10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ

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最終章

第61話『佐藤先生への相談』

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 あおい、愛実とそれぞれの家でお泊まりをした。あおいとはプールデートもした。
 どちらの家でもお泊まりの時間はとても楽しくて。あおいとは10年ぶり、愛実とは小学生以来なので、懐かしいと思えることが何度もあって。
 また、お泊まり中には、あおいとも愛実ともスキンシップをして、初めてのキスも交わした。それもあり、2人に対する好意はもちろん、愛おしい気持ちがより強くなって。
 お泊まりを通じて、2人の笑顔が頭に浮かぶことがとても多くなった。



 8月21日、月曜日。
 今日は午前10時から午後4時までサリーズのバイトがある。夏休み中だからか、お昼時を中心に来店されるお客様の数が結構いて。そのおかげで、充実した時間になっている。
 仕事中はあまりないけど、休憩に入りスタッフルームに戻ると、あおいと愛実の顔がふいに思い浮かぶことが何度もある。アイスコーヒーを飲みながら、お泊まりが楽しかったとか、2人は今ごろ何をしているのかなとか考えて。そうしていると疲れが抜けていって、いい休憩になった。

「お疲れ様でした」

 午後4時過ぎ。
 シフト通りにバイトが終わって、俺は従業員用の出入口からサリーズを出る。今も晴れているけど、夕方の時間帯だから暑さはそこまでキツくない。夏も終盤なのだと実感する。

「さてと、これからどうするかな」

 真っ直ぐ家に帰ろうか。それとも、まだ4時過ぎだし、アニメイクにでも行こうか。買いたいと思っている漫画やラノベの発売日ではないけど。

「とりあえず行ってみるか」

 行ったら、何か面白そうな本と出会えるかもしれないし。そう思って、アニメイクの入っている調津ナルコに向かって歩き始めた直後だった。

「やあやあやあ。涼我君じゃないか」

 スラックスにノースリーブの襟付きのブラウス姿の佐藤先生と出くわした。トートバッグを持っているし、仕事帰りかな。それとも、休みを取っており、どこかから帰ってきたところなのか。
 俺と目が合うと、佐藤先生はいつもの落ち着いた笑顔を見せてくれる。

「こんにちは、佐藤先生」
「こんにちは。サリーズの近くにいるってことは、バイトが終わったところかい?」
「はい。4時までバイトでした。先生は仕事帰りですか?」
「ああ。今日の仕事はそこまで多くないから早めに片付いてね。生徒達の夏休み期間中だから、早めに上がったんだよ」
「そうだったんですね。お疲れ様でした」
「涼我君もお疲れ様」

 佐藤先生は穏やかな笑顔でそう言ってくれる。タイミング的に、バイトから上がった直後に先生から労いの言葉をかけられたことは全然ないから、今の一言で疲れが取れていった気がした。
 あと、バイト直後とはいえ、佐藤先生と会ったから、

『キツかったり、不安だったりしたら周りの人を頼るんだよ』

『涼我君の担任教師として、大人としていつでも君の相談に乗るさ』

 と、あおいに告白された翌日のバイト中に、先生からかけられた言葉を思い出す。
 佐藤先生には頼れそうな雰囲気がある。それに、先生は魅力的な見た目や性格の持ち主だから、恋愛経験があるかもしれない。だから、あおいと愛実のことで相談したら、2人への返事を出すいいヒントをもらえるかもしれない。

「どうしたんだい? 私の顔をずっと見て。何かついているかい?」
「いえ、特には。あの……この後、お時間はありますか? あおいと愛実のことで相談したいことがありまして」

 佐藤先生の目を見ながら、俺は先生にそう言った。
 佐藤先生は優しい笑顔になって、口角が少し上がる。

「大丈夫だよ。この後、予定は何もないから。あと、あおいちゃんと愛実ちゃんのことなら……他の人には聞かれない方がいいかな。君さえ良ければ、私の家で話さないかい? 2人きりでゆっくり話せるから」
「そうですね。では、先生のご自宅で」
「決まりだね。じゃあ、行こうか」
「はい」

 俺は佐藤先生と一緒に、先生のご自宅に向かって歩き出す。その間は現在放送されており、先生も俺も見ている日常系アニメのことについて話した。
 数分ほどで佐藤先生の住むマンションに到着し、先生の自宅がある10階まで向かう。

「さあ、どうぞ」
「お邪魔します」

 佐藤先生の自宅にお邪魔し、先生の部屋の中に入る。
 佐藤先生の居住空間なだけあって、部屋に入ると先生の甘い匂いがほのかに感じられて。以前来たときと変わらず、テレビ台には先生お気に入りのキャラクターのミニフィギュアが置かれている。なので、二次元好きなのが分かるが……あおいと愛実の部屋と比べて大人っぽさが感じられる。

「クッションにでも座ってくつろいでて。冷たいものを用意してくるよ。アイスコーヒーでいいかな?」
「はい」

 俺はテレビに近い方にあるクッションに腰を下ろす。
 そういえば、佐藤先生の自宅に俺一人で来るのってこれが初めてかもしれない。今までは愛実やあおい、海老名さんなどが一緒にいたから。あおいと愛実のことで相談するためとはいえ、大人の女性の家で家主と2人きり。そう考えると、ちょっと緊張する。そもそも、この状況が法律的や社会的に大丈夫なのかどうか。

