんもすぐにルーシーさんの背中に両手を回している。ダイマ星人にとって、20年はそこまで長くないのかもしれないけれど、久しぶりに直接会って思うところがあるのだろう。
 それにしても、こうして一緒にいるところを見ると、よく似ているな。姉妹でも納得してしまう。

「元気そうで何よりよ、エリカ。リサもエリカのことをありがとう」
「いえいえ。私はダイマ家に仕えるメイドですから。それにしても、とても大きな力を持った方が地球にやってきましたので驚きました。それが女王様であると分かってまた驚いてしまいました。どうやって地球に? 2日前に私達と話したのに」
「ふふっ、女王だから全力のテレポート魔法を使ったの」
「そうだったのですか。さすがは女王様です。エリカ様と一緒にチキンカレーという料理を作ったのですが、女王様はいかがなさいましょうか?」
「魔法を使ってお腹ペコペコ。さっそくいただいてもいいかしら」
「かしこまりました」
「じゃあ、お母様。リビングに案内するね。宏斗さんは部屋着に着替えてきて。あっ、言うのを忘れていたね。おかえりなさい。お仕事お疲れ様」
「お疲れ様でした、宏斗様」
「ありがとうございます。着替えてきますね。ルーシーさんもゆっくりしていってください」

 俺は一人で寝室に行き、スーツから部屋着に着替える。
 まさか、ルーシーさんが地球にやってくるとは。あと、さっきの2人の様子からして、ルーシーさんは地球に行くことを事前に言っていなかったようだ。
 リビングに行くと、既に夕食のカレーとサラダが用意されており、エリカさん達は食卓の椅子に座っていた。
 リサさんの隣の席が空いていたので、俺はそこに座った。ルーシーさんと向かい合う形に。2人が並んでいる姿を見ると、王族の母娘というオーラが感じられる。

「お待たせしました。今夜も美味しそうですね」
「リサと一緒に作ったんだよ」
「ええ。女王様、ご存知かもしれませんが、カレーというのは地球でポピュラーな料理の1つです。辛めですが、お口に合うと嬉しいです」
「辛いお料理は好きよ。では、いただきましょう」
『いただきます』

 俺の自宅でも、星を統制する女王様が家にいるから緊張するな。
 俺は2人が作ったチキンカレーを一口食べる。

「うん、美味しいですね!」

 ほどよく辛くも、鶏肉の甘味も感じられて。とっても美味しい。

「風見さんの言う通りです! とても美味しいわ。地球で人気なのも納得ね」

 ルーシーさんは嬉しそうな笑みを浮かべながらカレーを食べている。しっぽを激しく振っているのが可愛らしい。その姿を見て、それまであった緊張感がなくなった。

「それにしても、お母様。急に地球に来るとは思わなかったよ」
「3人のことを驚かせたかったの。ここじゃなくて夏川駅の近くにテレポートしたのは、久しぶりに若い男性と一緒に歩きたかったから。エリカ、いい人と出会ったわね」
「きっかけは監視カメラに映った20年前の幼い宏斗さんの姿だけれど。私の目に狂いはなかったよ。こんなに素敵な人を好きになれて良かった!」
「良かったわね、エリカ。お母さんのいる間に2人が付き合うことになったら最高だけれど。リサも最初は風見さんを厭らしい人だって言っていたけれど、ちゃんと上手く生活できているようで安心よ」
「え、ええ……あれはとんだ誤解でした。エリカ様の言うように、宏斗様は素敵な方だと思います。地球での居場所がここで良かったと思っています」
「……そう」

 頬を赤らめながら答えたリサさんに、ルーシーさんは穏やかな笑みを浮かべた。
 最初はどうなるかと思ったけれど、リサさんとちゃんと普通に暮らすことができるようになって良かったよ。ただ、出会ったときのことを忘れずにいよう。

「地球の調査はしっかりとやっているようだけれど、エリカ……家事はリサや風見さんに任せっきりってことはない?」
「料理中心にリサと一緒に家事してるよ!」
「エリカ様の言う通り、料理は勉強も兼ねて2人で作ることが多いです」
「むしろ、家事を任せっきりになりがちなのは俺の方です。2人には感謝していますが、俺もやっていかないといけないと思います。2人が来てから、本当に助かっています」
「そうでしたか。私にとってエリカは娘ですが、ちゃんとした大人ですものね。粗相をしていないかどうかが心配で」
「とんでもないです。2人が来てから毎日が楽しくなりました」

 俺がそう言ったことに照れくさいのか、エリカさんとリサさんは顔を赤くしながらカレーやサラダを黙々と食べている。

「そう言ってくださってありがとうございます。改めて、エリカとリサのことをよろしくお願いいたします」
「こちらこそお願いします。さあ、冷めないうちにカレーを食べましょう」
「ええ。美味しいですから、何度もおかわりしたくなりますね」

 その後、エリカさんとリサさんにも笑みが戻り楽しく夕ご飯を食べた。宣言通り、ルーシーさんはカレーを何杯もおかわりしたのであった。
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