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最終章

第60話『愛実の家で迎える朝』

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 8月20日、土曜日。
 ゆっくりと目を覚ますと……愛実の可愛らしい寝顔が視界に入った。昨日は愛実を抱きしめて寝たけど、お互いに寝相が変わらなかったのか。あおいと違って、愛実は寝相があまり悪くないからな。
 愛実を抱きしめながら寝たから、普段よりもいい目覚めだ。

「リョウ君……」

 愛実は俺の名前を呟くと、眠りながら笑顔になる。夢に俺が出てきているのかな。俺に抱きしめられながら寝ているし、その可能性は高そう。それにしても、寝ていても笑顔になった愛実はとても可愛い。温かな気持ちになる。
 外から光が差し込んでいるけど、今は何時だろうか。愛実が起きないように少し体を動かして、壁に掛かっている時計を見ると……今は午前7時過ぎか。今日はバイトのシフトも入っていないし、愛実から特に予定があるとは聞いていない。二度寝しようかなぁ。

「……いや、その前に寝ている愛実の様子をちょっと見てみるか」

 昨日の朝、あおいは寝言を言っていたからな。内容は変態だったけど、寝言を言うあおいの姿は見ていて楽しかった。可愛かったし。
 愛実も何か寝言を言うかもしれない。せっかく、愛実よりも早く起きられたのだから、眠っている愛実の姿を楽しみたい。

「リョウ君吸いする……」

 そんな寝言を言うと、愛実は俺の胸に顔を埋めてくる。リョウ君吸いをする夢を見ているのかな。昨日の夜、愛実は今のような形で俺の匂いを楽しんでいたから。頭をスリスリしてくるのが可愛らしい。
 1分ほどスリスリすると、愛実は俺の胸から顔を少し離す。夢の中でも頭をスリスリするのが終わったのだろうか。満足そうな笑顔で可愛いな。

「……えっ? 私が胸に顔を埋めてリョウ君吸いしたから、リョウ君も私の胸に顔を埋めて愛実吸いをしたくなったの? リョウ君なら……いいよ」
「何やってるんだ……」

 思わずツッコんでしまったよ、夢の中の俺に。それなりの声の大きさで。
 愛実の胸の中に顔を埋めて匂いを嗅ぐ……か。愛実の夢でも、俺はなかなかの変態行為をしているな。あと、夢の中の俺の行動を知ってしまったので、思わず愛実の胸元を見てしまう。愛実の体勢もあって、寝間着の隙間から胸の谷間がチラリと見えている。そのことにドキッとした。
 ふふっ、と笑い声を漏らす愛実の顔はほんのりと赤くなっていて。夢の中では……俺に愛実吸いをされているのかな。考えるとドキドキしてしまいそうなので、あまり考えないようにしよう。

「うんっ……」

 そんな可愛らしい声を漏らすと、愛実はゆっくりと目を開けた。俺と目が合うと、愛実はやんわりとした笑顔を見せる。

「……リョウ君、おはよう」
「おはよう、愛実。起こしちゃったかな」

 時計を見るために動いたり、それなりの声の大きさで愛実の夢に出ている俺にツッコんだりしてしまったから。
 愛実は笑顔のまま、ゆっくりとかぶりを振る。

「ううん、そんなことないよ。凄く気持ち良く起きられたから」
「そうか。なら良かった」
「うん。……リョウ君、おはよう」

 再び朝の挨拶をして、愛実は俺に唇をそっと重ねてきた。おはようのキスだろうか。そういえば、昨日も起きた直後のあおいにキスされたっけ。
 愛実から唇を離すと、愛実は柔らかな笑みを浮かべる。

「今のはおはようのキスです。目が覚めたらリョウ君がいて。リョウ君に抱きしめられていて。リョウ君の匂いや温もりを感じられて。リョウ君にキスできて。凄く幸せな朝です」
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺も幸せな気分になるよ」
「リョウ君も同じ気持ちで嬉しいな。……寝る瞬間までリョウ君と一緒にいて。起きた瞬間からもリョウ君と一緒にいる。いつかはそれが私達の日常になると嬉しいな」

 愛実は可愛らしい笑顔でそう言った。
 寝る瞬間まで、そして起きた瞬間から一緒にいる。それが日常になること。つまり、いつかは俺と一緒に住みたいってことか。こういうことでも、愛実は俺と一緒にいる未来を考えているんだな。嬉しい。