「お待たせ」

 佐藤先生はマグカップを2つ乗せたトレーを持って部屋の中に入ってくる。先生は俺の前と、俺の正面にあるクッションの前にアイスコーヒーの入ったマグカップを置く。トレーを仕事机に置き、先生は俺とローテーブル越しに俺と向かい合う形で座る。
 こうして近くから見ると、佐藤先生はとても綺麗な女性だと改めて思う。2人きりの状況もあって、段々とドキドキしてくる。先生の淹れてくれたアイスコーヒーを一口飲んで落ち着かせた。

「コーヒー美味しいです。ありがとうございます」
「良かった」

 微笑みながらそう言うと、佐藤先生もアイスコーヒーを一口。飲む姿も。美味しいと呟く姿も、大人の女性だからこそ出せる雰囲気だと思った。
 また、佐藤先生はメガネを外し、テーブルに置いた。

「どうしてメガネを外されたのですか?」
「海水浴のときに、メガネを外した私を可愛いと言ってくれたじゃないか。だから、メガネを外したのさ。それに、この距離からなら、裸眼でも君の顔がはっきり見えるし」
「そうでしたか。可愛い先生をまた見られて嬉しいです」
「ありがとう」

 ふふっ、と佐藤先生は声に出して笑う。裸眼の姿を見せるために外してくれたのか。その真意を知ったのもあり、先生がかなり可愛らしく感じられる。

「じゃあ、さっそく本題に入ろうか。あおいちゃんと愛実ちゃんのことで相談したいんだよね」
「はい。あおいと愛実との恋愛相談なんですけど」
「……やはり恋愛絡みか」

 あおいと愛実が俺を好きだと知っているから、佐藤先生は恋愛絡みだと察していたか。

「ええ。あおいと愛実との時間を過ごす中で、俺も……2人のことが恋愛的な意味で好きだと自覚して」
「そうなのかい」
「ええ。先生とコアマに一緒に参加した翌日に。よく考えて、どちらか一人と付き合おうと決めたんです」
「そうか。一人に決めること……いいと思うよ」

 佐藤先生は優しい笑顔になり、優しい声色でそう言ってくれる。

「ただ、2人とも魅力的ですから、すぐには決められなくて。実は、好きだと自覚した翌日に、道本と鈴木に『どっちを選ぶためには、どう考えていけばいいのか』って相談したんです。そうしたら、鈴木が『より一緒にいたい人はどっちなのかって考えればいいんじゃないか』とアドバイスしてくれて」
「なるほどね。美里ちゃんっていう彼女がいるから説得力があるね」
「道本も同じ理由で、鈴木の考え方に賛成していました。俺もその考え方を胸に抱きながら、あおいや愛実との時間を過ごしていって。あおいとはプールデートとお泊まり、愛実ともお泊まりして。それぞれと一緒にいる時間がとても楽しくて。……何度かキスもされたので、好きな気持ちや愛おしい気持ちも膨らんでいって。どちらに対しても、一緒にいたいって気持ちを強く抱いて。なので、より迷ってしまって。それで、何か他にいい考え方があるかどうかを教えてほしくて、先生に相談したいと思いました」
「……なるほどねぇ」

 そうか……と呟くと、佐藤先生はアイスコーヒーをもう一口飲んだ。腕を組み、真剣な表情になって考えている様子。ここまで真剣な先生は全然見たことがないから新鮮で。

「2人とも魅力的な女の子だからね。あおいちゃんはもちろん、愛実ちゃんも告白してからは積極的になっているし。そんな2人からアプローチ……キスまでされたら、涼我君が悩むのも分かる。私が涼我君の立場になっても悩むことになりそうだ」
「そうですか。佐藤先生は人生の先輩ですし、先生なら恋愛経験もありそうかな……と思いまして」
「ははっ、なるほどね。涼我君の推測通り、私は恋愛経験があるよ。高校時代と大学時代にそれぞれ付き合っている人がいたよ」

 佐藤先生は笑顔にはなるものの、どこか寂しそうで。それに、それぞれ付き合っている人がいた……ということは、付き合った2人とは既に別れているってことか。

「高校時代は女子、大学時代は男子と付き合っていたよ。どちらとも深い付き合いになって、キスはもちろん、その先の行為も何度もしたよ。そうすることが幸せに思えるほどに、私は好きになっていった」
「そうだったんですね」
「……ただ、高校時代に付き合った女子は芸術系大学志望で、私は理系志望。別々のクラスになった高3のときは大丈夫だったんだけど、彼女は遠くの大学に進学して、その際に引っ越してしまってね。遠距離恋愛になった。定期的にテレビ電話もした。だけど、大好きな人に直接会えないのは辛い。別れようって言われてフラれたんだ」
「そうでしたか……」

