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第3章
第8話『お見舞い-前編-』
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「ふああっ……」
あくびをしながら、自然と目が覚めた。いい目覚めだ。
ベッドの中は……今朝起きたときのような妙な熱っぽさは感じない。普段と同じで、ほどよい温もりで。気持ち良くてベッドからあまり出たくない気分だ。
今の体調がどんな感じなのかを確かめるために、ゆっくりと上体を起こした。
「おおっ……」
今朝とは違って、妙なだるさや頭のクラクラは感じない。喉の違和感はまだあり、体の力が抜けている感じはするけど、どうやら病院から処方された薬が効いたようだ。あと、母さんが玉子粥、麻美さんがりんごのすり下ろしを作ってくれて、その両方を麻美さんが全部食べさせてくれたのも大きいだろう。
「良かった」
体調が良くなってきていてほっとした。このままゆっくりと休んでいれば、明日からまた学校に行けそうだ。
それにしても、今は何時だろう? カーテンの隙間から陽光が差し込んでいるから、夜にはなっていないと思うけど。スマホで時刻を確認すると……午後4時過ぎか。ということは5時間は眠っていたことになるのか。これだけぐっすりと眠れたら、体調が良くなっているのも納得かな。
ローテーブルには体温計にバスタオル、麦茶の入ったペットボトルが置かれている。母さんと麻美さんが置いてくれたのかな。
――コンコン。
「あおいです。お見舞いに来ました」
「愛実です。スポーツドリンクとリョウ君の大好きな桃のゼリーを買ってきたよ。起きているかな?」
扉がノックされた直後、あおいと愛実の声が聞こえてきた。今の時間だと放課後になっているか。あと、起きた直後に2人の声が聞こえるなんて幸せだな。
自然と目が覚めたけど、もしかしたら、2人がインターホンを鳴らしたことが影響しているのかもしれない。
「起きてるよ。どうぞ」
少し大きめの声でそう言うと、扉がゆっくりと開く。
すると、今朝と同じで制服姿のあおいと愛実が部屋の中に入ってきた。2人ともスクールバッグを肩に掛けており、愛実はコンビニの袋も持っていた。おそらく、あれにスポーツドリンクと桃のゼリーが入っていると思われる。2人とも、家は両隣にあるけど、ここに直接来てくれたのか。嬉しいな。
あおいが部屋の照明を点け、2人はこちらを見る。俺の顔を見ると、2人は可愛らしい笑みを浮かべる。
「リョウ君、お見舞いに来たよ」
「こんにちは。涼我君、具合はいかがですか? 顔色を見た感じでは、今朝よりも良くなっているように思えますが」
「結構良くなったよ。病院で処方された薬を飲んで、ついさっきまで5時間は寝ていたし。あとは、麻美さんが看病しに来てくれて……麻美さん特製のりんごのすり下ろしと、母さん特製の玉子粥を食べさせてくれたのもあるかな」
「それは良かったです!」
「良かったぁ」
あおいは嬉しそうな、愛実は柔らかな笑みをそれぞれ顔に浮かべる。
「ある程度は良くなっているとは思っていましたけどね。昼休みにお母さんから『りんごのすり下ろしと智子さんの玉子粥を涼我君に食べさせた! 凄く楽しかった!』ってメッセージが来ましたので。あのすり下ろしを食べると元気になれますから」
「食べられたなら大丈夫そうって言っていたよね、あおいちゃん」
「麻美さんも、すり下ろしを食べるとすぐにあおいが元気になったって言っていたな」
もしかしたら、麻美さん特製のりんごのすり下ろしが一番大きいかもしれない。
あと、昼休みに麻美さんからメッセージを受け取ったってことは、あおいや愛実だけじゃなくて、道本達にも麻美さんに食べさせてもらったことを知られていそうだ。そう思うと、ちょっと恥ずかしい。体に帯びる熱が少し強くなった気がした。
「こ、このまま休めば、明日からはまた学校に行けると思うよ」
「それは良かったです! 涼我君がいた方が学校も楽しいですから」
「そうだね、あおいちゃん」
「……そういえば、学校はどうだった?」
「理沙ちゃんはちょっと驚いてた。昨日は普通に接客していたからって」
「理沙ちゃんの驚いた顔は全然見ないので新鮮でした」
