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第15話『漆黒メイド』

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 痛みと共に目を覚ますと、そこにはメイド服を着た女性が立っていた。蔑んだ表情で俺のことを睨んでいる。
 可愛らしい顔立ちやセミロングの黒髪も印象的だけれど、猫のような耳と黒いしっぽが目に入る。まさか、この方が例のリサさんなのかな。それより、

「お腹が凄く痛いんですけど、まさかあなたが……」
「大切なエリカお嬢様を守るためです。メイドとして、あなたの体に拳を入れさせていただきました」
「……そうでしたか。腹部に見事にいただいてしました。ただ、暴力とかは止めた方がいいと思います」
「何を言っているのですか! エリカ様と一緒に寝ているということは……色々とハ、ハレンチなことをしていたのでしょう!」
「……してません」
「嘘です! 信じられません!」

 メイドさんは顔を真っ赤にして、かなりご立腹の様子。
 どうやら、エリカさんと一緒に寝ていたことで、俺の言葉を信じることができないようだ。ただ、一緒に寝ていたら、ハレンチなことをしていたと考えるのも無理はないか。

「ううん……もう、宏斗さん。うるさいよ……」
「エリカ様!」
「……リサ?」
「そうです。リサでございます。エリカ様、おひさしぶりです」
「ひさしぶりだね、リサ!」

 エリカさんは嬉しそうな表情を浮かべて、メイドさんのことをぎゅっと抱きしめる。
 やっぱり、このメイドさんがリサさんなんだ。背も小さく、顔つきも幼いのでエリカさんより年下かもしれないけれど、俺よりはずっと年上なんだろうな。
 部屋の時計を見ると、今は午前3時過ぎか。トイレで起きたならまた寝るけれど、リサさんにお腹を殴られたせいか眠気が覚めてしまった。痛みのせいで起きてしまうのって辛いんだな。

「まだ外は暗いけれど、思ったよりも早く到着したんだね」
「ええ。……ところで、エリカ様。この男に変なことはされませんでしたか? 体を傷つけられたり、エリカ様の……大切なものを奪われたりはしていませんか?」
「そんなことないって。それに、お母様から聞いているかもしれないけれど、この方は例の私が結婚相手に考えている風見宏斗さんだよ」
「地球人の風見宏斗様のことを好きになり、ここに住まわせてもらっていることは女王様から聞いております。ただ、その……2人で結婚を決めた関係であればまだしも、まだそんな状況ではないのに、男の方と一緒に寝るなんてダメです!」
「ええっ、好きな人とは一緒に寝たいじゃない。宏斗さんも嫌がってないし」
「そういう問題ではありません。地球人とは違い耳としっぽはついていますが、エリカ様ほどの魅力的な女性と一緒に寝たら、色々なことをしてしまうはずです」

 エリカさんが魅力的な女性であることは間違いないな。俺にとって、耳としっぽはかなり可愛いと思う。

「リサの考えも分かるけれど、宏斗さんは私の嫌がることはしていないよ。私がなかなか起きないから、耳に息を吹きかけて起こしたことくらいだよ」
「えっ!」

 すると、リサさんは顔を赤くして、両耳を手で押さえた。俺に鋭い視線を向ける。

「あなたはそんな変態行為をしていたのですか……」
「なかなか起きなかったですからね」

 というか、耳に息を吹きかけるのは変態行為なのか? ……いや、普通はやらないか。あと、今のリサさんの反応から見て、彼女は耳が弱いかもしれないな。

「ベッドの上ではそのくらいだよ。あとはお仕事に行くときに、頬にキスし合ったりとか、一緒にお風呂に入ったりしたくらいだから。お互いの髪を洗ったの!」
「何ですって!」

 今までの中で一番大きな声でリサさんはそう言った。昼間ならまだしも、夜中だとこれは近所迷惑だろう。

「あなたという方は……」

 リサさんは怒りに満ちた表情で、右手で俺の胸倉を掴み、そのまま体を持ち上げる。さすがはダイマ星人。こんなことをしても全く重そうにしていない。

「ちょっと、リサ!」
「……あなたはエリカ様にキスをしたのですか。そして、エリカ様の美しい裸を見たということですか」
「な、なるべく見ないように……心がけました。もちろん……俺もエリカさんに見せてはならない部分を見せないように気を付けました」
「宏斗さんの言っていることは本当だよ。私が嫌だと思うことはしていないから。それに、一緒にお風呂に入ろうって誘ったのは私だから。私のことを心配して、宏斗さんに怒っちゃう気持ちはまだ分かる。ただ、宏斗さんの胸倉を掴むのは今すぐに止めなさい。これは王女からの命令です」
「……分かりました」

 すると、リサさんはようやく俺のことを解放する。
 しかし、ベッドに腰から落ちてしまう。その衝撃が全身に響いて、さっき殴られたところが痛む。落ちた場所がベッドの上だからまだしも、もし床だったらどうなっていたことか。
 それにしても、エリカさんの王女様らしい部分を初めて見た気がする。

