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第3章
第20話『オリティア』
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午前9時半頃。
定刻通りに国際展示ホール駅に到着し、俺達は電車から降りる。
この駅で降車する人はとても多く、駅のホームは人でいっぱいだ。おそらく、ここにいる人のほとんどがオリティアに参加するのだろう。
ゆっくりとした速度でホームを歩き、俺達はやっとエスカレーターに乗ることができた。ここでようやく、満員電車から解放された気分になれた。
オリティアが始まるまで、あと1時間半ほどある。なので、お手洗いを済ませてから改札を出た。
東京国際展示ホールはとても大きな建物だ。なので、駅を出るとすぐに見つかる。
「うわあっ……!」
あおいは今までで一番とも言える高い声を上げ、感激した様子で国際展示ホールを見ている。
「国際展示ホールって凄く立派な建物なんですね! あと、本当に逆三角形の部分があるんですね!」
すごーい! と、あおいはスマホを取り出して、国際展示ホールの写真を何枚も撮影している。自撮りもしていて。行ってみたかった場所が目の前にあるんだもんな。あおいがここまで感激するのも頷ける。あおいを見ていると微笑ましい気持ちに。
「いいリアクションだね、あおいちゃん。彼女を見ると、初めてここに来たときのことを思い出すよ」
「私もですよ、樹理先生」
「俺も思い出しました。テレビやネットで何度も見たことがある場所に来たので、テンションがかなり上がりましたね」
「今のあおいちゃんみたいに、リョウ君もスマホで何枚も写真を撮っていたよね」
そう言う愛実の笑顔はほんのりと赤みを帯びていた。電車の中で密着していたからだろうか。愛実を見ると、ちょっとドキッとしてしまう。
「そ、そうだったな」
有名な場所に来ると、記念に何枚も写真を撮りたくなってしまうのだ。そのときの写真はスマホのアルバムの中にしっかりと保存されているよ。
その後、あおいに呼ばれて、国際展示ホールを背景にあおいと愛実とのスリーショットや、佐藤先生も含めた4人での自撮り写真を撮った。その写真はLIMEのグループトークに送ってもらうことに。
「いい写真が撮れました。ご協力ありがとうございました!」
「いえいえ。じゃあ、そろそろ入場の待機列に行こう」
オリティアのスタッフさんの案内に従って、俺達は入場待機列の最後尾に向かう。その際、周りをキョロキョロと見ているあおいがとても可愛かった。
程なくして、俺達は入場待機列の最後尾に並ぶ。
「ネットやSNSでの写真では見たことがありますけど、たくさんの人が来ていますね!」
「そうだね。今まで行った同人イベントの中に、このくらい人が来ているイベントってあったかい?」
「去年の夏休みに大阪で開催された同人誌即売会には人がいっぱいいましたね。オールジャンルで、広い会場で開催されたからだと思いますが」
「大阪でも、大規模な同人誌即売会が開催されるんだな」
「ええ! そのイベントでは、今日みたいに友達と一緒に早い時間に会場の前まで来て、イベント開始まで外の待機列で待っていました」
「そうだったのか」
さすがに、会場前で待つ経験はしているか。オリティアが始まるまではあと1時間半近くあるけど、あおいはへっちゃらかもしれない。
「オリティアも人が多いけど、コアマはもっと人が多く集まるよ」
「佐藤先生の言う通りですね。コアマは本当に多いですよね」
「コアマのときを考えたら、まだ少ない方かなって私は思いますね」
「そんなに人が多いんですね。さすがは日本最大級のイベントです。コアマも昔から行きたいと思っているので、夏がとても楽しみです!」
ワクワクとした様子でそう言うあおい。大阪でのオールジャンルの同人誌即売会に行くほどだから、コアマも行きたいと思っているか。
今年の夏休みの予定が一つ決まったな。あおいが初めてのコアマでどんな反応をするのか側で見てみたい。
それから、オリティア開始までの間は、4人で現在放送されているアニメのことを中心に雑談して時間を潰す。4人とも観ている作品がいくつもあるので話が盛り上がる。
