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最終章

第35話『理沙とのジョギング』

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 8月12日、金曜日。
 午前6時50分。俺はジョギングをし始める。
 これから、調津北公園の前まで向かう。そこで午前7時に海老名さんと待ち合わせしているのだ。実は昨日の夜に、

『明日の朝、麻丘君はジョギングする? もしするなら、一緒にジョギングしたいわ』

 と、海老名さんからLIMEでメッセージが来たからだ。ジョギングをするつもりだったので、その旨を返信して、今日は海老名さんとジョギングすることになった。
 今まで、海老名さんと一緒にジョギングしたことはない。
 ただ、ゴールデンウィーク明けに、海老名さんからの陸上部のマネージャーの誘いに断ったとき、一緒にジョギングすることがあるかもと言っていた。油断すると太っちゃうことがあるからと。……もしかして、それが理由で一緒に走らないかと言ったのかな。海水浴のときや昨日会ったときには特に太っているようには見えなかったけど。
 調津北公園が見えてきた。果たして、海老名さんはもういるだろうか。そう思いながら走っていると……入口前に黒いハーフパンツに水色の半袖のTシャツ姿も金髪の女性がいる。小さなウエストポーチを腰に付けていて。背格好からして海老名さんだろうか。

「麻丘君!」

 Tシャツ姿の女性が俺の名前を呼んで手を振ってきた。海老名さんの声だ。やっぱり、あの女性は海老名さんか。俺が走りながら手を振ると、海老名さんは手を振りながらニッコリと笑顔を見せる。
 ゆっくりと減速し、海老名さんの目の前で立ち止まった。

「おはよう、海老名さん」
「麻丘君、おはよう。愛実とあおいからジョギングウェア姿の麻丘君の写真を見せてもらったことがあるけど、実際に見ると結構いいわね。似合ってる。あと、プレゼントしたスポーツタオルを首に巻いてくれているんだ。嬉しい」
「このタオル大活躍だよ。ありがとう。海老名さんもその服装似合ってるな」
「ありがとう」

 と、海老名さんは嬉しそうに言った。そんな海老名さんが可愛くて。

「部活でもそういう感じの服装なのか? 中1のときも、夏休み中は体操着じゃなかったよな」
「今もそうよ。選手のように体は動かさないけど、屋外にいるからね」
「そうか」

 高校の校庭は日陰になっている部分があまりないからな。炎天下の中にいたら、体をそこまで動かさなくても結構暑いと思う。今のような身軽な服装がいいだろう。

「突然なのに、一緒にジョギングしてくれてありがとう」
「いえいえ。一緒にジョギングしたいって言ってくれて嬉しいよ」
「そう言ってくれて良かった。お盆で部活が休みだし、前に一緒にジョギングするかもって言ったから。だから、一度、麻丘君とジョギングしてみたかったの」
「そうだったのか」

 海老名さんもゴールデンウィーク明けのことを覚えていたんだな。あと、部活が休みだから一緒にジョギングしてみようと思ったのか。ジョギングして日中まで疲れが残るかもしれないし。部活のある日だったら、疲れで活動に影響が出たり、体調を崩したりするかもしれないもんな。

「今日はよろしくね、麻丘君」
「よろしくな。ところで、海老名さんは普段からジョギングってする?」
「しないわね。ただ、部活中に小走りでグラウンドを移動することはあるわ」
「そっか。じゃあ……愛実とあおいのときと同じように、まずはウォーキングからするか。それで脚を動かすことに慣れよう」
「分かったわ」

 その後、公園の中に入り、俺は動きを交えて、海老名さんにウォーキングのフォームを教えていく。
 海老名さんは運動神経がそれなりにいいので、さっそく俺の教えた通りのフォームでウォーキングしてみせる。

「うん、いいね。じゃあ、今の歩き方を心がけて、多摩川沿いの歩道に出るまでウォーキングしようか」
「ええ」

 海老名さんと俺は調津北公園を出て、多摩川沿いの歩道を目指してウォーキングしていく。今は朝で人もあまりいないので、海老名さんと隣同士で。
 ジョギングを再開して3ヶ月以上経っているから、早朝の調津駅周辺の光景も見慣れてきた。ただ、今は海老名さんと一緒なので、ジョギングを再開したときのような新鮮さが感じられる。

