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第4章
第25話『コール-前編-』
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日曜日は雨だったこともあって、直人の家で2人きりの時間を楽しんだ。
記憶のない中でも直人が興味を示した音楽などを一緒に楽しんだり、記憶を取り戻すために彼の部屋にあったアルバムの写真を見たりした。外に出られなかったのはちょっと断念だったけど、2人きりだったし、こういう1日もありだなと思った。
夕方になってあたしが家に帰る間際、金曜日になったらまたどちらかの家で泊まろうと約束をしたのであった。
7月1日、月曜日。
7月に入って最初の日の天気は梅雨らしい空模様。空気がジメジメとしている。暑くてもいいから、早く梅雨が明けてほしい。
直人と同じ高校じゃないから寂しい気持ちはあるけど、彼も月原高校で頑張って勉強していると思うと、授業に集中できる。これが恋人という力なのかも。月曜の午前中の授業なのに、あっという間に終わっちゃった。
ただ、昼休みに入ってすぐ、あたしのスマートフォンが鳴る。
すぐに発信者を確認すると、発信者は『紅林杏子』となっていた。その名前を見た瞬間、スマホを持つ手が震え始め、すぐに全身に広がっていった。そのとき、寒気も感じた。
なぜかは分からないけれど、出なければまずい気がした。
「……もしもし」
『……ひさしぶりだね、咲』
杏子の声を聞くのは、直人のことで裏切られたあの日以来だった。だからかもしれないけど、彼女の声を聞いた瞬間、あの日の光景を鮮明に思い出す。杏子が愛おしそうに直人にキスしたあの光景を。
「何の用なの?」
『親友に向かって、その言葉はないんじゃない?』
「何が親友よ。そう思っているなら、直人にあんなことをするなんて考えられないわ」
あの日は何も言い返せなかったから、半月以上経った今になって反論する。もう、あのときみたいに泣いているだけのあたしじゃない。
『へえ、あのときは弱々しく泣いていただけだったのに。いつの間にそんな風に強気になれたのかしら』
さっきから、何を楽しそうに話しているんだか。本当にイライラする。
「教えてあげようか。あたし、今……直人の恋人なの」
『やっぱり。金曜日に直人君と一緒に帰っているあなたを見かけたから、2人って付き合っているのかなぁって思ってた』
「そう。残念だったわね、あなたが狙っていた彼があたしの恋人になっちゃって」
あたしの言える精一杯の皮肉を杏子に放った。あたしを裏切ることが目的だとはいえ、直人に恋をしていたのは本当だった。そんな彼女にはこの事実をはっきりと伝えるのが一番効果的だろう。
『それで、あたしに勝ったと思ってるの?』
「えっ?」
『月原高校や金崎高校に通っている友達に聞いたよ。咲、直人君を賭けて月原とバスケの試合で対戦したんだって? その対戦に勝ったから、直人君が咲の恋人になった……』
「その通りよ」
『吉岡さんや宮原さんに勝ったけど、そんな形で交際をスタートしても直人君とは絶対に上手くいかないって。いつか、その関係は必ず破綻する』
杏子はあたしを傷つけるためにそんなことを言っているんだろうけど、杏子に言われたことはあたしも重々承知していること。だからこそ、直人と本当に確かな関係を築くのは直人の記憶が戻った後にしようって決めたんだ。
『……何も反論しないの? もしかして、泣いちゃってる?』
「そんなわけないじゃない」
本当は泣きたいくらいの罪悪感を持っている。直人の記憶を失うきっかけを作ったのはあたしなんだって今でも思っているくらいだし。
「あたしは決していいとは思えない経緯で直人の恋人になったって思ってる。それでも、あたしは直人と向き合うって決めたの。直人の記憶が戻っても、直人と今のような関係のままでいられたら――」
そのとき、しまったと思った。直人の記憶がない事実を杏子に喋ってしまったから。
嫌な予感が的中してしまったようだ。電話の向こうから杏子の不気味な笑い声が聞こえた。
『やっぱりそうなんだぁ』
「……やっぱり?」
『うん、今日になって直人君が記憶を失っている話をクラスメイトに聞いたからね。それが事実なのか、直人君かあなたに確かめたかったんだけど、本当だったんだ』
「杏子、何を企んでいるつもりなの?」
あの日の出来事がある以上、杏子が直人に何かをしそうで怖かった。今すぐに月原高校に行けない以上、杏子が何をしようとしているのか知りたかった。
少しの間、杏子から何も返答がなかったけど、
『ねえ、咲。あなたは直人君と付き合っている……つもりだけかもしれないよ』
「つもりじゃない! 本当に付き合ってるの!」
『……本当なのかしらね。それって、自分の都合のいいことを事実だと思い込んでいるんじゃないの?』
「何を言い出すの! あたしが直人と付き合っているのは確かな事実なの!」
ふざけないでほしい!
