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特別編-入れ替わりの夏-
第65話『特製アイマスク』
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8月27日、火曜日。
ゆっくりと目を開けようとすると、目元に何か柔らかいものが当たっていてなかなか開けることができない。ただ、目や額で感じる柔らかい感触とこの甘い匂いからして、俺は彩花のことを抱きしめて眠っているようだ。
俺の背中に何か温かいものが触れていることから、彩花も俺のことを抱きしめているのかな。
「うん……」
さすがに、俺の目元に胸が当たっている状況のままではまずいので、彩花の抱擁を解こうとするんだけれど、力が強いのかなかなか解くことができない。
「あっ、起きたんですね、直人先輩」
「ああ。というか、起きていたんだ、彩花」
「はい。普段は直人先輩の方が先に起きるのが早いので、なかなか先輩の可愛らしい寝顔は見ることができません。ですから、今日は先輩の寝顔を見ることができてとても嬉しいです。旅行の素敵な思い出の1つになりました」
「それは……良かったな」
普段なかなか味わえないことを体験できると印象深くなるよな。しかも、それを体験した場所が旅先だといつまでも覚えているし、忘れたとしても思い出しやすい。
「それで、どうして彩花は俺のことを抱きしめているのかな」
「直人先輩が可愛かったからですよ」
「……そう、か。でも、抱きしめるんだったら、もうちょっと顔の位置が上でも良かったような気がするんだけど」
「たまにはいいじゃないですか。それに、今は旅行中なんですから」
ふふっ、と彩花の笑い声が聞こえ、頭を優しく撫でられる。きっと、今頃……嬉しそうな表情をしているんだろうな。俺の母親にでもなった気分なのかな。
「今のような抱きしめ方ではダメですか?」
「ダメってわけじゃないけど、ほら……ちょうど目から額にかけて彩花の胸が当たっているからさ」
ただ、彩花の胸が大きく、彩花が優しく抱きしめているおかげで呼吸は難なくできている。なので、このままの状態でいても問題はない。
「これはわざとですよ」
声色からして得意げに言っているのが分かる。
「わざと、ってどういうことなんだ?」
「……直人先輩が気持ち良く眠っていただけるように、直人先輩のみが利用できる特製のアイマスクをつけてもらったんですよ。正確に言えば当てている……でしょうか」
「……そういうことか」
つまり、彩花の胸が俺のアイマスク代わり、ってことか。確かに、普通のアイマスクとは違って独特の柔らかさがあって、温かくて、甘い匂いがして。これが結構気持ちいいから何も言えなくなってしまう。
「もう、30分くらいこうしているのですが、幸せな気持ちでいっぱいになります。お母さんになった気分」
「なるほどね……」
彩花側にもメリットがあるということか。それなら、30分もこうして俺のことを抱きしめることができるか。
「それで、どうですか? 特製のアイマスクは」
「……とても気持ちいいです。良い目覚めになりました」
「そ、そうですか……嬉しいです」
彩花、興奮しているのか心臓の鼓動が速くなっているな。トクン、トクン、と鼓動が大きく聞こえる。あと、体が熱くなっている。
「おお、いい具合に熱くなってきたな。より気持ち良くなってきた」
「ふふっ、時々、熱くなるのがこのアイマスクの特徴なんですよ」
「ははっ、そうか」
これは絶対に2人きりの場所で付けないといけないな。男女問わず、気持ち良くなるこのアイマスクの存在を知られてはいけない。
「彩花、特製のアイマスクは充分に堪能したよ。そろそろ彩花の顔が見たいからアイマスクを外したいんだけど」
「分かりました」
ようやく彩花の抱擁が解けたので、俺は特製アイマスクから目を離す。いつもより目元が温かいな。
「おはようございます、直人先輩」
「おはよう、彩花」
彩花、やっぱり凄く嬉しそうな笑顔を浮かべている。
彩花の笑顔を見つめていると、彩花の方からキスしてきた。