また、開始時間が近くなると、待ち合わせ場所を決めたり、佐藤先生からオリティアのカタログを受け取ったりもした。
そんなことをしていたら、あっという間に開始時刻の午前11時になった。
『午前11時となりました。ただいまより、オリティアを開幕します!』
拡声器を持った女性のスタッフさんによって、オリティアの開幕が宣言された。その瞬間、待機列にいた人の多くが拍手をする。俺達も拍手。
「開幕しましたよっ! 開幕!」
あおいはとてもテンションの高い状態でそう言い、大きく拍手していた。
開幕宣言があってから少しして、待機列が動き始める。
オリティアのスタッフの方々の指示に従って、俺達は会場に向かって歩いていく。
途中でカタログを見せる場所があったので、俺達はスタッフさんに見えるようにカタログを取り出した。国際展示ホールの東展示棟にスムーズに入ることができた。
オリティアの会場は東展示棟の第1から第3ホールである。
東展示棟に入った後もスタッフさんの案内に従って、会場まで向かう。参加者が多いので、周りの人の流れに身を任せている感覚に。
それから少しして、俺達は第1ホールから第3ホールの入口前に辿り着いた。
「じゃあ、ここで一旦お別れだね。みんな、代理購入をお願いします」
佐藤先生は俺達に向かって深めに頭を下げる。
「一冊でも多く買えるように頑張りますね」
「私達にお任せください! といっても、私の場合は買いたいサークルが重なっている2つだけですが」
「それでも代理購入する役目があるのは変わらないよ、あおい。一緒に頑張ろう」
俺がそう言うと、あおいは口角を上げ、俺の目を見ながら一度頷いた。
「みんなよろしくね。さっき話したように、各自の買い物や代理購入が終わったら、会議棟にあるフードコート前で待ち合わせってことで」
佐藤先生は右手を拳にして、俺達の前に突き出してくる。会場で一旦別れる際、みんなでグータッチをするのが恒例になっているのだ。
俺と愛実が佐藤先生にグータッチ。その流れであおいもグータッチした。また、俺と愛実とあおいの間でもやった。
「では、行きましょうか、涼我君」
「ああ」
愛実と佐藤先生と別れて、俺とあおいは近くにある東1ホールの中に入る。
開幕して少ししか時間が経っていないけど、会場内は多くの人で結構賑わっている。壁側に配置されている人気サークルはもちろんのこと、それ以外のエリアのサークルも、同人誌購入のやり取りが行われている。
「こういう光景を見ると、同人イベントに来たって感じがするな」
「そうですね! とてもいい雰囲気です。涼我君と一緒に参加できる日が来るとは思いませんでした。とても嬉しいですっ!」
あおいは持ち前の明るい笑顔でそう言ってくれる。そんなあおいを見ていると、嬉しい気持ちや温かな気持ちがどんどん湧いてきて。
「俺もあおいと一緒に参加できるなんて想像していなかったよ。だから、本当に嬉しい」
「そうですか。……誘って良かったです」
白い歯を見せてニッコリ笑うあおいに、不覚にもドキッとした。
あおいは持っているトートバッグから、1枚の紙を取り出す。その紙を一緒に見させてもらうと……どうやら、会場でのサークル配置図のようだ。また、行きたいサークルなのか、何カ所かに赤い丸が描かれている。サークル名とサークル配置番号も記載されていた。
「まずは『赤色くらぶ』ですね。サークルスペースは『あ01』ですか」
「今、俺達はここにいるから……あっちの方か」
「ですね。行きましょう!」
「ああ」
「……人が多いので、はぐれないように手を繋いでもいいですか?」
「もちろんいいぞ」
「ありがとうございますっ」
あおいは嬉しそうにお礼を言い、俺の右手をしっかり握ってきた。あおいの手から伝わる温もりはとても強い。
俺達は赤色くらぶのサークルスペースを目指して歩いていく。ちなみに、このサークルでは新作のBL同人誌を代理購入する予定だ。会場限定のクリアファイルが付く。
「3つのホールを全て使っているので、とても広い会場になっていますね」
「そうだな。コアマの雰囲気にも似ているよ」
「そうなんですね」