今は直人の記憶はないけど、直人とは何度も気持ちを確かめ合ったし、キスだってたくさんした。肌と肌を触れ合った。それは直人とあたしが付き合っているからこそしたことであって。
『一番大切なのは、直人君が自分と付き合っている相手が誰なのかって思っていることだよ』
「えっ……」
『直人君は記憶を失っている。そんな中で自分と付き合っているのは私なんだって咲が言ったら、彼の性格上……咲が自分の恋人だって思っちゃうんじゃないかなぁ』
「いい加減にして、杏子。それじゃまるであたしが――」
『バスケの試合で直人君のことを賭けた咲に、本当に付き合っているなんて言わせないよ。そもそも、そんな人が直人君と付き合う資格なんてない。咲のしたことなんて、半ば脅迫のようなものじゃないの。本人の意思を尊重しないで、試合に勝ったんだからあたしと付き合えって。それって、直人君のことを考えたらひどいことをしているんだよ。そんなことも分からないんじゃ、直人君と恋人として付き合っていいのかなぁ?』
今の杏子の言葉にはさすがに堪えた。杏子の言っていることは正論だったから。もしかしたら、今言われたようなことを宮原さんや吉岡さんも思っているかもしれない。
それでも、あたしはここで潰されるわけにはいかなかった。杏子は何かを企んでいるに違いないから。
「……杏子の言うことは正しいよ。あたしは直人が決断できないから、バスケの試合で直人を賭けたっていうひどいことをした。だからこそ、あたしは記憶が戻るまでは直人と一線を踏み込まないって決めたの。それよりも、あなたは何を企んでいるの? どうせ、この電話だってあたしのことを傷つけるためにかけてきたんでしょう?」
あたしがそう言うと、杏子はふふっと笑った。
『察しがいいのね。そうね、あなたと同じことをしちゃおうかなぁ』
「同じこと……?」
『そう。直人君の恋人は自分だって彼に伝えるの』
「何ですって! それにあたしの場合は、確かに経緯はひどいかもしれないけど、今のあたしと直人の関係は、宮原さんや吉岡さん達だって認めてくれたし……」
『さっきも言った通り、大事なのは『直人君が誰が自分の恋人なのか』を認識していることなの。周りの人間なんてどうでもいい』
「記憶の改ざんなんて、それこそ直人のことを何も考えていないじゃない! そんなあなたに直人と付き合う資格なんてない!」
直人の失った記憶を自分の都合のいいように変えるなんてこと、絶対にさせない! そんなことをしたって、直人が幸せになれるわけないんだから。
『咲がそんなことを言っていられるのは今のうちだけだよ。肝心なのは直人君。私の言うことが真実だって認めざるを得ないんじゃないかなぁ……?』
「直人があなたの思い通りになるわけない!」
『今の間だけでも、そういう妄想に浸っていれば? でも、それはすぐに私が直人君と付き合っている真実によって掻き消されることになるけれどね』
すると、杏子の方から通話を切った。
まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。杏子が直人の記憶を自分の都合のいいように変えようとしているなんて。それは絶対に食い止めなきゃいけないことだ。
「どうしよう、どうしよう……!」
今すぐに直人のところに駆けつけたい。でも、杏子のことだからあたしがこうして悩んでいる間にも直人のところに向かっているかもしれない。
それなら、もう……今のあたしにできることは1つしか残っていなかった。直人に電話をかけること。
あたしはスマートフォンから直人に電話をかける。どうか、直人が通話に出てほしいと呼び出し音が聞こえる中で切に願うのであった。
記憶のない中でも直人が興味を示した音楽などを一緒に楽しんだり、記憶を取り戻すために彼の部屋にあったアルバムの写真を見たりした。外に出られなかったのはちょっと断念だったけど、2人きりだったし、こういう1日もありだなと思った。
夕方になってあたしが家に帰る間際、金曜日になったらまたどちらかの家で泊まろうと約束をしたのであった。
7月1日、月曜日。
