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第1話『眠っていた王女様』

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 ――風見宏斗さん、私と結婚してください。

 好きだと言われたことはあるけれど、結婚してほしいと言われたのは初めてだったので、不思議な感覚に包まれた。しかも、言ったのは出会って間もない異星人の女性だから。
 やっぱり夢なんじゃないかと再び疑い始めたとき、周りがざわつき始めた。そのざわめきの中の黄色い叫び声が体の奥まで響き、あぁ、これは現実なのだと思った。

「どうですか?」

 エリカさんは真剣な表情で俺のことを見つめてくる。周りの目もあるし、とりあえず何か答えないと。

「あまりにも突然なので、正直驚きました。ただ、あなたとは出会って間もないので、プロポーズを受け入れることも断ることもできません。エリカさんさえよければ、とりあえず俺の家に来ますか?」
「はい!」

 即答か。
 プロポーズの返事をはっきりとできていないのに、エリカさんはさっきよりも嬉しそうにしている。その証拠なのか、今一度、俺の手を強く握ってきた。

「それじゃ、行きましょうか。この近くにありますので」
「分かりました!」

 元気に返事をしてくれると気持ちがいいな。職場にいる後輩の女の子のことを思い出すよ。
 まさか、異星人の女性をお持ち帰りすることになるとは。世の中、何が起こるか分からないものだ。

「やっと会うことができた上に、お家に連れて行っていただけるなんて嬉しいです」
「俺もあなたに訊きたいことがありますからね」

 俺が20年前の7月に見た流れ星の正体がエリカさんに関わっているのか。もしそうなら、この20年間は何をしていたのか。
 どうして、俺の幼い頃の姿を知っていたのか。エリカさんのような人がいたっていう話を聞いたことがない。
 そんなことを考えていると、俺の住んでいるマンションに到着する。

「このマンションの901号室が俺の自宅です」
「そうなのですか。てっきり、この建物全てが宏斗さんのお家かと思いました」

 そんなに俺は金持ちじゃない。このマンションが俺の所有物だったら、会社員じゃなくて大家さんやってるよ。大変かもしれないけれど。
 ただ、エリカさんの今の様子からして、ダイマ王星ではこのくらいの大きさの家が普通なのだろうか。それとも、エリカさんがお金持ちなのか。謎は深まるばかり。
 ようやく、エリカさんと一緒に帰宅した。普段よりもかなり時間がかかったような気がする。

「ここが俺の自宅です」
「素敵なところですね!」
「ありがとうございます。ええと……地球の飲み物で良ければ出しますが」
「お構いなく」
「そうですか。では、その椅子に座ってください」
「分かりました。……あっ、言い忘れていました。お邪魔します」

 エリカさんは近くにあるテーブルの椅子に座る。
 今さらになって気付いたけれど、エリカさんって日本語がとても上手だ。日本人じゃないかと思えるくらいにイントネーションも自然だし。
 仕事鞄をソファーに置き、俺はエリカさんと向き合うようにして椅子に座った。

「ええと……色々と気になることはありますけど、まずは情報を整理させてください。エリカさんは20年前の7月に、ダイマ王星という星から地球にやってきた。あなたは幼い頃の俺の姿と名前を知っている。そんな俺の姿を見て、結婚したいと思った」
「その通りです」
「あと、その耳やしっぽはダイマ星人が持つものということですか」
「そうですね。耳が顔の横ではなく上の方にあることと、腰からしっぽが生えていること以外は、地球の方と体の作りは同じです」
「そうですか……」

 猫のような耳としっぽはダイマ星人の特徴ということか。最初に見たときは違和感があったけれど、エリカさんが可愛らしいからかすぐに馴染むことができそうだ。
 さてと、色々と訊いていくことにするか。

「ダイマ王星というのは、エリカさんが口にするまで聞いたことがありませんでした。この地球のある太陽系の惑星ではないとは思いますが……」
「そうですね。先ほども言ったとおり、地球から遥か遠くにある惑星です。地球と環境が非常に似ています。私はダイマ王星から宇宙船で……地球時間でいいますと、およそ10日でやってきました。地球に到着した日時は西暦1999年7月でした」
「じゃあ、俺が20年前の7月に見た流れ星は、エリカさんが乗ってきた宇宙船のことだったんですか」
「そうです」

 やっぱり、20年前の流れ星は他の惑星からやってきた宇宙船だったんだ。
 それにしても、遥か遠い惑星から10日間で地球に行ける宇宙船を作ることができるとは、20年前の段階でダイマ王星の技術は、現代の地球よりもかなり進んでいることが分かる。そう考えると、現代のダイマ王星の技術力は更にどれだけ発展したのか興味がある。

「俺が見た流れ星は俺の実家の近くにある山に落ちました。あなたが乗ってきた宇宙船が地上に落ちたら、衝撃や音が凄いと思います。ただ、実際は流れ星の光が山のところで消えた感じで……」
「それは安全機能が働いたためですね。地上に近づくと速度が落ちる仕組みになっているんです。ですから、当時の宏斗さんは衝撃や音を感じなかったのだと思います」
「納得しました。ただ、当時の俺は翌日から10日近く、何人かの友人と一緒に、俺が見た流れ星が落ちた場所と思われるエリアを捜索しました。でも、宇宙船は見つかりませんでした。その頃はもう宇宙船をどこかに隠したりしたんですか? それで、エリカさんはどこかの町に繰り出して……」
「いや、それは……」