 遠距離恋愛は別れる確率が高いと聞いたことがある。物理的な理由でなかなか会えないとなると、気持ち的に辛くなってしまうよな。スマホやパソコンで顔を見ることはできるけど、それでも距離を感じてしまうのだろう。それが耐えきれなくて、その女性は佐藤先生に別れようと言ったのだと思う。

「大学時代に付き合った男子の方は……浮気されちゃってね。同じ学部の1学年後輩の女の子と。そっちの女の子の方が顔も体もより好みだからってフラれたんだ」
「……そ、そうでしたか」

 大学時代の方は彼氏がダメ人間だったか。佐藤先生が可哀想だ。
 佐藤先生は綺麗な顔立ちだし、スタイルも抜群にいいのに。きっと、大学時代も今と変わらない雰囲気だったんじゃないだろうか。それに、たまに変態な部分もあるけど、落ち着きのある優しい性格で、趣味のことを中心に、話すととても楽しいのにな。

「ただ、どちらも、フラれた直後は寂しくて泣いちゃったんだ。付き合っていた日々は楽しかったけど、そういった時間をもう一緒に過ごせないんだって。それが凄く寂しくてね」

 当時のことを思い出しているのか、佐藤先生は両目に涙を浮かべている。
 俺が持っていたハンカチを差し出すと、先生は「ありがとう」と受け取り、両目に浮かんだ涙を拭った。その姿がとても綺麗だと思ってしまった。

「学生時代の失恋を思い出すことは何度もあるけど、涙が出るのは久しぶりだよ」
「すみません。俺が相談したせいで」
「いいんだよ。役に立ちそうだと思って話したんだから。……ハンカチ、ありがとう」

 微笑みながらそう言うと、佐藤先生はハンカチを俺に返した。

「……フラれたときに寂しく思えるのは、2人のことがとても好きだったからだと思う。だから……涼我君。『離れてしまったらより寂しいのはどちらか』というのも、どちらかを選ぶときの一つの考え方かもしれないね。鈴木君のアドバイスの『より一緒にいたいと思えるのはどちらか』と同じかもしれないけどね」
「寂しいのはどちらか、と考えたことはなかったので、凄くいいアドバイスだと思います。佐藤先生に相談して良かったです。今の考え方も含めて、あおいと愛実のことを考えたいと思います。先生、ありがとうございます」

 佐藤先生の目を見てお礼を言い、深めに頭を下げた。目の前が深い霧に包まれていたような感じだったけど、先生のアドバイスもあって少し視界が開けた気がする。

「いえいえ。お役に立てたのなら良かったよ」

 佐藤先生がそう言うのでゆっくりと顔を上げると、先生の顔にはいつもの落ち着いた笑みが浮かんでいた。

「君ならきっと……君も愛実ちゃんもあおいちゃんも納得できるような答えを出せると思う。ただ……」

 佐藤先生はクッションから立ち上がると、俺のすぐ側まで近づいてくる。それに合わせて俺は座りながら先生の方に体を向けて。
 佐藤先生と目の前で向かい合う形になると、先生は膝立ちの状態になって俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのことで、先生の温もりや胸を含めた柔らかさ、少し汗が混じった甘い匂いが感じられて。その大人の色香にドキッとして。

「せ、先生……?」

 俺がそう呟くと、佐藤先生は至近距離で俺のことを潤んだ瞳で見つめ、

「もし、どうしても決められなかったら、遠慮なく私のところに来ていいからね。そうしたら、君のことをこうしてずっと抱きしめるから。私が君を温め続ける。そうしたいと考えるくらいに……君のことを想っているよ」

 とても優しい笑顔でそう言ってくれた。先生の笑顔は頬を中心に赤らんでいて。だから……今の言葉が告白のように思えて。もしそうでも、そうでなくても、

「ありがとうございます。ただ、お気持ちだけ受け取っておきます。悩むかもしれませんが、先生のアドバイスも踏まえて、しっかりと考えて、2人について結論を出そうと思います」

 佐藤先生の目をちゃんと見て、俺は先生の今の言葉に対する返事をした。決められないときの逃げ場を作ってくれるのは有り難いけど、俺はちゃんと決断して、2人に告白の返事をしたいから。

「……そうかい。今の君を見たら、君なら結論を出せる気がするよ。何だか寂しいけどね」

 佐藤先生は切なげな笑みを浮かべながらそう言い、俺の頭を優しく撫でてくれた。
 それから少しして、佐藤先生は俺への抱擁を解き、さっき座っていたクッションに戻る。それでも、佐藤先生の残り香や温もりがはっきりと感じられる。

「先生。色々とありがとうございました」
「いえいえ。君の担任教師として、一人の人間として君に頼られて嬉しかったよ。また、困ったことがあったら、いつでも相談してね」
「はい。ありがとうございます、佐藤先生」
「うん」

 佐藤先生はニコッと笑うと、自分のアイスコーヒーを飲む。さっき抱きしめられたのもあり、今の先生が凄く可愛らしく見えて。
 俺もアイスコーヒーを飲んでいく。さっきよりもほろ苦く、それでいて美味しく感じられた。
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