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最終章

第25話『これが一番のバイト代だよ』

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 8月1日、月曜日。
 今日から8月がスタート。朝からよく晴れており、最高気温は34度まで上がる予想となっている。あと1ヶ月で季節が秋になり、1ヶ月半ほどで「暑さも寒さも彼岸まで」と言われるお彼岸の時期になるとは到底信じられない。
 今、俺は愛実の家で、愛実と一緒に英語表現の夏休みの課題をしている。
 最初は俺達とあおいの3人のグループトークに、愛実から課題を3人で一緒にしないかとお誘いのメッセージが来た。しかし、あおいは午前中から夕方までバイトがあるので不参加となった。なので、愛実と2人きりで課題をしている。
 英語表現の課題は夏休み前に配布された問題集。基本的にはそこまで難しくなく、英単語で分からなくても電子辞書を使えばすぐに解ける問題ばかりだ。
 ただ、稀に難しい問題があり、そのときは愛実に質問する。愛実はとても嬉しそうな様子で教えてくれて。これまでは愛実が苦手な科目の課題ばかりで、俺に質問することがたくさんあったからだろうか。英語が得意なのもあり、愛実の教え方はとても分かりやすかった。

「よし。俺も第1章終わった」
「お疲れ様。じゃあ、休憩しようか」
「ああ。そうしよう」

 休憩モードに切り替えるために、愛実が淹れてくれたアイスコーヒーを一口飲む。……俺好みの苦味強めなコーヒーでとても美味しい。さすがは愛実だ。
 課題をやって疲れたのだろうか。それとも、昨日までの物販バイトの疲れが残っているのだろうか。ん~っ、と愛実は可愛い声を上げながら、体を伸ばしている。しかし、

「いたたっ」

 少しの間伸ばしただけで、愛実は顔を歪ませて体を伸ばすのを止めてしまった。肩が痛むのか、左手で右肩のあたりを擦っている。

「いつもみたいな感じで体を伸ばしたら、両肩が痛くて。いつもより痛い。昨日までバイトをしたせいかな」
「きっとそうだろう。3日連続で、屋外で接客のバイトをしたんだから。……よし、俺が肩のマッサージをしよう。肩以外にもマッサージしてほしいところがあったら遠慮なく言えよ」
「ありがとう。じゃあ、肩と……脚のマッサージもお願いします。休憩以外はずっと立っていたから、脚も張ってて」
「3日連続の立ち仕事だと脚も張るよな。分かった。じゃあ、まずは肩をやるよ」
「お願いします」

 マッサージを受けられるからなのか、愛実はとても嬉しそうに言ってくれた。
 3日連続、愛実は屋外でバイトを頑張ったんだ。そんな愛実の疲れや体の凝りや張りを少しでもほぐせるようにマッサージをしよう。
 俺は愛実の後ろまで行き、マッサージがしやすいように膝立ちする。両手を愛実の肩に添えた。
 いつもより痛いって言っていたから、最初はいつもよりも弱めの力で揉んでいくか。そう決めて、俺は弱い力で愛実の肩をマッサージし始める。

「あっ」

 揉み始めた直後、愛実はそんな可愛らしい声を漏らし、体をピクつかせる。

「結構痛かったか?」
「ううん。いつもと同じで痛みと気持ち良さがあって。それで声出ちゃった」
「そうか。じゃあ、このまま揉み続けるよ」
「うんっ」

 普段よりも弱い力なのに、いつもと同じくらいに感じるとは。それだけ、肩が凝っているのだろう。その証拠に両手に伝わってくる凝りが、いつもよりも凄いことになっている。

「いつも以上に凝ってる。それだけバイトを頑張った証拠だな。お疲れ様」
「ありがとう。3日で4万円近く稼げました」
「凄っ」

 4万円近くというインパクトで、思わず声が漏れた。ただ、結構長い時間仕事していただろうし、3日間やればバイト代もそのくらいになるか。

「あとはバイト中に来ていたTシャツももらったよ。3日やったから、赤、黄色、青の3枚」
「そうなんだ」
「うん。シンプルなデザインだし、特に外に出る用事のない日には着ようかなって思ってる」
「そうか。普段も着られるシャツをもらえて良かったな」

