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第21話『引っ越し-後編-』
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優奈の部屋にあるテレビの配線作業をしてから30分ほど。
お昼時になったので、お昼ご飯を食べながら休憩することになった。なので、全員がリビングに集まり、ローテーブルを囲むことに。
お昼ご飯は母さんが作ったおにぎりと、優奈と彩さんが作ったサンドウィッチ。どちらも美味しい。また、
「このたまごサンド、凄く美味しいな」
と言うと、優奈が、
「そのたまごサンドは私が作りました。和真君に美味しいと言ってもらえて嬉しいです!」
と、凄く嬉しそうに言ってくれた。優奈の笑顔もあって、午前中の引っ越し作業の疲れが取れていく。
引っ越し作業中なのもあって、これまでの引っ越しや住んでいる場所のことで結構話が盛り上がる。
長瀬家全員と有栖川家の女性全員が集まり、井上さんだけが他人という状況だけど、井上さんも話の輪に入ることができている。優奈とは親友だし、陽葵ちゃんとも親交がある。俺の両親以外とは事前に面識があるのが大きいのだろう。
また、井上さんは優奈の胸だけでなく女性の胸に興味があるそうで、真央姉さんに許可を取った上で胸に触れたり、顔を埋めたりしている。みんながいる前なのに。姉さんの胸が相当気になっていたんだろうな。
「大きくて、ニット越しでも柔らかくて、いい匂いがして……とても素晴らしい胸です。優奈の胸は別格で殿堂入りしていますが、優奈以外の学生の胸では一番ですね」
「そうなんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
真央姉さんは嬉しそうな様子で井上さんの頭を撫でていた。そのことに井上さんは幸せそうで。今のことで、2人の距離がだいぶ縮まった気がする。
「素晴らしい胸の持ち主が妻と姉だなんて。長瀬君、あなたは幸せ者ね」
真央姉さんの胸に頭を寄り添わせながら、井上さんは俺にそう言ってきた。井上さんにとって、幸せの基準の一つは女性の胸なのか。
井上さんが胸のことを言うので、優奈と真央姉さんの胸を見てしまう。2人とも、服の上からでもはっきりと主張してくるほどに大きい。姉さんよりも優奈の方が大きそうか。
あと、真央姉さんの胸を見た際に井上さんの胸も視界に入る。2人に比べたら小さいけど、それなりにあるように見える。
内容が内容なだけに、みんながいる前でどう返事をするのが正解なのか分からない。ただ、褒められているのは分かったので「どうも」と言っておいた。その返答が良かったのか、井上さんは納得した様子に、真央姉さんは幸せそうな様子になっていたのであった。
昼休憩が終わった後は真央姉さんと一緒に自分の部屋に戻り、引っ越し作業を再開する。
午前中にしていた本棚の本入れ作業と勉強道具の整理が終わったので、今は俺はテレビの配線作業、真央姉さんは俺の服をタンスに入れる作業をしている。
午前中に優奈の部屋にあるテレビの配線作業をしたのもあり、優奈の部屋のときよりもスムーズに作業できている。
「あっ、このVネックシャツもカズ君結構着てるなぁ」
真央姉さん……服の整理を始めてから、今のように呟くことがたまにある。姉さんを見ると、午前中に本入れをしていたときよりも楽しそうに見える。本とは違って、服は俺が身に付けているものだからかな。
テレビの配線と初期設定を終えて、テレビがちゃんと映るかどうか、内蔵されているBlu-rayプレーヤーが再生できるかどうかを確認する。
「よし、Blu-rayも大丈夫だな」
俺の部屋の方も初期不良がないと分かって一安心だ。
「あっ、『秋目知人帳』だ。いいよね~。たまに観たくなる」
「小さい頃から何度やっているシリーズだもんな」
