ルピナス

桜庭かなめ

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第2章

第9話『同窓会-②-』

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 午後6時。
 集合時間までに参加者が全員集まり、会場である料亭の中に入っていく。
 店員さんにより、大人数用の宴会部屋へと通される。ちなみに、部屋の前にはちゃんと『洲崎町立洲崎第一中学校3年2組同窓会』と書かれた看板が置かれていた。
 席順は基本的に自由らしいけど、俺については佐藤と北川に手を引かれて担任の浅水沙織あさみさおり先生の隣に座らされた。気付けば、浅水先生と美緒に挟まれる形になっている。
 テーブルを挟んで向かい側には俺から見て右から、佐藤、北川、笠間という順番で座っていた。ちょうど1つのテーブルが6人用なので、これが1グループとなる。
 ちなみに、先生とこのメンバーは2年前の俺を支えてくれた人達。もしかしたら、佐藤と北川は俺を気遣って、こういう席順にしてくれたのかもしれない。

「ひさしぶりね、藍沢君」
「おひさしぶりです、浅水先生」

 浅水先生は俺が2年生、3年生のときの担任だった。担当教科は国語。当時も大学生のような可愛さだったけど、1年経った今もそれは変わっていない。黒いスーツを着ているけれど、就活中の大学生にしか見えない。実際の年齢は確か……20代後半だったはず。黒髪のショートボブという髪型が、実年齢を感じさせない可愛さを引き出していると思う。

「今日参加した人の中でひさしぶりっていうのは、藍沢君ぐらいなんだよね。私もこの町に住んでいるし、他の子とは卒業してから一度は会っているんじゃないかな」
「俺以外に上京した人はほとんどいませんからね」
「うんうん。だからね、何だか藍沢君だけ都会っ子って感じがする」

 このいかにも田舎っ子みたいな発言。美緒もそうだけど、浅水先生も月原市に連れて行ったら面白そうな反応をしてくれそうだ。
 というか、俺のどこが他のクラスメイトよりも都会の人間なのか。俺にとってはこっちの方が落ち着くんだけど。

「都会っ子になると、女の子を連れてくるようになるんだね。しかも2人」

 ああ、やっぱりそれを言ってくるか。

「……ていうか、先生まで知っているんですか」
「うん。椎名さんから最初に聞いて、北川さんからもメールが来て……」

 好きなんだなぁ、こういう類の話。ここまで広まるのは、地方の町特有なのかもしれない。あと、俺が彩花と渚を連れてきた話の元を辿ると、必ず美緒なんだよな。

「まあ、その話はまた後でゆっくり話しますよ」

 どうせこの話はクラス中の人間に知れ渡っているんだろう。これまでのことを整理して、後でしっかりと話すことにしよう。
 乾杯をするため、各自のコップに飲み物が注がれる。今はまだソフトドリンクだけど、3年ほど経って成人になったらこれがビールになるんだろう。
 浅水先生はオレンジジュースが注がれたコップを持ち、すっと立ち上がる。

「ほとんどの人達がひさしぶりっていう感覚はないと思いますが、こうやってみんなで集まるのは卒業以来ですね。せっかくの同窓会なので、今日は大いに楽しみましょう。乾杯!」
『乾杯!』

 その掛け声で、初めての同窓会がスタートした。
 さてと、目の前にある料理をさっそく――。

「それで、藍沢君が連れてきた2人について話してよ」
「……後で話すって言ったじゃないですか」
「私、そのことがとても気になってるの。ぶっちゃけ、他の子は大半、たまに会うこともあるから、訊きたいことなんて全然ないしね」

 それ、元担任教師として言っていいことなのか? たまに会うからとはいえ。

「ほらほら、みんなが聞きたがってるよ。後ろを振り向いてごらん」
「……うわあっ」

 思わず声が出てしまった。
 先生の言うとおり後に振り返ったら、女子を中心に俺を囲んでいたのだ。彩花と渚を連れて帰ってきた話がそこまで気になるのだろうか。
 でも、俺を囲む生徒の中ではかつて、俺のことを非難した人も含まれる。そんな彼らが純粋に俺の話を聞きたがっているのは嬉しいこと……かな。

「ほらほら、さっきと同じことを話してやれよ」

 そう言って、斜向かいで普通に料理を堪能する笠間が羨ましい。彼が食べている茶碗蒸しが凄く美味しそうだ。俺の大好物を美味そうに食いやがって。

「確か、なおくんが連れてきた2人って、お嫁さん候補じゃなかったっけ? 彩花ちゃんの方がそう言ってたよね」
『お嫁さん候補?』

 いつものトーンで言った美緒の言葉に、何人かの女子が声を揃えてそう叫んだ。中にはがっかりする女子も。

「あぁ、あたし、藍沢君のことが好きだったのになぁ……」
「洲崎に連れてきたいと思わせる女の子ってかなり凄いね」
「ていうか、本命が椎名さんだと思っていたから意外」

