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最終章

第63話『花火大会-前編-』

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 8月27日、土曜日。
 調津多摩川花火大会の開催当日がやってきた。
 今日は朝から晴天であり、時々雲が出る時間帯はあるそうだけど、雨が降る心配はないという。この天候なら、花火大会の実施には問題ないだろう。
 数日前に決まったあおいと愛実からの告白の返事は今も揺らいでいない。予定通り、今日、あおいと愛実に告白の返事をするつもりだ。花火大会からの帰りに伝えようと思っている。
 今日は午前10時から午後4時までバイトがあった。土曜日なのもあって、お客様が多かったり、みんなで花火大会に行く予定があったりするから、いつもより時間の流れが速く感じた。



「涼我君とは久しぶりに、愛実ちゃん達とは行く花火大会、楽しみですっ!」
「楽しみだね! 今年はあおいちゃんも一緒だし!」

 午後5時45分。
 俺はあおいと愛実と一緒に、調津駅に向かって歩いている。この後、道本、鈴木、海老名さん、須藤さん、佐藤先生と午後6時に調津駅の出入口前に集合することになっている。
 あおいと愛実は七夕祭りのときにも着た浴衣を着ている。あおいの着る白い生地に青い朝顔がいくつもあしらわれた浴衣も、愛実の着る赤い生地に桜の花びらがたくさんあしらわれた浴衣も凄く似合っている。好意を抱いているのもあり、七夕祭りのとき以上に可愛く思えて。
 ちなみに、俺はスラックスに半袖のVネックシャツだ。七夕祭りと同様で、昔は浴衣や甚平を着て行っていたけど、ある程度大きくなってからは私服姿で行くようになった。

「日もだいぶ傾いていますし、浴衣ですから結構快適ですね」
「そうだね。蒸している感じもしないし」
「もうすぐ秋だもんな」
「ええ。つまり、あと数日で夏休みが終わるということです。夏休みの終盤に花火大会があって嬉しいです!」
「嬉しいよね。花火大会は8月の最終土曜日に開催されるから、夏休み最後の思い出を作るために行くことが多いよね、リョウ君」
「そうだな。個人的には花火大会に行って、打上花火を見ると夏が終わるんだって実感するよ」
「リョウ君の言うこと分かる」
「お二人にとっては晩夏の風物詩なんですね」

 晩夏の風物詩か。大会の開催日を考えると、その言葉はピッタリだな。花火大会は「夏休み最後の恒例行事」だったけど、これからは晩夏の風物詩と呼ばせてもらおう。
 駅もだいぶ近くなってきたので、人の数も結構多くなってきた。花火大会に行くのか浴衣や甚平を着ている人達がちらほらと見受けられる。駅周辺の人の多さはいつものことだけど、今日は特別な日なのだと実感する。
 待ち合わせ場所の調津駅の入口が見えてきた。道本達はもういるだろうか。今は……午後5時50分過ぎだけど。

「あっ、みなさんいますよ! おーい!」

 道本達を見つけたようで、あおいは駅の方を向かって大きく手を振る。
 駅の入口前を見てみると……道本達5人の姿が見えた。道本と佐藤先生は私服姿で、鈴木と須藤さんは七夕祭りでも着ていた甚平と浴衣だ。
 そして、海老名さんは七夕祭りのときとは違い、青い浴衣を着ている。今日は自宅から来たからかな。夕方まで部活があって一旦、家に帰ったそうだし。七夕祭りでは愛実の家にある浴衣を借りて着ていた。
 あおいの声が聞こえたのか、駅前にいる5人はこちらに手を振ってくる。愛実と俺も5人に向かって手を振った。

「おっ、3人とも来たな」
「麻丘君、愛実、あおい!」
「3人とも来たな!」
「3人ともこんばんは。久しぶりね」
「涼我君、愛実ちゃん、あおいちゃん、こんばんは。2人の浴衣姿をまた見られて嬉しいよ」

 俺達が到着すると、道本達5人はそう言った。
 いつもは着ない浴衣や甚平を着ている人もいるから、その後は互いの服装を褒め合ったり、スマホで写真を撮ったりした。特に海老名さんは七夕祭りのときとは違う浴衣なので、綺麗とか可愛いといっぱい言われており、