Blu-rayケースから適当に取り出したBlu-rayには、『秋目知人帳』というあやかし系の少女漫画原作のアニメが録画されていた。俺が小さい頃から何度もTVアニメ化されている長寿作だ。家族や友達とたくさん観たっけ。それもあって、ふと観たくなることがある。
そういえば、この作品も俺も優奈も原作漫画を持っていたな。今後、優奈と一緒に観ることがあるだろう。
Blu-rayプレーヤーが動くかどうかの確認のためなので、それからすぐにBlu-rayを取り出す。ケースに入れたとき、
「和真君。お願いしたいことがあるのですが……いいですか?」
と、優奈が俺の部屋にやってきた。
「いいぞ。どんなことだ?」
「時計を取り付けてほしくて。高めのところに取り付けたいので、和真君にお願いしに来ました。脚立を使おうと思ったのですが、お母さん達がキッチンで使っている最中で、使えるまではしばらくかかりそうでして」
「なるほどな」
新居に今いる人達の中では俺が一番背が高いもんな。
「分かった。俺もキリのいいところだったし、すぐにやろう」
「ありがとうございますっ」
優奈は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。
その後、優奈と一緒に彼女の部屋に入る。こっちは3人で作業しているのもあり、俺の部屋よりも進んでいる感じがする。
優奈は勉強机に置いてある桃色の丸い時計を持って、俺のところにやってくる。
「この時計を廊下側の壁に取り付けてほしいです」
「分かった。どのあたりがいいか確認しようか」
「はいっ」
優奈から時計を受け取り、廊下側の壁に立って両腕を伸ばす。時計の大きさもあって、天井の近くまで時計を上げることができている。
「こんな感じか?」
「いいですね! 部屋のどこにいても見やすそうですし、その位置でお願いします。あと、背伸びをしていないのにそこまで高く上げられるなんて。さすがは和真君です」
「長瀬君、結構な高身長だよね。クラスの男子の中でも五本指には入りそう」
「和真さんって身長いくつですか?」
「この前あった健康診断で測ったときは……180cmだったかな」
「180cmですか! 高いですね!」
「数字を聞くとより高く感じるわ」
「180cmですもんね」
「あ、ありがとな」
身長のことでここまで言われたのは初めてだから、ちょっと照れてしまう。
俺も成長期で背が伸びる前の頃、背の高そうな有名人の身長が180cmだと知ると、かなり高く感じたっけ。180cm台なのも背を高く思わせる一因かもしれない。日本人男性の平均身長は170cm台前半だし。
「和真君。このフックを壁に取り付けて、時計を引っかけてください」
「分かった」
時計と交換する形で、優奈から時計を引っかけるためのフックを受け取る。
さっき、優奈に見せた時計の位置を思い出して、フックを壁に取り付ける。……うん、斜めになっていないな。これで大丈夫だろう。
優奈から時計を受け取り、壁に取り付けたフックに引っかける。時計からそっと手を離すと……うん、時計が落ちたり、ぐらついたりすることはない。
「これでOKだな」
「ありがとうございます、和真君」
「いえいえ。役に立てて良かったよ。他にしてほしいことはあるか?」
「今のところはありません」
「了解。じゃあ、俺は自分の部屋に戻ってるよ」
「はいっ」
テレビの設置作業が終わったから次は何をやろうか。真央姉さんと一緒に服の整理をするか。それとも、カーテンを取り付けたり、ベッドのシートを付けたりしようか。そういったことを考えながら扉の方に振り替えろうとしたときだった。
「きゃっ」
優奈は小さく声を上げて、後ろに倒れようとしている姿が見えた。だから、
「優奈!」
俺はとっさに左手で優奈の右腕を掴み、全力で腕を引いて優奈のことを抱き寄せた。優奈が倒れてしまわないように、右手を優奈の背中に回した。