同じ会場だから、去年の夏と年末のコアマで愛実と一緒に代理購入したときのことを鮮明に思い出す。そういえば、どちらのコアマでも、あおいと同じ理由で愛実と手を繋いで会場内を歩いたっけ。そのときの愛実は今のあおいのように楽しそうにしていたな。
「こうして手を繋いで会場内を歩いていると、何だかデートみたいですね。同人イベントデート」
「そ、そうだな。2人きりだもんな」
「……ですね」
あおいは依然として笑顔を見せているものの、頬を中心にほんのりと赤みを帯びていた。デートみたいだと言ったからだろうか。あおいの顔を見ると、ちょっとドキッとした。
赤色くらぶのスペースが見えてきた。スペースの前には何人もの人が並んでいて。ここから見える列の一番後ろが待機列の最後尾なのか。あるいは。
「あ01・赤色くらぶの待機列は屋外になりまーす!」
サークルのスペースに近くにいた女性がそうアナウンスしている。その女性が着ている赤いTシャツは、サークルのスペースで接客している人達と同じもの。あの女性はサークルのスタッフか。
「壁サークルですから、外に待機列がありますか」
「そうみたいだな」
経験者だけあって、今のアナウンスを聞いてもあおいは落ち着いている。
サークルのスペースの横にある出口から一旦外に出る。周りを見ると……複数の長い列ができているな。きっと、どの列も人気サークルの待機列なのだろう。始まってからあまり時間が経っていないのに凄いな。
「涼我君。あちらに、赤色くらぶのプラカードを持った人がいますよ」
あおいが指さす先の方を見ると……確かに、『あ01 赤色くらぶ 最後尾です。』と描かれたプラカードを持った女性の姿が見える。
「俺も見つけた。行こうか、あおい」
「はいっ!」
俺とあおいは、赤色くらぶの最後尾の待機列に向かって歩き始める。
それにしても、列には女性ばかりが並んでいる。男性もちらほらいるけど、俺のように女性と一緒の人がほとんどだ。赤色くらぶはBLの同人誌を頒布する人気サークルだからかな。
「並びますので、俺が持ちます」
「ありがとうございます」
最後尾のプラカードを女性から受け取り、俺達は待機列に並ぶ。2列に並ぶ形なのであおいと隣同士で。
あおいはとても楽しそうな様子で、プラカードを持っている俺のことを見ている。
「どうした、あおい。凄く楽しそうだけど」
「最後尾のプラカードを持っている涼我君を見ていると、同人イベントに一緒に参加していると実感できて」
「確かに、こういうときにしか持たないもんな」
会場に到着してから、最も同人イベントらしい時間を過ごしていると言えそうだ。
ただ、俺達が並んでいる列は人気サークルの待機列。並び始めてから1分ほどで、次に並ぶ女性がやってきた。その女性にプラカードを渡して、最後尾の場所を知らせる役目は終了した。
「お疲れ様でした、涼我君」
「ありがとう。そういえば、あおいって同人イベントではこういう長い列に並んだことってあるか?」
「何度もありますよ。今みたいに屋外で並ぶこともありましたね。今日は爽やかな気候なのでいいですけど、夏休みに開催されたイベントでは日差しの暑さとジメジメとした空気がキツかったですね」
「それ分かる。俺も夏のコアマで愛実と一緒に並んだときは暑くてキツかったな。暑さ対策をしていって、並んでいる間は愛実と話していたから何とかなったけど」
「そうでしたか。私も暑さ対策のものや時間潰しの方法を準備していたので何とかなりましたね。その後に同人誌を買えたときは凄い達成感を味わいました」
「それも分かる。試練を乗り越えたご褒美って感じがしたよ」
「あぁ、分かりますっ」
弾んだ声でそう言ってくるあおい。
あおいも夏の炎天下で長時間並ぶ経験をしていたか。それが分かって、あおいにより親近感が湧いてくる。
「今日は過ごしやすい陽気ですし、涼我君と一緒ですから、列で待つ時間があっという間に過ぎそうです」
「そうだな」
あおいと一緒に並ぶのは初めてだから、新鮮な気分で待てそうだ。
同人イベントの列に並んでいるのもあり、どんな同人誌を持っているのか、どういった同人誌が好みなのかなどといった同人誌絡みのことについて話しながら、待機列での時間を潰していく。
