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第2章

第22話『映画』

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 4月16日、土曜日。
 今週も無事に週末を迎えることができた。水曜日は健康診断で授業がなかったとはいえ、5日連続で学校に行ったから久しぶりの休日に思える。
 健康診断の日に立てた予定通り、今日はあおいと愛実と一緒に、『名探偵クリス』の劇場版最新作『ハロウィンの花婿』を観に行く。動画サイトで公開されている予告編を見たら、結構面白そうな内容なので期待している。

「劇場版楽しみですねっ! タイトルからしてラブコメ要素が強そうですし」
「そうだね。葉室さんがどう活躍するのかも楽しみだよ!」
「そこも注目ポイントですね!」

 あおいも愛実もとても楽しみにしているようで、家を出発してからの話題は専らクリス関連。楽しそうに話すからなのはもちろんのこと、あおいはフレアスカートにオフショルダーのセーター、愛実は肩開きのワンピースがそれぞれ似合っているのでとても可愛く見える。俺と同じようなことを思っているのか、今日も男性中心に2人を見ている人が多い。
 今、俺達が向かっている映画館は、自宅から徒歩10分ほどのところにあるエオンシネマ調津。クリスのような人気作だけでなく、上映館数の少ない作品も上映されるので、ほとんどこの映画館で映画を観る。また、小さい頃からあるので、愛実だけでなくあおいとも一緒に行ったことがある。

「アニメイクやレモンブックスなど、好きなお店ができているのも嬉しいですけど、小さい頃に行った場所にまた行けるのも嬉しいですね。エオンシネマは涼我君と一緒にクリスなどの映画を観ましたから」
「俺も嬉しいよ。10年ぶりに、あおいと一緒にエオンシネマに映画をまた観に行けるなんて。しかも、愛実と3人で」
「そう言ってくれて嬉しいな。エオンシネマにはたくさん観に行っているけど、あおいちゃんとは初めてだから新鮮な気分だよ。3人で観るのが楽しみ」

 愛実は朗らかな笑顔でそう言った。そんな愛実の言葉に、あおいは嬉しそうな様子で「はいっ!」と返事をしていた。
 それからすぐに、エオンシネマ調津が入っているショッピングセンター・ソリエ清王調津C館に到着した。
 俺達はC館の中に入り、入口近くのエスカレーターでロビーのある2階へ。
 土曜日でクリスの公開初日であることや、ロングランしているヒット作が公開しているのもあって、ロビーにはたくさんのお客さんがいる。券売機に向かって伸びる列はとても長い。

「うわあっ……懐かしいです!」

 あおいは普段よりも高い声でそう言った。キラキラとした目でロビーを見渡しているのが可愛らしい。

「ロビーを含めて、中の雰囲気は昔のままだよ」
「そうなんですね。変わっていない場所があるのは嬉しいですね。この風景を見たら、家族ぐるみで来たことや、涼我君と隣同士に座って一緒に笑ったこと……色々なことを思い出します」

 あおいはとても柔らかな笑みを浮かべている。
 当時は幼稚園だったから、映画を観るときは親も一緒だったな。隣同士に座って、親が買ってくれたポップコーンを食べながらあおいと一緒に観たっけ。

「映画館の中は変わっていないし、あおいが側にいるから……当時のことを鮮明に思い出すよ」
「ふふっ、そうですか」
「2人にとって、ここは思い出の場所なんだね。いい映画館だと思っているけど、今の話を聞いたらよりいいなって思えるよ」
「愛実ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいです」
「そうだな。じゃあ、発券機で予約したチケットを発券してくるよ」
「分かりました。お願いします」
「よろしくね。あおいちゃんと一緒に発券機の近くで待ってるね」
「分かった」

 俺は発券機のある方へ向かう。
 発券機の方にも待機列ができているけど、券売機の列に比べると結構短い。そんな待機列の最後尾に並ぶ。予約していると、目的の上映回で3人並んでチケットを買えるかどうか焦らずに済むからいい。
 発券するだけなので、券売機の列よりも人の進みが早いな。数分もしないうちに俺の番になった。
 スマホに表示させた会員コードを券売機にかざす。画面には、本日10時半からスタートするクリスについて3枚予約されていると表示される。これについて発券ボタンを押す。発券機から出された3枚のチケットを受け取った。上映回と席番号は……うん、大丈夫だな。
 券売機から離れ、あおいと愛実のところに向かう。

