10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ

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最終章

第24話『愛実のバイト先へ-後編-』

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 物販ブースの列は多くの人で成されている。これだと自分達の番になるまでは結構な時間がかかりそうだ。そう思いながら、俺達は待機列の最後尾に並ぶ。列は2列で並ぶことになっているため、あおいと隣同士で。

「涼我君とこうして長い列に並ぶと、ゴールデンウィークに行ったオリティアを思い出しますね」
「そうだな。あのときも屋外で隣同士に並んだもんな」
「ですね。涼我君と一緒ですから、今回も自分達の番まであっという間でしょう」
「だろうな」

 あおいと話していれば、きっとすぐに俺達の番になるだろう。

「今から並ぶと、購入まで2時間ほどかかりまーす! ご了承くださーい!」

 近くにいる青いスタッフTシャツを着た男性が、そういったアナウンスをする。俺達が並んだのは数分ほど前だから、俺達も2時間くらいかかると思っておいた方がいいだろう。

「2時間ですか」
「凄く長い列だもんな。仕方ない。あおいは大丈夫か?」
「大丈夫だと思います。これまで、夏の時期に開催された同人イベントで、屋外で長時間並んだことが何度もありますし。中学のときは夏休みに外でテニスの練習をいっぱいしましたからね。それに、来月開催されるコアマに向けて暑さに慣れるいい機会です」

 あおいは爽やかな笑顔でそう言った。暑い中で並ぶのは同人イベントで経験済みか。コアマのために暑さに慣れる機会だと考えられるのはさすがだ。
 ちなみに、コアマというのは国内最大規模の同人誌即売会のこと。正式名称はコミックアニメマーケット。毎年、お盆の時期と年末に、オリティアと同じ東京国際展示ホールで開催される。
 去年は、夏も年末も佐藤先生の代理購入のために、愛実や海老名さんと一緒にコアマに参加したなぁ。今年の夏のコアマもそんな展開になりそうな気がする。

「あおいらしいな」
「ふふっ。涼我君は大丈夫ですか?」
「2時間くらいなら大丈夫だと思う。俺も同人イベントで経験済みだから。あおいと同じで、中1の夏休みは外で陸上部の練習をしていたし。あと、去年の夏休みに愛実のバイトの様子を見たとき、今みたいに屋外で並んだから」
「それなら大丈夫そうですね」
「ああ。ただ、無理するなよ。晴れて暑いから」
「ありがとうございますっ。涼我君も無理しないでくださいね」
「ああ。ありがとう」

 自分もそうだけど、あおいの様子も気に掛けるようにしよう。

「そういえば、あおいは何を買うつもりなんだ?」
「最新アルバムを買おうかなと。ニジイロキラリはアニメ主題歌になった曲のCDシングルを買ったり、動画サイトでMVを観たりする程度ですから。これをいい機会に、アルバムを買って色々な曲を聴いてみようかなと。クラスの友達や京都時代の友達もオススメしてくれますし」
「そうなのか。俺もアルバムを目当てだよ。あおいと同じで、聴いたことのある曲はアニメの主題歌になった曲くらいだから。それもいい曲だから、アルバムも聴いてみようかなって」
「そうですか! コンサート物販限定特典のポストカードも付くそうですし、アルバムが売り切れないように祈りましょう」
「そうだな」

 あおいの目当てでもあるから売り切れないでほしいな。長い時間並ぶのだから、アルバムを是非購入したいものだ。アルバムはCDショップでも買えるけど、ここ限定の特典が付くみたいだし。
 それからはニジイロキラリの曲や、曲のタイアップとなったアニメについてあおいと語り合う。それが楽しいのもあって、体感的にどんどん前に進んでいる感じ。
 暑さ対策として、あおいは持参したスポーツドリンクをたまに飲んだり、塩飴を舐めたりしている。それらが美味しいのか、笑顔を見せていて可愛らしい。また、首筋に汗が流れることもあり、そのときは艶やかさも感じられた。
 俺も水筒に入っている冷たいスポーツドリンクをたまに飲んでいる。持参した扇子で自分やあおいに扇いだりもして。そのおかげで、特に体調は悪くなっていない。
 列もだいぶ前のところまで来たので、物販ブースの様子がよく見えるように。愛実は今も笑顔で接客している。

「愛実ちゃん、接客を頑張っていますね」
「そうだな。テントだから日陰になっているとはいえ、暑い中よくやっていると思うよ」
「ですね。私のバイト先は涼しいお店ですから、愛実ちゃんには尊敬の念が生まれますね」
「それを今日から3日間やるんだもんな。愛実は凄いよ」