――むにゅっ。
全力で腕を引いたから、優奈の体が俺の体と密着する。だから、優奈から服越しに温もりと体の柔らかさ、汗がちょっと混じった甘い匂いをはっきりと感じて。それもあり、結構ドキッとして、体が熱くなっていくのが分かった。
また、優奈から感じる柔らかさの中に特に柔らかい部分があって。それはもちろん胸である。井上さんが殿堂入りと格付けしたのも納得な感触だ。……って、いくらお嫁さんでも、胸のことばかり考えてはいけないな。
「優奈、大丈夫か?」
優奈に声を掛けると、優奈は真っ赤になった顔で俺を見上げて、
「は、はいっ。大丈夫です。和真君のおかげでケガもありません。ありがとうございます」
「それは良かった。右腕を思いっきり引いたけど、痛くないか?」
「大丈夫です」
「……良かった」
全力で引いたから、優奈の肩が抜けてしまった可能性も否めなかったからな。何事もなくて安心したよ。
「ちょうど、足元がクッションの縁でして。動こうとしたら、足が滑ってしまいました」
「そうだったのか」
クッションで足を滑らすこと、何回か経験あるな。それに、今は引っ越し作業で床に色々なものを置いてあるから、足元には気をつけないと。
「……テレビの設置や時計の取り付け。それに、倒れそうになった私を抱き留めてもらって。和真君に助けてもらってばかりですね」
優奈は普段よりも小さめな声でそう言ってくる。笑顔ではいるけど、元気がなさそうで。優奈が今言ったことの内容で、俺に迷惑を掛けてしまったと思っているのかもしれない。
「こういうのはお互い様だよ。それに、俺もお昼ご飯に食べた優奈特製のサンドウィッチのおかげで元気を取り戻せたんだ。凄く美味しかったなぁ。あれを食べてなかったら、優奈を抱き寄せるほどの力は残っていなかったかもしれない」
「和真君……」
「それに、ここは今日から優奈と一緒に住む家で、優奈がすぐ近くにいる。だから、引っ越し作業を楽しくできているんだよ。優奈にお願いされたことを含めてさ」
優奈の目を見ながらそう言い、俺は背中に回していた右手を優奈の頭の上まで持っていき、優しく撫でる。
優奈は俺に頭を撫でられることが好きだ。だからか、優奈の笑顔はいつもの優しい雰囲気に変わっていく。
「……そう思ってもらえて嬉しいです。私も和真君との新居で、和真君が近くにいるから、引っ越し作業を楽しくできています」
優奈はそう言うと、頭を俺の胸に軽く埋めてくる。その直後に背中からも温もりを感じてきて。きっと、優奈も俺のことを抱きしめているのだろう。
こうして抱きしめ合うのは初めてだ。だから、ドキドキはするけど、心地良さも感じられる。優奈を抱きしめていると疲れが抜けていって。そうなるのは、抱きしめているのが俺のお嫁さんの優奈だからなのだろう。あと、優奈の体が華奢であるのも分かって。夫として優奈を守っていかないとな、と改めて思った。
「陽葵ちゃん。いい雰囲気だし、私達はリビングか長瀬君の部屋へ行こうか」
「そうですねっ。夫婦水入らずの時間にしましょうっ」
「そうね。出ていくときは部屋の扉を閉めましょう」
という会話が耳に入り、この部屋には陽葵ちゃんと井上さんもいることを思い出した。優奈と話して、優奈のことを抱きしめていたから忘れていたよ。陽葵ちゃんと井上さんの方を見ると……2人はニヤニヤしながら俺達を見ていた。
優奈にも聞こえていたようで、優奈は俺の胸から顔をパッと離した。そのときの優奈の顔は俺に抱き寄せられたときよりも赤くなっていた。
「ふ、2人が出ていく必要はありませんよ。ね、和真君」
「そ、そうだな。俺は予定通り部屋に戻るよ。自分の部屋の作業も残っているし」
「が、頑張ってくださいねっ」
「あ、ありがとう」
俺がお礼を言うと、優奈は俺から素早く離れる。その様子が面白かったのか、陽葵ちゃんと井上さんは楽しそうに笑っていた。
