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最終章
第6話『花畑-前編-』
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なおくんと一緒に寝ること。
それは幼い頃から何度も経験しているのに、今回が一番緊張した。
ベッドの上でなおくんとどこかしら触れて、なおくんの寝息が聞こえて、なおくんの温もりや匂いを感じて。昔なら何とも思わなかったことが、今ではとても意識してしまう。だから、あまり眠ることができなかった。
7月21日、日曜日。
午前7時。目を覚ますと、隣ではなおくんがぐっすりと眠っていた。彼の寝顔は昔と変わらず可愛らしい。
眠っている間にエアコンが切れるようになっていたので、今はちょっと蒸し暑い。都会の朝って洲崎町よりも暑いのは本当みたい。決してなおくんと一緒に寝ているから暑いとは思っていない。
「なおくん……」
キスとかしたいけど、なおくんを起こしちゃいけないから、今は止めておこう。
静かに部屋を出て、洗面所で顔を洗う。ちょっと冷たく感じるお水のおかげで、幾らかあった眠気も吹き飛ぶ。
歯を磨いてリビングへ向かうと、既に寝間着から着替えていたひかりさんと、寝間着姿の美月ちゃんがいた。
「おはよう。ひかりさん、美月ちゃん」
「おはよう、美緒ちゃん」
「美緒ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「……あまり眠れなかったかな」
美月ちゃんの問いかけにそう答えると、ひかりさんと美月ちゃんが一気に興味津々そうな表情になって私に近寄ってきた。
「直人とどうなったの?」
「お兄ちゃんと一緒にベッドで寝たんだよね! えっと、その……お兄ちゃんとついに一線を越えちゃったの?」
「もう、美月ったら。どこでそういうことを覚えてきたの? ……それで、実際のところはどうなの? 美緒ちゃん」
「いや、その……」
もう、2人とも昨日の夜から私のことをからかってきて。美月ちゃんがこういうことを私に言ってくるのは、絶対にひかりさんの影響だと思うのですが。
「一緒に寝ただけですよ。小さい頃みたいに」
「そ、そうなの……」
「お兄ちゃん、真面目だもんね……」
がっかりした様子で、そんなことを言わないでくれませんか。
「こんな状況なんですよ。なおくんが、その……私に対してむやみに変なことをするわけないじゃないですか」
ただ、昨日の夜になおくんと……え、えっちなことをしちゃうかもしれないと気持ちが浮ついた瞬間があったので、本当は2人を叱る資格はないのかも。
『美緒……!』
廊下の方から私の名前を呼ぶなおくんの声が聞こえた。
ドタドタと慌てた音が聞こえ、
「美緒!」
寝間着姿のなおくんが勢いよく扉を開けた。そのときのなおくんは焦った表情をし、息を乱している。額に汗を浮かべている。
「なおくん、どうしたの? そんなに慌てて……」
「……目が覚めたら、美緒の姿がなくて。どこかに消えちゃったんじゃないかと思って、凄く寂しくなって。だから……」
すると、なおくんは私の目の前まで来て、そっと抱きしめた。
「美緒がここにいて良かった……」
なおくんの声色から、今、なおくんは涙を流しているんだと分かった。寂しさと安心さからきっと、泣いているんだ。
起きたら、一緒に寝ていた私の姿がない。それは唯ちゃんが亡くなったときと似ているんだ。気付いたときに、自分の側にいる人がいなくなっていた。
「ごめんね、なおくん。不安な想いをさせちゃったね」
私はなおくんのことを抱きしめる。
「でもね、なおくん。私はなおくんに何も言わずにいなくなったりしないよ。だから、安心していいんだよ」
「美緒……」
すると、なおくんは私のことを見つめ、キスする。それは突然のことで驚いたけど、嬉しかった。まだ恋人になったわけでもないし、なおくんから好きだと言われていない。それでも、嬉しい気持ちが勝った。
「ありがとう、美緒」
「お礼を言われるほどじゃないよ。ただ、私はなおくんが好きだからここにいるんだよ。よほどの理由がなければ離れないよ。むしろ、四六時中こうして一緒にいたいくらい」
その気持ちをより正確に伝えるために、今度は私の方からなおくんにキスした。
「……ああ」
なおくんはそう言うと、優しい笑顔を見せる。
「……こういう感じで昨日もキスしたのかな、お母さん」
「きっとそうよ。若いわねぇ」
そういえば、そうだった。ここはなおくんの部屋じゃなかったんだ。ひかりさんと美月ちゃんが見ているんだった。
2人の方を恐る恐る見てみると、2人は少し遠くからニヤニヤしながら私達の方をチラチラと見ていた。
