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特別編3

第3話『ぶどうゼリー』

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「リョウ君。汗拭きとお着替えが終わったよ」

 俺があおいの部屋を出てから10分ちょっと。
 愛実が部屋の扉を開けて、俺に汗拭きと着替えが終わったことを伝えてくれた。あおいの汗を拭いたり、着替えさせたりするのが楽しかったのか、愛実はニコッとした笑顔になっている。

「そうか。愛実、お疲れ様」

 労いの言葉を掛け、愛実の頭を優しく撫でる。それが嬉しかったようで、愛実の笑顔は嬉しいものに変わった。えへへっ、と愛実は可愛らしい声を漏らして。本当に可愛いな、俺の彼女。
 あおいの部屋の中に入ると、ベッドには先ほどとは違って水色の半袖の寝間着に身を包むあおいがいた。あおいは爽やかな笑顔になっている。

「あおい。愛実に汗拭きと着替えをしてもらって気分はどうだ?」
「とてもスッキリしました!」
「それは良かった」

 スッキリできたのなら、より早く元の体調に戻れそうだ。俺も風邪を引いたとき、愛実に汗を拭いてもらって、インナーシャツを着替えたら気分がより良くなったから。

「愛実ちゃん、ありがとうございました!」
「いえいえ」

 あおいが元気良くお礼を言ったのもあってか、愛実はとても嬉しそうだ。

「あと、さっきまで着てた青い寝間着も良かったけど、今の寝間着も似合ってるな」
「ありがとうございます! 愛実ちゃんが選んでくれたんです」
「これまで、あおいちゃんの寝間着姿を見たのはかぶりタイプの寝間着ばかりだったから、今みたいなパジャマタイプの寝間着姿を見てみたくて」
「なるほどな。幼稚園の頃は今みたいな感じの寝間着も着ていたけど、再会してから見たのはかぶりタイプの寝間着だけだったな」

 ゴールデンウィークや夏休みのお泊まりでも、あおいはかぶりタイプの寝間着を着ていたっけ。

「かぶりタイプの寝間着が結構好きですからね。ただ、気分転換に今着ているような寝間着も持っています」
「そうなんだね。汗拭きや着替えだけじゃなくて、寝間着と下着を選ぶのも楽しかったよ」
「ふふっ、そうでしたか」

 たまに愛実の笑い声も聞こえてきたから、楽しかったのが本当なのだと分かった。

「じゃあ、今まで着ていた服と汗を拭いたタオルを置いてくるね」
「1階の洗面所に青い洗濯カゴがあるので、そこに置いてきてもらえますか? 洗面所の場所は分かりますか?」
「お手洗いの近くにある引き戸のところかな?」
「そうですそうです」
「そこなら大丈夫だと思う。じゃあ、いってきます」

 愛実はベッドの側に置いてあるふんわりと膨らんだバスタオルを持って、部屋を出て行った。男の俺がいるから、きっと寝間着と下着はタオルにくるんであるのだろう。
 愛実が戻ってくるまでの間は、あおいが週末の間に読んだ漫画や同人誌などのことについて話す。あおいはBLものを中心にたくさん読んだそうだ。

「それにしても、愛実ちゃん……なかなか戻ってきませんね」
「そうだな。部屋を出て5分くらい経っているし。まさか……迷った?」
「さすがに5分も迷えるほどの広さはありませんよ。お手洗いに行っていたり、お母さんと話したりしているのでしょうか」
「そうかもしれないな」
「ただいま」

 噂をすれば何とやら。愛実が戻ってきた。一瞬でも迷ったんじゃないかと思ったので、愛実が戻ってきたことに安心する。

「おかえり、愛実」
「おかえりなさい。5分くらいかかりましたけど、何かありましたか? なかなか戻ってこないと涼我君と話していたんです」
「洗濯カゴに入れた後、洗面所に来た麻美さんとちょっと話して。あおいちゃんの体調が良くなって熱も下がってきたことを伝えたら、麻美さん安心してた」
「そうでしたか」

 麻美さんと話していたから、戻ってくるまで5分くらいかかったのか。
 おそらく、麻美さんは足音が聞こえたから、洗面所に行ったのだろう。愛実からあおいの体調が結構良くなっているのを知って、麻美さんも安心できたんじゃないだろうか。

「あと、日中に智子さんが看病しに来てくれたり、夕方にリョウ君がお見舞いに来てくれたりしたから、懐かしい気持ちになれたって。嬉しそうにもしてた」
「幼稚園の頃もあおいが風邪を引いたら、日中に母さんが看病しに行ったり、幼稚園の帰りにお見舞いに行ったりしたからな」
「そうでしたね。風邪で辛くても、涼我君や智子さんの顔を見られたのが嬉しかったのを覚えています」