海老名さんは落ち着いた性格だからなぁ。お化け屋敷とかを除けば、俺も海老名さんが驚いた姿は全然見たことがない。昨日のバイトの時点ではいつも通りの体調で、3人にもいつも通りに接客したから体調を崩したことに驚いたのだろう。
「鈴木君は『そりゃ寂しいな!』とは言っていましたが普段通りの明るさでした」
「道本君は『昨日、一緒に川沿いの道をいっぱい走ったから、それが体調を崩した原因の一つかもな……』と神妙な感じでしたね」
「そうか……」
俺がいつも走る距離も長い距離を走ったからな。でも、俺の速さに合わせてくれたし、楽しかったのは事実だ。それは昨日のジョギングのときに伝えたけど、道本が何か責任を感じていそうだ。
鈴木は寂しいと言いつつも、普段通り明るかったか。鈴木らしいな。
「理沙ちゃん達は部活が終わったらお見舞いに来てくれるって」
「そうか」
部活後にお見舞いに来るのか。ただ、道本が気にしている可能性もあるから、体調が良くなってきていることと、原因は俺にあることをメッセージで送ろう。2人に断りを入れて、道本にその旨のメッセージを送った。
「メッセージ送り終わったよ」
「そうですか。あと、樹理先生も『涼我君が教室にいないと寂しいね』って言っていましたね」
「昼休みはリョウ君の席に座って、一緒にお昼ご飯を食べたんだよ」
「そうだったのか」
あおいや愛実達が寂しがらせないためなのかな。それとも、単に俺の席に座りたかっただけなのか。佐藤先生だったら後者の可能性もありそうだ。
「教えてくれてありがとう。体温を測りたいから、ローテーブルに置いてある体温計を取ってくれないか」
「……これですか。はいっ、涼我君」
あおいが俺に体温計を渡してくれる。
ありがとう、とあおいから体温計を受け取り、体温を測っていく。熱っぽさはなくなっているから、平熱に近いところまで下がっていると思うけど。
俺が体温を測っている間に、あおいと愛実は荷物を置いて、クッションに腰を下ろした。
――ピピッ。
「……36度9分か」
平熱よりはちょっと高いけど、36度台になっているので一安心だ。2人も同じような思いなのか、ほっと胸を撫で下ろしている。
「36度台まで下がりましたか」
「今朝は……智子さんが38度4分だって言っていたね。とても良くなったね」
「そうだな。このままゆっくりしていれば、明日からは学校に行けそうだ」
「そうですね!」
「良かったよ。……リョウ君、私達に何かしてほしいことはある? 汗を拭いたり、ゼリーを食べさせたり」
「具合は良くなったとはいえ、涼我君は病人ですからね。遠慮なく何でも言ってください!」
愛実は優しく、あおいはとても元気よく俺にそう言ってくれる。
あおいは俺のベッドのすぐ側まで近づき、ちょっと目を輝かせて俺のことを見つめている。麻美さんが俺にお粥やりんごのすり下ろしを食べさせたから、自分も何かしたいと考えているのかも。もしそうならとても可愛いな。
昔から、お見舞いに来てもらうと何かしてもらうことが多かった。今、2人にしてほしいこと……か。
「じゃあ、まずは……汗を拭いてほしいかな。朝からずっと寝ていたから、胸元や背中がちょっと汗掻いていてさ。寝間着の下に着ているインナーシャツを着替えたくて」
「えっ、あ、汗拭きですか……」
普段よりも小さめの声でそう言うと、あおいは頬をほんのり赤くして視線をちらつかせている。しおらしい雰囲気になることは全然ないので新鮮だ。正直言って結構可愛い。汗を拭くってことは肌を晒されることになるからな。昔、お泊まりのときには一緒にお風呂に入った経験があるけど、10年ぶりに再会して高校生になると恥ずかしいのだろう。
愛実は普段と変わらぬ様子で「ふふっ」と笑う。頬を赤くしているあおいの横にいるので、愛実がいつもより大人っぽく見える。
「汗拭きは私がやるよ。これまで、お見舞いに行ったときはいつも上半身の汗拭きをしているから」
「そ、そうしてもらえると嬉しいです。私だと、緊張してちゃんと拭けるかどうか分かりませんから……」
理由を口にしたからか、あおいの頬の赤みが顔全体に広がっていく。
「ふふっ、分かった。リョウ君、私がしてもいいかな?」
「もちろんさ。ローテーブルにあるそのバスタオルで拭いてくれるか?」
「うんっ」
「……あおい。これから寝間着のワイシャツと、インナーシャツを脱ぐけど、部屋から出るか?」
今の様子だと、上半身裸の俺の姿を見るだけでも、あおいはどうにかなってしまいそうだから。
