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最終章

第62話『深慮。そして。』

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 桐山あおい。
 幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、今年の春に10年ぶりに再会した幼馴染の女の子。
 あおいは明るくて活発な性格だ。告白して、その活発さが増した。
 幼稚園の頃から、明るい笑顔と積極的に話しかけてくれるところは変わらなくて。幼稚園でも家でも、公園でもたくさん遊んで。互いの親と一緒に色々なところに出かけて。お泊まりもして。年長組の一年間で一番交流のあった同級生の子はあおいだった。
 当時は徒歩2、3分の近所に住んでいたから、卒園しても一緒に同じ小学校に通うとばかり思っていた。だから、あおいが福岡に引っ越すと知ったときはとてもショックだった。
 あおいが引っ越す際、両親と一緒に見送った。でも、あおいの姿が見えなくなると、途端に寂しさが襲ってきて、悲しくなって……大泣きした。そのときのことは今でも鮮明に覚えている。
 それからしばらくの間、俺はあおいのことばかり考えていた。あおいは今、どうしているのか。4月になって、小学校に入学してからは、あおいも小学校を楽しんでいるのか……って。

 今思えば、きっと……その頃はあおいに恋をしていたのだと思う。

 ただ、当時の俺にはそれが分からなかった。
 時間が経つにつれて、あおいがいなくなった悲しみは小さくなっていった。そんな中、5月末に愛実が調津に引っ越してきて。いつしか、あおいは「幼稚園の1年間だけ一緒にいた幼馴染」になり、遠い昔の存在になっていった。

 しかし、今年の春……10年ぶりにあおいが調津に帰ってきた。

 10年ぶりに再会したあおいは、中性的な雰囲気だった幼稚園の頃とは違い、清楚な雰囲気の美人な女性に成長していて。ただ、明るく活発な中身は変わっていなくて。
 10年ぶりに再会できたことがとても嬉しかった。隣に住むこと、調津高校に通うこと、同じクラスになることも嬉しかった。
 あおいが引っ越してきてからの日々は、それまで以上に楽しくて。充実していて。
 また、一緒に思いきり走ろうとあおいが言ってくれたおかげで、3年前の交通事故と走ることのトラウマを乗り越えられて。走ることを心から楽しめるようになった。それ以降、俺の見る景色はさらに鮮やかに彩られた気がする。
 俺の誕生日にあおいは俺に告白してきて。女の子として、はっきりと意識するようになって。あおいとの日々を過ごす中で、あおいのことが好きだと自覚した。



 香川愛実。
 小学1年生の5月末に俺の隣の家に引っ越してきた。そのときから、10年間一緒にいる幼馴染の女の子。
 愛実は大人しくて優しい性格だ。告白して、以前よりも積極的になった。
 小学1年生の5月の終わり頃、愛実は兵庫から俺の家の隣に引っ越してきた。小学校で無事に友達ができて、学校生活が慣れてきて、あおいが引っ越した寂しさや悲しさがようやく薄れ始めてきた頃だった。
 出会った頃、愛実は今と変わらず優しくて、大人しくて。引っ込み思案なところもあって。
 愛実があおいと同じ学年の女の子であることを知り、嬉しくなった。俺と同じクラスになったことも、お互いの部屋の窓を開ければいつでも話せる環境なのも嬉しくて。

 今思えば、あのときはあおいの代わりという側面もあったと思う。

 俺は愛実に積極的に話しかけて、お互いの家でアニメを観たり、ゲームで遊んだりして、学校では転校してきた愛実のサポートをしていった。それもあってか、愛実はすぐに笑顔をたくさん見せるようになって、学校でも女子中心に友達ができた。それが嬉しくて。
 家が隣同士で。愛実が転入してから、ずっと同じクラスで。だから、愛実は付き合いが一番長い女の子で。愛実は大切な幼馴染の一人になった。
 中学生になって、俺は陸上部、愛実は家庭科部に入った。俺は朝練もあったから、小学校のときよりも一緒にいる時間が減って。だけど、同じクラスなのが幸いして関係は変わらなかった。

 しかし、中2のゴールデンウィーク明け。俺は車に轢かれそうになった愛実を助けようとして、轢かれてしまった。

 横断歩道を渡り始めた愛実に猛スピードで迫る車を見たとき、このままでは愛実が轢かれて死んでしまうかもしれないと思った。あおいは生きているけど遠くに引っ越してしまったし、幼馴染がまたいなくなってしまうかもしれない。それが凄く怖くて。気付けば、愛実に向かって走っていた。
 交通事故の影響で俺は両脚に大けがを負ってしまい、陸上競技生命を絶たれた。そのことに負い目を感じた愛実は事故直後は泣いていることが多かった。私も部活を辞めると言うときもあった。陸上を辞めることも辛かったけど、辛そうにしている愛実を見る方がよっぽど辛くて。
 リハビリや退院後の学校生活を経て、愛実は少しずつ笑顔を取り戻していった。しかし、罪悪感があってか、時々陰りのある笑顔を見せるときもあって。

 ただ、今年の春にあおいが10年ぶりに調津に戻ってきて。あおいと俺が本気でレースする姿を見てから、愛実は魅力的な笑顔をそれまでよりもたくさん見せるようになったと思う。それが本当に嬉しかった。

 誕生日にあおいに告白されてから、あおいと同じ幼馴染の愛実も意識し始めて。
 海水浴に行った日に告白されて。愛実を女性としてはっきりと意識するようになった。あおいと同じタイミングで、愛実のことが好きだと自覚した。



 10年ぶりに再会したあおい。
 10年間一緒にいる愛実。
 こうして、2人のことを改めて思い返すと、2人ともとても魅力的な女の子で。俺にとって、とても好きで大切な存在になっている。

 どちらとより一緒にいたいのか。
 どちらがいなくなったらより寂しいのか。
 俺は――。



 ――プルルッ。
 ベッドで横になりながら、あおいと愛実について深く考えをめぐらしていると、ローテーブルに置いてあるスマホのバイブ音が聞こえた。この鳴り方からして、メッセージが届いたのだろう。
 ――プルルッ。
 また、メッセージが届いたか。いったい、誰から来たのかな。
 ベッドから降りて、スマホを手に取る。
 スリープ状態を解除すると……LIMEを通じて、グループトークに愛実とあおいからメッセージが送信されたと通知が届いている。その通知をタップすると、七夕祭りや海水浴に行ったメンバーのグループトークが開かれ、

『今週の土曜日に調津多摩川花火大会がありまして。今年もみんなで行きませんか?』

 という愛実のメッセージと、

『行きます! 涼我君もみんなも一緒に行きましょう!』

 というあおいのメッセージが表示された。
 調津多摩川花火大会か。毎年、8月最後の週末に多摩川のほとりで開催される。愛実とはほぼ毎年行っており、去年は調津にいなかったあおい以外の7人で行った。幼稚園の頃は桐山家のみなさんと一緒に。
 2人のメッセージを見ると嬉しい気持ちになって。それぞれと花火大会に行ったときのことを思い出し、温かな気持ちになって。

「……決まった」

 あおいと愛実からの告白に対する返事が……決まった。

『俺、行くよ』

 と、俺は参加表明のメッセージを送った。毎年行っているし、今年はあおいを含めてみんなと一緒に行きたい。
 その後も、道本や海老名さんなども続々と参加表明をしていき、最終的にはグループメンバー8人全員で行くことになった。嬉しいな。
 花火大会の日。俺は……あおいと愛実に告白の返事をする。俺の想いを2人に伝えよう。
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