「あおい、愛実。予約したチケットを発券したよ」
「ありがとう、涼我君」
「ありがとうございます。予約してから映画館に来るのっていいですね。チケットを買えるかどうか心配する必要がありませんから」
「発券機の方だと並ぶ時間も短いもんね」
「俺も並びながら同じことを考えてた」

 予約するといいなと改めて思った。これからも、映画を観に行くときは座席を予約することにしよう。

「そういえば、3人席を予約したけど、誰がどこの席に座るか決めていなかったな。俺はどこでもかまわないから、2人は好きなところを選んでくれ」
「そうですね……昔のように、涼我君と隣同士で映画を観たいですっ!」
「わ、私もリョウ君の隣で一緒に観たいな。リョウ君と一緒に映画を観に行くときは隣同士に座っているし。そうしないと映画を観た気分にならないというか……」

 あおいは明るく元気よく、愛実は頬をほんのり赤くしてちょっと恥ずかしそうな様子で俺と隣同士がいいと希望してくる。てっきり、2人で隣同士に座ると思っていたので嬉しいな。2人の要望を叶えるためには――。

「分かった。いいよ。じゃあ、俺が真ん中の席に座ろう」

 これなら、あおいの隣にも、愛実の隣にも座ることができる。というかこれしか方法はないけど。

「ありがとうございます、涼我君!」
「ありがとう!」

 2人とも嬉しそうにお礼を言ってくれる。幼馴染として嬉しい気持ちになるな。
 通路側の席のチケットを愛実に、壁側の席のチケットをあおいに渡した。
 上映開始時間まで30分ほどあるので、俺達は売店に。
 売店では上映中の作品のパンフレットやグッズが多数販売されている。公開初日なのもあり、クリスのコーナーでは女性中心に多くの人が商品を見ているな。映画館限定で販売されているグッズもあるからなぁ。
 俺達もクリスのコーナーに。あおいと愛実は目を輝かせながら見ている。

「今年も素敵なグッズがいっぱいありますね!」
「そうだね。毎年クリアファイルセットを買うから、それは買おうかな」
「愛実は毎年買ってるよな」
「そうなんですね。私は下敷きを毎年買いますね。売り切れるかもしれませんから、観る前に買っちゃいましょう」
「そうだね、あおいちゃん」
「それがいいと思う」

 クリアファイルや下敷きはグッズの中では安い方だからな。クリスほどの人気作だと大量に入荷しているだろうけど、売り切れてしまう可能性も否めない。上映前に買うのが賢明だろう。
 その後、3人全員がパンフレット、あおいは下敷きとメモ帳にリングノート、愛実はクリアファイルを購入した。
 売店に行っていたら、入場開始時刻が迫っていた。そのため、俺達はお手洗いを済ませて、フードコーナーでポップコーンとドリンクのセットを買う。ちなみに、俺はポップコーンはチョコキャラメル味で、飲み物はブラックのアイスコーヒーだ。
 個人的にポップコーンは映画館くらいでしか食べないので、ポップコーンを持っていると映画を観に来たんだとより実感できる。

『お待たせしました。10時30分より上映の『名探偵クリス ハロウィンの花婿』の入場を開始します。繰り返します――』

 ポップコーンとドリンクを買い終わってすぐ、入場案内の放送が流れた。それと同時に劇場の入口に向かって多くの人が並ぶ。公開初日で観やすい時間帯の上映だからな。しかも、今回観るスクリーンはかなり大きめのところだし。
 俺達も劇場の入口へ行き、そこに立っている男性のスタッフさんにチケットを見せる。

