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第46話『兄妹水入らず』

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 打上花火を最後まで見た俺達はゆっくりと会場を後にして、自宅に向かって歩き始める。

「興奮しました! 本当に美しく、迫力がありました!」
「凄かったよね、リサちゃん」

 今回の花火大会を最も満喫したのはリサさんかもしれないな。興奮が覚めていないのか、今でも彼女はしっぽを激しく振っている。

「花火綺麗だったね、宏斗さん」
「ええ、そうですね。俺も久しぶりに行きましたけど、やっぱり花火はいいなと思いました」
「魅了されたよ。美夢ちゃん、有希ちゃん、誘ってくれてありがとね」
「楽しんでくれて何よりだよ」
「地球の思い出が一つ増えたのなら良かったです」

 俺も今年の夏の思い出は一つ増えたな。旅行に行き、出張に行き、花火大会にも行き。何よりもエリカさんやリサさんと出会って、一緒に住んでいるからこの夏のことは生涯忘れることはないだろう。
 それにしても、好きだと自覚したからかエリカさんのことを見るとドキドキして、手を繋いでいることに意識してしまう。

「宏斗さん、こういったお祭りにまた一緒に行きたいね」
「そうですね。お祭りってやっぱりいいなって思えましたし」
「あと、花火には手に持ってできるものもあるって聞いたことがあるけれど」
「そういうものもありますよ。うちはマンションなのでできませんが、実家に一緒に帰省したときにでもやりましょうか」
「うん! 約束だよ!」

 そう言うと、エリカさんは楽しそうな様子で俺の腕を抱きしめてくる。今までだったらそこまで気にならなかったのに、この温もりと柔らかさがとても良くて、ずっとこうしていたいと思う。
 エリカさん達と話していたり、色々なことを考えていたりしたら、あっという間に自宅に到着した。こうして夜にエリカさんと一緒に帰ってくると、彼女と出会ったときのことを思い出すな。
 俺は真っ先に浴室に行き、お風呂の準備をする。

「みなさん、外に行って汗も掻いたでしょうから、お風呂に入ってください。15分くらいで入れると思います。俺はもちろん最後でかまいませんから」
「私、久しぶりにお兄ちゃんと入りたい!」
「……えっ?」

 すぐさまに美夢がそんなことを行ってきたので、思わず変な声が出てしまった。確かに美夢が小学生の間は一緒に入ることが当たり前で、それ以降もたまに入ったことがあるけれど、

「さすがにそれはまずいんじゃないか」
「お兄ちゃんと一緒にお風呂に入るのも楽しみの一つにしていたんだけどな。……だめ?」
「……しょうがないな」

 目に涙を浮かべられたら断るわけには行かない。まあいいか、妹だし。
 ただ、美夢は今年で20歳になるのに、社会人の兄と一緒にお風呂に入りたがるのは何とも言えない気分になるな。嫌われているよりはよっぽどいいけれど。
 その後の話で、最初にエリカさんとリサさん、愛実ちゃんが一緒に入って、その次に美夢と有希と俺が入ることになった。まさか、有希まで一緒に入ることになるとは。あと、エリカさん曰く、兄妹水入らずもいいんじゃないかとのこと。
 そんなことを話していたら、お風呂の準備ができたのでエリカさん達はさっそく浴室の方へと向かっていった。
 3人を待っている間、俺と一緒にお風呂に入るのが楽しみなのか、美夢はずっと楽しげな笑みを浮かべるのであった。


 30分ほどで、エリカさんとリサさん、愛実ちゃんがお風呂から出てきた。女性同士ということもあってなのか、3人で一緒に湯船に入るのもなかなか良かったそうだ。
 俺達は一緒に洗面所へと向かう。

「お兄ちゃんや有希と3人で入るのなんて久しぶりだね。いつ以来だろう?」
「俺が社会人になってからは初めてだから……数年は経っているんじゃないかな」
「そのくらいかもね、兄さん。今でも、たまに姉さんとは2人で一緒に入ることはあるんだよ」
「そうなんだ」