 俺のバイトも涼しい店内で接客するのが主だからな。日陰でも、3日連続で屋外での接客ができるかどうかは分からない。
 俺とあおいでブースの方を見ていると……愛実が俺達の視線に気付いたのだろうか。男性の接客が終わると、こちらに向いてニッコリと小さく手を振ってくる。そんな愛実に俺達も小さく手を振った。

「愛実ちゃんに気付いてもらえましたね!」
「そうだな。あと、元気そうで良かった」
「ですね。並ぶ前に小耳に挟んだ男性達の会話もあってか、アイドルに手を振ってもらったような感じがしました!」

 あおいは興奮気味にそう言ってくる。だから、俺は思わず「ははっ」と笑い声が漏れてしまった。
 愛実は可愛いし、ブースで接客している女性スタッフの中でも一番可愛いと思う。あおいがアイドルっぽく思ったのも納得だ。愛実と張り合えるのはあおいくらいだろう。

「愛実ちゃんに気付いてもらえましたし、愛実ちゃんに接客してもらいたいですっ!」
「愛実のところへ行けるといいよなぁ」

 物販ブースのカウンターはいくつも設けられている。その中でも愛実担当のカウンターに行けたら運がいいなと思う。
 それからも俺達は前に進んでいき、いよいよ次は俺達の番というところまで来た。
 俺達の前に並んでいた男性は、愛実ではない人が担当するカウンターに向かった。さあ、俺達は愛実担当のカウンターに行けるだろうか。そんなことを考えていると……愛実の隣の、黄色いスタッフTシャツを着た黒髪の女性が担当するカウンターが空く。あの女性、背が高くてかなり綺麗だな。

「隣のカウンターが空いたな」
「ですね。隣ですし、運が良ければ愛実ちゃんと話せるかも……あっ、待ってください」

 黄色Tシャツの女性は、ブースの中にいる緑色のスタッフTシャツを着た金髪の女性と何やら話をしている。

「あの様子だと、まだ行かない方がいいな」
「そうですね」

 引き続きここで待っているか。
 愛実を中心に物販ブースを見ていると、愛実担当のカウンターにいる男性がグッズを持って立ち去った。

「次の方、どうぞ!」

 愛実が待機列にいる俺達に向かってそう言ってきた。笑顔で手を挙げていて。これは運がいいぞ。あおいは物凄く嬉しそうだ。
 俺達は早歩きで愛実の担当するカウンターまで向かった。

「いらっしゃいませ! リョウ君もあおいちゃんも来てくれてありがとう」

 愛実はとても嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる。この笑顔で愛実に接客されると2時間並んだ甲斐があったと思える。

「お疲れ様、愛実」
「お疲れ様です、あおいちゃん!」
「ありがとう」
「そっちは日陰みたいだけど、体調は大丈夫か?」
「今のところは大丈夫だよ。たまに休憩に入らせてもらっているし」

 いつもの可愛らしい笑顔で愛実は言う。頬がちょっと赤いけど、この様子なら大丈夫そうか。安心した。あおいもほっとした様子だ。

「リョウ君とあおいちゃんは体調大丈夫? たまに、待ち時間を知らせるアナウンスが聞こえるけど、2時間とか3時間って言っているし。そっちは日なただから」
「暑いですが大丈夫ですよ! 帽子も被っていますし、スポーツドリンクも飲みましたから」
「俺も冷たいスポーツドリンクをこまめに飲んでいるから大丈夫だよ」
「それなら良かった。あと、あおいちゃんは帽子を被っても可愛いね! 似合ってるよ」
「ありがとうございます! 愛実ちゃんも赤いスタッフTシャツ似合っていますよ! ね、涼我君」
「そうだな。色が赤いから可愛いよ」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」

 愛実はニッコリとした笑顔を見せてくれる。凄く可愛くてキュンとくる。今の愛実を見たら、愛実がタレントやアイドルだと勘違いする人が続出しそうだ。

「愛実ちゃん、差し入れに塩飴をあげます! これで塩分補給をしてもらえればと」
「ありがとう!」

 あおいはバッグから個別包装されている塩飴を3粒取り出して、愛実に手渡した。並んでいる間にも塩飴を舐めていたな。自分の熱中症対策だけでなく、愛実の差し入れのためにも持ってきていたのか。偉い。
 今日が初めてじゃないし、俺は特に愛実に差し入れを持ってこなかったな。ただ、俺から何もないのは申し訳ない気分になる。

