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第3章
第12話『雨の日の登校』
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4月28日、水曜日。
ゆっくりと目を覚ますと……顔から首元まで寒気を感じる。まさか、また体調を崩してしまったのだろうか。昨日の体育の授業では激しく体を動かすのを避けたし、放課後にバイトはなかった。普段よりも早めに寝たし。
上半身を起こしてみると……特にだるさや頭の重さは感じない。変な熱っぽさもないし。むしろ、
「寒っ」
真冬のときほどじゃないけど寒いな。ここ最近は朝から暖かい日が多かったから、結構寒く感じる。
寒さが分かった途端、外から「サーッ」という音が聞こえてきた。
ベッドから降りて南側のカーテンを開けると、雨が降っているのが見える。音の正体は雨音だったか。鉛色の分厚い雲が広がっているから、結構暗く感じる。
「そういえば、昨日の夕飯の後に見た天気予報で、雨が降るって言っていたな」
窓を少しだけ開けてみると、外から部屋の中よりもさらに冷たい空気が入り込んできた。雨もちょっと吹き込んできたのですぐに閉める。
壁に掛かっている時計を見ると……普段起きる時間の10分前か。それなら、もうこのまま起きてしまおう。ベッドに戻ったら、気持ちのいい温かさのせいでなかなか出られなくなるかもしれないし。
その後、俺は平日朝のいつもの時間を過ごしていく。ただし、10分早く起きたので、朝食は普段よりも少しゆっくりと。温かい味噌汁がとても美味しく感じる。
朝食を食べ終わって、俺は部屋に戻る。
今日は2年生になってから一番寒い気候だし、体調が良くなってからまだ2日しか経っていない。体が冷えて再び体調を崩さないためにも、1年のときに着ていた黒いベストを着るか。暑かったら学校で脱げばいいんだし。
部屋のクローゼットからベストを取り出し、ワイシャツの上に着る。……おっ、温かくなってきたな。
ちなみに、調津高校では無地やワンポイント程度のシンプルなデザインであれば、どんなベストやカーディガンを着てもいいと校則で定められている。
愛実は1年のとき、淡い桃色のベストやカーディガンを着ていたな。今日もそのどちらかを着てくるだろうか。また、あおいはそういったものを着るのだろうか。
「今日は話すのかな……」
雨が降っていると、雨が吹き込む可能性があるため、登校前に窓を開けて話すことをしない日もある。
愛実の部屋がある東側の窓の方を見てみると……彼女の部屋が明るくなっていることが分かる。ちょっとだけ開けてみるか。
東側の窓を少し開けてみると……愛実は窓を開けていないか。吹き込むほどじゃないけど、雨が降っていて寒いからなぁ。そう思って窓の取っ手を掴んだとき、
「あっ、リョウ君。おはよう」
愛実の部屋の窓が少し開いて、桃色のカーディガンを着た愛実が姿を現す。愛実は嬉しそうに笑うと手を振ってきた。俺も愛実に小さく手を振る。
「おはよう、愛実」
「窓越しにリョウ君のシルエットっぽいものが見えたから、ちょっと開けてみたの」
「そうだったのか。今日は雨も降っているし寒いから、窓を開けることはないのかなって思っていたよ」
「あたしも。だから、リョウ君とこうして話せて嬉しいよ」
「俺もだ。あと、寒いからカーディガンを着ていたか」
「うん。冬のときほどじゃないけど、最近は温かい日が多かったから結構寒く感じて。リョウ君もベストを着たんだね」
「ああ。寒いし、体調が良くなってから日も浅いから」
「いい判断だと思うよ。あと、似合ってるよ、ベスト姿」
「ありがとう。愛実のカーディガン姿も似合ってる」
「ありがとう」
そう言って、愛実はニッコリと笑う。そのことでさらに可愛さが増した気がする。雨が降っているけど、愛実の「えへへっ」という可愛い笑い声はちゃんと聞こえた。
「じゃあ、また後で」
「うん、また後でねっ」
普段よりも弾んだ声でそう言うと、愛実は部屋の窓を閉めた。愛実は上機嫌だったし、いつものように窓を開けて話せて良かったな。
