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第3章

第19話『いざ会場へ』

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 5月1日、日曜日。
 同人イベント・オリティアの開催日がやってきた。
 今日の天気は晴れ時々曇りで、雨が降る心配は全くないという。最高気温も22度と絶好のお出かけ日和だ。あと、大手サークルの場合は、屋外に長時間並ぶ可能性があるので、そういう意味でも天候に恵まれていると思う。

「いい天気になりましたね! 何だか、買いたい同人誌が全て買えそうな気がします」
「青空を見るとそんな気がしてくるよね」
「いいことが起こりそうな気がするよな」
「そうですね!」

 午前8時15分。
 俺達は今、調津駅に向かって歩いている。午前8時半に駅の改札前で佐藤先生と待ち合わせすることになっている。
 オリティアは午前11時から始まる予定だ。ただ、その時間よりも前に会場の前まで来ている一般参加者は多い。目的の同人誌を購入できる確率を上げるためにも、早めに会場の前まで向かうことにしたのだ。

「涼我君や愛実ちゃん達と一緒に行けるのが楽しみで、昨日は眠るまでに時間がかかりました」
「ふふっ、そうだったんだ」
「そういえば、昔も幼稚園の遠足に行ったときも、あまり眠れなかったって言っていたな」
「楽しみなイベントがあるとなかなか眠れないことが多くて。ただ、目を瞑り続けていたからか、眠気や疲れは感じませんね」
「目を瞑るだけでも体力回復にいいって聞いたことがあるよ」
「そうなんですね、愛実ちゃん」

 ふふっ、とあおいと愛実は笑い合っている。そんな2人のことを男性中心に見ている人が多い。あおいはデニムパンツに襟付きブラウス、愛実はロングスカートに春ニットいう服装がそれぞれよく似合っているもんなぁ。
 本人は疲れや眠気を感じないと言っているけど、イベント中はあおいのことを気に掛けるようにしよう。今日は一緒に廻るし。
 あと、俺は昔から、学校のイベントや休日のお出かけの前日は眠れるタイプだ。昨日は一日中バイトがあったから、普段の休日よりも早めに寝たくらいだ。愛実も結構眠れるタイプだったかな。
 それから数分ほどで、調津駅の中央口が見えてきた。待ち合わせ時間の10分ほど前だけど、佐藤先生はもう来ているかな。今までは待ち合わせに遅れたことはないけど。
 中央口から駅の中に入り、待ち合わせ場所である改札口に行くと、

「あっ、樹理先生がいたよ」
「そうだな」
「美人ですし、高身長ですし、スタイルもいいですからオーラが凄いですね」

 改札口の近くで、スマホを弄っている佐藤先生の姿を見つけた。スラックスにブラウス。その上にロングカーディガンを羽織った服装だ。あおいの言う通り、オーラが凄いな。美人であり、凜々しい雰囲気も持つ人だから、男女問わず先生を見ている人が多い。

「樹理先生!」

 大きめの声であおいが名前を呼び、俺達3人は佐藤先生に手を振る。
 あおいの声に気付いたようで、佐藤先生はすぐにこちらに振り向き、笑顔で手を振ってくれた。そんな先生を見てか「きゃあっ」という女性の黄色い声が聞こえる。

「やあやあやあ。みんなおはよう」
「おはようございます、佐藤先生」
「おはようございます!」
「樹理先生、おはようございます」
「うん、おはよう。ちゃんと会えて嬉しいよ。改めて、今日はよろしくお願いします」

 佐藤先生はそう挨拶すると、俺達に頭を軽く下げた。今日は先生のために代理購入を頑張ろうと改めて思った。
 佐藤先生は肩に掛けているトートバッグから財布を取り出し、俺達にそれぞれ白い封筒を渡した。

「往復の交通費とちょっとしたお駄賃だよ。涼我君と愛実ちゃんの封筒には2000円入っている。あと、あおいちゃんは事前にカタログを買ったそうだから、カタログ代1000円を追加して3000円入っているよ」
「分かりました! ありがとうございます! 確かに受け取りました!」

 あおいは元気よくお礼を言った。そんなあおいに続いて、俺と愛実も佐藤先生にお礼を言う。
 なぜ、あおいにはカタログ代も払ったのかというと、カタログがオリティアの会場に入場するチケットになるからだ。つまり、カタログ代がオリティアの入場料ということになる。ちなみに、俺と愛実の分は昨日、佐藤先生がアニメイクで買ってくれたそうだ。
 その後、俺と愛実、あおいは先生から受け取った交通費を、交通系ICカードにチャージする。