「その浴衣、似合ってるな、海老名さん」
「ありがとう。麻丘君に似合っているって言われて嬉しい」

 と、凄く嬉しそうにしていた。

「それじゃ、全員集まったし、花火大会の会場に行こうか」
「そうっすね、先生! みんな行こうぜ!」

 佐藤先生と鈴木の声かけにより、俺達8人は花火大会の会場に向かって歩き始める。
 花火大会の会場は川沿いのため、調津駅前からしばらくの間は俺のジョギングコースにもなっている道路を歩くことに。大会運営側からも、会場までの道のりとして案内されているので、多摩川に向かう人の流れができている。なので、既にここから賑やかな雰囲気で。ジョギングするときは早朝で、人通りがほとんどなく静かだから、今のこの光景は新鮮だ。
 俺の前にはあおいと愛実、海老名さん、須藤さんの浴衣姿の女子高生4人が楽しく喋りながら歩いている。須藤さんに腕をしっかりと抱かれている鈴木も「ほぉ」とか「そうなのか」などと相槌したり、明るく笑ったりしている。
 また、俺の右隣には道本、左隣には佐藤先生がいる。

「ここはジョギングのコースだけど、いつも全然違うな」
「道本もそう思ったか」
「ああ。新鮮だよな。……ところで、麻丘」

 そう言うと、道本はゆっくりと顔を近づけて、

「その後、2人のことはどうなってる?」

 俺にしか聞こえないような小さい声でそう問いかけてくる。道本にも恋愛相談はしたし、あおいと愛実のことついて気になるのだろう。俺も意志が固まったことはまだ誰にも伝えていないし。

「私も気になってた。相談を受けていたからね」

 俺の隣にいるからか、佐藤先生には今の道本の囁きが聞こえていたらしい。
 前にいる5人は……楽しそうに喋っているところからみて、どうやら道本の言葉は聞こえていないようだ。
 ただ、ここで俺が声で答えると、あおいと愛実に聞かれるかもしれない。なので、スラックスのポケットからスマホを取り出し、メモ帳アプリに、

『決断しました。帰りに、あおいと愛実に告白の返事をしようと思っています。このことは2人に内緒で』

 と書いて、道本と佐藤先生に画面を見せる。返事をするつもりだとあおいと愛実が知ったら、そのことばかり気になって、花火大会を思う存分に楽しめないかもしれないから。
 道本は爽やかな笑顔、佐藤先生は優しい笑顔になって、

「そうか。決まって良かった。頑張れよ、麻丘」
「悩みが解決できたようで嬉しいよ。2人なら、君の返事を受け止めてくれるさ」

 と、耳打ちしてくれた。また、道本に至っては激励なのか、背中を軽く叩いてくれた。それがとても嬉しくて。
 俺は2人それぞれに、目を見つめながらしっかりと頷いた。
 10分近く歩いて、俺達は多摩川沿いの歩道に出る。
 ジョギングではここから下流に向かって走るけど、会場は上流側にある。なので、さっき以上に新鮮だ。
 川沿いの歩道を歩き始めてから2、3分。

「あそこですね!」

 屋台や提灯が見え始め、あおいが元気良くその方向を指さした。

「そうだぞ、あおい。あそこが花火大会会場の屋台エリアだ」
「そうなんですね!」

 会場に着いたからか、あおいはテンション高めだ。愛実や海老名さん達も楽しげな笑顔を浮かべている。
 調津多摩川花火大会。
 毎年8月最後の土曜日に開催される花火大会だ。地元民の俺にとっては七夕祭りと並んで調津市の2大夏祭りだけど、規模は七夕祭りよりもかなり大きい。
 大会の会場は屋台が並ぶ屋台エリア。花火を鑑賞するための鑑賞エリアで構成されている。鑑賞エリアから、川を挟んだ対岸から打ち上げられる花火を見るのだ。
 俺達は会場の屋台エリアの入口前に到着する。

「おおっ、いい匂いがするぜ! 部活もあったし、腹減ってきたぜ!」
「鈴木、今日はいつも以上に練習頑張っていたもんな」
「そうだったわね」
「たまにお腹鳴っていたものね、力弥君」

 鈴木達の言葉に、俺達8人は笑いに包まれる。
 鈴木、今日の練習はいつも以上に頑張ったのか。七夕祭りでも食べ物系の屋台はかなり廻っていたし、今回もいっぱい食べそうだ。

「私も今日はバイトがありましたから、お腹が空いています」
「俺も空いてる。今は午後6時過ぎだから、夕食時にもなってきたもんな」
「そうだね、リョウ君。花火の打ち上げは午後7時からの予定だから、それまでは屋台を楽しもうか」
「それがいいね、愛実ちゃん。……よし、じゃあ、今回も先生が一つ君達に奢ってあげよう。七夕祭りでは焼きそばだったから……今回はたこ焼きなんてどうかな?」