俺も部屋の窓を閉め、ジャケットを着て、身なりや荷物の最終確認をする。
「大丈夫そうだな」
身なりも荷物も大丈夫だと分かり、スクールバッグを持って部屋を後にする。
1階のキッチンで弁当と水筒をバッグに入れ、母さんに声を掛けて家を出発した。
「いってきます、お母さん」
俺が玄関を開けた直後、あおいのそんな声が聞こえてきた。なので、あおいの家の方に顔を向けると、あおいも玄関を出るところだった。パッと見、あおいはジャケットの下にベストやカーディガンは着ていないようだ。
「2人ともほぼ同時に出てきたね」
俺の家の前にいた愛実が、楽しそうな笑顔でそう言う。
愛実のそんな言葉もあって、あおいはこちらを向く。俺と目が合うと、あおいはいつもの明るい笑顔を浮かべて、
「本当ですね! 涼我君、愛実ちゃん、おはようございます!」
いつものように元気よく朝の挨拶をしてくれた。だから、どんよりとした空模様の中、あおいのところだけ陽が差しているように思えて。そんなあおいを見て、自然と頬が緩んでいくのが分かった。
「おはよう、あおい。愛実もおはよう」
「おはよう、リョウ君、あおいちゃん。さっそく行こうか」
愛実のその言葉に俺とあおいは頷き、今日も3人で調津高校に向けて出発する。
起きてから1時間以上経つけど、全然気温が上がらないな。ベストを着ているし、歩いている中で体が温まっていくといいな。
「雨が降る中で登校するのは今日が初めてじゃないですか?」
「言われてみれば……今日が初めてかも」
「そうだな。学校にいる間とか夜に雨が降ったことはあったけど。登校する時間帯に雨が降るのは、2年になってからだと初めてかな」
「ですよね」
「今日は寒いけど、あおいちゃんはカーティガンやベストは着ていなさそうだね」
「ここ何日かに比べたら寒いですけど、冬のときほどじゃないですからね。それに、歩くとすぐに体が温まるので、今日くらいの寒さならジャケットを着ていれば平気です」
あおいは新陳代謝がいいんだな。中学時代は3年間ずっとテニスをしていたから、そのことで温まりやすい体質になったのかも。
「そうなんだ。私は結構寒く感じるからカーディガンを着たよ」
「俺もベストを。一昨日は体調を崩したし、体が冷えないように」
「なるほどです」
納得した様子でそう言うあおい。
いつか、あおいのベスト姿やカーディガン姿を見てみたいな。ただ、体が温まりやすい体質だから、しばらくは見られないのかな。そのときを楽しみにしておこう。
「話は変わりますが、涼我君と愛実ちゃんはお二人で相合い傘をしたことってありますか?」
『えっ?』
あおいから予想外の質問をされたので、声が漏れてしまった。愛実も同じだったのか、俺と声が重なる。
相合い傘か。こうやって傘を差して登校するのが初めてだから、相合い傘事情が気になったのかな。
「何度もあるぞ。どっちかが傘を忘れちゃった日の帰りに」
「そうだね。急に雨が降ってきたとき、リョウ君が折りたたみ傘を持っていたから相合い傘をしたこともあったよね」
「そういうこともあったな」
「ふふっ。やっぱり、涼我君と愛実ちゃんはいっぱい経験があるんですね。漫画やラノベやアニメで、相合い傘のシーンがありますから。中には、幼馴染同士が家の前まで相合い傘する作品もありまして」
「相合い傘シーンってたまに見るよね」
「特にラブコメ作品では定番だよな。……もしかして」
俺はその場で立ち止まって、あおいの方を見る。
その直後、あおいも愛実も立ち止まり、あおいは……俺の顔を見て、可愛らしく笑った。
「……涼我君と相合い傘をしてみたいなって。昔、調津にいた頃は相合い傘の経験がありませんでしたから」
やっぱり、俺と相合い傘をしたいと思っているか。以前、創作の定番となっている「朝、幼馴染が起こしに来るシーン」に憧れて、実際に起こしに来たことがあるからな。何度も経験のある愛実のことを凄いと言っていたし。
昔の記憶を辿ってみると……確かに、あおいと相合い傘をした経験はないな。幼稚園の行き帰りは親と一緒だったし。あおいが家で遊んでいるときに急に雨が降っても、麻美さんが傘を持って迎えに来たり、うちにある傘を貸したりしたから。