「い……いえ。上半身だけですから、ここにいます」
「分かった。……じゃあ、脱ぐよ」
俺は寝間着のワイシャツと、その下に着ているインナーシャツを脱ぐ。その際、あおいは「きゃっ」と可愛い声を上げた。汗を掻いているから、上半身裸になるとちょっと寒さを感じるな。
愛実はこれまで汗を拭いたり、水泳の授業やレジャーで俺の水着姿を何度も見たりしているので、平然とした様子で俺を見ている。それとは対照的に、あおいは顔を赤くしたまま俺のことをチラチラと見ている。
「じゃあ、愛実。お願いします」
「うんっ」
笑顔で返事をすると、愛実はバスタオルで俺の体の前面を拭き始める。愛実の優しい手つきやパスタオルのふんわり加減がとても気持ちいい。
「リョウ君、気持ちいい?」
「ああ、気持ちいいぞ。さすがは愛実」
「嬉しいお言葉です」
愛実は優しく笑いながら俺の体を拭いてくれる。愛実の笑顔を見ると気持ちも癒やされていく。
俺の体を拭く愛実の後ろから、覗き込むような形であおいが俺を見てくる。今も恥ずかしそうにしているあおいを見ていると、俺もちょっと恥ずかしくなってきた。
「……も、元々陸上をしていたからでしょうか。それなりに筋肉が付いていますね」
「3年前までだけどな。体育があった日やバイトがあった日を中心にストレッチしているからかもな。バイトしているのもちょっとあるかもしれない」
「そ、そうですか。幼稚園の頃の涼我君は細かったですが、さすがは男子高校生って感じがして素敵だと思います」
「ありがとう」
陸上をしていた中学時代の方が筋肉は付いていた。それでも、今の俺の体をあおいから褒めてもらえると嬉しいな。
「こ、このような素敵な体に触れて、汗を拭いていても愛実ちゃんはドキドキしないのですか? いい匂いもしますし」
「上半身だけだから、ちょっとドキッとするくらいかな。看病で汗を拭いたことは何度もあるし、水泳の授業とか海やプールに遊びに行ったときとかに見ているからね」
「なるほどです。さすがは10年間一緒にいる愛実ちゃんですっ!」
「こういうことで褒めてもらえるとは思わなかったよ」
あははっ、と愛実は声に出して楽しそうに笑う。
それからも、顔の赤いあおいに見つめられながら、愛実に汗を拭いてもらうのであった。
あくびをしながら、自然と目が覚めた。いい目覚めだ。
ベッドの中は……今朝起きたときのような妙な熱っぽさは感じない。普段と同じで、ほどよい温もりで。気持ち良くてベッドからあまり出たくない気分だ。
今の体調がどんな感じなのかを確かめるために、ゆっくりと上体を起こした。
「おおっ……」
今朝とは違って、妙なだるさや頭のクラクラは感じない。喉の違和感はまだあり、体の力が抜けている感じはするけど、どうやら病院から処方された薬が効いたようだ。あと、母さんが玉子粥、麻美さんがりんごのすり下ろしを作ってくれて、その両方を麻美さんが全部食べさせてくれたのも大きいだろう。
「良かった」
体調が良くなってきていてほっとした。このままゆっくりと休んでいれば、明日からまた学校に行けそうだ。
それにしても、今は何時だろう? カーテンの隙間から陽光が差し込んでいるから、夜にはなっていないと思うけど。スマホで時刻を確認すると……午後4時過ぎか。ということは5時間は眠っていたことになるのか。これだけぐっすりと眠れたら、体調が良くなっているのも納得かな。
ローテーブルには体温計にバスタオル、麦茶の入ったペットボトルが置かれている。母さんと麻美さんが置いてくれたのかな。
――コンコン。
「あおいです。お見舞いに来ました」
「愛実です。スポーツドリンクとリョウ君の大好きな桃のゼリーを買ってきたよ。起きているかな?」
扉がノックされた直後、あおいと愛実の声が聞こえてきた。今の時間だと放課後になっているか。あと、起きた直後に2人の声が聞こえるなんて幸せだな。
自然と目が覚めたけど、もしかしたら、2人がインターホンを鳴らしたことが影響しているのかもしれない。
「起きてるよ。どうぞ」
少し大きめの声でそう言うと、扉がゆっくりと開く。
すると、今朝と同じで制服姿のあおいと愛実が部屋の中に入ってきた。2人ともスクールバッグを肩に掛けており、愛実はコンビニの袋も持っていた。おそらく、あれにスポーツドリンクと桃のゼリーが入っていると思われる。2人とも、家は両隣にあるけど、ここに直接来てくれたのか。嬉しいな。