 2人は今でも実家で暮らしているし、そりゃ一緒に入ることもあるか。
 俺は美夢や有希とは背を向けた形で服を脱いでいく。妹であっても女性なので、2人が嫌だと思わないように気を付けないと。

「やっぱり、服を脱ぐ瞬間は写真よりも実際に見る方がいいよね。あと、今の方が筋肉もついている気もするし」
「まったく、姉さんは……」

 エリカさんと一緒にお風呂に入ったときのことを思い出すな。あのときはエリカさんに匂いを嗅がれたけれど。本当に美夢とエリカさんは似ている部分が多い。
 少なくとも数年ぶりに、兄妹3人で浴室に入ることに。3人一緒にいると家の浴室が狭く思えるな。
 2人からの提案で、久しぶりの入浴なので俺の髪を有希が、背中を美夢が洗ってくれることになった。

「じゃあ、まずはあたしが髪を洗うね」
「はい、お願いします」

 椅子に座って、鏡越しに後ろにいる有希の姿を見る。こうして見てみると、有希も大人っぽくなったなと思う。よく、昔、親戚の人が来たとき「大きくなったねぇ」と言われたけれど、そうなる気持ちが少し分かった気がした。
 有希に髪を洗ってもらい始める。有希の手、昔に比べて大きくなった気がするな。高校生になったんだから、それも当たり前か。

「兄さん、こんな感じでいいかな」
「うん、気持ちいいよ。有希は昔から髪を洗うのが上手だね」
「ふふっ、ありがとう」

 いつも、有希はちょうどいい力加減で洗ってくれていた。美夢も基本的に気持ちいいんだけれど、たまに力任せにやるときがあるからな。

「花火大会楽しかったね。エリカちゃんとはぐれたときはどうしようかと思ったけど」
「大きくなっても、一緒にいる人がいつの間にかいなくなったら不安になるよね、姉さん」
「うん。あの感覚は、お兄ちゃんが就職して一人暮らしを始めるときに似てた」
「……姉さん、あのときは号泣してたね」
「生まれてからずっと側にいた人がいなくなるんだよ? 寂しくなるじゃない……」
「今泣いてどうするの」

 うっすらと目を開けて湯船の方を見てみると、美夢は目に涙を浮かべていた。
 思い返せば、俺が一人暮らしを始めるとき、美夢は今日のお祭りのときなんて比にならないくらいに号泣していたな。引っ越した翌日からしばらくの間、毎日メッセージを大量にくれたっけ。

「兄さん、泡を落とすから目を瞑って」
「はーい」

 目を瞑ると、シャワーで泡を落としてもらう。誰かに頭を洗ってもらうのって凄く気持ち良くて、眠くなるんだな。

「はい、これで終わりだよ、兄さん」
「ありがとう、有希」
「じゃあ、今度は私がお兄ちゃんの背中を流すよ。お兄ちゃん、背中だけでいいの? あと、ボディータオルじゃなくて体で洗ってもいいんだよ?」
「……ボディータオルを使って背中だけを流してください。お願いします」
「……そっかぁ。でも、お兄ちゃんがそう言うなら仕方ないね」

 鏡越しで美夢のことを見ると、やっぱり美夢はがっかりしていた。段々と美夢のことが心配になってきたよ。俺が一人暮らしして兄離れできていると思ったんだけどな。俺のことを好きでいてくれるのは嬉しいけど。
 美夢はボディータオルを使って、俺の背中を優しく流し始める。

「お兄ちゃん、気持ちいい?」
「うん。気持ちいいよ」
「良かった。……お兄ちゃんの背中、昔よりも小さくなった気がするけれど、やっぱり大きいね」
「……なんだそれ」
「あたし、姉さんの言うことが分かる気がする」
「……そんなものなんだな」