 当時のことを思い出しているのか、あおいは嬉しそうな笑顔になっている。
 きっと、麻美さんが愛実に昔のことを話すときもこういう感じだったんじゃないだろうか。あおいが風邪を引いてしまったけど、昔のような時間を過ごせて嬉しいのかもしれない。

「あおい。他に俺達にしてほしいことはあるか?」
「何でもいいよ、あおいちゃん」
「では……ゼリーを食べさせてほしいです。汗拭きとお着替えは愛実ちゃんにしてもらったので、今度は涼我君に。いいですか? 愛実ちゃんも」
「ああ、いいぞ」
「私もいいよ」
「ありがとうございます!」

 俺達が快諾したからか、あおいは嬉しそうな笑顔でお礼を言った。

「じゃあ、俺がゼリーを食べさせるよ。コンビニでぶどうとマスカットを買ってきたけど、どっちを食べたい?」
「そうですね……ぶどうがいいですね」
「分かった。じゃあ、ぶどうのゼリーを食べさせるよ」
「お願いします」

 ローテーブルに置いてあるコンビニのレジ袋から、ぶどうゼリーとプラスチックのスプーンを取り出す。ゼリーの蓋を剥がすと、ぶどうの甘い匂いがほのかに香ってくる。スプーンを袋から出して、ベッドの側で膝立ちをした。

「美味しそうですっ」
「何度か食べたことがあるけど、甘くて美味しいぞ」

 きっと、あおいも気に入るんじゃないだろうか。
 スプーンでぶどうゼリーを一口分掬い、あおいの口元までもっていく。

「はい、あおい。あーん」
「あ~ん」

 あおいにぶどうゼリーを食べさせる。
 ゼリーの味がいいのだろうか。口に入れた直後から、あおいは「ん~っ」と可愛い声を漏らし、笑顔でモグモグと食べている。可愛いな。
 愛実も俺と同じようなことを思っているのか、あおいを見ながら「ふふっ」と笑っている。
 ゴクリ、とぶどうゼリーを飲むと。

「甘くてとても美味しいですっ!」

 ニッコリとした笑顔でそう言ってくれた。自分が食べたことのあるゼリーなのもあって、美味しいと言ってもらえて結構嬉しい気持ちに。

「良かった」
「良かったよ。嬉しいね、リョウ君」
「そうだな」
「買ってきてくれてありがとうございます。冷たいのもいいですね」
「熱があったからな。冷やしてあったゼリーを買ってきたんだ」

 買ってきてから少し時間が経っているけど、この部屋はエアコンがかけられていて涼しいから今もそれなりに冷えているのだろう。
 俺はあおいにぶどうゼリーをもう一口食べさせる。
 好きなぶどう味なのもあってか、あおいは本当に美味しそうに食べてくれる。その笑顔は小さい頃と変わらない。だから、懐かしい気持ちになる。

「小さい頃にあおいが風邪を引いたときも、ぶどう味のゼリーを食べさせたっけ」
「そうでしたね。あのときもゼリーがとても美味しかったのを覚えています。涼我君が食べさせてくれましたから」
「そうか」
「引っ越した後も、お腹を壊していなければ、風邪を引いたらぶどうやマスカットのゼリーを食べることが多かったですね。お母さんの作ってくれるりんごのすり下ろしと同じくらいに元気になります」
「そうなんだね。風邪を引いたときって、甘いものを食べると凄く元気になれるよね」
「ですね、愛実ちゃん」

 ふふっ、とあおいと愛実は笑い合っている。
 俺も1学期に風邪を引いたとき、あおいが桃のゼリーを食べさせてくれて元気になれた。だから、2人に向けて何度か首肯した。

「調津から離れていた頃は、まさか風邪を引いたときに涼我君からぶどうゼリーを食べさせてもらえる日がまた来るとは思いませんでした。なので、本当に嬉しいです」
「……そうか。風邪を引いたけど、嬉しいって言ってくれるのは嬉しいよ」

 もしかしたら、昔のようにぶどうゼリーを食べさせてほしいのも、あおいが俺に頼んだ理由かもしれない。
 それからも、俺はあおいにぶどうゼリーを食べさせていく。
 冷たくて美味しいのもあってか、あおいは難なく完食した。あおいがずっと笑顔なのもあり、安心できたのであった。
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