「1番スクリーンへどうぞ」

 と言われ、劇場内へ無事に通ることができた。
 あおいも愛実も通れたので、俺達はクリスの上映される1番スクリーンへ。
 中に入ると、既に多くのお客さんが着席していた。パンフレットを見たり、ポップコーンを食べたりと上映前の時間を楽しんでいるようだった。
 俺達は自分達の席である最後尾のスクリーンに向かって右端の3人席へ。壁側からあおい、俺、愛実の席順で座った。ポップコーンとドリンクが乗ったトレーを、座席のドリンクホルダーにセットする。

「端ですが、一番後ろなのでスクリーンが観やすいですね」
「そうだな」
「観やすくていいよね。あと、3人だけの席だから、プライベート感があっていいね」
「そうですね。家と同じようにのんびりした雰囲気で観られそうです」
「ここの席を予約して正解だったな」
「ですね。ありがとうございます、涼我君」
「ありがとう、リョウ君」
「いえいえ」

 ここまで喜んでくれると嬉しくなるな。これからも3人で一緒に映画を観るときはこういう席を予約しよう。

「う~ん! 美味しいです! ストロベリーキャラメルは初めてですが美味しいですね!」

 あおいは自分の買ったストロベリーキャラメル味のポップコーンを美味しそうに食べている。まだ、今後公開する予定の作品の予告すら流れていないのに。
 そういえば、昔もあおいはポップコーンを買ったら早々に食べていたな。ロビーにいるときから食べていたときもあったっけ。

「ストロベリーのキャラメル味も美味しいよね。……うん、塩味も美味しい」

 そう言う愛実も自分の買った塩味のポップコーンを食べている。
 美味しくポップコーンを食べている2人を見たら、俺も食べたくなってきた。自分で買ったチョコレートキャラメル味のポップコーンを2、3粒食べる。

「……おっ、甘いけどさっぱりしてて美味いな」

 アイスコーヒーを一口飲むと……うん、コーヒーに合ってる。この味のポップコーンにして正解だったな。

「塩味とチョコキャラメル味も美味しそうですね。もし良ければ、一口交換しませんか?」
「もちろんいいよ」
「俺もいいぞ。愛実ともするし、昔もあおいと交換したなぁ」

 違う味のポップコーンを買ったので、2人のどちらから一口交換しようと言われるとは思っていた。ただ、こんな早く言われるとは。まあ、まだ始まっていないし、スクリーンの方を気にせずに交換できていいか。
 俺達3人は互いのポップコーンを一口ずつ交換した。ストロベリーキャラメルはとても甘く、塩味はさっぱりしていて美味しいな。2人も俺のチョコキャラメル味のポップコーンを美味しそうに食べていた。

「塩もチョコキャラメルも美味しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。どっちのキャラメル味も美味しかった」
「塩味もストロベリー味も美味しかったよ。ありがとう」

 ポップコーンを一口交換したから、さっそく映画気分になってきた。
 一口交換をした直後、劇場内は暗くなり、スクリーンには近日公開予定の作品の予告編が流れ始める。クリスを観る客層を考慮してか、アニメ作品や若い俳優が出演する実写作品が多い。アニメ作品のときはあおいも愛実も興味を示していた。
 10分ほどの予告編が終わり、いよいよ本編が始まる。これから約2時間、クリスの最新作を楽しもう。

『俺は高校生探偵・加藤真一。幼馴染で同級生の――』

 映画が始まってから数分ほど。劇場版おなじみのオープニングが始まった。

「昔と変わりませんね。このオープニング」

 俺や愛実にしか聞こえないような小さな声であおいはそう言ってくる。

「そうだな」
「このオープニングを見ると、劇場版のクリスが始まったって感じがするよね」
「そうですね。映画館でクリスの劇場版を涼我君とまた一緒に観られて嬉しいです」

 あおいは俺にニッコリとした笑顔を見せてくれる。スクリーンからの光に照らされたあおいの笑顔はとても美しくて。思わず見入ってしまう。

「俺も嬉しいよ」
「ふふっ。もちろん、愛実ちゃんと一緒に観られるのも」
「私もだよ。リョウ君と今年も一緒に観られて、あおいちゃんとは初めて観られて」

 そう言う愛実の笑顔はあおいと負けず劣らずの魅力があって。
 それからも、俺達はクリスの劇場版を観ていく。
 ただ、久しