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第3章
第15話『真友』
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6月18日、火曜日。
今日も俺は彩花と一緒に女子バスケ部のサポートをしている。渚と香奈さんを中心に、昨日以上に白熱した練習となっている。
昨日は練習試合に駆り出されたけど、選抜チームの圧倒的なプレーに見事にやられてしまった。それだけなら別にいいけど、みんな気迫が凄くて恐ろしさも感じたから、正直、今日はあまりやりたくない気持ちもあって。
――プルルッ。
「……ん?」
しまった。スマホをバッグに入れてくるのを忘れていた。電話がかかってきている。
スマホを確認すると発信者は意外にも『北川楓』だった。
「彩花、電話がかかってきたから、ちょっと外に行ってくるよ」
「分かりました」
あの緊迫した雰囲気の場所にずっといることに息苦しく感じていたので、今回は北川に感謝かな。
体育館から出たところで、彼女からの電話に出る。
「藍沢だ。ひさしぶりだな、北川」
『ひさしぶりね、藍沢君。どう? 元気にしてるかしら?』
「……そんなこと言って、俺がどうなっているのか分かっているんだろう? 咲から聞いたぞ。彩花と渚のことや、唯の事件について話したのはお前なんだって?」
俺がそう言うと、北川は「ふふっ」と笑う。
『その通り。藍沢君達が帰った日に咲から電話があってね。私はただ、実際にあったことと、あなた達の様子を見て思ったことを彼女に伝えただけよ』
その内容が見事に当たっているから凄い。洲崎にいた4日間という短い時間の中でよく俺のことを見抜いたと思う。
「北川って、意外と人のことを観察しているんだな。自分の書いている小説のネタにしようとしていたくらいだし」
『観察って言わないでよ。変な風に聞こえるじゃない』
いやいや、洲崎に帰ったときにはむしろ堂々とメモ帳を開いて、月原での俺の話をメモしていたじゃないか。
「でも、それだけ俺のことを気にしていたり、見ていたりしたってことだよな」
『あっ、うん、えっと……うん。まあ、あ、藍沢君の話は小説を書くのに上質なネ、ネタになるかもって思ったからよ。それだけ。あなたのことがどうしても気になってしまうからだとか、そういう意味は全くないから』
そこまで強く言われると、逆にあるんじゃないかって思うんだけど。今頃、電話の向こうで、北川は顔を赤くしていそうな気がする。
『咲があなたの前に現れたでしょう? もしかしたら、藍沢君は悩んでいるんじゃないかと思って。私は咲の友人だから、あの2人よりも彼女のことを推すつもりでいるけど。彼女の魅力をたっぷりと話そうと思って』
「……北川が咲の側にいてくれたら良かったのにな」
『えっ? どういうこと?』
俺はこの1週間ほどのことを北川に話した。
『……その紅林さんって女の子、許せないわ。あなたを好きになったことを責める気は全くないけど、咲のことを傷つけたのが許せない』
「俺も同じだよ」
好きだと告白すること、俺に口づけをすること。それは別にいいんだ。ただ、許せないのはそれらの目的が咲を傷つけるためということだ。
もし、北川も咲の側にいたらどうなっていたんだろう。咲の言う『悪』がここまで育つことはなかったと思う。
『咲は自分の考えを曲げないつもりなのね。だから、インターハイの決勝ラウンドをちょうどいい機会だと考えた』
「本人も言ってた。俺が決断できないなら、周りの状況次第で決めてしまえばいいって」
『そっか。でも、咲は藍沢君が考えているような悪い子じゃないよ。きっと、今だってあなたを幸せにしたいと考えているはず。そんな一途な女の子だってことを覚えておいてくれると親友として嬉しく思うわ。宮原さんや吉岡さんにも負けない素敵な子だって。少なくとも……私よりはね』
最後の一言の意図が気になったけれど、もしかしたら……だったのかもな。それを言う直前までの声と比べてみても。
「……北川だって、友達想いの素敵な女の子だよ。咲のことで俺にこうして電話をかけてくるし」
『えっ? い、いきなりそういうことを言うのを止めてくれる? そういうことを言うから、あなたは女性に好意を寄せられて、結果的に悩まされるんじゃないの?』
そう言う北川の声は所々で翻っていた。今頃、電話の向こうで北川は顔を真っ赤にしていそうな気がする。
『そ、それよりも! 私の書いた小説は読んでくれたのかしら? あなたの感想が聞きたくて電話をかけたのよ!』
「ああ、面白かったよ。主人公のひたむきさには思わず涙が……」
出てしまったのだ。自分の部屋で読んで正解だった。彩花に泣いている姿なんて見られたくなかったからな。
北川の小説の主人公には、俺にはない純情さと決断力があって。本当に眩しかった。ま、まずい。思い出したら思わず涙が。
『きっと、今も泣いているのね』