あおいが部屋の照明を点け、2人はこちらを見る。俺の顔を見ると、2人は可愛らしい笑みを浮かべる。
「リョウ君、お見舞いに来たよ」
「こんにちは。涼我君、具合はいかがですか? 顔色を見た感じでは、今朝よりも良くなっているように思えますが」
「結構良くなったよ。病院で処方された薬を飲んで、ついさっきまで5時間は寝ていたし。あとは、麻美さんが看病しに来てくれて……麻美さん特製のりんごのすり下ろしと、母さん特製の玉子粥を食べさせてくれたのもあるかな」
「それは良かったです!」
「良かったぁ」
あおいは嬉しそうな、愛実は柔らかな笑みをそれぞれ顔に浮かべる。
「ある程度は良くなっているとは思っていましたけどね。昼休みにお母さんから『りんごのすり下ろしと智子さんの玉子粥を涼我君に食べさせた! 凄く楽しかった!』ってメッセージが来ましたので。あのすり下ろしを食べると元気になれますから」
「食べられたなら大丈夫そうって言っていたよね、あおいちゃん」
「麻美さんも、すり下ろしを食べるとすぐにあおいが元気になったって言っていたな」
もしかしたら、麻美さん特製のりんごのすり下ろしが一番大きいかもしれない。
あと、昼休みに麻美さんからメッセージを受け取ったってことは、あおいや愛実だけじゃなくて、道本達にも麻美さんに食べさせてもらったことを知られていそうだ。そう思うと、ちょっと恥ずかしい。体に帯びる熱が少し強くなった気がした。
「こ、このまま休めば、明日からはまた学校に行けると思うよ」
「それは良かったです! 涼我君がいた方が学校も楽しいですから」
「そうだね、あおいちゃん」
「……そういえば、学校はどうだった?」
「理沙ちゃんはちょっと驚いてた。昨日は普通に接客していたからって」
「理沙ちゃんの驚いた顔は全然見ないので新鮮でした」
海老名さんは落ち着いた性格だからなぁ。お化け屋敷とかを除けば、俺も海老名さんが驚いた姿は全然見たことがない。昨日のバイトの時点ではいつも通りの体調で、3人にもいつも通りに接客したから体調を崩したことに驚いたのだろう。
「鈴木君は『そりゃ寂しいな!』とは言っていましたが普段通りの明るさでした」
「道本君は『昨日、一緒に川沿いの道をいっぱい走ったから、それが体調を崩した原因の一つかもな……』と神妙な感じでしたね」
「そうか……」
俺がいつも走る距離も長い距離を走ったからな。でも、俺の速さに合わせてくれたし、楽しかったのは事実だ。それは昨日のジョギングのときに伝えたけど、道本が何か責任を感じていそうだ。
鈴木は寂しいと言いつつも、普段通り明るかったか。鈴木らしいな。
「理沙ちゃん達は部活が終わったらお見舞いに来てくれるって」
「そうか」
部活後にお見舞いに来るのか。ただ、道本が気にしている可能性もあるから、体調が良くなってきていることと、原因は俺にあることをメッセージで送ろう。2人に断りを入れて、道本にその旨のメッセージを送った。
「メッセージ送り終わったよ」
「そうですか。あと、樹理先生も『涼我君が教室にいないと寂しいね』って言っていましたね」
「昼休みはリョウ君の席に座って、一緒にお昼ご飯を食べたんだよ」
「そうだったのか」
あおいや愛実達が寂しがらせないためなのかな。それとも、単に俺の席に座りたかっただけなのか。佐藤先生だったら後者の可能性もありそうだ。
「教えてくれてありがとう。体温を測りたいから、ローテーブルに置いてある体温計を取ってくれないか」
「……これですか。はいっ、涼我君」
あおいが俺に体温計を渡してくれる。
ありがとう、とあおいから体温計を受け取り、体温を測っていく。熱っぽさはなくなっているから、平熱に近いところまで下がっていると思うけど。
俺が体温を測っている間に、あおいと愛実は荷物を置いて、クッションに腰を下ろした。
――ピピッ。
「……36度9分か」
平熱よりはちょっと高いけど、36度台になっているので一安心だ。2人も同じような思いなのか、ほっと胸を撫で下ろしている。
「36度台まで下がりましたか」
「今朝は……智子さんが38度4分だって言っていたね。とても良くなったね」
「そうだな。このままゆっくりしていれば、明日からは学校に行けそうだ」
「そうですね!」
「良かったよ。……リョウ君、私達に何かしてほしいことはある? 汗を拭いたり、ゼリーを食べさせたり」