「愛実。手を出して」
「うん」

 愛実は右手を差し出してくる。
 俺は持っているショルダーバッグから、バッグに常備しているサイダー味のタブレット菓子のケースを取り出す。そのケースから、愛実の右手にタブレット菓子1粒を出した。

「いつも持っているやつなんだけど、甘くて爽やか感じがするからさ」
「そうなんだ。ありがとね。いただきます」

 と言って、愛実は俺の上げたタブレット菓子を口に含む。愛実にも合う味なのか、愛実は「うんっ」と甘い声を漏らして笑顔を見せてくれる。

「甘くて美味しいね。元気出てきた」
「良かった。……って、いつまでもここで話しちゃいけないな。後ろに人がたくさん待っているのに」
「そうですね」
「ふふっ。では、改めて……いらっしゃいませ。どのグッズをお買い求めですか?」

 スタッフさんモードになったのか、愛実は落ち着いた笑顔で接客してくれる。そのことに感動したのか、あおいは「おおっ」と感嘆の声を漏らす。
 あおいは初めて愛実のバイトをする姿を見るし、あおいに注文を任せるか。俺もあおいも同じアルバムを買いたいから。あおいの方を見て、目が合うと俺は小さく頷いた。

「最新アルバムを2枚お願いします」
「アルバムを2枚ですね。1枚4000円ですので、2枚で8000円となります」

 俺とあおいは、それぞれ4000円ずつキャッシュトレイに置く。
 愛実はトレイに置かれたお札を手にとって、枚数を丁寧に数えていく。お金を扱っているから、愛実が普段よりも大人に見えてくる。俺も2人に接客するときはそう思われているのだろうか。

「ちょうど8000円ですね。少々お待ちください」

 愛実はそう言うと、カウンターの後ろにある長テーブルのところへ行き、俺達が購入したアルバムと特典と思われるポストカードを手に取っている。その作業もとても落ち着いていて。さすがは、何度も物販バイトをやっているだけのことはあるな。

「お待たせしました。アルバムとこの物販ブース限定特典のポストカードになります」

 愛実はあおいと俺それぞれに、アルバムと特典のポストカードを手渡してくれる。その際、あおいはとても元気良く「ありがとうございますっ!」と言った。愛実に初めて接客されて感激しているのかもしれない。

「じゃあ、愛実。俺達はそろそろ帰るよ。明後日までバイト頑張って」
「頑張ってくださいね!」
「うん、頑張るね。2人のおかげで元気出たよ。来てくれてありがとう」

 愛実は可愛らしい笑顔でそう言ってくれる。俺達が来たことで少しでも愛実の元気に繋がったのなら幸いだ。
 愛実に手を振って、俺達は物販ブースを後にする。

「愛実ちゃん担当のカウンターに行けて、愛実ちゃんに接客してもらえて嬉しいです! それに、アルバムを買えましたし!」
「運が良かったよな、あおい。愛実が元気そうで良かった」
「ですねっ」

 あおいはニコッと笑う。
 あの様子なら、3日連続で物販バイトをしても大丈夫そうだな。適度に休憩を挟みつつ頑張ってほしい。

「さてと、これからどうするか? 今は午後4時過ぎだけど。せっかく都心に来たしどこか行くか? それとも帰るか?」
「……帰りましょうか。炎天下の中、2時間くらい並びましたから、ちょっと疲れがあります。涼しい電車に乗って調津に帰りたい気分です」

 あおいは苦笑しながらそう言う。熱中症対策をしているとはいえ、2時間並べば体力を奪われるか。暑い中ずっといたし、涼しい電車に乗りたい気持ちも分かる。俺も涼しいところに行きたい。

「分かった。じゃあ、今日は帰るか」
「はいっ」

 俺とあおいは手を繋いで帰路に就く。
 帰りも端の車両に乗る作戦に。これが功を奏し、八段下駅で乗車した直後にあおいと並んで座ることができた。

「帰りもすぐに座れて嬉しいです」
「そうだな。疲れているみたいだし、行き以上に寄り掛かっていいからな」
「ありがとうございます! では、お言葉に甘えて」

 あおいは嬉しそうに言うと、行きの電車のときよりも俺に寄り掛かり、頭を俺の肩に乗せてきて。そのことで感じる温もりや重み、汗混じりの甘い匂いがいいなと思えるのであった。
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