「この時間だからなのか、それとも夏休みだからなのかは分からないけど、あまり人のいない駅周辺の光景は新鮮ね」
「そうか。俺もジョギングを再開したときにはそう思ったな。学校がある日の朝練に行くときはどうなんだ?」
「今と比べたらかなり人が多いわね。駅に向かうスーツ姿や制服姿の人とか。あとは朝練があって、駅から出てくる調津高校の生徒も見かけるわ」
「そうなんだ」

 ちょうど学校や仕事に向かう人が多い時間帯なんだろうな。あとは、陸上部を含め部活の朝練に行く調津高校の生徒もいると。
 調津駅の前や周辺の商業施設を通り過ぎ、駅の南側の住宅街に入り始める。駅周辺よりも人の数がさらに少なくなり、閑静な雰囲気だ。

「そういえば、誰かと一緒にこうしてウォーキングとかジョギングをすることはあるの?」
「道本とあおいとはあるよ。道本とは多摩川沿いの道で会ったときに、川沿いの道を一緒に走るよ。あおいとは告白されてから何度か、あおいが朝早く起きられたときに」
「そうなんだ。あおいもか。一人でジョギングするときとは違う?」
「違うなぁ。道本やあおいと一緒のときは喋りながらジョギングするから。だから、一人で走るときとは全然違うよ」
「そうなのね」
「一人でも、誰かと一緒でも楽しいよ。もちろん、今もな」
「……そう言ってくれて嬉しいわ。あたしも楽しい」

 そう言うと、海老名さんの口角が上がり、頬がほんのりと紅潮した。体を動かすのに慣れるためにウォーキングにしているけど、海老名さんにとって楽しい時間になっていて良かった。
 海老名さんと話しながらウォーキングしているので、あっという間に多摩川沿いの歩道に到着した。

「よし、到着だ。ここで少し休憩しよう」
「ええ。普段歩くときと違うフォームだし、意識して歩くとしっかりとした運動になるのね。でも、気持ちいいわ」

 海老名さんは爽やかな笑顔でそう言った。しっかりとした運動になると言うだけあり、呼吸が少し激しくなっているな。また、立ち止まったのもあってか、額中心に顔が汗ばんでいる。俺一人のときよりも長めに休憩を取るか。
 平日の朝7時過ぎなのもあって、多摩川沿いの歩道には人の姿はあまりない。

「多摩川……綺麗ね。朝陽に照らされて」
「綺麗だよな。いつも、川沿いのこの道に到着すると休憩を取るんだ。川の流れを見ると疲れが取れやすいから」
「そうなのね。この景色を見たらそれも納得だわ」

 ふふっ、と笑いながら海老名さんは多摩川を見る。朝陽に照らされた海老名さんの横顔はとても美しくて。首筋に流れる汗がキラリと光った。
 首に巻いているスポーツタオルで、顔や首の汗を拭い、ポーチから水筒を取り出して冷たいスポーツドリンクを一口飲んだ。

「あぁ、美味しい」
「ふふっ。今の麻丘君の姿を見ていると、部活の休憩中みたいで懐かしいわ」
「ははっ、そうか。確かに、部活の休憩中は海老名さんや道本と話すことが多かったな」
「そうね」

 そのときのことを思い出しているのか、海老名さんは優しい笑顔を見せる。海老名さんもポーチからタオルを取り出して顔や首の汗を拭い、小さな水色の水筒でゴクゴクと飲んだ。その姿も美しく見えて。

「スポーツドリンク美味しい。ウォーキング後だから、冷たいのがとてもいいわ」
「体を動かした後の飲み物って美味いよな」
「そうね。景色もいいし、ご褒美って感じがする」
「それ言えてるな」

 と、俺と海老名さんは笑い合う。
 中学の部活で一緒に走ったことはなかったけど、こうして体を動かして休憩をしていると、海老名さんと一緒に部活をしている感じがしてくる。
 スポーツドリンクを飲んだり、多摩川を見たりして心身共に休めたからだろうか。海老名さんの呼吸の乱れや汗の流れが収まってきた。