 物販スタッフとしてアイドルグループのコンサートに関われた記念にもなるだろうし、日常生活に使えるのならTシャツも立派なバイト代と言えそうだ。
 両手に感じる肩凝りに応じて、少しずつ力を強めていく。

「3日間バイトしていたのに、翌日に課題をやろうって言うなんて。疲れも残っていそうなのに。偉いな、愛実は」
「金曜から日曜まで課題をしていなかったからね。それに、昨日はいつもよりも長い時間寝たから疲れは取れてて。あとは……リョウ君の予定が空いていたら、こうして一緒に課題できるから。課題をするならリョウ君と一緒がいいからね」

 そう言うと、愛実は顔だけこちらに振り返り、俺を見ながらニコッと笑ってくれる。今の言葉もあって、愛実の笑顔がとても可愛く見えて。ドキッとする。

「そう言ってくれて嬉しいな。俺も愛実と一緒に課題をして良かったって思ってる。今日の英語では分からないところを教えてくれたしな。そのお礼も含めて、愛実の体の凝りをしっかりほぐしていくよ」
「ありがとう」

 嬉しそうな笑顔でお礼を言うと、愛実は再び前に向いた。
 マッサージを続けているので、段々と凝りがほぐれてきた。俺のマッサージでほぐせる凝りで良かったよ。また、着ているブラウス越しに強い温もりを感じてくる。甘い匂いも濃く感じて。

「あぁ、本当に気持ちいい。リョウ君は本当にマッサージをするのが上手だよね」
「ありがとう。愛実や真衣さん中心にマッサージをいっぱいしているからな」
「ふふっ。これからもずっと私の肩を揉んでほしいよ」

 あぁっ……と愛実は甘い声を漏らす。
 そういえば、今のような言葉……これまでにも愛実から何度も言われたな。
 これまでは、俺のマッサージが気持ちいいから言ってくれるのだと思っていた。ただ、告白された今は……俺のことが好きだから、これからも一緒にいてほしいという意味も込められているじゃないかと思っている。
 それからも愛実のマッサージをし続け、愛実の肩の凝りはほぐれていった。

「愛実、ほぐれたと思うけど……どうだろう?」

 そう言い、愛実の両肩から手を離す。
 愛実は両肩をゆっくりと回している。どうかな。

「……うんっ。ほぐれた! 痛みも全然ないよ」
「良かった。じゃあ、肩はこれで終わりだな。次は脚か」
「うん。ふくらはぎをお願いします」
「分かった。ふくらはぎなら、ベッドでうつぶせになるのがいいな」
「そうだね」

 愛実はクッションから立ち上がって、ベッドの上でうつぶせの体勢になる。
 俺はベッドの近くに移動して、再び膝立ちする。
 俺の目の前にある右脚のふくらはぎのマッサージをし始める。張りがあると言っていたので、肩のときと同様にまずは優しい力で。

「あぁ、気持ちいい」
「良かった。じゃあ、このくらいの力でマッサージしていくよ」
「お願いします」
「……マッサージしてほしいって言っていただけあって張ってるな。まあ、3日連続立って接客していたらしょうがないか」
「休憩中とか家に帰ってきたらマッサージしていたんだけどね」

 苦笑いを浮かべる愛実。
 定期的にケアをしていても、3日連続で立ち仕事をしたから疲れが溜まったのだろう。俺やあおいのように普段から定期的にバイトをしているわけでもないし。あとは暑さが影響している可能性もありそうだ。3日とも晴れていたし、あおいと一緒に行ったときは暑かったからなぁ。

「ふくらはぎの張りも、バイトを頑張った証拠の一つだな」
「そう言われると、この痛みも悪くないって思えるよ。ありがとう」
「いえいえ。そういえば、列に並ぶ前にあおいと物販ブースの様子を見ていたら、愛実を可愛いって言って、ニジイロキラリと同じ事務所のタレントじゃないかって勘違いしている男の人達がいたよ」
「そうだったんだ。芸能人だと思っているのか、男女問わず私に「握手してください」って頼むお客さんがいたよ。高校に通う一般人です、って柔らかく断ったけど」
「そんなことがあったのか」