7月に入って最初の日の天気は梅雨らしい空模様。空気がジメジメとしている。暑くてもいいから、早く梅雨が明けてほしい。
直人と同じ高校じゃないから寂しい気持ちはあるけど、彼も月原高校で頑張って勉強していると思うと、授業に集中できる。これが恋人という力なのかも。月曜の午前中の授業なのに、あっという間に終わっちゃった。
ただ、昼休みに入ってすぐ、あたしのスマートフォンが鳴る。
すぐに発信者を確認すると、発信者は『紅林杏子』となっていた。その名前を見た瞬間、スマホを持つ手が震え始め、すぐに全身に広がっていった。そのとき、寒気も感じた。
なぜかは分からないけれど、出なければまずい気がした。
「……もしもし」
『……ひさしぶりだね、咲』
杏子の声を聞くのは、直人のことで裏切られたあの日以来だった。だからかもしれないけど、彼女の声を聞いた瞬間、あの日の光景を鮮明に思い出す。杏子が愛おしそうに直人にキスしたあの光景を。
「何の用なの?」
『親友に向かって、その言葉はないんじゃない?』
「何が親友よ。そう思っているなら、直人にあんなことをするなんて考えられないわ」
あの日は何も言い返せなかったから、半月以上経った今になって反論する。もう、あのときみたいに泣いているだけのあたしじゃない。
『へえ、あのときは弱々しく泣いていただけだったのに。いつの間にそんな風に強気になれたのかしら』
さっきから、何を楽しそうに話しているんだか。本当にイライラする。
「教えてあげようか。あたし、今……直人の恋人なの」
『やっぱり。金曜日に直人君と一緒に帰っているあなたを見かけたから、2人って付き合っているのかなぁって思ってた』
「そう。残念だったわね、あなたが狙っていた彼があたしの恋人になっちゃって」
あたしの言える精一杯の皮肉を杏子に放った。あたしを裏切ることが目的だとはいえ、直人に恋をしていたのは本当だった。そんな彼女にはこの事実をはっきりと伝えるのが一番効果的だろう。
『それで、あたしに勝ったと思ってるの?』
「えっ?」
『月原高校や金崎高校に通っている友達に聞いたよ。咲、直人君を賭けて月原とバスケの試合で対戦したんだって? その対戦に勝ったから、直人君が咲の恋人になった……』
「その通りよ」
『吉岡さんや宮原さんに勝ったけど、そんな形で交際をスタートしても直人君とは絶対に上手くいかないって。いつか、その関係は必ず破綻する』
杏子はあたしを傷つけるためにそんなことを言っているんだろうけど、杏子に言われたことはあたしも重々承知していること。だからこそ、直人と本当に確かな関係を築くのは直人の記憶が戻った後にしようって決めたんだ。
『……何も反論しないの? もしかして、泣いちゃってる?』
「そんなわけないじゃない」
本当は泣きたいくらいの罪悪感を持っている。直人の記憶を失うきっかけを作ったのはあたしなんだって今でも思っているくらいだし。
「あたしは決していいとは思えない経緯で直人の恋人になったって思ってる。それでも、あたしは直人と向き合うって決めたの。直人の記憶が戻っても、直人と今のような関係のままでいられたら――」
そのとき、しまったと思った。直人の記憶がない事実を杏子に喋ってしまったから。
嫌な予感が的中してしまったようだ。電話の向こうから杏子の不気味な笑い声が聞こえた。
『やっぱりそうなんだぁ』
「……やっぱり?」
『うん、今日になって直人君が記憶を失っている話をクラスメイトに聞いたからね。それが事実なのか、直人君かあなたに確かめたかったんだけど、本当だったんだ』
「杏子、何を企んでいるつもりなの?」
あの日の出来事がある以上、杏子が直人に何かをしそうで怖かった。今すぐに月原高校に行けない以上、杏子が何をしようとしているのか知りたかった。
少しの間、杏子から何も返答がなかったけど、
『ねえ、咲。あなたは直人君と付き合っている……つもりだけかもしれないよ』
「つもりじゃない! 本当に付き合ってるの!」
『……本当なのかしらね。それって、自分の都合のいいことを事実だと思い込んでいるんじゃないの?』
「何を言い出すの! あたしが直人と付き合っているのは確かな事実なの!」
ふざけないでほしい!
