ルピナス

桜庭かなめ

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特別編-小さな晩夏-

第1話『ちっちゃくなっちゃった』

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 さてと、彩花を起こして、小さくなってしまったこの現状を伝えないと。

「彩花、起きて……」

 うわあっ、声変わりをする前の声で彩花の名前を呼ぶと違和感があるな。自分が呼んでいるとは思えない。別の男の声に比べればまだいいけど。
 彩花の肩を軽く叩くと、

「うんっ……」

 可愛らしい声を挙げると、ゆっくりと目を覚ました。

「彩花、起きたか」
「……おはようございます。せん、ぱい……?」

 目を覚まして間もないからなのか、彩花は俺のことを見ると首を傾げる。

「直人先輩……にしては幼い感じですし、先輩に弟さんはいませんから……まさか、先輩と私の間にできた子供――」
「そんなわけないだろ!」

 思わずツッコミを入れてしまったけど、この声に慣れていないからか今も違和感が残っている。
 というか、俺との子供ができたら色々と大問題だろう。それに、彩花と初めてしてから1ヶ月も経っていないし、避妊はしっかりとしているし……そもそもこんなに元気な子供は俺達の間にいないだろうが。

「いいか、彩花。落ち着いて聞いてほしい。俺は彩花の恋人の藍沢直人。理由は分からないけれど、体が10年くらい前の状態になっちゃったんだ」
「直人先輩、なんですか……?」
「ああ、そうだ」

 彩花、目を見開きながら俺のことをじっと見ているぞ。うわぁ、どうしよう。あまりのショックに気絶しないといいんだけど。

「きゃああっ! かわいい!」

 黄色い声でそう言うと、彩花は嬉しそうな表情をして俺のことを抱きしめた。

「直人先輩、ちっちゃいときってこんなに可愛かったんですね! でも、後々のかっこよさを匂わせる雰囲気もありますし……昔の直人先輩を抱きしめられるなんて私、凄く幸せな気分です!」

 彩花は俺の目の前でとっても嬉しそうな笑みを見せてくれた。
 そうだ、思い出した。彩花はこういう女の子だっていうことを。俺に関することなら大抵は喜ぶ恋人であることを。
 それにしても、体が小さい状態で彩花に抱きしめられると……いつも以上に彼女に包み込まれているような気がする。心なしか、彩花の甘い匂いも普段より強く感じられて……こ、これはこれで悪くないかな。
 何にせよ、彩花がショックを受けて泣くような事態にならなくて良かった。

「直人先輩に似た子供が産まれたら、きっとこういう感じなんでしょうね……」
「あははっ……」

 彩花、すっかりと俺のお母さん気分になっているようだ。16歳で7歳の子供がいるなんて、ギネス記録級の若いお母さんだ。あと、実際にこのくらいの大きさの子供にお乳をあげたら、それはそれで問題がありそうな。

「そういえば、直人君……じゃなくて、直人先輩」

 子供の姿を目の前にしたら、俺のことを直人君って言ってしまうのは仕方ないか。

「うん?」
「見た目は子供ですが、頭脳は大人ですか?」
「……あの有名な推理漫画の名探偵君のように、見た目は子供、頭脳は大人だよ」
「そうですか。その名は……」
「藍沢直人のままでいいよ。わざわざ名前を変えなくても。悪い組織に命を狙われているわけじゃないから……」
「ですよね。じゃあ、今まで通りに接して大丈夫ですね」
「ああ。むしろ、そうしてくれた方が嬉しいかな」

 変に子供扱いされたら悲しくなってくるから。それに、子供扱いしていいって言ったら、彩花の場合は俺のことを馬鹿にしてきそうだし。

「分かりました。でも、体が小さくなってしまって、何か不都合が起きてしまったらいつでも私のことを頼ってきてくださいね。私が直人先輩の手となり、足となりましょう!」
「……頼もしいね」

 この状況に悲観的にならず、前向きに考えてくれていることに安心する。今はまだ夏休みだから、とりあえず彩花だけでもこの状況を理解してくれればいいか。

「でも、そうか……」

 今日は8月29日。曜日の関係で今年は9月1日まで夏休みだから……今日を含めてあと4日で元の体に戻らないとまずいな。まあ、新学期が始まって数日くらいなら体調不良と言って休んでも問題はなさそうだけど。ある意味で体調がおかしいわけだし。

「考えている直人先
輩も可愛いです」
「そ、そうか……」
 今の俺の姿だと、彩花にとっては何でも可愛く見えてしまうんだろう。このくらいの体つきの頃の俺はアルバムでしか見たことがないから。