少しずつではあるが、定期的に俺達は前に進んでいく。まだまだ先は長いけど、あおいと佐藤先生の分の新作同人誌を買えるといいな。そう思っていると、
「あ01・赤色くらぶ、ただいま新刊はお一人様二部ずつまでとなっております! また、状況次第では一部ずつとなる可能性もありますのでご了承ください!」
会場内にいた女性とは別の女性スタッフさんがそんなアナウンスをする。人気サークルだし、購入制限がかけられたか。
「一人二部ずつまでですか」
「そうだな。俺達の前はもちろんだけど、後ろも……かなり並んでいるし」
「人気がありますからね。ただ、涼我君も一緒ですから、一人一部ずつになってしまわないかどうか心配しなくて済むのがいいですね」
「もしなったとしても、2人いるから2冊買えるもんな」
「そうですね。あのとき、佐藤先生が涼我君か愛実ちゃんと一緒にいた方がいいって言ってくれて良かったです」
「ああ。あと、今のスタッフさんの言い方からして、一人二部まで買える間は売り切れの心配もしなくて良さそうかな」
「そうですねっ」
あおいは快活な笑顔でそう言い、繋いでいる手の力を強くした。
佐藤先生の考えを受け、あおいからの指名があって俺はここにいる。ただ、俺がいることで、あおいの心配が軽減できたのだと思うと嬉しい気持ちになる。
その後もあおいと同人誌や漫画の話をしながら、待機列の時間を過ごす。そんな中で、昨日はなかなか眠れなかったあおいに体調は大丈夫か訊くと、何の問題もないという。むしろ、イベント中なのでどんどん元気になっているそうだ。
あおいとの話が面白くて、気付けばホールの中に入っていた。サークルスペースも見えて、あと少しなのだと実感する。
一人一部ずつとか売り切れとかいったアナウンスがないまま俺達の番となった。
「すみません。新刊を二部購入したいのですが、大丈夫でしょうか」
聞き逃しや最新の在庫状況の可能性も考慮してか、あおいは接客スタッフの女性のそう話しかける。
「はい。お一人二部までご購入できますよ」
接客スタッフの女性はニコッと笑ってそう言ってくれた。そのことで、あおいはぱあっと明るい笑みを浮かべる。
「良かったです! では、新刊を2部ください!」
「ありがとうございます! 1000円になります」
あおいは財布から1000円を取り出し、女性スタッフに手渡す。スタッフの方の手際がとても良く、代金を渡した直後に、あおいは新刊2冊と会場特典のクリアファイルを2つもらった。
他の人の邪魔にならないように、俺とあおいはサークルスペースから少し離れたところまで移動した。
「新刊を買えて嬉しいですっ! 良かったですっ!」
あおいは今日一番と言っていいほどの可愛い笑顔でそう言ってくる。
「あおいの一番買いたかった同人誌だったんだもんな。おめでとう」
「ありがとうございますっ! 先生の分の同人誌も買えて良かったです!」
「そうだな」
まずは一冊、佐藤先生の代理購入ができてほっとした。
長い時間並んで、一番買いたかった同人誌を買えたからか、あおいは同人誌の表紙をじっと見続けている。ニコニコだし、口元も緩んでいるし。本当に可愛いな。
俺は4人のグループトークに、赤色くらぶの同人誌を代理購入できたという旨のメッセージを送る。すると、
『リョウ君、あおいちゃんやったね! 私もついさっき、『ばらのはなたば』の新刊セットを購入できました!』
というメッセージが愛実から送られてきた。愛実の方もいい滑り出しだな。
『おぉ、壁サークル2つ買えたのか! ありがとう!』
愛実のメッセージの直後に、佐藤先生から感謝のメッセージが届く。
グループトークに次々とメッセージが届いているからか、あおいも自分のスマートフォンを眺めている。
「愛実ちゃんも順調そうですね」
「そうだな。俺達の代理購入はあと一つだけど、先生の分も買えるように頑張ろう」
「そうですね! 次は……『ジーエルッサム』というサークルです。サークル配置は、き23ですね」
「そうか。じゃあ、行こうか」
「はいっ」
俺達はジーエルッサムのサークルに向かって歩き始めた。俺達が会場に来たとき以上に人が多くなっているからか、再びあおいから手を繋いで。
定刻通りに国際展示ホール駅に到着し、俺達は電車から降りる。
