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第3章

第10話『お見舞い-後編-』

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 体調もいいので、あおいに桃のゼリーを食べさせてもらった後は、あおいと愛実から今日の授業のノートを写させてもらう。6教科あるので、それぞれ3教科ずつ。
 昔から欠席したときには愛実からノートを写させてもらっているけど、変わらず見やすいノートだ。少し丸みがかった可愛らしい字も変わらない。
 あおいの方も見やすいノートになっている。復習するのに良さそうだ。あと、綺麗な文字なのも好印象だ。
 週末に予習していたのもあり、2人のノートを写させてもらう中で、今日の授業の内容を理解できた。学校を欠席するのも今日だけで済みそうだし、勉強についていけなくなることはないだろう。
 俺がノートを写している間、あおいと愛実は今日の授業で出た課題に取り組んでいる。2人から課題プリントを渡してもらったり、問題集での課題の範囲を教えてもらったりしたので、夜になったらやるか。
 途中で休憩を挟みつつ、全てのノートを写し終えたときには午後6時を過ぎていた。

「よし。これで全教科終わった。2人とも、ノートを見せてくれてありがとう」
「いえいえ! 2人で涼我君にノートを見せようと言っていましたから」
「そうだね。それに、私達も集中して課題に取り組めたから」
「2人で協力して解くときもありましたもんね」

 ノートを写している間、たまに2人のことをチラッと見たけど、互いに質問しているときがあったな。2人にとっていい時間になったのなら良かった。

「今は……午後6時過ぎですか」
「そうだね。もうそろそろ理沙ちゃん達が来るかな」
「そうだな。陸上部は午後6時頃に練習が終わるから」

 だから、放課後にバイトしていると、部活帰りの道本達に接客することもある。練習後なのでドリンク系を注文することが多い。あと、鈴木はいつもLサイズを注文してくれるんだよな。お店の売り上げ的に素晴らしいお客様である。
 ――ピンポーン。
 おっ、インターホンが鳴った。この時間に鳴るのは珍しいから、道本達の可能性が高いと思われる。母さんもいるから、とりあえずは母さんに任せよう。

「理沙ちゃん達でしょうか」
「その可能性はありそうだね」

 来客が友人達かもしれないからか、あおいと愛実はちょっと楽しそうにしている。
 耳を澄ましていると、階段を上がる音が聞こえてくる。この音の感じだと、上がってくる人数は複数人だろう。

 ――コンコン。
「道本だ。鈴木と海老名と一緒にお見舞いに来たよ」

 やっぱり、来客は道本達だったか。

「どうぞ」

 部屋の主である俺がそう返事をすると、すぐに部屋の扉が開かれる。そこには制服姿の道本、鈴木、海老名さんがいた。
 3人は俺達に小さく手を振って部屋の中に入る。俺のことを見るとほっとした様子に。特に道本は。

「麻丘。体調はどうだ? 夕方に良くなってきているとはメッセージが来たけど」
「そのときよりも良くなったよ。2人がスポーツドリンクと桃のゼリーを買ってきてくれたし。だから、2人に今日の授業のノートを写さしてもらってた」
「そっか。良かったよ」

 静かな笑顔で言うと、道本はほっと胸を撫で下ろした。

「ノートが写せるくらいに元気になったんだな! 良かったぜ! じゃあ、明日からはまた学校で会えそうか?」
「ああ。行けると思う」
「そうか!」

 ははっ! と、鈴木は明るく笑いながら、俺の背中を何度か叩いてくる。ただ、俺が体調を崩していたのもあってか、いつもより力は弱め。だから、いつものように痛みは感じられない。鈴木なりの気遣いなのかも。

「一日で体調が良くなって安心したわ」
「心配掛けちゃってごめんな、海老名さん」
「ええ。みんなから話を聞いたけど、先週末にジョギングを3年ぶりに再開して、昨日は道本君と会ったからたくさんジョギングしたそうじゃない。しかも、お昼前から夜までバイトがあったのに」

 海老名さんは真剣な様子で俺にそう話してくる。

「そうだ。特に昨日は道本と一緒に走るのが楽しくて、ついたくさん走っちゃったんだ。もちろん、道本は全く悪くないからな。俺の速さに合わせてくれたし」
「……ああ、分かってる」