「この体つきだと、年齢はいくつくらいなんでしょうかね」
「俺の記憶だと、たぶん、小学1年生くらいかなって思ってる」
「なるほど。じゃあ、体だけ10年遡ってしまった感じですね」
「そうなるかな」

 頭脳まで小学1年生になっていたら、きっと俺は体が小さくなっていることも分からなかったと思う。俺の体に原因があるとしたらどうしようもないけれど、第三者の仕業だとしたら、体だけ子供のようになってしまったことに意味があり、そこから元の体に戻る鍵を見つけていくことができるかも。

「きっと、体も頭脳も小学1年生くらいになってしまっても可愛いでしょうけど、頭脳は高校2年生のままっていうのがいいですね」
「今までと同じように接することができるから?」
「それもありますが、何だか……難しい考えを喋っているところがとても可愛いんですよ。はうんっ、とてもキュンとしちゃいますね……」

 彩花はうっとりとした表情をしながら俺のことを見つめてくる。完全に小さな子供を見ているような感じだけれど、馬鹿にしているようではないので何も言わないでおこう。

「これ、夢じゃないんですよね?」
「い、今さらそれを訊くのかよ。夢じゃないって」
「じゃあ……それを示すためにここにキスしてくれますか?」

 彩花は右手の人差し指を自分の唇に当てている。
 俺にとっては今までと変わらないし、彩花からキス要求しているんだから……よし、するか。
 俺はそっと彩花にキスする。何だか、今までと違って彩花の唇が大きく感じるけど、彩花の唇の温かさや柔らかさは変わっていない。

「……た、確かに夢じゃないですね、これは。大きさは違いますが、直人先輩の唇の柔らかさと温かさを感じました。あと、匂いも」
「……そっか」
「でも、何だか……いけないことをしているような気がします。こんなに小さくて可愛い男の子とキスしてしまうなんて……」
「心は17歳のままだからいいんじゃない?」
「……可愛い顔をして、可愛い声でそんなに甘い言葉を掛けられてしまうと、私、目覚めてしまうかもしれません。ショタコンに……」
「ショ、ショタコンってなに?」
「小さい男の子に愛情を抱いたり、執着したりすることです」
「あぁ……ロリコンの男の子バージョンってことね」

 世の中には色々な言葉があるんだな。17年間生きてきたけど、まだまだ知らない言葉ばかりなのかも。
 しかし……ショタコンか。目覚めてほしくないな。彩花の彼氏として。彩花がショタコンになってしまう前に早く元の体に戻りたい。

「ねえ、直人先輩」
「うん?」
「私のことを……彩花お姉ちゃんって呼んでもらってもいいですか?」
「えっ……」

 これは……既に手遅れな状況かもしれないな。小さくなってしまった俺の姿がそんなにも彩花の好みに合っていたのか。
 彩花はお姉さんはいるけれど、弟や妹はいない。だから、お姉ちゃんって言われることが憧れなのかも。
 ただ、俺には姉がいないからなぁ。まあ、幼なじみの唯の姉の千夏さんにはちー姉ちゃんと呼んではいる。ただそれでも、抵抗感あるなぁ。

「せーんぱいっ」
「えっ?」

 すると、俺は彩花にベッドの上に押し倒されてしまう。
 くそっ、体が小さいからか両腕を押さえられているだけで身動きが取れないぞ。それを見越して彩花は俺のことを押し倒したんだ。

「彩花お姉ちゃんって言ってほしいなぁ……」

 そう言っている今の彩花の笑み……かつて、俺のことを手錠で束縛したときに見せた笑みに似ているな。俺・藍沢直人に対する執着心は相当なものだと今一度思い知らされた気がする。

「分かった。言うから離してください、お願いします」
「……本当ですか?」
「本当だよ。それに、こんな状況で言われても嬉しくないでしょ?」
「……それもそうですね」

 俺は彩花から解放される。あぁ、ひさしぶりに命の危険を感じたよ。
 彩花の手をぎゅっと握り、彼女の顔を見ながら、

「彩花、お姉ちゃん……」

 うわあっ、実際に言ってみると凄く恥ずかしいな。顔が熱くなってきた。ただ、元の声じゃないのが救いかな。

「はあっ、幸せです……」

 俺の頭を撫でながら、彩花は文字通りの幸せそうな笑みを見せる。そして、俺のことをぎゅっと抱きしめたのであった。
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