この駅で降車する人はとても多く、駅のホームは人でいっぱいだ。おそらく、ここにいる人のほとんどがオリティアに参加するのだろう。
ゆっくりとした速度でホームを歩き、俺達はやっとエスカレーターに乗ることができた。ここでようやく、満員電車から解放された気分になれた。
オリティアが始まるまで、あと1時間半ほどある。なので、お手洗いを済ませてから改札を出た。
東京国際展示ホールはとても大きな建物だ。なので、駅を出るとすぐに見つかる。
「うわあっ……!」
あおいは今までで一番とも言える高い声を上げ、感激した様子で国際展示ホールを見ている。
「国際展示ホールって凄く立派な建物なんですね! あと、本当に逆三角形の部分があるんですね!」
すごーい! と、あおいはスマホを取り出して、国際展示ホールの写真を何枚も撮影している。自撮りもしていて。行ってみたかった場所が目の前にあるんだもんな。あおいがここまで感激するのも頷ける。あおいを見ていると微笑ましい気持ちに。
「いいリアクションだね、あおいちゃん。彼女を見ると、初めてここに来たときのことを思い出すよ」
「私もですよ、樹理先生」
「俺も思い出しました。テレビやネットで何度も見たことがある場所に来たので、テンションがかなり上がりましたね」
「今のあおいちゃんみたいに、リョウ君もスマホで何枚も写真を撮っていたよね」
そう言う愛実の笑顔はほんのりと赤みを帯びていた。電車の中で密着していたからだろうか。愛実を見ると、ちょっとドキッとしてしまう。
「そ、そうだったな」
有名な場所に来ると、記念に何枚も写真を撮りたくなってしまうのだ。そのときの写真はスマホのアルバムの中にしっかりと保存されているよ。
その後、あおいに呼ばれて、国際展示ホールを背景にあおいと愛実とのスリーショットや、佐藤先生も含めた4人での自撮り写真を撮った。その写真はLIMEのグループトークに送ってもらうことに。
「いい写真が撮れました。ご協力ありがとうございました!」
「いえいえ。じゃあ、そろそろ入場の待機列に行こう」
オリティアのスタッフさんの案内に従って、俺達は入場待機列の最後尾に向かう。その際、周りをキョロキョロと見ているあおいがとても可愛かった。
程なくして、俺達は入場待機列の最後尾に並ぶ。
「ネットやSNSでの写真では見たことがありますけど、たくさんの人が来ていますね!」
「そうだね。今まで行った同人イベントの中に、このくらい人が来ているイベントってあったかい?」
「去年の夏休みに大阪で開催された同人誌即売会には人がいっぱいいましたね。オールジャンルで、広い会場で開催されたからだと思いますが」
「大阪でも、大規模な同人誌即売会が開催されるんだな」
「ええ! そのイベントでは、今日みたいに友達と一緒に早い時間に会場の前まで来て、イベント開始まで外の待機列で待っていました」
「そうだったのか」
さすがに、会場前で待つ経験はしているか。オリティアが始まるまではあと1時間半近くあるけど、あおいはへっちゃらかもしれない。
「オリティアも人が多いけど、コアマはもっと人が多く集まるよ」
「佐藤先生の言う通りですね。コアマは本当に多いですよね」
「コアマのときを考えたら、まだ少ない方かなって私は思いますね」
「そんなに人が多いんですね。さすがは日本最大級のイベントです。コアマも昔から行きたいと思っているので、夏がとても楽しみです!」
ワクワクとした様子でそう言うあおい。大阪でのオールジャンルの同人誌即売会に行くほどだから、コアマも行きたいと思っているか。
今年の夏休みの予定が一つ決まったな。あおいが初めてのコアマでどんな反応をするのか側で見てみたい。
それから、オリティア開始までの間は、4人で現在放送されているアニメのことを中心に雑談して時間を潰す。4人とも観ている作品がいくつもあるので話が盛り上がる。
また、開始時間が近くなると、待ち合わせ場所を決めたり、佐藤先生からオリティアのカタログを受け取ったりもした。
そんなことをしていたら、あっという間に開始時刻の午前11時になった。
『午前11時となりました。ただいまより、オリティアを開幕します!』
拡声器を持った女性のスタッフさんによって、オリティアの開幕が宣言された。その瞬間、待機列にいた人の多くが拍手をする。俺達も拍手。