「……それだけ、お前の小説が良かったんだよ」
『その震えた声が物語っているわね』
ふふっ、と北川は笑っている。本当に電話で良かった。これが対面だったら、恥ずかしくてたまらないな。
『何にせよ、咲のことに関しては来週の日曜日には結果が出るのね。状況が状況だけれど……私は咲のことを応援したいわ』
「……そうか。それを咲にも言ってあげてほしい。あいつ、きっと自分は独りぼっちだと思っているだろうから。いや、北川っていう洲崎の親友がいるから独りじゃないか」
『そう思ってくれると嬉しいけれど。あとで咲に電話なりメッセージなりするわ』
「ありがとう、北川」
これで、少しは咲も安心できるだろう。彼女に潜んでいる『悪』が小さくなっていけば嬉しい。
『藍沢君も咲に言葉をかけてあげなさい。あなただからこそ救われる部分もあるだろうから』
「……分かった」
『それにしても、本当にあなたは罪作りな人ね。あなたは何も悪くないけれど』
「……そうかい」
『じゃあ、咲と話したいから私はここで。色々と話してくれてありがとう。あと、小説の感想を聞かせてくれて嬉しかった。創作意欲が増したよ』
「そうか。それは良かった。俺も北川のような人間がいることが分かって安心した。俺がそんなことを言えるような立場じゃないけど」
『……そんなことないと思う。藍沢君は咲のことを大切に想っていることが伝わってくるもの。素敵な人ね、あなたって』
「北川が言うほど良い人間じゃないよ、俺なんて。罪作りな悪い人間だよ」
そう、2年前のあの日から。俺は重い罪を背負っている。きっと、咲の言う『悪』なんて比べものにならないくらいの悪が俺には潜んでいる。
「また、北川の書いた小説を読ませてくれ。楽しみにしてる」
北川の書く小説の主人公のように、物事に対して真っ直ぐに向き合い、決断することができればどれだけ楽なんだろう。その主人公から感じた手に届かない眩しさを、また味わってみたいのだ。
『そう言ってくれると、藍沢君のために小説を書きたくなるわ。うん、書けたらそのときに連絡するから』
「ああ、楽しみにしているよ」
『じゃあ、またね』
「ああ、またな」
北川の方から通話を切った。
何というか、ほっとした気持ちになっている。咲にも北川という本当の応援者がいたということが分かって。
しかし、咲と北川がここまで仲がいいとは。正直、意外だ。でも、これこそ親友と呼ぶべき関係だろう。
女バスの練習する体育館に戻りながら思う。
これまで俺は曲がりくねった道を歩んできたけど、俺も北川の小説の主人公のように、いつかは真っ直ぐに向き合い、決断することができるのかなって。
今日も俺は彩花と一緒に女子バスケ部のサポートをしている。渚と香奈さんを中心に、昨日以上に白熱した練習となっている。
昨日は練習試合に駆り出されたけど、選抜チームの圧倒的なプレーに見事にやられてしまった。それだけなら別にいいけど、みんな気迫が凄くて恐ろしさも感じたから、正直、今日はあまりやりたくない気持ちもあって。
――プルルッ。
「……ん?」
しまった。スマホをバッグに入れてくるのを忘れていた。電話がかかってきている。
スマホを確認すると発信者は意外にも『北川楓』だった。
「彩花、電話がかかってきたから、ちょっと外に行ってくるよ」
「分かりました」
あの緊迫した雰囲気の場所にずっといることに息苦しく感じていたので、今回は北川に感謝かな。
体育館から出たところで、彼女からの電話に出る。
「藍沢だ。ひさしぶりだな、北川」
『ひさしぶりね、藍沢君。どう? 元気にしてるかしら?』
「……そんなこと言って、俺がどうなっているのか分かっているんだろう? 咲から聞いたぞ。彩花と渚のことや、唯の事件について話したのはお前なんだって?」
俺がそう言うと、北川は「ふふっ」と笑う。
『その通り。藍沢君達が帰った日に咲から電話があってね。私はただ、実際にあったことと、あなた達の様子を見て思ったことを彼女に伝えただけよ』
その内容が見事に当たっているから凄い。洲崎にいた4日間という短い時間の中でよく俺のことを見抜いたと思う。
「北川って、意外と人のことを観察しているんだな。自分の書いている小説のネタにしようとしていたくらいだし」
『観察って言わないでよ。変な風に聞こえるじゃない』
いやいや、洲崎に帰ったときにはむしろ堂々とメモ帳を開いて、月原での俺の話をメモしていたじゃないか。
「でも、それだけ俺のことを気にしていたり、見ていたりしたってことだよな」
『あっ、うん、えっと……うん。まあ、あ、藍沢君の話は小説を書くのに上質なネ、ネタになるかもって思ったからよ。それだけ。あなたのことがどうしても気になってしまうからだとか、そういう意味は全くないから』
そこまで強く言われると、逆にあるんじゃないかって思うんだけど。今頃、電話の向こうで、北川は顔を赤くしていそうな気がする。
