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第55話『お嫁さんがいない学校』
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俺一人で登校することが普段通りじゃないこと。
その認識は俺だけでなく、周りの生徒も同じなようで。優奈と一緒に登校しているときよりも視線が集まっている。中には、
「どうしたんだ? 有栖川と結婚したあいつ、今日は一人だけど……」
「まさか夫婦喧嘩か? 離婚危機か?」
「先週は一緒にいたよね。週末の間に何かあったのかな?」
「でも、昨日の夕方頃に駅前を一緒に歩いているところを見たよ」
と、憶測を話す生徒達もいて。ゴールデンウィークの5連休直前から、優奈と俺は一緒に登校しているもんな。喧嘩したり、離婚危機だったりするのでは……と考えてしまうのも仕方ないか。俺達が多くの生徒から関心を寄せられているのを実感する。
校舎に入り、俺は教室に行く前に2階にある職員室へ向かう。
「すみません。渡辺夏実先生はいらっしゃいますか」
職員室の扉を開けて、渡辺先生のことを呼ぶ。
扉に貼られている座席表を参考に、渡辺先生のデスクの方を見ると……いた。俺の声に気付いたのか、俺が見つけた直後に先生はこちらに振り向く。
「あっ、長瀬君」
渡辺先生は俺の名字を口にすると、ニコッと笑ってこちらにやってくる。
「長瀬君、おはよう」
「おはようございます」
「この時間に職員室に来るなんて珍しいね。どうかした? それに、優奈ちゃんがいないけど」
「優奈は体調を崩しまして。なので、今日は優奈が欠席することを伝えに来ました」
「そっか……」
優奈が体調不良で欠席すると伝えたからか、渡辺先生の表情が曇る。
「優奈ちゃんの欠席……分かったわ。ちなみに、症状はどんな感じ?」
「風邪のような症状です。38度近い発熱に喉の痛み、頭痛などです。お粥を食べさせて、市販の風邪薬を飲んで寝ています。本人曰く、そのくらいの症状なら市販の薬で治るそうなので」
「そうなんだね、了解。長瀬君、伝えてくれてありがとね」
「はい。失礼します」
渡辺先生に軽く頭を下げて、俺は職員室を後にする。
階段で、2階から教室のある6階まで上がる。
3年生になって2ヶ月近く経ち、階段で上がることにも慣れてきたけど、6階に辿り着いたときに疲れを感じた。
6階の廊下にも談笑している生徒が何人もいる。ただ、一人で来た俺に気付いたのか、大半の生徒がこちらを見ていて。人数こそあまり多くないけど、家を出てから一番注目を集めている感じがする。このフロアは俺達のクラスの教室があるし、優奈と俺が一緒にいることに見慣れた生徒が多いからだろう。
ざわざわとする廊下を一人で歩いて、俺は後方の扉からうちのクラスの教室に入った。
「おはよう、長瀬!」
教室に入った直後、西山が元気良く朝の挨拶をしてきてくれる。普段と変わらない彼の挨拶にちょっと心が軽くなった。そう思いつつ、自分の席まで向かう。
「おはよう、西山」
「おう! ……って、あれ? 今日は長瀬一人なのか? いつも有栖川と一緒なのに」
西山は俺にそう問いかけてくる。
西山の問いかけの声が聞こえたのか、既に登校している井上さんと佐伯さんも俺のところにやってくる。優奈の姿がないからか、2人の顔に笑みはない。
「優奈は今日は欠席だ。体調を崩してさ。だから、今日は俺一人で来たんだ」
「そうなのか……」
西山の顔から笑顔が消え、力のない声でそう言う。西山のこういう声はこれまで全然聞いたことない。優奈が体調を崩して欠席したのが相当ショックなのだろう。
俺の言葉を聞いてか、教室内はざわざわし始める。優奈の友達の女子達はスマホを手に取っていて。もしかしたら、優奈にお見舞いのメッセージを送っているのかもしれない。
「優奈……お休みか。週末は元気そうだったのに……」
「そうだね。昨日だって、優奈は楽しそうに買い物したり、食事したりしていたよね、萌音」
井上さんと佐伯さんも沈んだ様子になっている。優奈の体調が心配だったり、週末は一緒に楽しく過ごしたのに、今日は学校で会えないから寂しかったりするのだろう。もしかしたら、優奈の体調の異変に気づけなかった罪悪感もあるかもしれない。