「やっぱり、目を覚ましたときに直人先輩がいると幸せな気分になりますね。元の体に戻ったんだと実感できます」
「そう……か。俺も目が覚めたときに彩花が側にいると安心するよ」
「ふふっ、嬉しいです」
今頃、遥香さんと絢さんも元の状況に戻ったことに嬉しさを感じているところだろう。
「……そうだ。彩花、体調は大丈夫か? 一昨日は寒気がするって言っていたけれど」
「今日は元気ですよ。冷房も弱めに設定してありますし、それに……直人先輩を抱きしめていたら体も心も温かくなったので」
「それなら良かったよ」
なるほど、俺のことを温かい抱き枕代わりにしていたってことか。
「俺の特製抱き枕のおかげだな」
「ああ、私の特製アイマスクと張り合っているんですね」
彩花はドヤ顔でそう言うけれど、張り合って何の意味があるのか。
「でも、直人先輩が側にいたから、裸のままでも気持ち良く過ごせたんです。直人先輩の温もりを自分の体で感じることができるのはとても幸せなことなんですね。遥香さんと体が入れ替わっていなければ分からなかったかもしれません」
「そうか」
遥香さんと入れ替わったことで、彩花の持っている価値観に良い意味で影響を及ぼしたんだな。
「まあ、俺も……入れ替わった遥香さんと一緒に過ごす経験がなければ、俺には彩花が一番なんだって再認識できなかったかもしれないな」
「そうですか。私も同じですよ。今回のことがあって、直人先輩が一番だと再認識できました」
「……そうか」
どうやら、遥香さんと入れ替わったことで、僕等は大切な気持ちを確認できたのかもしれない。
「それにしても、今日で帰るんですよね」
「色々とあったけど、あっという間だったな。あっ、そうだ……まだ、温泉に入っていないから、これから大浴場に行きたいな」
「そうですね。旅行に行ったら朝に温泉に入るのが醍醐味ですから」
やっぱり、旅行に来たら一度は温泉に入らないと。もちろん、朝に。
今はまだ午前6時過ぎだから、今から温泉へ入りに行っても急いで朝食を食べる必要はない。今日で帰ってしまうので、ゆっくりと温泉に浸かることにしよう。
ゆっくりと目を開けようとすると、目元に何か柔らかいものが当たっていてなかなか開けることができない。ただ、目や額で感じる柔らかい感触とこの甘い匂いからして、俺は彩花のことを抱きしめて眠っているようだ。
俺の背中に何か温かいものが触れていることから、彩花も俺のことを抱きしめているのかな。
「うん……」
さすがに、俺の目元に胸が当たっている状況のままではまずいので、彩花の抱擁を解こうとするんだけれど、力が強いのかなかなか解くことができない。
「あっ、起きたんですね、直人先輩」
「ああ。というか、起きていたんだ、彩花」
「はい。普段は直人先輩の方が先に起きるのが早いので、なかなか先輩の可愛らしい寝顔は見ることができません。ですから、今日は先輩の寝顔を見ることができてとても嬉しいです。旅行の素敵な思い出の1つになりました」
「それは……良かったな」
普段なかなか味わえないことを体験できると印象深くなるよな。しかも、それを体験した場所が旅先だといつまでも覚えているし、忘れたとしても思い出しやすい。
「それで、どうして彩花は俺のことを抱きしめているのかな」
「直人先輩が可愛かったからですよ」
「……そう、か。でも、抱きしめるんだったら、もうちょっと顔の位置が上でも良かったような気がするんだけど」
「たまにはいいじゃないですか。それに、今は旅行中なんですから」
ふふっ、と彩花の笑い声が聞こえ、頭を優しく撫でられる。きっと、今頃……嬉しそうな表情をしているんだろうな。俺の母親にでもなった気分なのかな。
「今のような抱きしめ方ではダメですか?」
「ダメってわけじゃないけど、ほら……ちょうど目から額にかけて彩花の胸が当たっているからさ」
ただ、彩花の胸が大きく、彩花が優しく抱きしめているおかげで呼吸は難なくできている。なので、このままの状態でいても問題はない。
「これはわざとですよ」
声色からして得意げに言っているのが分かる。
