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最終章

第36話『あたしも。』

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 ――あたしも麻丘君のことが好き。

 海老名さんは顔を真っ赤にして、俺のことを見つめながら告白してきた。シンプルな告白の言葉が両耳から体の中に入り、全身へと巡っていくのが分かる。

「中学に入学した直後に、陸上部で麻丘君と出会って。部活に一生懸命取り組む姿や美しい走り。あとは愛実や道本君達、あたしにも向けてくれる笑顔が素敵で、中1の間に好きになっていたわ」
「……そうか」
「勉強を分かりやすく教えてくれたり、漫画やラノベやアニメをオススメしてくれたり。あと、高校になってからはサリーズで優しく接客してくれるところも好き。他にも好きなところはいっぱいあるわ」

 そう言うと、海老名さんはニッコリとした笑顔を向けてくれる。そんな海老名さんが可愛くて、キュンとなる。

「海老名さんも……俺のことが好きなんだな」

 俺のその言葉に、海老名さんはしっかりと首肯する。
 海老名さんに好きだと言われて、海老名さんとのこれまでのことが走馬燈のように思い出す。ただ、その中でも一番はっきりと思い出すのは、

『麻丘君に……いてほしい』

 ゴールデンウィーク明けに、陸上部のマネージャーにならないかと誘われたときに言われた言葉だ。そのとき、海老名さんは俺の手を掴んで、頬中心に赤らんでいて。だから、マネージャーの誘いだけじゃなくて、まるで告白のようにも思えたのだ。その感覚は間違っていなかったのだろう。俺のことが好きだから、マネージャーとしてでもいいから一緒に部活がしたい。だから、あのような言動になったのだろう。

「あたしも麻丘君が好き。友人としてじゃなくて、恋人として麻丘君と付き合いたい。愛実とあおいのように、あたしのことも考えてほしい。麻丘君……好き。大好き」

 甘い声でそう言うと、海老名さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。そのことで、海老名さんの強い温もりや汗混じりの甘い匂い、服越しでも柔らかさを感じて。俺に対する好意を全身で伝えてきているように思えた。
 一緒にジョギングしたいと誘った一番の理由は……俺に好きだと告白するためだったのかもしれない。
 海老名さんの告白と抱擁。それもあって、ドキドキしたり、体が熱くなったりする。
 ただ、それは……あおいや愛実に告白されたときほどではない。あおいと愛実の笑顔がたくさん頭によぎって。だから――。

「海老名さん」
「うん」
「……俺のことが好きで、告白してくれて嬉しいよ。ありがとう。海老名さんのことは魅力的な女の子だと思ってる。だけど……ごめん。海老名さんの気持ちには応えられない。愛実とあおいのようには考えられなくて。ごめんなさい」

 海老名さんの目を見つめながら、俺は……彼女からの告白を断った。それでも、あおいと愛実の顔が頭から離れない。それほどに、俺にとってあおいと愛実は特別な存在なんだ。

「そっか……」

 呟くようにして言うと、海老名さんは俺への抱擁を解き、俺から一歩下がった。海老名さんの両目には涙が浮かんでいて。その涙は悲しげな笑顔を伝ってこぼれ落ちた。海老名さんのこういう表情は全然見ないのもあり、胸が締め付けられる。
 それから少しの間、俺達はただ向かい合って立ち尽くし、無言の時間が流れる。

「……やっぱり、2人には敵わなかったか」

 海老名さんはそう言い、どこか納得したような表情を見せる。

「2人はあたしよりも古い付き合いだし、特に愛実は一緒にいる時間が長いし。あと、麻丘君……体育祭で借り物競走に出たじゃない」
「ああ。愛実とあおいを連れて行ったな」
「うん。2人を連れて行って、お題が『大切な人』って発表されたとき、麻丘君にとって愛実とあおいがとても大切な存在なんだって思い知らされた。どっちかにしろって言われたらどうしてた、っていう鈴木君の質問にも、『2人ともとても大切だから、すぐには選べない。辞退する』って言っていたし。体育祭のとき、2人は麻丘君に告白していなかったけど、あたしが告白しても……今みたいに断られるんじゃないかって思ったの。だから、諦めの気持ちがあって」
「……そうか」