「優奈も昨日までは楽しそうにしていたし、体調が悪いって分かったのは今朝になってからだったそうだ。熱が出たり、のどが痛かったりとか風邪のような症状がある。俺が作ったお粥を食べて、市販の薬を飲んで今は寝ているよ。本人曰く、そういう薬で治る程度の症状らしい」
「そうなのか。今回もそういった薬で治るといいな、長瀬」
「ああ」
お茶碗半分ほどだけどお粥を食べていたし、俺が家を出発するときはぐっすりと眠っていた。薬が効いて快方に向かうといいな。市販の薬で治りそうだと本人が言っていたけど、体調を崩した優奈を見るのは初めてだから心配な気持ちがある。今日はバイトもないし、学校が終わったらすぐに帰ろう。
「まあ、優奈は2年生までの間に何度か体調を崩していたけど、1日か2日で治ることが多かったわ。今回もそうだといいわ」
「そうだね、萌音。優奈にお見舞いのメッセージを送っておこうっと」
「俺も送るか」
「私も送るわ。あと……長瀬君。放課後にお見舞いに行ってもいい? これまでも、優奈が欠席したらお見舞いに行くことが多かったし。今日の放課後は特に予定ないから」
「もちろんいいぞ。優奈も喜ぶと思う。今日は俺も予定ないから、一緒に帰ろう」
「ええ」
井上さんはそう返事をすると、俺に微笑みかけてくれる。その微笑みと、お見舞いに行くという言葉で心が温かくなった。
「俺は……部活があるからな。行かないでおこう。メッセージを送るけど、長瀬からもお大事にって伝えておいてくれないか」
「あたしもお願い。ただ……今の2人の家なら帰る途中に行けるし、部活が終わってから寄るかもしれない」
「分かった。優奈に伝えておくよ」
きっと、スマホや俺を介したメッセージでも、優奈は嬉しく思うんじゃないだろうか。
西山、井上さん、佐伯さんは優奈にメッセージを送るためにスマホを手に取る。
――プルルッ。プルルッ。
うん? 俺のスマホが何度も鳴っている。どうしたんだろう?
ジャケットのポケットからスマホを取り出して確認すると……俺と優奈、西山、井上さん、佐伯さんの5人のグループトークにメッセージが送信されたと通知が届いていた。通知をタップしてトーク画面を見ると、
『ゆっくり休んでね、優奈! お大事に!」
『体調を崩したって長瀬から聞いた。お大事に』
『お大事に、優奈。ゆっくり休んでね。学校が終わったら、長瀬君と一緒にお見舞いに行くからね』
佐伯さん、西山、井上さんが優奈に向けてお見舞いのメッセージを送っていた。
個別ではなくグループトークに送ったのか。優奈は学校を欠席したけど、ここも俺達が会話できる場所だもんな。一人で寂しがっているかもしれない優奈への気遣いなのかもしれない。
『ゆっくり休んで、優奈。学校が終わったら井上さんと一緒に帰るから。もちろん、体調が辛かったらいつでも連絡していいからな』
と、俺からも優奈にメッセージを送った。これで少しでも優奈が元気になってくれたらいいな。
「それにしても、優奈が欠席か。寂しいわ。……今日は千尋の胸をいつも以上に堪能しよう」
「あたしの胸で良ければいくらでも堪能して」
「ありがとう」
井上さんは佐伯さんを抱きしめ、佐伯さんの胸に顔を埋めた。時折、顔をスリスリして。いつもは優奈にするので、この光景は新鮮だ。また、佐伯さんは明るく笑いながら井上さんの頭を優しく撫でていた。
それから数分ほどして朝礼のチャイムが鳴り、渡辺先生が教室にやってきた。
朝礼の中で、渡辺先生が優奈は体調不良で欠席することを伝えた。先生の声が切なく響いた。
普段とは違って教室に優奈はいないけど、普段通りに今日の学校生活が始まる。
中間試験が終わってから最初の登校日なのもあり、どの教科も中間試験の返却と解説の時間となった。文系科目を中心にいい点数で一安心だ。
ただ、優奈のことばかり考えてしまい、担当科目の先生の解説の言葉があまり耳に入ってこない。間違えた問題の正しい答えをメモする程度で。いつものような授業じゃなくて良かった。
優奈が教室にいないことがとても寂しい。家に帰れば優奈に会えるのに。寂しい気持ちは心に居座り続けて、時間が経つにつれて膨らんでいく。
