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第3章

第29話『3人での朝』

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 5月5日、木曜日。
 ゆっくりと目を覚ますと、薄暗い中で天井が見える。ただ、天井までの距離がいつもよりも遠い。
 左右に顔を向けると、右側には愛実の寝顔、左側にはあおいの寝顔が見える。2人とも俺の腕を抱きしめて寝ており、あおいは脚を絡ませていて。
 そういえば、あおいって昔は寝相が悪くて、俺の胸やお腹の上に頭を乗せていたり、180度回転していたりしていたときもあったな。目覚めたらあおいの両足がすぐ横にあったときは怖かった。

「……夢じゃなかったか」

 夜中にあおいが俺のベッドで寝ていて、あおいをふとんに運んだら、愛実とあおいに両脚を抱きしめられたことは。
 俺が最初に起きたけど、2人の今の寝相だとここから離れられなさそうだ。
 2人が起きて、俺がふとんで横になっていると分かったらどんな反応をするだろう? 驚くのは間違いないだろうな。嫌がる可能性もありそうだ。
 ただ、小さい頃のお泊まりでは、目覚めたらあおいや愛実の顔がすぐ近くにあって。だから、懐かしい気持ちになる。
 壁に掛かっている時計を見ると……今は午前7時前か。それじゃ、部屋の中も少し明るくなっているわけだ。

「リョウ君……」
「涼我君……」

 俺がふとんで横になっているから、それぞれの夢に俺が登場しているのかな。現実ではこうして2人に腕を抱かれているけど、それぞれの夢に出てくる俺はどんな状態なのか。ちょっと覗き見てみたい。
 んっ……と、愛実が小さく声を漏らすと、俺の右腕を今一度抱きしめてくる。その際に愛実の着ている寝間着の隙間から胸の膨らみや谷間がチラリと。寝間着越しに胸の柔らかさが伝わってくるのもあって、今までで指折りの艶やかさを感じられる。昔、一緒に寝ていたときよりも、かなり大人っぽくなったのだと実感する。

「えへへっ」

 愛実よりも少し大きな声であおいは笑う。
 あおいの方を見ると、あおいは嬉しそうな笑顔になり、俺の左肩に頭をスリスリしている。夢の中で嬉しいことがあったのかな。愛実よりは露出している肌の面積は少ないけど、首筋やデコルテが白くて美しい。これはこれで色気を感じる。
 至近距離で幼馴染2人の大人な部分を見たのもあり、体が段々と熱くなってきた。目覚ましをセットした時間まであと1時間くらいあるし、二度寝をしようかな。

「ふああっ……」

 目を瞑ろうとした瞬間、愛実の可愛らしいあくびが聞こえてきた。
 愛実の方を見ると……愛実はゆっくりと目を開けて、右手で両目をこすっている。あおいの笑い声で起きたのかな。
 愛実は俺と目が合うと、寝起きだからかとろんとした笑みを浮かべる。

「……あっ、リョウ君。おはよう……」
「……おはようございます」

 あおいがまだ寝ているので、愛実にしか聞こえないような声のボリュームで朝の挨拶をする。
 愛実は笑顔のまま「おはよう」と言って、小さく頭を下げる。可愛い。

「……あれ?」

 俺がすぐ横で寝ているおかしさに気付いたのだろうか。愛実の笑顔がすーっと消えていく。その直後に顔全体が赤くなっていって。

「ど、どうしてリョウ君がふとんで寝てるの? しかも、リョ、リョウ君の右腕を抱きしめているし。あ、あおいちゃんも……」

 少し震えた声でそう言うと、愛実は俺の右腕を離して、体を起こす。下唇を噛むと、痛そうな表情を見せた。これが現実なのかどうか確かめるためかな。

「……痛い。現実のことなんだ」

 やっぱり、現実かどうか確かめるためだったか。俺は舌を軽く噛んで現実なんだって確かめるし。

「……ねえ、リョウ君」
「は、はい」
「昨日の夜はベッドで寝たよね。それなのに、どうして今はあおいちゃんと私に挟まれて横になっているのかな。怒らないから正直に話してくれるかな?」

 そう言う愛実は赤くなっている顔に微笑みを浮かべていて。逃がさないためなのか俺の右手をしっかりと掴む。
 怒らないから正直に話してみて、という言葉は世に数多ある信用できない言葉の代表格だけど、愛実なら本当に怒らないでくれそう。
 まあ、愛実が怒るかどうかはともかく、昨晩のことをちゃんと話そう。

「午前4時近くかな。物音がして目を覚ましたんだ。そうしたら、俺の横にあおいが寝ていて」
「あおいちゃんが?」
「ああ。たぶん、お手洗いに起きたけど、寝ぼけてベッドに入っちゃったんだと思う。それで、あおいを元々寝ていたふとんに戻したんだよ。それで、戻ろうとしたら、眠っていた愛実が俺の右脚をしっかり抱きしめてきて」
「そ、そこで私が登場するんだ」
「ああ。手を離そうと思ったら、愛実は『いやあっ』って言って、右脚をより強く抱きしめてきてさ」
「……そういえば、リョウ君がどこかに行きそうだからって、引き留めようとした夢を見た気がする……」