 だからこそ、海老名さんは納得した表情を浮かばせられるのか。
 借り物競走で『大切な人』ってお題を引いたとき、すぐに愛実とあおいのことが頭に浮かんだ。当時は告白されていなかったし、2人のことは幼馴染としてだった。ただ、今振り返ると、あのときにはもう2人のことを特別に思っていたのだと思う。

「ただ、告白したあおいと愛実が、麻丘君と一緒にいると幸せそうで。楽しそうで。メッセージや通話でもそれが伝わってきて。それが羨ましくて。だから、あたしも麻丘君に告白したいと思うようになって。それで、今日……告白したの」
「そう……だったんだな」

 借り物競走の一件もあって、海老名さんに諦めの気持ちが生まれた。
 ただ、好意を明かした上で俺に接するあおいと愛実の姿を見たり、メッセージや通話をしたりする中で、自分も2人と同じ立場になりたいと思ったのだろう。2人に対して卑怯だと思ってしまっても。

「麻丘君からの返事、ちゃんと受け入れるわ。理由は愛実とあおいだし、スッキリできてる。告白の返事をしてくれてありがとう」

 依然として、両目に涙が浮かんでいるけど、海老名さんは笑顔を浮かべていて。だから、今の言葉が本心から出たものだと分かった。

「ねえ、麻丘君」
「うん?」
「これからも友達として、クラスメイトとして、元部活仲間としてあたしと付き合ってくれると嬉しいわ」
「もちろんさ、海老名さん」

 海老名さんとは4年以上の付き合いがある。それに、海老名さんと話したり、一緒の時間を過ごしたりするのは楽しいから。これからも友達として海老名さんと付き合っていきたいと思っている。

「ありがとう」

 そう言うと、海老名さんは両目に浮かんだ涙を右手で拭い、ニッコリと明るい笑顔を見せてくれた。
 あおいと愛実の告白にもちゃんと考えて、答えを出して、今のように、相手の目を見てしっかりと返事したい。
 海老名さんは口角を上げて、小さく頷いた。

「さあ、ジョギングを再開しましょう」
「ああ」

 俺達は再び海老名さんのペースでジョギングしていく。全身には強い熱が纏っているけど、そんな中で走ることは特に嫌だとは思わない。
 時折、隣でジョギングする海老名さんの顔を見る。涙を流したので目尻は赤いけど、告白する前と同じで爽やかな笑みが浮かんでいる。

「麻丘君。ジョギングを楽しんでいるのが伝わってくるわ」
「そうか。ジョギングするの楽しいよ」
「……ゴールデンウィーク明けに、陸上部のマネージャーになってほしいって誘ったじゃない。もちろん、マネージャーの素質があると思ったからだけど、麻丘君を好きだから部活で一緒にいたい思いがあって。だから、断られたとき……ちょっとショックだった」
「そうだったんだ」

 やっぱり、誘ってくれたときの海老名さんの言葉には、俺への好意も含まれていたんだな。

「でも、陸上部のマネージャーにならなくて、個人的に走ることに触れる選択をしたから、それまでと変わらない麻丘君と接することができているんだって思ってて。あたしが言う資格はないかもしれないけど、麻丘君はとてもいい選択をしたと思う」
「海老名さん……」

 マネージャーの打診を断ったのもあり、海老名さんから「とてもいい選択をした」と言ってもらえるのは凄く嬉しい。

「麻丘君と一緒にジョギングして、走るのを楽しんでいる麻丘君をすぐ近くに見られて、本当に嬉しいわ。ジョギングしたいって言ってみて良かった」

 海老名さんはそう言うと、俺に向かってニコッと可愛らしい笑顔を見せてきた。その笑顔は今までで一番と言っていいほどに可愛らしいもので。

「走るのが気持ちいいし、また一緒にジョギングしたいって言うかもしれない」
「いつでも言ってくれ」

 走ることを一緒に楽しんでくれるのは嬉しいからな。
 それからも、何度か休憩を挟みながら、海老名さんの家の近くまで一緒にジョギングした。
 海老名さんと一緒にする初めてのジョギングは、彼女から告白されたのもあり、忘れられない時間になったのであった。
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