 道本は俺と目を合わせると、僅かに口角を上げた。

「自分の体力を把握して、その日の体調とか予定とか、臨機応変に走る量を変えないとダメよ。時には走らない選択も必要よ。陸上を辞めてから3年近く経っていて、当時に比べたら体力が落ちているんだから」

 いつもよりも低い声色で、俺にそう叱ってくれる海老名さん。そんな海老名さんの目つきは少し鋭くなっていて。それもあってか、あおいや愛実、道本の笑みが消えて、鈴木は苦笑いの状態に。
 今回のことで痛感したけど、体力が落ちていると誰かに指摘されると結構心に来るものがあるな。海老名さんは、中1から中2の春まで陸上部のマネージャーとして関わりもあったから特に。

「それに、今回は風邪のような症状だけだったから良かったけど、脚がまた痛む可能性もゼロじゃないのよ。日常生活さえ困難になるかもしれない。だから、気をつけてジョギングしなさい。楽しいからいっぱい走っちゃう気持ちは分かるけど」

 さらに目を鋭くさせて、海老名さんは俺に叱ってくれる。
 ただ、海老名さんの言う通りだ。
 医者からジョギングをしてもいいとは言われているけど、俺の脚は手術が必要なほどの大けがを負った脚だ。走る量や走り方によっては、脚が痛んで日常生活を送るのに支障が出る可能性だってある。今回のことを教訓にして、ジョギングする量をしっかり考えていかないと。走らないことも選択肢に入れて。

「海老名さんの言う通りだな。今日行った病院のお医者さんにも、同じようなことを言われたよ。ちゃんと考えてやらないとダメだな」
「……そう思うわ。ジョギングを再開したことを知って嬉しかったけど、ちょっと心配」
「そうか。注意してくれてありがとう、海老名さん。あと、走ることに関して注意してくれるとマネージャーって感じがするな。懐かしい気分になったよ」

 中学の部活のとき、いっぱい走って、校庭の端で伸びていた俺に「走りすぎよ。加減しなさい」って海老名さんが注意してくれたときがあったっけ。

「そ、そう。あたしもちょっと懐かしい気分になったわ。それに、中学時代の1年ちょっととはいえ、陸上部でマネージャーとして接してきたから。あなたの元マネージャーとして言いたかったの。麻丘君……当時も頑張って走り過ぎちゃうことがあったし」

 海老名さんはそう言うと頬をほんのりと赤くして、視線をちらつかせる。そんな海老名さんがちょっと可愛らしくて。そんな海老名さんを見てか、あおいと愛実、鈴木に本来の笑顔が戻る。
 あおいや愛実達のように優しく接してくれるのも嬉しいけど、海老名さんのようにしっかりと叱ってくれるのも嬉しい。海老名さんのような存在は貴重だと思う。そう思えるのは、海老名さんが俺を心配してくれているのが伝わるからかもしれない。

「理沙ちゃんの言ったことは大切ですね」
「そうだね、あおいちゃん。……思い返せば、リョウ君が陸上をしていた頃、登校したときや部活帰りに疲れた様子のリョウ君を何度か見たことがあったな」
「俺も思い出したよ、香川。今後、ジョギング中に会ったときは、体力とか体調とか大丈夫なのか声を掛けるよ」
「ありがとう。今後もたまに一緒に走ろう」
「ああ、そうだな」

 ようやく、道本は爽やかな笑顔を見せてくれる。いつもの笑顔を見られると安心するよ。

「何事もやり過ぎには気をつけないとな! そういえば、オレも中学のとき、やり投げの練習をし過ぎて肩を痛めたことがあったな。そのことを、彼女の美里が今の海老名みたいに叱ってくれたなぁ。その後に美里が貼ってくれた湿布が凄く気持ち良かったぜ!」
「惚気話だったのか」

 鈴木が明るく惚気話を披露したり、道本がすぐにツッコんだりしたのもあって、部屋の中が笑い声に包まれる。俺を叱ってくれた海老名さんも、小さい声だけど笑っていた。

「みんな、お見舞いに来てくれてありがとう。もっと元気になったよ」

 あおいや愛実達のことを見ながら、俺は感謝の気持ちを伝える。
 みんなは俺に優しい笑顔を向けてくれて。そんな彼らの笑顔を見ていると、体調を元通りにして、明日は学校で会いたいと思うのであった。
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