俺は自分の部屋に戻って、カーテンの取り付け作業に取りかかる。優奈の甘い残り香を感じながら。
お昼時になったので、お昼ご飯を食べながら休憩することになった。なので、全員がリビングに集まり、ローテーブルを囲むことに。
お昼ご飯は母さんが作ったおにぎりと、優奈と彩さんが作ったサンドウィッチ。どちらも美味しい。また、
「このたまごサンド、凄く美味しいな」
と言うと、優奈が、
「そのたまごサンドは私が作りました。和真君に美味しいと言ってもらえて嬉しいです!」
と、凄く嬉しそうに言ってくれた。優奈の笑顔もあって、午前中の引っ越し作業の疲れが取れていく。
引っ越し作業中なのもあって、これまでの引っ越しや住んでいる場所のことで結構話が盛り上がる。
長瀬家全員と有栖川家の女性全員が集まり、井上さんだけが他人という状況だけど、井上さんも話の輪に入ることができている。優奈とは親友だし、陽葵ちゃんとも親交がある。俺の両親以外とは事前に面識があるのが大きいのだろう。
また、井上さんは優奈の胸だけでなく女性の胸に興味があるそうで、真央姉さんに許可を取った上で胸に触れたり、顔を埋めたりしている。みんながいる前なのに。姉さんの胸が相当気になっていたんだろうな。
「大きくて、ニット越しでも柔らかくて、いい匂いがして……とても素晴らしい胸です。優奈の胸は別格で殿堂入りしていますが、優奈以外の学生の胸では一番ですね」
「そうなんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
真央姉さんは嬉しそうな様子で井上さんの頭を撫でていた。そのことに井上さんは幸せそうで。今のことで、2人の距離がだいぶ縮まった気がする。
「素晴らしい胸の持ち主が妻と姉だなんて。長瀬君、あなたは幸せ者ね」
真央姉さんの胸に頭を寄り添わせながら、井上さんは俺にそう言ってきた。井上さんにとって、幸せの基準の一つは女性の胸なのか。
井上さんが胸のことを言うので、優奈と真央姉さんの胸を見てしまう。2人とも、服の上からでもはっきりと主張してくるほどに大きい。姉さんよりも優奈の方が大きそうか。
あと、真央姉さんの胸を見た際に井上さんの胸も視界に入る。2人に比べたら小さいけど、それなりにあるように見える。
内容が内容なだけに、みんながいる前でどう返事をするのが正解なのか分からない。ただ、褒められているのは分かったので「どうも」と言っておいた。その返答が良かったのか、井上さんは納得した様子に、真央姉さんは幸せそうな様子になっていたのであった。
昼休憩が終わった後は真央姉さんと一緒に自分の部屋に戻り、引っ越し作業を再開する。
午前中にしていた本棚の本入れ作業と勉強道具の整理が終わったので、今は俺はテレビの配線作業、真央姉さんは俺の服をタンスに入れる作業をしている。
午前中に優奈の部屋にあるテレビの配線作業をしたのもあり、優奈の部屋のときよりもスムーズに作業できている。
「あっ、このVネックシャツもカズ君結構着てるなぁ」
真央姉さん……服の整理を始めてから、今のように呟くことがたまにある。姉さんを見ると、午前中に本入れをしていたときよりも楽しそうに見える。本とは違って、服は俺が身に付けているものだからかな。
テレビの配線と初期設定を終えて、テレビがちゃんと映るかどうか、内蔵されているBlu-rayプレーヤーが再生できるかどうかを確認する。
「よし、Blu-rayも大丈夫だな」
俺の部屋の方も初期不良がないと分かって一安心だ。
「あっ、『秋目知人帳』だ。いいよね~。たまに観たくなる」
「小さい頃から何度やっているシリーズだもんな」
Blu-rayケースから適当に取り出したBlu-rayには、『秋目知人帳』というあやかし系の少女漫画原作のアニメが録画されていた。俺が小さい頃から何度もTVアニメ化されている長寿作だ。家族や友達とたくさん観たっけ。それもあって、ふと観たくなることがある。