「開幕しましたよっ! 開幕!」
あおいはとてもテンションの高い状態でそう言い、大きく拍手していた。
開幕宣言があってから少しして、待機列が動き始める。
オリティアのスタッフの方々の指示に従って、俺達は会場に向かって歩いていく。
途中でカタログを見せる場所があったので、俺達はスタッフさんに見えるようにカタログを取り出した。国際展示ホールの東展示棟にスムーズに入ることができた。
オリティアの会場は東展示棟の第1から第3ホールである。
東展示棟に入った後もスタッフさんの案内に従って、会場まで向かう。参加者が多いので、周りの人の流れに身を任せている感覚に。
それから少しして、俺達は第1ホールから第3ホールの入口前に辿り着いた。
「じゃあ、ここで一旦お別れだね。みんな、代理購入をお願いします」
佐藤先生は俺達に向かって深めに頭を下げる。
「一冊でも多く買えるように頑張りますね」
「私達にお任せください! といっても、私の場合は買いたいサークルが重なっている2つだけですが」
「それでも代理購入する役目があるのは変わらないよ、あおい。一緒に頑張ろう」
俺がそう言うと、あおいは口角を上げ、俺の目を見ながら一度頷いた。
「みんなよろしくね。さっき話したように、各自の買い物や代理購入が終わったら、会議棟にあるフードコート前で待ち合わせってことで」
佐藤先生は右手を拳にして、俺達の前に突き出してくる。会場で一旦別れる際、みんなでグータッチをするのが恒例になっているのだ。
俺と愛実が佐藤先生にグータッチ。その流れであおいもグータッチした。また、俺と愛実とあおいの間でもやった。
「では、行きましょうか、涼我君」
「ああ」
愛実と佐藤先生と別れて、俺とあおいは近くにある東1ホールの中に入る。
開幕して少ししか時間が経っていないけど、会場内は多くの人で結構賑わっている。壁側に配置されている人気サークルはもちろんのこと、それ以外のエリアのサークルも、同人誌購入のやり取りが行われている。
「こういう光景を見ると、同人イベントに来たって感じがするな」
「そうですね! とてもいい雰囲気です。涼我君と一緒に参加できる日が来るとは思いませんでした。とても嬉しいですっ!」
あおいは持ち前の明るい笑顔でそう言ってくれる。そんなあおいを見ていると、嬉しい気持ちや温かな気持ちがどんどん湧いてきて。
「俺もあおいと一緒に参加できるなんて想像していなかったよ。だから、本当に嬉しい」
「そうですか。……誘って良かったです」
白い歯を見せてニッコリ笑うあおいに、不覚にもドキッとした。
あおいは持っているトートバッグから、1枚の紙を取り出す。その紙を一緒に見させてもらうと……どうやら、会場でのサークル配置図のようだ。また、行きたいサークルなのか、何カ所かに赤い丸が描かれている。サークル名とサークル配置番号も記載されていた。
「まずは『赤色くらぶ』ですね。サークルスペースは『あ01』ですか」
「今、俺達はここにいるから……あっちの方か」
「ですね。行きましょう!」
「ああ」
「……人が多いので、はぐれないように手を繋いでもいいですか?」
「もちろんいいぞ」
「ありがとうございますっ」
あおいは嬉しそうにお礼を言い、俺の右手をしっかり握ってきた。あおいの手から伝わる温もりはとても強い。
俺達は赤色くらぶのサークルスペースを目指して歩いていく。ちなみに、このサークルでは新作のBL同人誌を代理購入する予定だ。会場限定のクリアファイルが付く。
「3つのホールを全て使っているので、とても広い会場になっていますね」
「そうだな。コアマの雰囲気にも似ているよ」
「そうなんですね」
同じ会場だから、去年の夏と年末のコアマで愛実と一緒に代理購入したときのことを鮮明に思い出す。そういえば、どちらのコアマでも、あおいと同じ理由で愛実と手を繋いで会場内を歩いたっけ。そのときの愛実は今のあおいのように楽しそうにしていたな。
「こうして手を繋いで会場内を歩いていると、何だかデートみたいですね。同人イベントデート」
「そ、そうだな。2人きりだもんな」
「……ですね」