『咲があなたの前に現れたでしょう? もしかしたら、藍沢君は悩んでいるんじゃないかと思って。私は咲の友人だから、あの2人よりも彼女のことを推すつもりでいるけど。彼女の魅力をたっぷりと話そうと思って』
「……北川が咲の側にいてくれたら良かったのにな」
『えっ? どういうこと?』
俺はこの1週間ほどのことを北川に話した。
『……その紅林さんって女の子、許せないわ。あなたを好きになったことを責める気は全くないけど、咲のことを傷つけたのが許せない』
「俺も同じだよ」
好きだと告白すること、俺に口づけをすること。それは別にいいんだ。ただ、許せないのはそれらの目的が咲を傷つけるためということだ。
もし、北川も咲の側にいたらどうなっていたんだろう。咲の言う『悪』がここまで育つことはなかったと思う。
『咲は自分の考えを曲げないつもりなのね。だから、インターハイの決勝ラウンドをちょうどいい機会だと考えた』
「本人も言ってた。俺が決断できないなら、周りの状況次第で決めてしまえばいいって」
『そっか。でも、咲は藍沢君が考えているような悪い子じゃないよ。きっと、今だってあなたを幸せにしたいと考えているはず。そんな一途な女の子だってことを覚えておいてくれると親友として嬉しく思うわ。宮原さんや吉岡さんにも負けない素敵な子だって。少なくとも……私よりはね』
最後の一言の意図が気になったけれど、もしかしたら……だったのかもな。それを言う直前までの声と比べてみても。
「……北川だって、友達想いの素敵な女の子だよ。咲のことで俺にこうして電話をかけてくるし」
『えっ? い、いきなりそういうことを言うのを止めてくれる? そういうことを言うから、あなたは女性に好意を寄せられて、結果的に悩まされるんじゃないの?』
そう言う北川の声は所々で翻っていた。今頃、電話の向こうで北川は顔を真っ赤にしていそうな気がする。
『そ、それよりも! 私の書いた小説は読んでくれたのかしら? あなたの感想が聞きたくて電話をかけたのよ!』
「ああ、面白かったよ。主人公のひたむきさには思わず涙が……」
出てしまったのだ。自分の部屋で読んで正解だった。彩花に泣いている姿なんて見られたくなかったからな。
北川の小説の主人公には、俺にはない純情さと決断力があって。本当に眩しかった。ま、まずい。思い出したら思わず涙が。
『きっと、今も泣いているのね』
「……それだけ、お前の小説が良かったんだよ」
『その震えた声が物語っているわね』
ふふっ、と北川は笑っている。本当に電話で良かった。これが対面だったら、恥ずかしくてたまらないな。
『何にせよ、咲のことに関しては来週の日曜日には結果が出るのね。状況が状況だけれど……私は咲のことを応援したいわ』
「……そうか。それを咲にも言ってあげてほしい。あいつ、きっと自分は独りぼっちだと思っているだろうから。いや、北川っていう洲崎の親友がいるから独りじゃないか」
『そう思ってくれると嬉しいけれど。あとで咲に電話なりメッセージなりするわ』
「ありがとう、北川」
これで、少しは咲も安心できるだろう。彼女に潜んでいる『悪』が小さくなっていけば嬉しい。
『藍沢君も咲に言葉をかけてあげなさい。あなただからこそ救われる部分もあるだろうから』
「……分かった」
『それにしても、本当にあなたは罪作りな人ね。あなたは何も悪くないけれど』
「……そうかい」
『じゃあ、咲と話したいから私はここで。色々と話してくれてありがとう。あと、小説の感想を聞かせてくれて嬉しかった。創作意欲が増したよ』
「そうか。それは良かった。俺も北川のような人間がいることが分かって安心した。俺がそんなことを言えるような立場じゃないけど」
『……そんなことないと思う。藍沢君は咲のことを大切に想っていることが伝わってくるもの。素敵な人ね、あなたって』
「北川が言うほど良い人間じゃないよ、俺なんて。罪作りな悪い人間だよ」
そう、2年前のあの日から。俺は重い罪を背負っている。きっと、咲の言う『悪』なんて比べものにならないくらいの悪が俺には潜んでいる。
「また、北川の書いた小説を読ませてくれ。楽しみにしてる」
北川の書く小説の主人公のように、物事に対して真っ直ぐに向き合い、決断することができればどれだけ楽なんだろう。その主人公から感じた手に届かない眩しさを、また味わってみたいのだ。
『そう言ってくれると、藍沢君のために小説を書きたくなるわ。うん、書けたらそのときに連絡するから』
「ああ、楽しみにしているよ」
『じゃあ、またね』
「ああ、またな」
北川の方から通話を切った。
何というか、ほっとした気持ちになっている。咲にも北川という本当の応援者がいたということが分かって。
しかし、咲と北川がここまで仲がいいとは。正直、意外だ。でも、これこそ親友と呼ぶべき関係だろう。
女バスの練習する体育館に戻りながら思う。
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