そういえば、この作品も俺も優奈も原作漫画を持っていたな。今後、優奈と一緒に観ることがあるだろう。
Blu-rayプレーヤーが動くかどうかの確認のためなので、それからすぐにBlu-rayを取り出す。ケースに入れたとき、
「和真君。お願いしたいことがあるのですが……いいですか?」
と、優奈が俺の部屋にやってきた。
「いいぞ。どんなことだ?」
「時計を取り付けてほしくて。高めのところに取り付けたいので、和真君にお願いしに来ました。脚立を使おうと思ったのですが、お母さん達がキッチンで使っている最中で、使えるまではしばらくかかりそうでして」
「なるほどな」
新居に今いる人達の中では俺が一番背が高いもんな。
「分かった。俺もキリのいいところだったし、すぐにやろう」
「ありがとうございますっ」
優奈は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。
その後、優奈と一緒に彼女の部屋に入る。こっちは3人で作業しているのもあり、俺の部屋よりも進んでいる感じがする。
優奈は勉強机に置いてある桃色の丸い時計を持って、俺のところにやってくる。
「この時計を廊下側の壁に取り付けてほしいです」
「分かった。どのあたりがいいか確認しようか」
「はいっ」
優奈から時計を受け取り、廊下側の壁に立って両腕を伸ばす。時計の大きさもあって、天井の近くまで時計を上げることができている。
「こんな感じか?」
「いいですね! 部屋のどこにいても見やすそうですし、その位置でお願いします。あと、背伸びをしていないのにそこまで高く上げられるなんて。さすがは和真君です」
「長瀬君、結構な高身長だよね。クラスの男子の中でも五本指には入りそう」
「和真さんって身長いくつですか?」
「この前あった健康診断で測ったときは……180cmだったかな」
「180cmですか! 高いですね!」
「数字を聞くとより高く感じるわ」
「180cmですもんね」
「あ、ありがとな」
身長のことでここまで言われたのは初めてだから、ちょっと照れてしまう。
俺も成長期で背が伸びる前の頃、背の高そうな有名人の身長が180cmだと知ると、かなり高く感じたっけ。180cm台なのも背を高く思わせる一因かもしれない。日本人男性の平均身長は170cm台前半だし。
「和真君。このフックを壁に取り付けて、時計を引っかけてください」
「分かった」
時計と交換する形で、優奈から時計を引っかけるためのフックを受け取る。
さっき、優奈に見せた時計の位置を思い出して、フックを壁に取り付ける。……うん、斜めになっていないな。これで大丈夫だろう。
優奈から時計を受け取り、壁に取り付けたフックに引っかける。時計からそっと手を離すと……うん、時計が落ちたり、ぐらついたりすることはない。
「これでOKだな」
「ありがとうございます、和真君」
「いえいえ。役に立てて良かったよ。他にしてほしいことはあるか?」
「今のところはありません」
「了解。じゃあ、俺は自分の部屋に戻ってるよ」
「はいっ」
テレビの設置作業が終わったから次は何をやろうか。真央姉さんと一緒に服の整理をするか。それとも、カーテンを取り付けたり、ベッドのシートを付けたりしようか。そういったことを考えながら扉の方に振り替えろうとしたときだった。
「きゃっ」
優奈は小さく声を上げて、後ろに倒れようとしている姿が見えた。だから、
「優奈!」
俺はとっさに左手で優奈の右腕を掴み、全力で腕を引いて優奈のことを抱き寄せた。優奈が倒れてしまわないように、右手を優奈の背中に回した。
――むにゅっ。
全力で腕を引いたから、優奈の体が俺の体と密着する。だから、優奈から服越しに温もりと体の柔らかさ、汗がちょっと混じった甘い匂いをはっきりと感じて。それもあり、結構ドキッとして、体が熱くなっていくのが分かった。