「……そうか」
「うんっ。ところで、今って何時かな?」
「朝の7時過ぎだ」
「7時過ぎか。学校のある日だったら起きる時間だけど、今は夏休みだからね。リョウ君、どうする?」
「俺は……このまま起きようかな。いい目覚めだったし」
「じゃあ、私も起きるよ。今日は土曜日だから、お母さんもお父さんもまだ寝ているかもしれないな。もしそうだったら、私が朝ご飯を作るよ」
「分かった」

 もし、愛実が朝ご飯を作ってくれることになったら楽しみだな。
 その後歯を磨いたり、顔を洗ったり、寝間着から私服に着替えたりと、いつも起床しているときのことをする。その際は愛実と一緒に。
 これらのことが全て終わって1階のキッチンに行くと、そこには真衣さんがいた。寝間着姿ではなく、ロングスカートに半袖のVネックシャツ姿で。キッチンを見たところ……まだ、朝食を作る前のようだ。

「おはよう、お母さん」
「真衣さん、おはようございます」
「2人ともおはよう。意外と早いわね。昨日はうちで久しぶりのお泊まりだったし、愛実も涼我君ももっとゆっくりと起きると思ってた」
「日付が変わった直後に寝たからね。15分くらい前に起きたの」
「いい目覚めだったので、このまま起きようってことにしたんです」
「そうだったのね。2人とも、昨日の夜は楽しかった?」
「うん、楽しかったよ! 昔みたいにリョウ君と一緒に私のベッドで寝たし」
「とても楽しい時間でした」
「それは良かったわ。それにしても、朝からうちのキッチンに涼我君がいるなんて。何だか懐かしい気持ちになるわ」
「お泊まりしたときくらいですもんね」

 昼食や夕食はお泊まり以外でも食べることがあるけど。俺も朝早くからここにいて懐かしい気持ちになってきた。

「ところで、お母さん。朝ご飯はまだ作ってない?」
「ええ。私もさっき起きたばかりだから。今日は土曜日だしね。炊飯器でご飯が炊けているくらいよ」
「分かった。じゃあ……朝ご飯のおかずにリョウ君が大好きな甘めの玉子焼きを作るよ」
「おっ、それは楽しみだな」

 甘めの玉子焼きは好物の一つだし。愛実が作る玉子焼きは特に好きなんだよな。

「じゃあ、愛実は玉子焼きで、お母さんは味噌汁を作るわ」
「うん、分かった」
「愛実、真衣さん、俺も何か手伝いましょうか?」
「私は大丈夫よ。愛実は?」
「私もお気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう。リョウ君はお客さんだからゆっくりしていて。ただ、食卓にいてくれると嬉しいな。いつもと違う時間を過ごせているって実感するから」
「そういうことなら……分かりました。ここでゆっくりします」

 昨日に続いて至れり尽くせりって感じだな。ただ、俺がこの食卓にいることで、愛実に特別な時間を過ごせていると思わせられるのは嬉しくて。
 それから、俺は昨日の夕飯のときと同じ食卓の椅子に座り、冷たい麦茶を飲みながら、愛実と真衣さんの朝食作りを見守る。
 愛実も真衣さんもエプロン姿がよく似合っていて可愛い。
 愛実も真衣さんも料理上手なだけあって、凄く手つきがいいな。2人とも楽しげな笑みを浮かべているし、俺を交えて3人で話すこともあるし。料理し慣れている2人の余裕が感じられる。
 朝食作りが進むにつれて、玉子の甘い匂いや味噌汁の匂いが香ってきて。そのことでお腹がより空いてきた。愛実の作る玉子焼きも、真衣さんの作る味噌汁も期待が膨らむ。
 それから程なくして、

「はい、リョウ君。甘い玉子焼きができたよ」
「野菜たっぷりの味噌汁もできたわ」

 愛実が玉子焼きを、真衣さんが野菜たっぷりの味噌汁を俺の前に置いてくれる。味噌汁の具材は大根に人参、キャベツ、しめじが入っている。どっちも美味しそうだ。

「みんなおはよう。いい匂いだ」

 愛実と真衣さんが配膳をしていると、スラックスに半袖のワイシャツを着た宏明さんがキッチンに姿を現した。寝起きだからか、ちょっと眠そうにしている。眠そうな宏明さんを見るのも懐かしい。