 愛実は可愛らしい容姿をしているし、接客しているときの笑顔は特に可愛かった。そんな愛実の姿を見て、事務所のタレントやアイドルだと勘違いしたのかも。握手できるのを売りにするアイドルもいるからなぁ。

「あと、昨日のバイト終わりには、ニジイロキラリの事務所のスタッフの人に、芸能界……特にアイドルに興味ないかってスカウトされた」
「おおっ、まじか。愛実、可愛いもんな」
「ふふっ。ただ、高校生活を楽しみたいし、告白している男の人がいるからって断ったよ」
「そっか」

 断ったと知りほっとする自分がいる。芸能人になったら、愛実がどこか遠くに行ってしまいそうな気がしたから。あと、断る理由に俺を使ってくれたことを嬉しく思った。
 物販バイトの話をしていたから、気付けば愛実の両脚のふくらはぎの張りもなくなっていた。

「愛実。ふくらはぎのマッサージも終わったよ」
「ありがとう、リョウ君。脚もいつも通りの感じになった気がする」
「良かった。他にどこかマッサージしてほしいところはあるか? マッサージ以外でもいいし。俺にしてほしいことがあれば言ってくれ。昨日までバイトを頑張ったんだし」
「ありがとう。体の痛みはもうないし……じゃあ、膝枕してもらおうかな。ベッドで横になっているから、膝枕してもらいたくなっちゃった。それに、この前のお家デートで、リョウ君に膝枕したし」
「分かった。じゃあ、膝枕するよ」
「うんっ」

 愛実はとても嬉しそうに言った。
 その後、俺はベッドに腰を下ろすと、愛実は仰向けの状態になって俺の膝の上に頭を乗せる。スラックス越しに愛実の温もりや頭の重みが感じられ、それが心地いい。
 膝枕が気持ちいいのか、愛実はまったりとした表情に。

「あぁ、リョウ君の膝枕気持ちいい。温かくていい匂いがするから」
「それは良かった」
「リョウ君にマッサージしてもらって、膝枕もしてもらって。これが一番のバイト代だよ」
「ははっ、そうか。嬉しいな。ただ、マッサージも膝枕も、してほしかったらいつでも言っていいからな」

 右手で愛実の頭を優しく撫でる。愛実はとても柔らかな笑顔になり、しっかりと頷いた。
 愛実の髪……柔らかくて撫で心地がいいな。シャンプーの甘い匂いも香ってくるし。愛実が柔らかい笑顔を見せてくれるのもあり、俺まで癒やされてくる。

「ありがとう。もうちょっと、このまま膝枕してもらっていいかな」
「もちろんさ」
「あと、左手も私の体に触れていいんだよ。私もリョウ君を膝枕したとき、右手で頭を撫でて、左手はお腹に乗せていたし。リョウ君だったら……触っていいからね。ど、どこでも」

 赤みを帯びた優しい笑顔で愛実はそう言ってくれる。
 マッサージのとき以外は、頭とか手など限られたところしか愛実の体に触れてない。人にもよるだろうけど、好きな人なら体に触れてもいいって思うのは自然な考えの一つだと思う。あおいも海で遊んだときに体に触っていいと言っていたし。あおいの場合はえっちなことでもいいとも言っていたけど。

「分かった」

 ベッドの上に置いていた左手を、愛実のお腹にそっと乗せる。その行動が嬉しかったのか、愛実の笑顔が嬉しそうなものに変わる。それが可愛くて。

「……お腹からもリョウ君の温もりを感じる。いいな、この感覚」
「……そう言ってもらえて良かった」

 触っていいと言われていても、実際に触ってそれがいいと言ってもらえるのは嬉しいものだ。
 それから少しの間、物販バイトの話をしながら愛実を膝枕し続けた。そのおかげか、休憩後はそれまでよりも課題に集中して取り組めたのであった。
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