 リョウ君は私の側にいてほしい、って寝言を言っていたからな。現実の俺の行動が愛実の夢に影響を及ぼしていたか。

「そんなことをしていたら、あおいが俺の左脚を抱きしめてきて。これじゃ埒が明かないと思って、ふとんで寝ることにしたんだ。枕は取れそうだったから、これは持ってきてね。寝るときも2人とも腕をしっかり掴んできてさ」

 これで、昨日の夜のことは一通り話せたな。あとはこの話を愛実が信じてくれるかどうか。
 愛実は「そうだったんだ……」と独り言ちる。その直後、顔の赤みがさらに強くなる。

「ご迷惑をお掛けしました……」

 恥ずかしそうな様子だけど、俺のことをしっかり見て愛実は謝罪してきた。どうやら、俺の話したことを信じてくれたようだ。ほっとした。

「気にしないでいいさ。予想外の出来事だったけど……昔は同じ寝床で寝ていたからな。懐かしい気分で眠れたよ」
「……そう言ってもらえて嬉しいです。私も……目が覚めたときに、リョウ君が隣にいて懐かしいなって思ったよ」
「そうだったか」
「うんっ」

 そう言って頷くと、愛実はようやくいつもの可愛らしい笑顔を見せてくれる。そして、再び横になって、俺の右腕をしっかり抱きしめてきた。心なしか、寝ていたときよりも抱きしめる力が強いような。

「ま、愛実?」
「……昔はこうやって寄り添って寝ていたから。それに、同じ幼馴染のあおいちゃんが腕を抱きしめているから、私も抱きしめたいなって。……いい?」
「……ああ。かまわないよ」
「ありがとう」

 愛実は笑顔のまま上目遣いで俺のことを見てくる。そんな愛実がとても可愛くて。昔のお泊まりでも、腕を抱きしめられて眠ったことはある。それでも、鼓動が段々と速くなっていく。愛実も同じなのか、強い温もりと共に彼女の心臓の鼓動が腕に伝わってきた。

「リョウ君とまたお泊まりできて、同じ布団に眠れて嬉しいな」
「愛実がそう言ってくれて嬉しいよ。俺も懐かしい気持ちになれたし、深夜のことを含めて忘れられない思い出になった」
「ふふっ、私も」

 愛実はそう言うと、俺に向かってニコッと笑ってくれる。その笑顔もまた可愛くて。ハプニングで布団で眠ることになったけど、愛実にとってもいい思い出になったのは幼馴染として嬉しいことだ。昔、同じ布団に入って眠るのが嬉しいと分かったことも。

「うんっ……」

 あおいの声が来たのであおいの方を向くと、あおいは目を覚ましていた。俺と目が合うと、あおいはニッコリとした笑みを浮かばせる。愛実のとき同様、寝起きだからか俺が隣で横になっていることのおかしさに気付いていないようだ。

「あっ、涼我君じゃないですか。おはようございます……」
「……おはようございます」
「おはよう、あおいちゃん。起こしちゃったかな?」
「いいえ。とてもいい目覚めでしたから……って、あれ?」

 あおいは少し体を起こす。笑顔が消え、俺を凝視してくる。

「ど、どうして、涼我君はお布団で横になっているのですか? しかも、愛実ちゃんと私に挟まれて……」

 ようやく気付いたか。ただ、愛実のときとは違って、俺が隣にいて顔の色は変わらない。

「実はな……」

 さっきの愛実のときと同様に、俺は夜中に起こった出来事をあおいに説明する。たまに愛実が補足説明もしてくれて。それもあってか、

「そうだったんですか。ご迷惑をお掛けしました……」

 俺達の話したことをあおいは信じてくれた。あおいは頬を中心に顔を真っ赤にして、さっきの愛実と同じ言葉で俺に謝ってきた。

「夜中にお手洗いへ行ったことは覚えています。ただ、あのときも眠かったので、寝ぼけてベッドに入ってしまったのだと思います。普段はベッドで寝ていますから……」
「やっぱりそうだったか」
「涼我君が夢に出ていたことも何となく覚えています。涼我君のベッドに入ったり、ふとんまで運んでもらったりしたからでしょうね。涼我君の夢を見ていたから、愛実ちゃんとほとんど同じタイミングで脚を抱きしめたのだと思います」
「そうか」

 右脚を抱きしめられたとき、あおいは洋服を見に行こうって寝言を言っていたからな。

「昔のお泊まりと同じく、目覚めてすぐに涼我君の顔を見られて嬉しいです。懐かしい気持ちになりました」
「俺も懐かしい気持ちになったよ」
「私も」
「ふふっ、お二人もですか」

 まだまだ顔の赤みが残っているけど、あおいの顔には持ち前の明るい笑みが浮かんでいた。あおいは再び頭を枕に乗せて、俺の左腕を今一度しっかりと抱きしめる。
 あおいも、俺がふとんで横になっていたことを嫌に思わず、懐かしさや嬉しさを感じてくれて良かったよ。
 深夜にあおいが俺のベッドに入ったことをきっかけとした一連の出来事は、結果的に今回のお泊まりをより思い出深いものにしてくれたのであった。
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