ただ、左手の薬指に付けている優奈との結婚指輪を見たり、昼休みに西山と井上さんと佐伯さんと一緒にお昼ご飯を食べたりするなどして、何とか今日の学校生活を送ることができたのであった。
その認識は俺だけでなく、周りの生徒も同じなようで。優奈と一緒に登校しているときよりも視線が集まっている。中には、
「どうしたんだ? 有栖川と結婚したあいつ、今日は一人だけど……」
「まさか夫婦喧嘩か? 離婚危機か?」
「先週は一緒にいたよね。週末の間に何かあったのかな?」
「でも、昨日の夕方頃に駅前を一緒に歩いているところを見たよ」
と、憶測を話す生徒達もいて。ゴールデンウィークの5連休直前から、優奈と俺は一緒に登校しているもんな。喧嘩したり、離婚危機だったりするのでは……と考えてしまうのも仕方ないか。俺達が多くの生徒から関心を寄せられているのを実感する。
校舎に入り、俺は教室に行く前に2階にある職員室へ向かう。
「すみません。渡辺夏実先生はいらっしゃいますか」
職員室の扉を開けて、渡辺先生のことを呼ぶ。
扉に貼られている座席表を参考に、渡辺先生のデスクの方を見ると……いた。俺の声に気付いたのか、俺が見つけた直後に先生はこちらに振り向く。
「あっ、長瀬君」
渡辺先生は俺の名字を口にすると、ニコッと笑ってこちらにやってくる。
「長瀬君、おはよう」
「おはようございます」
「この時間に職員室に来るなんて珍しいね。どうかした? それに、優奈ちゃんがいないけど」
「優奈は体調を崩しまして。なので、今日は優奈が欠席することを伝えに来ました」
「そっか……」
優奈が体調不良で欠席すると伝えたからか、渡辺先生の表情が曇る。
「優奈ちゃんの欠席……分かったわ。ちなみに、症状はどんな感じ?」
「風邪のような症状です。38度近い発熱に喉の痛み、頭痛などです。お粥を食べさせて、市販の風邪薬を飲んで寝ています。本人曰く、そのくらいの症状なら市販の薬で治るそうなので」
「そうなんだね、了解。長瀬君、伝えてくれてありがとね」
「はい。失礼します」
渡辺先生に軽く頭を下げて、俺は職員室を後にする。
階段で、2階から教室のある6階まで上がる。
3年生になって2ヶ月近く経ち、階段で上がることにも慣れてきたけど、6階に辿り着いたときに疲れを感じた。
6階の廊下にも談笑している生徒が何人もいる。ただ、一人で来た俺に気付いたのか、大半の生徒がこちらを見ていて。人数こそあまり多くないけど、家を出てから一番注目を集めている感じがする。このフロアは俺達のクラスの教室があるし、優奈と俺が一緒にいることに見慣れた生徒が多いからだろう。
ざわざわとする廊下を一人で歩いて、俺は後方の扉からうちのクラスの教室に入った。
「おはよう、長瀬!」
教室に入った直後、西山が元気良く朝の挨拶をしてきてくれる。普段と変わらない彼の挨拶にちょっと心が軽くなった。そう思いつつ、自分の席まで向かう。
「おはよう、西山」
「おう! ……って、あれ? 今日は長瀬一人なのか? いつも有栖川と一緒なのに」
西山は俺にそう問いかけてくる。
西山の問いかけの声が聞こえたのか、既に登校している井上さんと佐伯さんも俺のところにやってくる。優奈の姿がないからか、2人の顔に笑みはない。
「優奈は今日は欠席だ。体調を崩してさ。だから、今日は俺一人で来たんだ」
「そうなのか……」
西山の顔から笑顔が消え、力のない声でそう言う。西山のこういう声はこれまで全然聞いたことない。優奈が体調を崩して欠席したのが相当ショックなのだろう。
俺の言葉を聞いてか、教室内はざわざわし始める。優奈の友達の女子達はスマホを手に取っていて。もしかしたら、優奈にお見舞いのメッセージを送っているのかもしれない。
「優奈……お休みか。週末は元気そうだったのに……」
「そうだね。昨日だって、優奈は楽しそうに買い物したり、食事したりしていたよね、萌音」
井上さんと佐伯さんも沈んだ様子になっている。優奈の体調が心配だったり、週末は一緒に楽しく過ごしたのに、今日は学校で会えないから寂しかったりするのだろう。もしかしたら、優奈の体調の異変に気づけなかった罪悪感もあるかもしれない。
「優奈も昨日までは楽しそうにしていたし、体調が悪いって分かったのは今朝になってからだったそうだ。熱が出たり、のどが痛かったりとか風邪のような症状がある。俺が作ったお粥を食べて、市販の薬を飲んで今は寝ているよ。本人曰く、そういう薬で治る程度の症状らしい」