「チャージもOKだね。じゃあ、オリティアの会場・東京国際展示ホールに行こうか!」
『はいっ!』

 佐藤先生の言葉に、あおいと愛実は元気良く返事した。可愛い幼馴染達だ。
 調津駅から、会場の東京国際展示ホールの最寄り駅・国際展示ホール駅までは乗り換え時間を含めて1時間ほど。普段、電車に乗らないので長めの行程だけど、乗り換えは1度だけなので行きやすい。今までに何度か行ったこともあるし。
 改札を通り、俺達4人は都心方面に向かう清王線の上り列車に乗る。まずは終点の琴宿きんじゅく駅を目指す。
 乗車すると、車内の座席は結構埋まっていた。ただ、2席連続で空いている場所があったので、あおいと愛実が座り、2人の前に俺と佐藤先生が立つ形になった。

「オリティアは初めてですから凄く楽しみです。3人と一緒に参加するのも初めてですから既に楽しいですっ」
「ははっ、あおいらしいな」
「今回はあおいちゃんも一緒だから、今まで以上に楽しいよ」
「私もだよ。一緒に行く美少女が多いに越したことはないからね」

 うんうん、と満足そうに頷く佐藤先生。先生が楽しいと思う理由も……先生らしいな。いつか、何か問題が起こしてしまわないかどうか心配になるけど。

「あと、オリティアの会場が国際展示ホールなのも楽しみで。ネットやテレビで何度も見たことありますし、漫画やアニメで国際展示ホールがモデルの建物が描かれていますから。調津に戻ったら行ってみたかったんですっ」

 普段よりも高い声色であおいは話す。ニッコリと笑ったり、目を輝かせていたりするところからして、国際展示ホールはかなりの憧れの場だと窺える。あと、好きなことを語るあおいの姿はとても魅力的だ。

「そうだったのかい。国際展示ホールは有名な場所だよね。それに、今日行くオリティアだけじゃなくて、お盆と年末の時期に開催されるコアマの会場でもあるし」
「漫画やアニメで、コアマのパロディイベントを描かれることもありますもんね、樹理先生」
「そうだね、愛実ちゃん」
「確かに、俺の持っている漫画の中にも、コアマのパロディイベントのエピソードのある作品がありますね。そのときは、国際展示ホールの特徴的な建物が描かれていますね」
「私もそういう漫画を持っていますよ、涼我君」

 そう話すあおいの声ははつらつとしていて。あおいにとって、今日は漫画やアニメのモデルとなった場所に行く聖地巡礼を兼ねているのかもしれない。
 ちなみに、今の会話の中で出てきた『コアマ』というのは、コミックアニメマーケットという同人誌即売会のことだ。コアマは二次創作の同人誌もOKであったり、企業が限定グッズの販売やイベント開催をしたりするのもあり、日本最大級の規模を誇る。俺も愛実も参加したことがあり、去年のお盆と年末のコアマは佐藤先生の代理購入をした。
 オリティアに行くのもあり、それ以降は今まで行った同人誌即売会の話で盛り上がる。それもあって、終点の琴宿駅まではあっという間だった。
 琴宿駅からは、国際展示ホール駅に行くなぎさ線という路線に直通するNR東玉とうぎょく線の電車に乗る。その電車がやってくるホームへ向かう。
 乗り換えが上手く行き、ホームに到着して3分ほどでなぎさ線直通の東玉線がやってきた。
 清王線よりも混んでおり、乗車をすると、全ての座席が埋まっていた。その中にはアニメキャラの缶バッジをたくさん付けたトートバッグを持つ女性や、漫画の女性キャラがプリントされたTシャツを着る男性もいて。きっと、そういう人達はオリティアに行く可能性が高そうだ。
 席が全て埋まっているので、乗車した扉とは反対側の扉の近くで立つことにした。愛実とあおいが扉を背にして立ち、俺と佐藤先生が向かい合う形に。俺の正面には愛実がいる。
 それから程なくして、電車は定刻通りに琴宿駅を発車する。

「扉の近くにあるモニターによると、国際展示ホール駅までは27分ですか。まだまだ乗りますが、乗り換えをせずに行けると思うとだいぶ近い気がしますね」
「そうだね、あおいちゃん」
「この電車に乗れば最寄り駅に行けるもんな」
「普段は乗らないから、この路線に乗ると同人イベントに行くんだって気持ちが上がってくるね。あと、今はそこまで混んでないけど、途中の小崎しょうさき駅と小井町しょういまち駅は複数の路線が乗り入れる駅だから、イベントの参加者がたくさん乗ってくるからね」
「分かりました、樹理先生」