「少しの間でもいいので、涼我君と相合い傘をしてみたいです。ダメ……ですか?」
俺の目の前まで近づき、上目遣いでそう問いかけてくるあおい。「いいですか?」ではなくて「ダメですか?」と訊いてくるところが可愛らしい。上目遣いで見つめてくるので可愛らしさに拍車をかけている。
「俺はかまわないよ」
「ありがとうございますっ!」
あおいは凄く嬉しそうにお礼を言ってくる。そんなあおいを見ながら、愛実は「ふふっ」と声に出して笑う。
「じゃあ、俺の左側に入ってくれ」
「はいっ、失礼しますっ」
あおいは自分の傘を閉じると、俺のすぐ左側に立つ形で俺の傘の中に入ってきた。
このくらい近くにあおいが立つことは今まで何度もある。でも、相合い傘が初めてだからか、これまでよりも近く感じられ、普段よりもあおいの甘い匂いが濃く感じられた。そのことにドキッとする。
「あおい。俺の傘は大きいけど、肩とかバッグに雨は当たっていないか?」
「はい、大丈夫です。友達と相合い傘はしたことがありますが、それよりも広いですね」
「ははっ、そっか」
女子が使っている傘よりも結構大きいからな。
「濡れていないなら良かった。じゃあ、学校に行くか」
「はいっ」
「うん」
気付けば、愛実が俺の右側に立っていた。相合い傘をしているあおいほどではないけど、互いに傘を差している状況を考えると、結構近くにいる気がする。
俺達3人は学校に向かって再び歩き出す。あおいが傘から出てしまわないように、彼女と歩幅を合わせて。
幼馴染との相合い傘という念願が叶ったからか、あおいはニコニコだ。そんなあおいの横顔は可愛らしさと美しさが両立していてとても魅力的だ。
「あおい、どうだ。俺との相合い傘は」
「とてもいいですね! 念願叶って嬉しいですっ!」
「ははっ、そっか。それは良かった」
「ニコニコだもんね、あおいちゃん」
「ええ!」
ここまで嬉しそうにしていると、相合い傘をして良かったと思えてくる。
「これを愛実ちゃんは何度も経験しているんですね」
「10年一緒にいるからね」
そう言う愛実は何だか楽しそうで。思い返すと、愛実は相合い傘をすると楽しそうにしていることが多かったな。
「学校に行くときには相合い傘をしたことないから、今度朝に雨が降ったら、リョウ君の傘に入れてもらおうかな」
「ああ、いいぞ」
「愛実ちゃんさえよければ、今、相合い傘してみますか? 今朝見た週間予報では雨予報の日がありませんし」
「い、いいの? あおいちゃんが相合い傘してから2、3分くらいしか経っていないけど」
「もちろんいいですよ。涼我君との相合い傘の雰囲気が分かりましたし。それに、愛実ちゃんは登校中の相合い傘は経験していないのでしょう? それなら体験してみてほしいです」
あおいは明るく言う。やってみたかった俺との相合い傘をしてから少ししか経っていないのに。あおいは優しい女の子だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
愛実は結構嬉しそうな様子で、あおいからの提案を受け入れた。
再び歩みを止め、愛実はあおいと入れ替わる形で俺のすぐ左側に立つ。愛実との相合い傘は何度も経験しているけど、あおいとはまた違った甘い匂いが香ってくるのでちょっとドキッとする。
「愛実。制服とかバッグは濡れてないか?」
「大丈夫だよ。リョウ君の傘が大きいし」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
愛実の歩幅に合わせて、俺達は三度学校に向かって歩き出す。
「愛実ちゃん。いかがですか?」
「……リョウ君との相合い傘は何度も経験があるけど、学校に行くのは初めてだから新鮮だよ。これもいいね」
「いいですよねっ」
「愛実にも気に入ってもらえて良かったよ」
俺がそう言うと、愛実は俺の方に顔を向けて、持ち前の柔らかな笑みを見せてくれた。歩いているからか、すぐに前方を向く。愛実の横顔はとにかく可愛くて、あおいとはまた違った魅力がある。
まさか、あおいとも愛実とも相合い傘をして登校する日が来るとは。今まで考えたこともなかったな。これからは、雨が降ったら相合い傘をして登校することがあるかもしれない。