あおいは依然として笑顔を見せているものの、頬を中心にほんのりと赤みを帯びていた。デートみたいだと言ったからだろうか。あおいの顔を見ると、ちょっとドキッとした。
赤色くらぶのスペースが見えてきた。スペースの前には何人もの人が並んでいて。ここから見える列の一番後ろが待機列の最後尾なのか。あるいは。
「あ01・赤色くらぶの待機列は屋外になりまーす!」
サークルのスペースに近くにいた女性がそうアナウンスしている。その女性が着ている赤いTシャツは、サークルのスペースで接客している人達と同じもの。あの女性はサークルのスタッフか。
「壁サークルですから、外に待機列がありますか」
「そうみたいだな」
経験者だけあって、今のアナウンスを聞いてもあおいは落ち着いている。
サークルのスペースの横にある出口から一旦外に出る。周りを見ると……複数の長い列ができているな。きっと、どの列も人気サークルの待機列なのだろう。始まってからあまり時間が経っていないのに凄いな。
「涼我君。あちらに、赤色くらぶのプラカードを持った人がいますよ」
あおいが指さす先の方を見ると……確かに、『あ01 赤色くらぶ 最後尾です。』と描かれたプラカードを持った女性の姿が見える。
「俺も見つけた。行こうか、あおい」
「はいっ!」
俺とあおいは、赤色くらぶの最後尾の待機列に向かって歩き始める。
それにしても、列には女性ばかりが並んでいる。男性もちらほらいるけど、俺のように女性と一緒の人がほとんどだ。赤色くらぶはBLの同人誌を頒布する人気サークルだからかな。
「並びますので、俺が持ちます」
「ありがとうございます」
最後尾のプラカードを女性から受け取り、俺達は待機列に並ぶ。2列に並ぶ形なのであおいと隣同士で。
あおいはとても楽しそうな様子で、プラカードを持っている俺のことを見ている。
「どうした、あおい。凄く楽しそうだけど」
「最後尾のプラカードを持っている涼我君を見ていると、同人イベントに一緒に参加していると実感できて」
「確かに、こういうときにしか持たないもんな」
会場に到着してから、最も同人イベントらしい時間を過ごしていると言えそうだ。
ただ、俺達が並んでいる列は人気サークルの待機列。並び始めてから1分ほどで、次に並ぶ女性がやってきた。その女性にプラカードを渡して、最後尾の場所を知らせる役目は終了した。
「お疲れ様でした、涼我君」
「ありがとう。そういえば、あおいって同人イベントではこういう長い列に並んだことってあるか?」
「何度もありますよ。今みたいに屋外で並ぶこともありましたね。今日は爽やかな気候なのでいいですけど、夏休みに開催されたイベントでは日差しの暑さとジメジメとした空気がキツかったですね」
「それ分かる。俺も夏のコアマで愛実と一緒に並んだときは暑くてキツかったな。暑さ対策をしていって、並んでいる間は愛実と話していたから何とかなったけど」
「そうでしたか。私も暑さ対策のものや時間潰しの方法を準備していたので何とかなりましたね。その後に同人誌を買えたときは凄い達成感を味わいました」
「それも分かる。試練を乗り越えたご褒美って感じがしたよ」
「あぁ、分かりますっ」
弾んだ声でそう言ってくるあおい。
あおいも夏の炎天下で長時間並ぶ経験をしていたか。それが分かって、あおいにより親近感が湧いてくる。
「今日は過ごしやすい陽気ですし、涼我君と一緒ですから、列で待つ時間があっという間に過ぎそうです」
「そうだな」
あおいと一緒に並ぶのは初めてだから、新鮮な気分で待てそうだ。
同人イベントの列に並んでいるのもあり、どんな同人誌を持っているのか、どういった同人誌が好みなのかなどといった同人誌絡みのことについて話しながら、待機列での時間を潰していく。
少しずつではあるが、定期的に俺達は前に進んでいく。まだまだ先は長いけど、あおいと佐藤先生の分の新作同人誌を買えるといいな。そう思っていると、
「あ01・赤色くらぶ、ただいま新刊はお一人様二部ずつまでとなっております! また、状況次第では一部ずつとなる可能性もありますのでご了承ください!」
会場内にいた女性とは別の女性スタッフさんがそんなアナウンスをする。人気サークルだし、購入制限がかけられたか。
「一人二部ずつまでですか」
