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第32話『涼しい、温かい。』

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 夏海神社を後にした俺達は、次に夏海洞なつうみどうという鍾乳洞へと向かうことにした。涼しい場所であることと、ホームページの写真を見てエリカさんやリサさんがとても興味を持ったから決めたそうだ。
 鍾乳洞は夏の家族旅行などでこれまでに何度も行ったことがある。あの独特の薄暗さと涼しさに興奮した思い出がある。
 夏海神社から夏海洞まではバスで行けるようだ。スマートフォンで調べてみると、25分ほどで着くらしい。
 神社近くのバス停を見ると、もうすぐバスが来るので、テレポート魔法を使わずバスで行くことにした。
 定刻通りやってきたバスに乗車する。中には老夫婦と若い女性だけが乗っており空いていた。最後列の席が空いていたので、愛実ちゃん、俺、エリカさん、リサさんという並びで座った。

「涼しくて、なかなか乗り心地のいい乗り物ね」
「ええ。ひさしぶりにこういったものに乗りましたがいいですね。変わってゆく景色に趣を感じます」

 2人ともバスに好印象のようだ。特にリサさんは車窓から見える景色を気に入ったらしい。
 エリカさんとリサさんはテレポート魔法を使えるから、宇宙船を除く乗り物には乗らないんだな。

「ダイマ王星にはバスのような公共の交通機関はあるんですか?」
「あるよ。テレポート魔法を使えない人もいるし。あとは魔力が弱い子供やご老人を中心に需要があるんだよ。地球でいう乗用車を所持している人もいるの。敢えて魔法を使わずに移動するっていう趣味を持つ人もいてね」
「へえ、そうなんだね。じゃあ、宏斗先輩やあたしがダイマ王星の観光地に行っても大丈夫そうですね」
「そ、そうだね。愛実ちゃん」

 そういうときは、エリカさんやリサさんなどがいるんじゃないだろうか。
 ただ、移動は重要なことだ。テレポート魔法が使えない人のことを考えたら、交通についてはしっかりと整備されているか。
 渋滞などに巻き込まれることもなく、調べたとおりバスに乗って25分ほどで夏海洞前に到着した。今さらながら、基本的に時間通りに動く日本の交通機関は凄いと思う。
 涼しい観光スポットということもあってか、夏海神社よりも観光客が多くいる。50台ほど駐車できる駐車場はほとんど埋まっており、観光バスも何台か駐まっていた。

「さすがは人気の観光スポットですね。これは鍾乳洞に入るまで少し時間がかかってしまいそうですよ、エリカ様」
「そうだね。チケットを買って並ぶしかないね」
「ダイマ王星の王女だから並ばないってことは言わないんだ」
「ふふっ、ここは地球だからね。その場所のルールに則らないと。ダイマ王星にいるときは、ご厚意で何度か行列の横を通って中に入ったことはあったけど。基本的には並んでいたよ」
「へえ、そうなんだ。何だか意外」

 俺も同感だ。王女様に待たせることはしてはいけないという配慮で、ダイマ王星にいるときは列に並ぶなんて経験は全然ないと思っていた。そういえば、神社で並んでいるときも嫌な様子は全く見せていなかったな。
 エリカさんの言うとおり、4人分のチケットを買って列の最後尾に並んだ。早く鍾乳洞に入ることができるといいな。
 チケットを買ったときにもらったミニパンフレットを見てみると、鍾乳洞の中は10℃で、所要時間は20分とのこと。着ているのは半袖のワイシャツだけれど、何とか大丈夫……かな? 

「写真では見ましたけど、実際に行ったらどんな感じなのかワクワクしますね!」
「うん!」

 2人ともしっぽを激しく振っちゃって。興奮して鍾乳洞を壊して崩落しなければいいけれど。
 そんなことを考えていると、思っていたよりも早く鍾乳洞の入り口へと辿り着いた。階段を降りていく度に、自分を包み込む空気が涼しくなっていく。

「涼しくなってきたね」
「ええ。外が暑かったこともあってか、とても心地よく感じます。地球にも面白い観光地があるのですね」
「日本全国にあるんだよ。夏になると多くの人が来るっていうのが納得できるね。あたしも何度か行ったことがあるけれど、不思議とワクワクしてくるの」
「確かに、これまでとは違う空間って感じがするよ。きゃっ」
「エリカさん」

 滑って転びそうになったエリカさんの手をぎゅっと掴んだ。

「ありがとう、宏斗さん」
「エリカさんが転ばなくて良かったです。ここにみたいに、地面が濡れていて滑りやすいところもありますからね。このまま手を繋いで、気を付けながら歩きましょう」
「……うん!」

 エリカさんはとても嬉しそうな笑みを浮かべ、俺の手を握り返してくる。そういえば、昔は両手で妹達の手を握っていたっけ。
 俺とエリカさんの様子を見てか、愛実ちゃんとリサさんは手を繋ぐ。この旅行を通じて2人はかなり仲良くなったような気がする。
 鍾乳洞の中をゆっくりと歩く。
 さすがに人気の観光地だけあって、順路はしっかり整備されているけれど、たまに落ちてくる水滴のせいか結構濡れている。

「宏斗さん。あそこ凄いね。白っぽくて、細長くて」
「鍾乳石というものですね。長い年月をかけて、ああいう形になっていったんだと思います」
「へえ……」
「自然の神秘ですね、エリカ様」
「リサちゃんが言うと凄いものに見えてくるよ」
「お墨付きをいただいた感じがするね、愛実ちゃん。ちなみに、ダイマ王星には鍾乳洞のような観光スポットはあるんですか?」
「洞穴はあるけれど、ここみたいに涼しかったり、綺麗な石があったりする場所は知らないな。ましてや、観光地として運営されているところなんて」
「そうなんですか」

 意外だな。地球と環境が似ているから、てっきりあると思っていた。ということは、鍾乳洞は地球ならではの観光スポットと言えるのか。
 その後も順路に従って鍾乳洞の中を歩いていく。

「ねえ、宏斗さん。最初は涼しいと思っていたんだけれど、段々寒くなってきたよ」
「10℃ですからね。俺も着ているのが半袖のワイシャツだからか、寒く思えてきました」
「じゃあ、宏斗さんの腕を抱いてもいい?」
「いいですよ」

 すると、エリカさんは俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。

「宏斗さん、あったかい……」
「俺も温かいです」
「ふふっ」

 エリカさんは楽しげな笑みを見せてくれる。もしかしたら、鍾乳洞に来た一番の目的はこれなのかもしれない。
 ただ、片腕だけでも抱きしめられていると、寒さも和らいでくるな。これなら風邪を引かずに済みそうだ。
 ちなみに、愛実ちゃんとリサさんはというと、愛実ちゃんがリサさんの腕を抱きしめていた。

「ひゃあっ」

 リサさんの可愛げな声が鍾乳洞の中に響き渡る。それもあってか、周りのお客さんがこちらの方を見てくる。

「どうかした? リサちゃん」
「落ちてきた水が耳に入ってしまいまして。結構冷たいので驚いてしまいました」
「リサは耳が弱いもんね。私もたまに耳に当たるよ。ただ、私はしっぽに当たったときの方が驚いちゃう」

 猫のように生えているから、上から落ちてくる水が耳の中に入っちゃうのか。リサさんははにかんでいた。
 その後も、水滴の落ちる音とエリカさんやリサさんの驚く声をたまに聞きながら、鍾乳洞の中を歩いていくのであった。
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