 エリカさんは笑顔こそ絶やさないものの、急に頬を赤くして視線をちらつかせるようになった。

「実は、当時……地球に着く前から眠っていまして」
「じゃあ、眠っている間に到着したんですね」
「はい。それで……地球の時間で20年間、ずっと宇宙船の中で眠っていたんです」
「……はっ?」

 20年間、宇宙船の中でずっと眠り続けていた? そのことに耳を疑ったけれど、彼女のはにかんだ様子を見る限り、どうやら事実のようだ。20年という時間も、ダイマ星人としても正常な睡眠時間ではないみたい。

「な、なるほど。20年、ぐっすりと眠ってしまったんですね」
「はい。寝ることは大好きですから。宇宙船の中はとても快適ですし、寝具もふかふかで。気付いたら20年眠ってしまいました……」

 恥ずかしいのか、さっきよりもエリカさんの顔の赤みが強くなっている。ただ、布団が気持ちいいとたっぷりと寝てしまうの、分かるなぁ。

「ただ、それならどうして、20年近くも地球人に宇宙船を見つけられずに済んだのですか?」
「それも宇宙船の機能ですね。眠っている間に到着したときのことを考慮し、寝る前に地球に到着したら、土の中に潜るようにセットしていたんです。あと、到着した場所の周囲を確認するために、地上には防犯カメラを設置し、映像として記録できるようにしました。生物の体温や声を感知したときに録画するようにしています」
「もしかして、そのカメラに、宇宙船を探しに来た当時の俺の姿が映っていたんですか?」
「その通りです」

 すると、エリカさんは服のポケットから1枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。その写真には小さい頃の俺の姿が写っていた。
 また、右下に『1999.07.22 AM10:30』と印字されている。きっと、この場面が記録された日時だろう。

「小さい頃の俺ですね。朧気にですが、この服を持っていた記憶もあります」
「そうですか。これは最初に映っていた地球の方の姿でした。とても可愛くて、一目惚れしました。この頃から20年経てば地球の方は大人になると分かっていましたので、あの山の近くに住んでいる方達から、写真に写るこの少年の情報を収集しました」
「……その姿で?」
「ええ。他の惑星からやってきたのです。地球の方に、変な人に思われることに何とも思っていません。ただ、意外にも変な目線で見られたことはありましたが、みなさん親切に対応くれました。日本という国には優しい方が多いですね」

 エリカさんと出会う直前に、コスプレしている人がいるっていう話し声も聞こえたほどだ。きっと、エリカさんに話しかけられた多くの人が、コスプレ目的にリアルな猫の耳やしっぽを付けたのだと思ったのだろう。

「話を聞いていくうちに、この少年が小さい頃の風見宏斗さんであると知りました。今の彼と会いたいと言うと、友人だという男性の方が、夏川市というところに一人で暮らしていると話してくれたのです。現在の写真も見せてもらいました」
「地元の友人を含めて、何人かこの家に遊びに来たことがありますからね。そのうちの一人に教えてもらえたのでしょう」

 それなら、エリカさんが俺のことを訊いてきたって教えてくれてもいいのにな。驚かせたかったのかな? 地元の友人の中には、そういう茶目っ気のあるヤツが何人かいるし。

「それで、エリカさんは夏川市に来て捜索を続け、ついに俺と会えたと」
「そうです。実際に会うと本当に素敵で、この写真を見たときの一目惚れは間違いでなかったと確信しました。ですから、結婚を申し込んだのです」
「なるほど」
「……どうでしょう? 私と結婚する気になりましたか?」
「いえ、特には……」

 さすがに今の話を聞いただけで、エリカさんと結婚しようとは思えない。
 しかし、今の俺の返答にショックを受けたのか、エリカさんはさっきまでの笑顔がなくなり、目には涙が。

「私のことが……嫌いなのですか?」
「嫌いではありません。ただ、いきなり結婚してほしいと言われ、はい結婚しますとは言えないというだけです。もし、地球で住む場所がなければ、ここにいてもいいですから」
「ほ、本当ですか!」
「はい。家には空き部屋もありますし。俺には2人の妹がいるので、女性と一緒に住むことには慣れています。エリカさんさえ良ければ」
「ありがとうございます! 宏斗さんのことがもっと好きになりました!」

 エリカさんに再び笑顔が戻った。あと、ここにいることができてとても嬉しいのか、しっぽを激しく振っている。
 多少ものは置いてあるけれど、空き部屋はあるし、エリカさん1人くらいなら大丈夫か。食費などお金の面は……あとで相談することにしよう。
 エリカさんがダイマ王星を出発してからのことは一通り分かった。ただ、訊きたいことはまだまだある。

「エリカさん。他にも訊きたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょうか?」
「そもそも、なぜ地球にやってきたのですか? ご旅行ですか?」
「……いいえ、旅行ではありません」

 すると、エリカさんはそれまでとは打って変わって、真剣な表情になって俺のことを見てくる。どうやら、プライベートで地球に来たわけではなさそうだ。

「実は私、ダイマ王星を統一するダイマ王国の第3王女なのです」
「王女……」

 出会ったときに高貴な雰囲気を感じたけど、王族の方だったのか。

「ええ。女王である母はもちろんのこと父、2人の姉、弟はダイマ王星で王国の運営を担っています。そんな中、私は他の惑星との協力関係を結ぶ仕事をするよう女王から命を受けたのです」
「じゃあ、地球に来たのは……」
「はい。ダイマ王星地球支部計画を実現するため、私は地球にやってきました」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は地球人代表としてとんでもないことに関わってしまった気がしたのであった。
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