「そうだな。俺達の前はもちろんだけど、後ろも……かなり並んでいるし」
「人気がありますからね。ただ、涼我君も一緒ですから、一人一部ずつになってしまわないかどうか心配しなくて済むのがいいですね」
「もしなったとしても、2人いるから2冊買えるもんな」
「そうですね。あのとき、佐藤先生が涼我君か愛実ちゃんと一緒にいた方がいいって言ってくれて良かったです」
「ああ。あと、今のスタッフさんの言い方からして、一人二部まで買える間は売り切れの心配もしなくて良さそうかな」
「そうですねっ」
あおいは快活な笑顔でそう言い、繋いでいる手の力を強くした。
佐藤先生の考えを受け、あおいからの指名があって俺はここにいる。ただ、俺がいることで、あおいの心配が軽減できたのだと思うと嬉しい気持ちになる。
その後もあおいと同人誌や漫画の話をしながら、待機列の時間を過ごす。そんな中で、昨日はなかなか眠れなかったあおいに体調は大丈夫か訊くと、何の問題もないという。むしろ、イベント中なのでどんどん元気になっているそうだ。
あおいとの話が面白くて、気付けばホールの中に入っていた。サークルスペースも見えて、あと少しなのだと実感する。
一人一部ずつとか売り切れとかいったアナウンスがないまま俺達の番となった。
「すみません。新刊を二部購入したいのですが、大丈夫でしょうか」
聞き逃しや最新の在庫状況の可能性も考慮してか、あおいは接客スタッフの女性のそう話しかける。
「はい。お一人二部までご購入できますよ」
接客スタッフの女性はニコッと笑ってそう言ってくれた。そのことで、あおいはぱあっと明るい笑みを浮かべる。
「良かったです! では、新刊を2部ください!」
「ありがとうございます! 1000円になります」
あおいは財布から1000円を取り出し、女性スタッフに手渡す。スタッフの方の手際がとても良く、代金を渡した直後に、あおいは新刊2冊と会場特典のクリアファイルを2つもらった。
他の人の邪魔にならないように、俺とあおいはサークルスペースから少し離れたところまで移動した。
「新刊を買えて嬉しいですっ! 良かったですっ!」
あおいは今日一番と言っていいほどの可愛い笑顔でそう言ってくる。
「あおいの一番買いたかった同人誌だったんだもんな。おめでとう」
「ありがとうございますっ! 先生の分の同人誌も買えて良かったです!」
「そうだな」
まずは一冊、佐藤先生の代理購入ができてほっとした。
長い時間並んで、一番買いたかった同人誌を買えたからか、あおいは同人誌の表紙をじっと見続けている。ニコニコだし、口元も緩んでいるし。本当に可愛いな。
俺は4人のグループトークに、赤色くらぶの同人誌を代理購入できたという旨のメッセージを送る。すると、
『リョウ君、あおいちゃんやったね! 私もついさっき、『ばらのはなたば』の新刊セットを購入できました!』
というメッセージが愛実から送られてきた。愛実の方もいい滑り出しだな。
『おぉ、壁サークル2つ買えたのか! ありがとう!』
愛実のメッセージの直後に、佐藤先生から感謝のメッセージが届く。
グループトークに次々とメッセージが届いているからか、あおいも自分のスマートフォンを眺めている。
「愛実ちゃんも順調そうですね」
「そうだな。俺達の代理購入はあと一つだけど、先生の分も買えるように頑張ろう」
「そうですね! 次は……『ジーエルッサム』というサークルです。サークル配置は、き23ですね」
「そうか。じゃあ、行こうか」
「はいっ」
俺達はジーエルッサムのサークルに向かって歩き始めた。俺達が会場に来たとき以上に人が多くなっているからか、再びあおいから手を繋いで。
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どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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毎日更新していこうと思います
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