 これまでも同人イベントで国際展示ホールに行くとき、今、佐藤先生が行った2つの駅でたくさんの人が乗ってきたな。電車通学ではないので結構キツかった記憶がある。あの状況にビックリしないように、先生はあおいに警告したのだろう。
 普段は行かない都心を走っているので、車窓からの景色を楽しんでいく。有名な建物も見えるので、あおいは特にテンションが上がっていた。小旅行をしている気分になる。
 琴宿駅を発車してから10分ちょっと。
 俺達の乗る電車は、例の小崎駅に到着した。俺達がいる側とは反対側の扉が開く。
 数人ほどが降車した後、多くの人が電車に乗ってきた。その人の数は凄まじく、俺は勢いよく背中を押される形に。このままだと、愛実の方に倒れてしまうかもしれない!

 ――ドンッ!
「んっ……」

 体を支えるためにも、俺は電車の扉に左の前腕を当てた。そのことで倒れずに済むことはできた。
 しかし、体の前面が愛実の体の前面と結構な範囲で触れ合う状況に。その瞬間に愛実の甘い声が聞こえた。
 また、愛実の豊満な……Fカップの胸も当たっている。服越しでも愛実の胸の柔らかさがしっかり感じられて。だからだろうか。

「リョ、リョウ君……」

 愛実は頬を中心に顔を赤らめて、至近距離から上目遣いで俺のことを見つめていた。ドギマギした様子だけど、凄く可愛いな。彼女と目が合った瞬間、愛実の甘い匂いが濃く感じられて。愛実から伝わってくる温もりもかなり強くて。
 あと、左の前腕を当てた場所が愛実の頭の少し上。なので、いわゆる壁ドンのような体勢になってしまっている。

「ご、ごめんな、愛実。体がくっついちゃって。その……胸も当たっているし」
「ううん、いいんだよ。たくさん人が乗ってきたんだし。リョウ君だからドキドキするけど、嫌な気持ちは全くないから……」
「……そう言ってもらえて有り難い限りです。どこか痛いところや怪我はないか?」
「大丈夫だよ。リョウ君が身を挺して守ってくれたおかげだよ。ありがとう」

 そう言って、愛実は持ち前の可愛らしい笑みを顔に浮かばせる。そのことで愛実がより可愛らしく感じられて。愛実の体から心臓の鼓動が伝わってくるのもあり、俺も結構ドキドキしてくる。頬がちょっと熱くなっているのが分かる。きっと、愛実のように頬が赤くなっているんだろうな。

「あおいと佐藤先生は大丈夫ですか?」

 2人の方を見ると、俺と愛実のように体が密着していて、佐藤先生があおいを壁ドンしている体勢になっている。

「私は大丈夫ですよ。扉を背にしていますから楽な体勢ですし。佐藤先生と体が触れていますがキツくはありません」
「私も大丈夫だよ。むしろ、あおいちゃんに壁ドンのようなことができて、しかも密着できて幸せな気分さ」
「……大丈夫そうで安心しました」

 このような状況で幸せな気持ちを抱けるとは。その理由を口にできることも含めて、さすがは佐藤先生だ。先生は柔らかな笑みを浮かべている。
 佐藤先生に壁ドンされているような体勢だからか、あおいはほんのりと頬を赤らめながら先生のことを見つめていた。

「リョウ君に……壁ドン……」

 愛実は独り言ちると「えへへっ」と小声で笑う。壁ドンのシーンがある漫画やアニメはいくつもあるから、こういうシチュエーションに憧れていたのかな。理由はどうであれ、この体勢を愛実が嫌がっていないことに安心した。嬉しい気持ちもあって。
 それからすぐに、電車は小崎駅を発車する。
 混んでいるし、愛実と密着している体勢だから、それまでとは違って言葉を交わすことは全然ない。そんな中、愛実の温もりと柔らかさを常に感じ、愛実の吐息が定期的に胸元にかかるのでドキドキが止まらない。
 小崎駅の次の駅は、これまた問題の小井町駅。
 この駅でもちょっとの人しか降りず、とても多くの人が乗ってきた。そのことで愛実とさらにくっついてしまう体勢に。

「愛実。キツくないか?」
「……大丈夫だよ」

 愛実は優しい声でそう言ってくれた。
 それから、最寄り駅の国際展示ホール駅に到着するまで、超満員電車状態は続いた。ただ、目の前にいるのが愛実で、彼女の持つ大きくて柔らかな胸のおかげでキツさを感じることはなかった。
 愛実も特に辛そうな様子はない。むしろ、笑顔でいる時間がとても多かったのであった。
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