また、優奈から感じる柔らかさの中に特に柔らかい部分があって。それはもちろん胸である。井上さんが殿堂入りと格付けしたのも納得な感触だ。……って、いくらお嫁さんでも、胸のことばかり考えてはいけないな。
「優奈、大丈夫か?」
優奈に声を掛けると、優奈は真っ赤になった顔で俺を見上げて、
「は、はいっ。大丈夫です。和真君のおかげでケガもありません。ありがとうございます」
「それは良かった。右腕を思いっきり引いたけど、痛くないか?」
「大丈夫です」
「……良かった」
全力で引いたから、優奈の肩が抜けてしまった可能性も否めなかったからな。何事もなくて安心したよ。
「ちょうど、足元がクッションの縁でして。動こうとしたら、足が滑ってしまいました」
「そうだったのか」
クッションで足を滑らすこと、何回か経験あるな。それに、今は引っ越し作業で床に色々なものを置いてあるから、足元には気をつけないと。
「……テレビの設置や時計の取り付け。それに、倒れそうになった私を抱き留めてもらって。和真君に助けてもらってばかりですね」
優奈は普段よりも小さめな声でそう言ってくる。笑顔ではいるけど、元気がなさそうで。優奈が今言ったことの内容で、俺に迷惑を掛けてしまったと思っているのかもしれない。
「こういうのはお互い様だよ。それに、俺もお昼ご飯に食べた優奈特製のサンドウィッチのおかげで元気を取り戻せたんだ。凄く美味しかったなぁ。あれを食べてなかったら、優奈を抱き寄せるほどの力は残っていなかったかもしれない」
「和真君……」
「それに、ここは今日から優奈と一緒に住む家で、優奈がすぐ近くにいる。だから、引っ越し作業を楽しくできているんだよ。優奈にお願いされたことを含めてさ」
優奈の目を見ながらそう言い、俺は背中に回していた右手を優奈の頭の上まで持っていき、優しく撫でる。
優奈は俺に頭を撫でられることが好きだ。だからか、優奈の笑顔はいつもの優しい雰囲気に変わっていく。
「……そう思ってもらえて嬉しいです。私も和真君との新居で、和真君が近くにいるから、引っ越し作業を楽しくできています」
優奈はそう言うと、頭を俺の胸に軽く埋めてくる。その直後に背中からも温もりを感じてきて。きっと、優奈も俺のことを抱きしめているのだろう。
こうして抱きしめ合うのは初めてだ。だから、ドキドキはするけど、心地良さも感じられる。優奈を抱きしめていると疲れが抜けていって。そうなるのは、抱きしめているのが俺のお嫁さんの優奈だからなのだろう。あと、優奈の体が華奢であるのも分かって。夫として優奈を守っていかないとな、と改めて思った。
「陽葵ちゃん。いい雰囲気だし、私達はリビングか長瀬君の部屋へ行こうか」
「そうですねっ。夫婦水入らずの時間にしましょうっ」
「そうね。出ていくときは部屋の扉を閉めましょう」
という会話が耳に入り、この部屋には陽葵ちゃんと井上さんもいることを思い出した。優奈と話して、優奈のことを抱きしめていたから忘れていたよ。陽葵ちゃんと井上さんの方を見ると……2人はニヤニヤしながら俺達を見ていた。
優奈にも聞こえていたようで、優奈は俺の胸から顔をパッと離した。そのときの優奈の顔は俺に抱き寄せられたときよりも赤くなっていた。
「ふ、2人が出ていく必要はありませんよ。ね、和真君」
「そ、そうだな。俺は予定通り部屋に戻るよ。自分の部屋の作業も残っているし」
「が、頑張ってくださいねっ」
「あ、ありがとう」
俺がお礼を言うと、優奈は俺から素早く離れる。その様子が面白かったのか、陽葵ちゃんと井上さんは楽しそうに笑っていた。
俺は自分の部屋に戻って、カーテンの取り付け作業に取りかかる。優奈の甘い残り香を感じながら。
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