2人が相合い傘をしてくれたおかげで、調津高校が見えた頃には体も心も温まっていたのであった。
ゆっくりと目を覚ますと……顔から首元まで寒気を感じる。まさか、また体調を崩してしまったのだろうか。昨日の体育の授業では激しく体を動かすのを避けたし、放課後にバイトはなかった。普段よりも早めに寝たし。
上半身を起こしてみると……特にだるさや頭の重さは感じない。変な熱っぽさもないし。むしろ、
「寒っ」
真冬のときほどじゃないけど寒いな。ここ最近は朝から暖かい日が多かったから、結構寒く感じる。
寒さが分かった途端、外から「サーッ」という音が聞こえてきた。
ベッドから降りて南側のカーテンを開けると、雨が降っているのが見える。音の正体は雨音だったか。鉛色の分厚い雲が広がっているから、結構暗く感じる。
「そういえば、昨日の夕飯の後に見た天気予報で、雨が降るって言っていたな」
窓を少しだけ開けてみると、外から部屋の中よりもさらに冷たい空気が入り込んできた。雨もちょっと吹き込んできたのですぐに閉める。
壁に掛かっている時計を見ると……普段起きる時間の10分前か。それなら、もうこのまま起きてしまおう。ベッドに戻ったら、気持ちのいい温かさのせいでなかなか出られなくなるかもしれないし。
その後、俺は平日朝のいつもの時間を過ごしていく。ただし、10分早く起きたので、朝食は普段よりも少しゆっくりと。温かい味噌汁がとても美味しく感じる。
朝食を食べ終わって、俺は部屋に戻る。
今日は2年生になってから一番寒い気候だし、体調が良くなってからまだ2日しか経っていない。体が冷えて再び体調を崩さないためにも、1年のときに着ていた黒いベストを着るか。暑かったら学校で脱げばいいんだし。
部屋のクローゼットからベストを取り出し、ワイシャツの上に着る。……おっ、温かくなってきたな。
ちなみに、調津高校では無地やワンポイント程度のシンプルなデザインであれば、どんなベストやカーディガンを着てもいいと校則で定められている。
愛実は1年のとき、淡い桃色のベストやカーディガンを着ていたな。今日もそのどちらかを着てくるだろうか。また、あおいはそういったものを着るのだろうか。
「今日は話すのかな……」
雨が降っていると、雨が吹き込む可能性があるため、登校前に窓を開けて話すことをしない日もある。
愛実の部屋がある東側の窓の方を見てみると……彼女の部屋が明るくなっていることが分かる。ちょっとだけ開けてみるか。
東側の窓を少し開けてみると……愛実は窓を開けていないか。吹き込むほどじゃないけど、雨が降っていて寒いからなぁ。そう思って窓の取っ手を掴んだとき、
「あっ、リョウ君。おはよう」
愛実の部屋の窓が少し開いて、桃色のカーディガンを着た愛実が姿を現す。愛実は嬉しそうに笑うと手を振ってきた。俺も愛実に小さく手を振る。
「おはよう、愛実」
「窓越しにリョウ君のシルエットっぽいものが見えたから、ちょっと開けてみたの」
「そうだったのか。今日は雨も降っているし寒いから、窓を開けることはないのかなって思っていたよ」
「あたしも。だから、リョウ君とこうして話せて嬉しいよ」
「俺もだ。あと、寒いからカーディガンを着ていたか」
「うん。冬のときほどじゃないけど、最近は温かい日が多かったから結構寒く感じて。リョウ君もベストを着たんだね」
「ああ。寒いし、体調が良くなってから日も浅いから」
「いい判断だと思うよ。あと、似合ってるよ、ベスト姿」
「ありがとう。愛実のカーディガン姿も似合ってる」
「ありがとう」
そう言って、愛実はニッコリと笑う。そのことでさらに可愛さが増した気がする。雨が降っているけど、愛実の「えへへっ」という可愛い笑い声はちゃんと聞こえた。
「じゃあ、また後で」
「うん、また後でねっ」
普段よりも弾んだ声でそう言うと、愛実は部屋の窓を閉めた。愛実は上機嫌だったし、いつものように窓を開けて話せて良かったな。
俺も部屋の窓を閉め、ジャケットを着て、身なりや荷物の最終確認をする。
「大丈夫そうだな」
身なりも荷物も大丈夫だと分かり、スクールバッグを持って部屋を後にする。