 自分の背中の大きさを自分自身で知る術はないからな。そんなものに、妹2人は思うことがあるのだろう。

「エリカさんとはお風呂に入ったことはあるの?」
「……一度だけ。エリカさんとお酒を呑んだときに、エリカさんからお風呂に入りたいって言われてさ。あと、温泉旅行に行ったときに、テレポート魔法を使って男湯の露天風呂に来たな」
「ふふっ、そうなんだ。ただ、エリカちゃんのことだから、もっとたくさん入っていると思ったよ。エリカちゃん、お兄ちゃんのことがとても好きだからさ」
「あたしも意外だなって思った」
「家で一緒に入ったときは、まだエリカさんと2人きりで暮らしていたからね。リサさんが来てからは、エリカさんは1人で入るか、リサさんと一緒に入ることが多いかな」

 ただ、今……エリカさんから一緒にお風呂に入ろうって言われたら、ドキドキして断ってしまうだろうな。それでも、エリカさんに半ば強引に一緒に入らされて、のぼせる運命が待っているだろう。そういう意味では、美夢が真っ先に俺と一緒にお風呂に入りたいって言ってくれて良かったのかも。

「エリカちゃんはお兄ちゃんのことが大好きだけど、お兄ちゃんも口にしていないだけで、エリカさんのことが結構好きだよね」
「エリカさんのことを見るとき、兄さんは優しそうな顔をするもんね。今だって、楽しそうな笑顔を浮かべながらエリカさんのことを話していたし」
「……2人とも凄いな。さすがは俺の妹だ」

 ただ、顔に出ているなら2人だけじゃなくて、リサさんや愛実ちゃんも俺の気持ちに気付いているかもしれないな。もしかしたら、エリカさんも。

「ただ、その気持ちは……自分の口でエリカさんに伝えたいから、このことを誰にも言わないでくれるかな」
「分かったよ、お兄ちゃん。頑張ってね」
「あたし達でよければいつでも相談に乗るからね、兄さん」
「……ありがとう」

 俺に対するエリカさんの気持ちは分かっている。それでも、好きだと自覚して、気持ちを伝えることを考えると、なかなか勇気が出てこない。俺の告白してくれたエリカさんや愛実ちゃんは本当に凄いなと思う。
 美夢に背中を流してもらった後、残りは自分で洗った。
 美夢や有希が髪や体を洗っている間は、目を瞑ってずっとエリカさんのことを考えていた。だからか、何度も溺れそうになった。

「兄さん、姉さん。これからあたしも入るけれど、3人で一緒に入れるかな?」
「きっと大丈夫だよ。それに、お兄ちゃんや私となら体が触れても大丈夫でしょ」
「……そうだね。試してみよう」

 美夢と俺、有希と俺の2人だったら普通に入ることができたけれど、3人になると果たしてどうなるか。
 有希は美夢と俺の間に両脚を入れて、ゆっくりと浸かる。

「う~ん、入れないかも……」
「じゃあ、私が抱きしめるから」
「分かった」

 有希は美夢に体を預ける形で、何とかお湯に浸かることができた。もしかしたら、エリカさん達もこういう風に入っていたのかな。

「気持ちいいね、お兄ちゃん」
「そうだな」
「まさか、兄さんの家で3人一緒に入るとは思わなかったけれど、これはこれで悪くないかも」
「素直に気持ちいいって言えばいいのに」

 こうして兄妹3人で入っていると、実家にいる頃を思い出すな。当時はこういう日々がいつまで続くのかと思っていたけれど、社会人になって一人暮らしを話してからは急に遠く思えるのだ。
 まあ、2人が嫌だと思わない限りは、たまにこうして風呂に入るのもいいのかもしれないな。


 兄妹水入らずの時間はその後も続き、今夜は俺の部屋に美夢と有希が寝ることになった。ベッドの隣にふとんを敷いて、2人は寄り添って仲良く眠るのであった。
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