「おはよう、あなた」
「おはよう、お父さん」
「おはようございます、宏明さん」
「みんなおはよう。今から朝食かな」
「そうよ」
「そうか。いいタイミングで起きられた。ご飯と味噌汁は自分でよそうよ」
「分かったわ」

 それからすぐに俺、愛実、真衣さんの分の配膳が終わり、愛実と真衣さんは昨日の夕食のときと同じ場所の椅子に座る。
 宏明さんは自分の分のご飯と味噌汁をよそい、俺の正面の椅子に座った。

「じゃあ、お父さんも座ったし、いただきます!」
『いただきます』

 昨日の夕食と同様に、愛実の号令で朝ご飯がスタートした。
 まずは……愛実お手製の玉子焼きからいただこう。黄色くふんわりとしていて美味しそうだ。
 端で玉子焼きを一切れ掴んで、口の中に入れる。……昨日のハンバーグのときのように、隣の席に座る愛実にじっと見られながら。
 口の中に入れた瞬間、玉子焼きの優しい甘味が感じられて。ゆっくりと咀嚼していくと、その甘味が口いっぱいに広がっていく。ふんわりとした食感だし、本当に美味しい玉子焼きだ。

「甘くて美味しいよ、愛実。愛実の作った玉子焼きは最高だな」
「ふふっ、良かった。美味しく食べてくれて嬉しいよ」

 愛実は満面の笑顔で言ってくる。その笑顔を見ていると、口の中にある玉子焼きの甘味が強くなった気がする。
 俺が玉子焼きを食べたからか、愛実も朝食を食べ始める。
 香川家の食卓で、香川家のみなさんと一緒に朝食を食べる。小学生以来だから本当に懐かしい気分になる。そう思いながら、具だくさんの味噌汁を一口。

「……味噌汁も美味しいです」
「涼我君にそう言ってもらえて良かったわ。涼我君は小学生の頃から、うちで作るご飯を美味しそうに食べてくれるわよね」
「そうだったね、お母さん」
「モリモリ食べることも多いよね。さすがは男の子だと思ったよ」
「みなさんの料理が美味しいですからね。それに、小さい頃から好き嫌いはあまりありませんでしたし」

 だから、お泊まり中に作ってくれた食事も、嫌いな食べ物だから食べられないってことはなかったな。
 そういえば、昨日の朝、あおいのお母さんの麻美さんからも、俺は食事をよく食べていたと言われたっけ。
 男子だから、女子の愛実やあおいよりも食べる量は多い。だから、愛実の御両親も麻美さんも俺は料理をよく食べるという印象があるのかもしれないな。

「リョウ君が美味しそうに食べてくれるから、食事を作ったり、食べたりするのもお泊まりの楽しみなんだよ。今回もそうだった」
「そうか。何だか嬉しい気持ちになるな。今回のお泊まりでも美味しい食事をありがとな、愛実。真衣さんもありがとうございます」
「いえいえ!」
「お母さんも嬉しいわ」
「良かったね、2人とも。こちらこそありがとう、涼我君。涼我君がいると、愛実も母さんもいつも以上に楽しそうだから。もちろん、僕もね。久しくお泊まりはなかったけど、いつでも泊まりに来ていいからね」
「お父さんの言う通りだよ」
「ありがとうございます」

 久しぶりに愛実の家にお泊まりしたけど、愛実だけじゃなくて真衣さんも宏明さんも楽しいと言ってくださることが嬉しくて。温かい気持ちになる。またお泊まりしたいなって思う。それは、あおいの家でも言えることだった。
 その後、愛実と玉子焼きを食べさせ合ったり、昨日の夜に観ていた『秋目知人帳』のことで話したりして、楽しい朝食の時間になった。



 朝食を食べた後は、愛実の部屋に戻って、愛実と一緒に昨日の深夜に放送されたアニメや『名探偵クリス』を観る。愛実が淹れてくれたアイスティーを飲みながら。
 愛実も俺も今日は特に予定はないので、夕方頃まで愛実の家でゆっくりと過ごすのであった。
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