今は直人の記憶はないけど、直人とは何度も気持ちを確かめ合ったし、キスだってたくさんした。肌と肌を触れ合った。それは直人とあたしが付き合っているからこそしたことであって。
『一番大切なのは、直人君が自分と付き合っている相手が誰なのかって思っていることだよ』
「えっ……」
『直人君は記憶を失っている。そんな中で自分と付き合っているのは私なんだって咲が言ったら、彼の性格上……咲が自分の恋人だって思っちゃうんじゃないかなぁ』
「いい加減にして、杏子。それじゃまるであたしが――」
『バスケの試合で直人君のことを賭けた咲に、本当に付き合っているなんて言わせないよ。そもそも、そんな人が直人君と付き合う資格なんてない。咲のしたことなんて、半ば脅迫のようなものじゃないの。本人の意思を尊重しないで、試合に勝ったんだからあたしと付き合えって。それって、直人君のことを考えたらひどいことをしているんだよ。そんなことも分からないんじゃ、直人君と恋人として付き合っていいのかなぁ?』
今の杏子の言葉にはさすがに堪えた。杏子の言っていることは正論だったから。もしかしたら、今言われたようなことを宮原さんや吉岡さんも思っているかもしれない。
それでも、あたしはここで潰されるわけにはいかなかった。杏子は何かを企んでいるに違いないから。
「……杏子の言うことは正しいよ。あたしは直人が決断できないから、バスケの試合で直人を賭けたっていうひどいことをした。だからこそ、あたしは記憶が戻るまでは直人と一線を踏み込まないって決めたの。それよりも、あなたは何を企んでいるの? どうせ、この電話だってあたしのことを傷つけるためにかけてきたんでしょう?」
あたしがそう言うと、杏子はふふっと笑った。
『察しがいいのね。そうね、あなたと同じことをしちゃおうかなぁ』
「同じこと……?」
『そう。直人君の恋人は自分だって彼に伝えるの』
「何ですって! それにあたしの場合は、確かに経緯はひどいかもしれないけど、今のあたしと直人の関係は、宮原さんや吉岡さん達だって認めてくれたし……」
『さっきも言った通り、大事なのは『直人君が誰が自分の恋人なのか』を認識していることなの。周りの人間なんてどうでもいい』
「記憶の改ざんなんて、それこそ直人のことを何も考えていないじゃない! そんなあなたに直人と付き合う資格なんてない!」
直人の失った記憶を自分の都合のいいように変えるなんてこと、絶対にさせない! そんなことをしたって、直人が幸せになれるわけないんだから。
『咲がそんなことを言っていられるのは今のうちだけだよ。肝心なのは直人君。私の言うことが真実だって認めざるを得ないんじゃないかなぁ……?』
「直人があなたの思い通りになるわけない!」
『今の間だけでも、そういう妄想に浸っていれば? でも、それはすぐに私が直人君と付き合っている真実によって掻き消されることになるけれどね』
すると、杏子の方から通話を切った。
まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。杏子が直人の記憶を自分の都合のいいように変えようとしているなんて。それは絶対に食い止めなきゃいけないことだ。
「どうしよう、どうしよう……!」
今すぐに直人のところに駆けつけたい。でも、杏子のことだからあたしがこうして悩んでいる間にも直人のところに向かっているかもしれない。
それなら、もう……今のあたしにできることは1つしか残っていなかった。直人に電話をかけること。
あたしはスマートフォンから直人に電話をかける。どうか、直人が通話に出てほしいと呼び出し音が聞こえる中で切に願うのであった。
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