「良かったですね、エリカ様が助け船を出してくれて。場合によっては、あなたをそこの窓から投げ飛ばしていたところです」
「そんなことをされたらきっと死んでしまいますよ。まあ、そうならずに済んだのはエリカさんのおかげですね。ありがとうございます」
「ううん。むしろ、宏斗さんに謝らないといけないわ。宏斗さん、うちのメイドが失礼なことをして、本当に申し訳ありませんでした。ほら、リサも謝りなさい」
「……突発的に胸倉を掴んでしまったことや、先ほど、あなたを殴ったことについては謝ります。申し訳ありませんでした」
「……いえいえ。リサさんの気持ちも理解できますから。気にしないでください。ただ、地球人はダイマ星人に比べて筋力などがだいぶ弱いです。それについては覚えていただけると嬉しいです」

 昨日の夕ご飯のとき、エリカさんはリサさんのことを真面目で優しくも厳しい人だと言っていた。真面目さと厳しさが前面に出ちゃっているけれど、俺に怒った態度を取るのはエリカさんに対する優しさからなんだろうな。さすがに暴力を振るうのはいけないけれど、きちんと謝ってくれたので不問にしよう。
 起きてしまったので、何か飲みながらリサさんと話すか。
 リビングに行き、日本茶やコーヒーを出そうとしたけれど、俺の出す飲み物は嫌だとリサさんに拒否されてしまった。
 なので、エリカさんが日本茶を出すことに。それにはリサさんは喜んでおり、ゴクゴクと飲んでいた。
 どうやら、俺に対して強い嫌悪感を抱いているようだ。最悪に近い同居生活のスタートになってしまったな。

「さっき色々とあったけれど、まずは自己紹介だね。リサから」
「……リサ・オリヴィアと申します。王族のメイドをしております。年齢は地球時間で115歳です。この度は女王のルーシー・ダイマの命令により、エリカ様の身の回りのことや護衛、地球調査のために、ここでエリカ様と一緒に住まわせてもらうことになりました。一応、よろしくお願いします」
「初めまして、風見宏斗と申します。27歳です。IT系の企業で働いております。これからよろしくお願いします」

 リサさんは115歳なのか。エリカさんよりも5歳も年上なんだ。意外だな。100歳引いて15歳くらいでも頷いてしまう見た目なのに。

「じゃあ、自己紹介をしたし、これから共同生活をするんだから2人で握手を……」
「嫌です。このような方と肌が触れるなんて。命令されたとしても拒否します。聞けない命令だってあるのです」

 リサさんはムッとした表情で日本茶をすする。エリカさんと一緒に寝ただけではなく、お風呂に入ったことで、俺のことを相当不埒な人間だと思っているようだ。
 リサさんのそんな態度にエリカさんは気まずい様子を見せる。

「ごめんなさい、宏斗さん……」
「気にしないでください。先ほども言ったように、リサさんの気持ちも理解できますから。誰だって、どうしても嫌なことはあります。それに、主に対して嫌な気持ちを示せることは大事なことだと思います。あまりリサさんを叱らないであげてください。俺も2人がここで気持ち良く過ごせるよう努めていきます」
「宏斗さんがそう言うのであれば。ただ、もう少し宏斗さんへの言葉遣いや態度を改めなさいね、リサ」
「……はい」

 リサさんはやる気のない返事をする。どうして、こんな地球人に色々気を遣わなければいけないのかって顔に書いてあるぞ。

「宏斗さん。今日からはリサもこの家でお世話になります。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。リサさん、あなたはエリカさんと2人での共同の部屋になります」
「それは、先ほどエリカ様と風見様が眠っていた?」
「いえ、あれは俺の寝室です。それとは別にちゃんと部屋がありますから。なので、安心してください。俺も不用意に入ることはしませんし。ついてきてください」

 俺はリサさんをエリカさんの部屋に連れて行く。

「ここがリサさんとエリカさんのお部屋です。きっと、王宮でのリサさんやエリカさんのお部屋よりは大分狭いと思いますが、そこは我慢していただけると助かります」
「なるほど。素敵なお部屋ですね。心なしか、先ほどの部屋よりも空気が綺麗な気がします。ただ、私なんかがエリカ様と同じ部屋を利用してもいいのでしょうか」
「もちろんだよ! リサと一緒に寝るために、ベッドだって広いものを置いたんだから」

 そのベッドでまだ一度も眠ったことがないけれどね、エリカさんは。あと、言葉の端々から俺への嫌悪感が伝わってくる。

「分かりました。エリカ様がそう言ってくださるのであれば、この部屋を私も使わせていただきます。よろしくお願いいたします」
「うん、よろしくね」

 エリカさんは笑顔でリサさんと握手を交わす。そのことにリサさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。とりあえず、エリカさんとは仲良く生活できそうで安心した。
 俺もリサさんと仲良くなるまではいかないにしろ、生活する上で支障がない程度には話せるようになりたいな。
 まだ午前4時過ぎなので、少し眠ろうかと思ったけれど、体に痛みが残っているせいか全然眠ることができなかったのであった。
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