1階のキッチンで弁当と水筒をバッグに入れ、母さんに声を掛けて家を出発した。
「いってきます、お母さん」
俺が玄関を開けた直後、あおいのそんな声が聞こえてきた。なので、あおいの家の方に顔を向けると、あおいも玄関を出るところだった。パッと見、あおいはジャケットの下にベストやカーディガンは着ていないようだ。
「2人ともほぼ同時に出てきたね」
俺の家の前にいた愛実が、楽しそうな笑顔でそう言う。
愛実のそんな言葉もあって、あおいはこちらを向く。俺と目が合うと、あおいはいつもの明るい笑顔を浮かべて、
「本当ですね! 涼我君、愛実ちゃん、おはようございます!」
いつものように元気よく朝の挨拶をしてくれた。だから、どんよりとした空模様の中、あおいのところだけ陽が差しているように思えて。そんなあおいを見て、自然と頬が緩んでいくのが分かった。
「おはよう、あおい。愛実もおはよう」
「おはよう、リョウ君、あおいちゃん。さっそく行こうか」
愛実のその言葉に俺とあおいは頷き、今日も3人で調津高校に向けて出発する。
起きてから1時間以上経つけど、全然気温が上がらないな。ベストを着ているし、歩いている中で体が温まっていくといいな。
「雨が降る中で登校するのは今日が初めてじゃないですか?」
「言われてみれば……今日が初めてかも」
「そうだな。学校にいる間とか夜に雨が降ったことはあったけど。登校する時間帯に雨が降るのは、2年になってからだと初めてかな」
「ですよね」
「今日は寒いけど、あおいちゃんはカーティガンやベストは着ていなさそうだね」
「ここ何日かに比べたら寒いですけど、冬のときほどじゃないですからね。それに、歩くとすぐに体が温まるので、今日くらいの寒さならジャケットを着ていれば平気です」
あおいは新陳代謝がいいんだな。中学時代は3年間ずっとテニスをしていたから、そのことで温まりやすい体質になったのかも。
「そうなんだ。私は結構寒く感じるからカーディガンを着たよ」
「俺もベストを。一昨日は体調を崩したし、体が冷えないように」
「なるほどです」
納得した様子でそう言うあおい。
いつか、あおいのベスト姿やカーディガン姿を見てみたいな。ただ、体が温まりやすい体質だから、しばらくは見られないのかな。そのときを楽しみにしておこう。
「話は変わりますが、涼我君と愛実ちゃんはお二人で相合い傘をしたことってありますか?」
『えっ?』
あおいから予想外の質問をされたので、声が漏れてしまった。愛実も同じだったのか、俺と声が重なる。
相合い傘か。こうやって傘を差して登校するのが初めてだから、相合い傘事情が気になったのかな。
「何度もあるぞ。どっちかが傘を忘れちゃった日の帰りに」
「そうだね。急に雨が降ってきたとき、リョウ君が折りたたみ傘を持っていたから相合い傘をしたこともあったよね」
「そういうこともあったな」
「ふふっ。やっぱり、涼我君と愛実ちゃんはいっぱい経験があるんですね。漫画やラノベやアニメで、相合い傘のシーンがありますから。中には、幼馴染同士が家の前まで相合い傘する作品もありまして」
「相合い傘シーンってたまに見るよね」
「特にラブコメ作品では定番だよな。……もしかして」
俺はその場で立ち止まって、あおいの方を見る。
その直後、あおいも愛実も立ち止まり、あおいは……俺の顔を見て、可愛らしく笑った。
「……涼我君と相合い傘をしてみたいなって。昔、調津にいた頃は相合い傘の経験がありませんでしたから」
やっぱり、俺と相合い傘をしたいと思っているか。以前、創作の定番となっている「朝、幼馴染が起こしに来るシーン」に憧れて、実際に起こしに来たことがあるからな。何度も経験のある愛実のことを凄いと言っていたし。
昔の記憶を辿ってみると……確かに、あおいと相合い傘をした経験はないな。幼稚園の行き帰りは親と一緒だったし。あおいが家で遊んでいるときに急に雨が降っても、麻美さんが傘を持って迎えに来たり、うちにある傘を貸したりしたから。
「少しの間でもいいので、涼我君と相合い傘をしてみたいです。ダメ……ですか?」
俺の目の前まで近づき、上目遣いでそう問いかけてくるあおい。「いいですか?」ではなくて「ダメですか?」と訊いてくるところが可愛らしい。上目遣いで見つめてくるので可愛らしさに拍車をかけている。