 みんな、思っていることを好き勝手に喋る。
 ここでも、美緒が俺の彼女になるんじゃなかったのかと言われた。俺達は幼なじみとして一緒にいるだけだったけど、周りは俺達が恋人関係に発展すると思っていたんだな。
 当の本人である美緒はほんのりと頬を赤くしながらも、俺の隣で料理をちょっとずつ食べ始めている。いいなぁ、食えて。俺、急に腹減ってきたよ。

「今だから言うけれど、先生も藍沢君は椎名さんと付き合うと思ってた」
「今だから言うって……まさか、当時からそんなことを考えてたんですか?」
「だって、教室ではあなた達いつも一緒だったじゃない。他にも笠間君や、2年のときは柴崎さんとも一緒だったけれど……」

 柴崎さんという言葉が出た瞬間、場の空気が張り詰めたものに。先生もしまった、という表情をしている。
 唯が亡くなってから程なくして、3年生になったこのクラスメイトの大半は、唯のことで俺を不登校に追い込んだのだ。
 俺が学校に復帰してからは、唯を話題にするのがタブーのようになっていた。それは、俺を気遣ってのことだと思うけれど。
 ただ、いつまでも、唯について話さないままだと、彼女が元々いなかった人間のような気がして寂しい気持ちになる。もう卒業して1年も経っているんだ。唯のことを少しずつ話題に出してもいいんじゃないだろうか。

「……そうですね。2年のときは笠間と唯と4人でいつもいましたね」

 俺がそう答えると、ほっとしたのか浅水先生は胸を撫で下ろした。

「そうだったよね。ただ、椎名さんといるのが一番自然に見えたから、そのまま付き合うと思っていたよ。2人なら遠距離恋愛でもやっていけると思ったし」
「そんなことまで考えていたんですか」

 まったく……先生は好き勝手なことを考えていたんだな。

「椎名さんは、2人の女の子を連れて帰ってきたのを見たときどう思ったの?」

 先生がそんな質問をすると、俺の正面に座っている北川がメモ帳とペンを取り出した。こいつ、本当に俺のことを小説の元ネタにする気なんだな。もし、本当に書くなら元ネタが分からない程度に脚色してほしい。

「ただ、なおくんも都会に行くと変わるんだなぁ、って。あと、2人ともなおくんのことを本当に好きなんだって思いました」
「嫉妬とかしなかったの?」

 おっと、いつの間にか質問役が北側に変わったぞ。

「別に、なおくんが遠い存在になるわけじゃないから、嫉妬はしなかったかな。むしろ、ひさしぶりに会えて、嬉しい気持ちでいっぱいになったよ」

 いつもの優しい笑顔を浮かべながら意う美緒のそんな答えに感心したのか、俺達を取り囲んだクラスメイト達から「おおっ」と声が上がる。
 嫉妬しなかった……か。洲崎駅での美緒の反応からそうだとは思っていた。むしろ、彩花と渚が俺のことが好きなことに納得していたようだったし。

「そういえば、椎名さんのメールでは後輩の子の方とは一緒に住んでいるって書いてあったわね」

 まさか、こういう場で、担任から彩花と一緒に住んでいることまで訊かれるとは思わなかったな。もうあれだ、今夜は浅水先生のことを恋愛系の話が大好きな1人の女性だと思っておこう。

「後輩とは一緒に住んでいますよ。寮の2人部屋ですし、色々な事情がありましたから。まあ、根底には後輩の子が俺のことを好きになったというのもありますが」
「へえ、そうなんだ」
「でも、実際に住んでみると可愛い妹みたいなもんですよ」
「藍沢君には美月ちゃんっていう妹がいるものね。ちなみに、彼女のいるクラスに国語を教えているわ」
「そうですか。妹がお世話になっております」

 そうか、俺と美月は3学年違いだから、ローテーションを考えると浅水先生が美月の学年を担当していることになるんだ。浅水先生が関わっているなら安心かな。

「でも、藍沢君と一緒にこの町に来るなんて、あなたのことが相当好きなのね。しかも2人。藍沢君から誘ったの?」
「実は同窓会の案内ハガキが届いたときに2人がいまして。そのときの話の成り行きで。ただ、2人はとても来たがっていました」

 まあ、彩花に関しては俺の実家に来るのをいい機会に、何か企んでいたようだけど。2人ともこの洲崎町に来たがっていたのは本当だ。
 彩花と渚と一緒に帰ってきたのは相当なことなんだな。今のこの状況を見てそれがようやく実感できた。だから、早く目の前にある料理を食べさせてくれませんかね。熱々の茶碗蒸しが、きっと人肌程度のぬるさになっていると思うんですよ。

「それで、どっちの子が気に入っているとかあるの? やっぱり、一緒に住んでいる後輩の女の子?」
「……今はまだどちらの方がいいとかはありません。2人とも大切な存在ですよ」

 俺のそんな回答に、俺の周りにいるクラスメイトは大いに盛り上がる。やっぱり、この年頃って、こういう話が一番興味あるのかね。まあ、一番食いついてきたのは20代後半の担任なんだけれど。
 それでも、この場の空気がいいものになっていっているのは嬉しい。
 しかし――。

「うっせーんだよ!」

 そんな一つの怒号が、一瞬にして雰囲気をぶち壊しにするのであった。
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