 微笑みながらそう言うと、佐藤先生は近くにあるたこ焼き屋の屋台を指さす。また、先生は俺にウインクしてくれる。返事を頑張れ、と激励のために奢ってくれるのかも。
 たこ焼きは定番の屋台の一つだな。今もたこ焼き屋の屋台では、タオルを頭に巻いたおじさんが、見事な手さばきでたこ焼きを作っている。ああいう姿を見ると、凄く食べたくなってくるな。

「おおっ、たこ焼きいいっすね!」
「力弥君はたこ焼き大好きだものね」
「屋台の定番だもんな、鈴木。みんなはどうだ?」

 道本の問いかけに、俺達は全員賛成した。

「全員賛成だね。じゃあ、みんなにたこ焼きを奢ってあげよう」
「あさーっす!」

 鈴木は大声でザ・体育会系なお礼を言う。そのことで笑いに包まれつつ、俺達も佐藤先生にお礼を言った。
 その後、佐藤先生を先頭にたこ焼き屋の屋台に向かう。
 1人1パックずつ奢ってくれるそうで、佐藤先生はたこ焼き屋のおじさんに「たこ焼き8パックお願いします」と言った。
 綺麗な女性から注文されたからか、それとも8パックも注文されたからか、おじさんはとても嬉しそうに「8パック毎度あり! 2800円ね!」と言っていた。8パックで2800円ってことは1パック350円か。……って、屋台に1パック350円って値札が貼られてた。

「はい、たこ焼き8パックお待ち!」
「ありがとうございます」

 佐藤先生はたこ焼き屋のおじさんから、たこ焼きの入ったビニールの袋を受け取った。
 他の人の邪魔にならないように、屋台の近くにある休憩スペースまで向かう。そこで、佐藤先生は俺達にたこ焼きの入ったプラスチックパックを1つずつ渡した。
 プラスチックパックのフタを開けると、湯気が立ち、それに乗ってたこ焼きの美味しそうな匂いが香ってくる。たこ焼きにかけられたソースと青のりと鰹節の匂いもして。本当に美味しそうだ。

「佐藤先生あざっす! いただきますっ!」
「どうぞどうぞどうぞ」
『いただきまーす』

 鈴木と佐藤先生の号令により、俺達はたこ焼きを食べ始める。
 既にたこ焼きに刺さっている2本のつまようじを掴み、何度か息を吹きかけながら、たこ焼きをそっと口の中に入れる。17年ちょっとの人生の中で、出来たてのたこ焼きと小籠包を食べるときは熱さに気をつけないといけないと学んでいる。

「熱っ」

 カリッとした食感の後、中からたこ焼きの熱い中身がトロッと出てきて。ソースや青のり、鰹節と合うし、何よりもタコがプリッと肉厚で美味しい。
 俺の隣で食べているあおいと愛実も「熱いっ」と呟きながらも笑顔で食べている。2人とも可愛いな。

「たこ焼き美味しいですっ!」
「美味しいね、あおいちゃん!」
「美味いよな。タコも肉厚だし」

 俺がそう言うと、あおいと愛実は笑顔で頷いてくれる。その姿も可愛くて。
 こんなに美味しいものをタダで食べられるとは。佐藤先生、奢ってくれてありがとうございます。感謝の思いを抱きつつ先生の方を見ると、先生は満面の笑顔でたこ焼きを食べている。そんな先生がとても可愛く思えて。

「熱々で美味しいね。少年少女達が食べる姿を見ながら食べるとより美味しいよ」

 だから、満面の笑みを浮かべていたのか。佐藤先生らしい。

「たこ焼き熱々でうめーっ!」
「美味しいわね、力弥君!」
「部活の後だから、本当に美味しいな」
「そうね、道本君」

 鈴木、須藤さん、道本、海老名さんもたこ焼きを美味しそうに食べている。
 たこ焼きが美味しいし、みんなが美味しそうに食べていると、もっと食べたくなってくる。そう思いながら、2個目のたこ焼きを食べる。……1個目ほどじゃないけど、まだまだ熱いな。ただ、さっきよりも美味しい。

「涼我君! たこ焼きを一つ食べさせてあげますよ!」
「私も食べさせてあげるよ、リョウ君」

 あおいも愛実もそう言うと、2人ともたこ焼きに「ふーっ」と息を吹きかけて、俺の口元に差し出してくる。

「ありがとう、2人とも。いただくよ」

 あおいと愛実からたこ焼きを食べさせてもらう。その2つのたこ焼きは自分で食べるたこ焼きよりも断然に美味しくて。
 お礼に、俺もあおいと愛実にたこ焼きを食べさせた。それもあって、2人がたこ焼きをモグモグと食べる姿はかなり可愛くて、ドキッとするのであった。
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