「わざと、ってどういうことなんだ?」
「……直人先輩が気持ち良く眠っていただけるように、直人先輩のみが利用できる特製のアイマスクをつけてもらったんですよ。正確に言えば当てている……でしょうか」
「……そういうことか」
つまり、彩花の胸が俺のアイマスク代わり、ってことか。確かに、普通のアイマスクとは違って独特の柔らかさがあって、温かくて、甘い匂いがして。これが結構気持ちいいから何も言えなくなってしまう。
「もう、30分くらいこうしているのですが、幸せな気持ちでいっぱいになります。お母さんになった気分」
「なるほどね……」
彩花側にもメリットがあるということか。それなら、30分もこうして俺のことを抱きしめることができるか。
「それで、どうですか? 特製のアイマスクは」
「……とても気持ちいいです。良い目覚めになりました」
「そ、そうですか……嬉しいです」
彩花、興奮しているのか心臓の鼓動が速くなっているな。トクン、トクン、と鼓動が大きく聞こえる。あと、体が熱くなっている。
「おお、いい具合に熱くなってきたな。より気持ち良くなってきた」
「ふふっ、時々、熱くなるのがこのアイマスクの特徴なんですよ」
「ははっ、そうか」
これは絶対に2人きりの場所で付けないといけないな。男女問わず、気持ち良くなるこのアイマスクの存在を知られてはいけない。
「彩花、特製のアイマスクは充分に堪能したよ。そろそろ彩花の顔が見たいからアイマスクを外したいんだけど」
「分かりました」
ようやく彩花の抱擁が解けたので、俺は特製アイマスクから目を離す。いつもより目元が温かいな。
「おはようございます、直人先輩」
「おはよう、彩花」
彩花、やっぱり凄く嬉しそうな笑顔を浮かべている。
彩花の笑顔を見つめていると、彩花の方からキスしてきた。
「やっぱり、目を覚ましたときに直人先輩がいると幸せな気分になりますね。元の体に戻ったんだと実感できます」
「そう……か。俺も目が覚めたときに彩花が側にいると安心するよ」
「ふふっ、嬉しいです」
今頃、遥香さんと絢さんも元の状況に戻ったことに嬉しさを感じているところだろう。
「……そうだ。彩花、体調は大丈夫か? 一昨日は寒気がするって言っていたけれど」
「今日は元気ですよ。冷房も弱めに設定してありますし、それに……直人先輩を抱きしめていたら体も心も温かくなったので」
「それなら良かったよ」
なるほど、俺のことを温かい抱き枕代わりにしていたってことか。
「俺の特製抱き枕のおかげだな」
「ああ、私の特製アイマスクと張り合っているんですね」
彩花はドヤ顔でそう言うけれど、張り合って何の意味があるのか。
「でも、直人先輩が側にいたから、裸のままでも気持ち良く過ごせたんです。直人先輩の温もりを自分の体で感じることができるのはとても幸せなことなんですね。遥香さんと体が入れ替わっていなければ分からなかったかもしれません」
「そうか」
遥香さんと入れ替わったことで、彩花の持っている価値観に良い意味で影響を及ぼしたんだな。
「まあ、俺も……入れ替わった遥香さんと一緒に過ごす経験がなければ、俺には彩花が一番なんだって再認識できなかったかもしれないな」
「そうですか。私も同じですよ。今回のことがあって、直人先輩が一番だと再認識できました」
「……そうか」
どうやら、遥香さんと入れ替わったことで、僕等は大切な気持ちを確認できたのかもしれない。
「それにしても、今日で帰るんですよね」
「色々とあったけど、あっという間だったな。あっ、そうだ……まだ、温泉に入っていないから、これから大浴場に行きたいな」
「そうですね。旅行に行ったら朝に温泉に入るのが醍醐味ですから」
やっぱり、旅行に来たら一度は温泉に入らないと。もちろん、朝に。
今はまだ午前6時過ぎだから、今から温泉へ入りに行っても急いで朝食を食べる必要はない。今日で帰ってしまうので、ゆっくりと温泉に浸かることにしよう。
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