「そうなのか。今回もそういった薬で治るといいな、長瀬」
「ああ」
お茶碗半分ほどだけどお粥を食べていたし、俺が家を出発するときはぐっすりと眠っていた。薬が効いて快方に向かうといいな。市販の薬で治りそうだと本人が言っていたけど、体調を崩した優奈を見るのは初めてだから心配な気持ちがある。今日はバイトもないし、学校が終わったらすぐに帰ろう。
「まあ、優奈は2年生までの間に何度か体調を崩していたけど、1日か2日で治ることが多かったわ。今回もそうだといいわ」
「そうだね、萌音。優奈にお見舞いのメッセージを送っておこうっと」
「俺も送るか」
「私も送るわ。あと……長瀬君。放課後にお見舞いに行ってもいい? これまでも、優奈が欠席したらお見舞いに行くことが多かったし。今日の放課後は特に予定ないから」
「もちろんいいぞ。優奈も喜ぶと思う。今日は俺も予定ないから、一緒に帰ろう」
「ええ」
井上さんはそう返事をすると、俺に微笑みかけてくれる。その微笑みと、お見舞いに行くという言葉で心が温かくなった。
「俺は……部活があるからな。行かないでおこう。メッセージを送るけど、長瀬からもお大事にって伝えておいてくれないか」
「あたしもお願い。ただ……今の2人の家なら帰る途中に行けるし、部活が終わってから寄るかもしれない」
「分かった。優奈に伝えておくよ」
きっと、スマホや俺を介したメッセージでも、優奈は嬉しく思うんじゃないだろうか。
西山、井上さん、佐伯さんは優奈にメッセージを送るためにスマホを手に取る。
――プルルッ。プルルッ。
うん? 俺のスマホが何度も鳴っている。どうしたんだろう?
ジャケットのポケットからスマホを取り出して確認すると……俺と優奈、西山、井上さん、佐伯さんの5人のグループトークにメッセージが送信されたと通知が届いていた。通知をタップしてトーク画面を見ると、
『ゆっくり休んでね、優奈! お大事に!」
『体調を崩したって長瀬から聞いた。お大事に』
『お大事に、優奈。ゆっくり休んでね。学校が終わったら、長瀬君と一緒にお見舞いに行くからね』
佐伯さん、西山、井上さんが優奈に向けてお見舞いのメッセージを送っていた。
個別ではなくグループトークに送ったのか。優奈は学校を欠席したけど、ここも俺達が会話できる場所だもんな。一人で寂しがっているかもしれない優奈への気遣いなのかもしれない。
『ゆっくり休んで、優奈。学校が終わったら井上さんと一緒に帰るから。もちろん、体調が辛かったらいつでも連絡していいからな』
と、俺からも優奈にメッセージを送った。これで少しでも優奈が元気になってくれたらいいな。
「それにしても、優奈が欠席か。寂しいわ。……今日は千尋の胸をいつも以上に堪能しよう」
「あたしの胸で良ければいくらでも堪能して」
「ありがとう」
井上さんは佐伯さんを抱きしめ、佐伯さんの胸に顔を埋めた。時折、顔をスリスリして。いつもは優奈にするので、この光景は新鮮だ。また、佐伯さんは明るく笑いながら井上さんの頭を優しく撫でていた。
それから数分ほどして朝礼のチャイムが鳴り、渡辺先生が教室にやってきた。
朝礼の中で、渡辺先生が優奈は体調不良で欠席することを伝えた。先生の声が切なく響いた。
普段とは違って教室に優奈はいないけど、普段通りに今日の学校生活が始まる。
中間試験が終わってから最初の登校日なのもあり、どの教科も中間試験の返却と解説の時間となった。文系科目を中心にいい点数で一安心だ。
ただ、優奈のことばかり考えてしまい、担当科目の先生の解説の言葉があまり耳に入ってこない。間違えた問題の正しい答えをメモする程度で。いつものような授業じゃなくて良かった。
優奈が教室にいないことがとても寂しい。家に帰れば優奈に会えるのに。寂しい気持ちは心に居座り続けて、時間が経つにつれて膨らんでいく。
ただ、左手の薬指に付けている優奈との結婚指輪を見たり、昼休みに西山と井上さんと佐伯さんと一緒にお昼ご飯を食べたりするなどして、何とか今日の学校生活を送ることができたのであった。
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