「あううっ……」
「……ごめん、美緒。その、何というか……場所も考えずに勢いでしちゃって」
「別にいいよ。私も何も考えずにキスしちゃったから」
「……そっか」
こんな状況の中で唯一の救いだったのは、キスしたことになおくんがはにかんでいることだった。
なおくんの体調や気分がいいということなので、今日は4人でお出かけをすることになった。
なおくんに任せると言うと、なおくんはある場所に行こうと言った。
それはルピナスの花畑。
スマートフォンで調べたら、月原市での一大観光スポットらしい。ただ、開花時期は3月から6月までなので、屋外の花畑にあるルピナスの花は枯れてしまったとのこと。
ただ、屋内にある花畑では温度管理をされているので今でも花を咲かせ、売店でもルピナスの花を販売しているらしい。
実際に室内花畑に行くと、赤、青、黄色、オレンジ、白など様々な色のルピナスの花が咲き誇っている。とても綺麗。青空の下で観たらもっと綺麗なんだろうなぁ。
「なおくんがここに来てお花を買いたくなるのが分かるよ。凄くきれい」
「最初は花になんて興味はなかったんだけれど、彩花と一緒に住んでいるときに彼女がたまにここで花を買ってきてさ。部屋の中に花が一つあるといいなと思って」
なおくんは落ち着いた口調で言っていた。彩花ちゃんの名前を出しても様子が変わらないってことは、本当にルピナスの花が好きなんだと思う。
「まさか、直人が花に興味を持つなんて」
「都会の女の子と一緒に住んでいたからなのかな?」
どうやら、ひかりさんと美月ちゃんも、なおくんがルピナスの花が好きなことが意外に思っているみたい。
でも、今の美月ちゃんの言葉にはちょっと不満がある。私だってお花に興味があるよ。チューリップとか朝顔とかひまわりとか好きだもん。
「どうしたの、美緒。不機嫌な顔になって」
「……ううん、何でもないよ」
いけない。たとえ、なおくんのせいじゃなくても、なおくんの前ではなるべく不機嫌な顔は見せちゃダメ。
室内ということもあって、外ほど暑くない。快適な気分な中で、ゆっくりとルピナスの花を見ることができた。時々、なおくんがルピナスの花の説明をしてくれて、ルピナスの花が相当好きなのだと分かった。
ルピナスの花を買うために売店へと向かう。すると、
「彩花……」
「……直人、先輩……」
そこには、ルピナスの花束を抱えた彩花ちゃんがいたのであった。
それは幼い頃から何度も経験しているのに、今回が一番緊張した。
ベッドの上でなおくんとどこかしら触れて、なおくんの寝息が聞こえて、なおくんの温もりや匂いを感じて。昔なら何とも思わなかったことが、今ではとても意識してしまう。だから、あまり眠ることができなかった。
7月21日、日曜日。
午前7時。目を覚ますと、隣ではなおくんがぐっすりと眠っていた。彼の寝顔は昔と変わらず可愛らしい。
眠っている間にエアコンが切れるようになっていたので、今はちょっと蒸し暑い。都会の朝って洲崎町よりも暑いのは本当みたい。決してなおくんと一緒に寝ているから暑いとは思っていない。
「なおくん……」
キスとかしたいけど、なおくんを起こしちゃいけないから、今は止めておこう。
静かに部屋を出て、洗面所で顔を洗う。ちょっと冷たく感じるお水のおかげで、幾らかあった眠気も吹き飛ぶ。
歯を磨いてリビングへ向かうと、既に寝間着から着替えていたひかりさんと、寝間着姿の美月ちゃんがいた。
「おはよう。ひかりさん、美月ちゃん」
「おはよう、美緒ちゃん」
「美緒ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「……あまり眠れなかったかな」
美月ちゃんの問いかけにそう答えると、ひかりさんと美月ちゃんが一気に興味津々そうな表情になって私に近寄ってきた。
「直人とどうなったの?」
「お兄ちゃんと一緒にベッドで寝たんだよね! えっと、その……お兄ちゃんとついに一線を越えちゃったの?」
「もう、美月ったら。どこでそういうことを覚えてきたの? ……それで、実際のところはどうなの? 美緒ちゃん」
「いや、その……」
もう、2人とも昨日の夜から私のことをからかってきて。美月ちゃんがこういうことを私に言ってくるのは、絶対にひかりさんの影響だと思うのですが。
「一緒に寝ただけですよ。小さい頃みたいに」
「そ、そうなの……」
「お兄ちゃん、真面目だもんね……」
がっかりした様子で、そんなことを言わないでくれませんか。
「こんな状況なんですよ。なおくんが、その……私に対してむやみに変なことをするわけないじゃないですか」