「海老名さん。落ち着いてきたように見えるけど、そろそろジョギングしてみるか?」
「ええ。ジョギングしましょう」

 海老名さんは微笑みながら答えた。この様子なら大丈夫そうかな。一緒にジョギングするのは初めてだし、海老名さんの様子を気にかけるようにしよう。
 ウォーキング前のときと同様に、俺は動きを交えてジョギングのフォームを教えていく。今回も海老名さんは飲み込みが早く、すぐにフォームを身に付けた。

「よし。じゃあ、下流の方に向かってジョギングしよう。もちろん、海老名さんのペースでな」
「うん。ありがとう」

 俺達は海老名さんのペースで、多摩川沿いの歩道を下流方面に向かってジョギングし始める。周りに人はあまりいないので、海老名さんと隣同士で。
 海老名さんのジョギングするペースは、愛実よりも速くて、あおいよりも少し遅いくらいか。俺のイメージ通りだ。

「走るのも気持ちいいわ。あたし、ちゃんとしたフォームで走れてる?」
「うん、できてるできてる。いい感じだよ」
「良かった」

 俺に褒められたからか、海老名さんは嬉しそうだな。
 その後も海老名さんと並走する形で、多摩川沿いの道をジョギングしていく。
 一人でするときよりもゆっくりとしたペースだけど、海老名さんと一緒だからとても気持ちいい。海老名さんの顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。

「ねえ、麻丘君。訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「ああ。何だ?」
「……愛実とあおいから告白されたじゃない。2人のこと……今のところどう思ってる? 2人の親友として気になるの」

 そう問いかけてくる海老名さんは真剣な表情になっていて。
 あおいと愛実のことをどう思っている……か。あおいに告白されてから1ヶ月、愛実からも半月以上が経っている。まだ、2人に返事はできていない。そんな状況だから、2人の親友として俺の現状の気持ちが気になるのかも。それを直接訊くのも、ジョギングしたいと誘った理由かもしれないな。

「愛実もあおいも日に日に存在が大きくなっているよ。告白されてからは幼馴染ってだけじゃなくて、一人の女の子として意識するようになってる。ただ、2人とも魅力的で、大切だから……まだ、2人の告白に対する考えはまだ纏まってない」

 それはとても情けないことなのかもしれない。海老名さんには優柔不断だと思われるかもしれないな。
 あと、愛実とあおいのことを話したから、笑顔を中心に2人のことが頭に思い浮かんで。それもあり、全身が急激に熱くなっていく。

「そっか。2人とも魅力的だものね。それに、これまで幼馴染として仲良く過ごしてきたし。考えが纏まらないの……分かるわ」
「ああ。2人はいつまでも返事を待つって言ってくれているけど、その言葉に甘えすぎないようにしないとって心がけているよ。今の俺が言っても説得力ないと思うけど」
「そんなことないわよ。麻丘君らしいって思う」

 そう言うと、海老名さんはジョギングを止め、その場で立ち止まってしまう。
 俺も慌てて立ち止まり、海老名さんのすぐ目の前まで向かう。
 海老名さん……どうしたんだろう。急に立ち止まって。それに、海老名さんの顔が頬を中心に赤くなっているし、呼吸も荒く見える。もしかして、熱中症にかかったのか? 朝とはいえ、今は夏で25℃以上あって蒸しているから。

「海老名さん。体調は大丈夫か? 顔が赤いし。もし辛いなら、近くの木陰で……」
「ううん。体調は大丈夫よ。顔が赤いのは……気持ち由来がメインだから」
「気持ち由来?」

 俺がそう聞き返すと、海老名さんは小さく頷き、俺の目をしっかりと見つめてくる。

「こんなことを言ったら、麻丘君をもっと迷わせちゃうかもしれない。愛実とあおいに対して卑怯だと思う。それでも、2人のように麻丘君に伝えたい気持ちがあるの」
「海老名さん……」

 海老名さんは自分の胸の前で両手を握って、

「あたしも麻丘君のことが好き」
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