「具合は良くなったとはいえ、涼我君は病人ですからね。遠慮なく何でも言ってください!」
愛実は優しく、あおいはとても元気よく俺にそう言ってくれる。
あおいは俺のベッドのすぐ側まで近づき、ちょっと目を輝かせて俺のことを見つめている。麻美さんが俺にお粥やりんごのすり下ろしを食べさせたから、自分も何かしたいと考えているのかも。もしそうならとても可愛いな。
昔から、お見舞いに来てもらうと何かしてもらうことが多かった。今、2人にしてほしいこと……か。
「じゃあ、まずは……汗を拭いてほしいかな。朝からずっと寝ていたから、胸元や背中がちょっと汗掻いていてさ。寝間着の下に着ているインナーシャツを着替えたくて」
「えっ、あ、汗拭きですか……」
普段よりも小さめの声でそう言うと、あおいは頬をほんのり赤くして視線をちらつかせている。しおらしい雰囲気になることは全然ないので新鮮だ。正直言って結構可愛い。汗を拭くってことは肌を晒されることになるからな。昔、お泊まりのときには一緒にお風呂に入った経験があるけど、10年ぶりに再会して高校生になると恥ずかしいのだろう。
愛実は普段と変わらぬ様子で「ふふっ」と笑う。頬を赤くしているあおいの横にいるので、愛実がいつもより大人っぽく見える。
「汗拭きは私がやるよ。これまで、お見舞いに行ったときはいつも上半身の汗拭きをしているから」
「そ、そうしてもらえると嬉しいです。私だと、緊張してちゃんと拭けるかどうか分かりませんから……」
理由を口にしたからか、あおいの頬の赤みが顔全体に広がっていく。
「ふふっ、分かった。リョウ君、私がしてもいいかな?」
「もちろんさ。ローテーブルにあるそのバスタオルで拭いてくれるか?」
「うんっ」
「……あおい。これから寝間着のワイシャツと、インナーシャツを脱ぐけど、部屋から出るか?」
今の様子だと、上半身裸の俺の姿を見るだけでも、あおいはどうにかなってしまいそうだから。
「い……いえ。上半身だけですから、ここにいます」
「分かった。……じゃあ、脱ぐよ」
俺は寝間着のワイシャツと、その下に着ているインナーシャツを脱ぐ。その際、あおいは「きゃっ」と可愛い声を上げた。汗を掻いているから、上半身裸になるとちょっと寒さを感じるな。
愛実はこれまで汗を拭いたり、水泳の授業やレジャーで俺の水着姿を何度も見たりしているので、平然とした様子で俺を見ている。それとは対照的に、あおいは顔を赤くしたまま俺のことをチラチラと見ている。
「じゃあ、愛実。お願いします」
「うんっ」
笑顔で返事をすると、愛実はバスタオルで俺の体の前面を拭き始める。愛実の優しい手つきやパスタオルのふんわり加減がとても気持ちいい。
「リョウ君、気持ちいい?」
「ああ、気持ちいいぞ。さすがは愛実」
「嬉しいお言葉です」
愛実は優しく笑いながら俺の体を拭いてくれる。愛実の笑顔を見ると気持ちも癒やされていく。
俺の体を拭く愛実の後ろから、覗き込むような形であおいが俺を見てくる。今も恥ずかしそうにしているあおいを見ていると、俺もちょっと恥ずかしくなってきた。
「……も、元々陸上をしていたからでしょうか。それなりに筋肉が付いていますね」
「3年前までだけどな。体育があった日やバイトがあった日を中心にストレッチしているからかもな。バイトしているのもちょっとあるかもしれない」
「そ、そうですか。幼稚園の頃の涼我君は細かったですが、さすがは男子高校生って感じがして素敵だと思います」
「ありがとう」
陸上をしていた中学時代の方が筋肉は付いていた。それでも、今の俺の体をあおいから褒めてもらえると嬉しいな。
「こ、このような素敵な体に触れて、汗を拭いていても愛実ちゃんはドキドキしないのですか? いい匂いもしますし」
「上半身だけだから、ちょっとドキッとするくらいかな。看病で汗を拭いたことは何度もあるし、水泳の授業とか海やプールに遊びに行ったときとかに見ているからね」
「なるほどです。さすがは10年間一緒にいる愛実ちゃんですっ!」
「こういうことで褒めてもらえるとは思わなかったよ」
あははっ、と愛実は声に出して楽しそうに笑う。
それからも、顔の赤いあおいに見つめられながら、愛実に汗を拭いてもらうのであった。
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