ただ、昨日の夜になおくんと……え、えっちなことをしちゃうかもしれないと気持ちが浮ついた瞬間があったので、本当は2人を叱る資格はないのかも。
『美緒……!』
廊下の方から私の名前を呼ぶなおくんの声が聞こえた。
ドタドタと慌てた音が聞こえ、
「美緒!」
寝間着姿のなおくんが勢いよく扉を開けた。そのときのなおくんは焦った表情をし、息を乱している。額に汗を浮かべている。
「なおくん、どうしたの? そんなに慌てて……」
「……目が覚めたら、美緒の姿がなくて。どこかに消えちゃったんじゃないかと思って、凄く寂しくなって。だから……」
すると、なおくんは私の目の前まで来て、そっと抱きしめた。
「美緒がここにいて良かった……」
なおくんの声色から、今、なおくんは涙を流しているんだと分かった。寂しさと安心さからきっと、泣いているんだ。
起きたら、一緒に寝ていた私の姿がない。それは唯ちゃんが亡くなったときと似ているんだ。気付いたときに、自分の側にいる人がいなくなっていた。
「ごめんね、なおくん。不安な想いをさせちゃったね」
私はなおくんのことを抱きしめる。
「でもね、なおくん。私はなおくんに何も言わずにいなくなったりしないよ。だから、安心していいんだよ」
「美緒……」
すると、なおくんは私のことを見つめ、キスする。それは突然のことで驚いたけど、嬉しかった。まだ恋人になったわけでもないし、なおくんから好きだと言われていない。それでも、嬉しい気持ちが勝った。
「ありがとう、美緒」
「お礼を言われるほどじゃないよ。ただ、私はなおくんが好きだからここにいるんだよ。よほどの理由がなければ離れないよ。むしろ、四六時中こうして一緒にいたいくらい」
その気持ちをより正確に伝えるために、今度は私の方からなおくんにキスした。
「……ああ」
なおくんはそう言うと、優しい笑顔を見せる。
「……こういう感じで昨日もキスしたのかな、お母さん」
「きっとそうよ。若いわねぇ」
そういえば、そうだった。ここはなおくんの部屋じゃなかったんだ。ひかりさんと美月ちゃんが見ているんだった。
2人の方を恐る恐る見てみると、2人は少し遠くからニヤニヤしながら私達の方をチラチラと見ていた。
「あううっ……」
「……ごめん、美緒。その、何というか……場所も考えずに勢いでしちゃって」
「別にいいよ。私も何も考えずにキスしちゃったから」
「……そっか」
こんな状況の中で唯一の救いだったのは、キスしたことになおくんがはにかんでいることだった。
なおくんの体調や気分がいいということなので、今日は4人でお出かけをすることになった。
なおくんに任せると言うと、なおくんはある場所に行こうと言った。
それはルピナスの花畑。
スマートフォンで調べたら、月原市での一大観光スポットらしい。ただ、開花時期は3月から6月までなので、屋外の花畑にあるルピナスの花は枯れてしまったとのこと。
ただ、屋内にある花畑では温度管理をされているので今でも花を咲かせ、売店でもルピナスの花を販売しているらしい。
実際に室内花畑に行くと、赤、青、黄色、オレンジ、白など様々な色のルピナスの花が咲き誇っている。とても綺麗。青空の下で観たらもっと綺麗なんだろうなぁ。
「なおくんがここに来てお花を買いたくなるのが分かるよ。凄くきれい」
「最初は花になんて興味はなかったんだけれど、彩花と一緒に住んでいるときに彼女がたまにここで花を買ってきてさ。部屋の中に花が一つあるといいなと思って」
なおくんは落ち着いた口調で言っていた。彩花ちゃんの名前を出しても様子が変わらないってことは、本当にルピナスの花が好きなんだと思う。
「まさか、直人が花に興味を持つなんて」
「都会の女の子と一緒に住んでいたからなのかな?」
どうやら、ひかりさんと美月ちゃんも、なおくんがルピナスの花が好きなことが意外に思っているみたい。
でも、今の美月ちゃんの言葉にはちょっと不満がある。私だってお花に興味があるよ。チューリップとか朝顔とかひまわりとか好きだもん。
「どうしたの、美緒。不機嫌な顔になって」
「……ううん、何でもないよ」
いけない。たとえ、なおくんのせいじゃなくても、なおくんの前ではなるべく不機嫌な顔は見せちゃダメ。
室内ということもあって、外ほど暑くない。快適な気分な中で、ゆっくりとルピナスの花を見ることができた。時々、なおくんがルピナスの花の説明をしてくれて、ルピナスの花が相当好きなのだと分かった。
ルピナスの花を買うために売店へと向かう。すると、
「彩花……」
「……直人、先輩……」
そこには、ルピナスの花束を抱えた彩花ちゃんがいたのであった。
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