「俺はかまわないよ」
「ありがとうございますっ!」
あおいは凄く嬉しそうにお礼を言ってくる。そんなあおいを見ながら、愛実は「ふふっ」と声に出して笑う。
「じゃあ、俺の左側に入ってくれ」
「はいっ、失礼しますっ」
あおいは自分の傘を閉じると、俺のすぐ左側に立つ形で俺の傘の中に入ってきた。
このくらい近くにあおいが立つことは今まで何度もある。でも、相合い傘が初めてだからか、これまでよりも近く感じられ、普段よりもあおいの甘い匂いが濃く感じられた。そのことにドキッとする。
「あおい。俺の傘は大きいけど、肩とかバッグに雨は当たっていないか?」
「はい、大丈夫です。友達と相合い傘はしたことがありますが、それよりも広いですね」
「ははっ、そっか」
女子が使っている傘よりも結構大きいからな。
「濡れていないなら良かった。じゃあ、学校に行くか」
「はいっ」
「うん」
気付けば、愛実が俺の右側に立っていた。相合い傘をしているあおいほどではないけど、互いに傘を差している状況を考えると、結構近くにいる気がする。
俺達3人は学校に向かって再び歩き出す。あおいが傘から出てしまわないように、彼女と歩幅を合わせて。
幼馴染との相合い傘という念願が叶ったからか、あおいはニコニコだ。そんなあおいの横顔は可愛らしさと美しさが両立していてとても魅力的だ。
「あおい、どうだ。俺との相合い傘は」
「とてもいいですね! 念願叶って嬉しいですっ!」
「ははっ、そっか。それは良かった」
「ニコニコだもんね、あおいちゃん」
「ええ!」
ここまで嬉しそうにしていると、相合い傘をして良かったと思えてくる。
「これを愛実ちゃんは何度も経験しているんですね」
「10年一緒にいるからね」
そう言う愛実は何だか楽しそうで。思い返すと、愛実は相合い傘をすると楽しそうにしていることが多かったな。
「学校に行くときには相合い傘をしたことないから、今度朝に雨が降ったら、リョウ君の傘に入れてもらおうかな」
「ああ、いいぞ」
「愛実ちゃんさえよければ、今、相合い傘してみますか? 今朝見た週間予報では雨予報の日がありませんし」
「い、いいの? あおいちゃんが相合い傘してから2、3分くらいしか経っていないけど」
「もちろんいいですよ。涼我君との相合い傘の雰囲気が分かりましたし。それに、愛実ちゃんは登校中の相合い傘は経験していないのでしょう? それなら体験してみてほしいです」
あおいは明るく言う。やってみたかった俺との相合い傘をしてから少ししか経っていないのに。あおいは優しい女の子だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
愛実は結構嬉しそうな様子で、あおいからの提案を受け入れた。
再び歩みを止め、愛実はあおいと入れ替わる形で俺のすぐ左側に立つ。愛実との相合い傘は何度も経験しているけど、あおいとはまた違った甘い匂いが香ってくるのでちょっとドキッとする。
「愛実。制服とかバッグは濡れてないか?」
「大丈夫だよ。リョウ君の傘が大きいし」
「それなら良かった。じゃあ、行こうか」
愛実の歩幅に合わせて、俺達は三度学校に向かって歩き出す。
「愛実ちゃん。いかがですか?」
「……リョウ君との相合い傘は何度も経験があるけど、学校に行くのは初めてだから新鮮だよ。これもいいね」
「いいですよねっ」
「愛実にも気に入ってもらえて良かったよ」
俺がそう言うと、愛実は俺の方に顔を向けて、持ち前の柔らかな笑みを見せてくれた。歩いているからか、すぐに前方を向く。愛実の横顔はとにかく可愛くて、あおいとはまた違った魅力がある。
まさか、あおいとも愛実とも相合い傘をして登校する日が来るとは。今まで考えたこともなかったな。これからは、雨が降ったら相合い傘をして登校することがあるかもしれない。
2人が相合い傘をしてくれたおかげで、調津高校が見えた頃には体も心も温まっていたのであった。
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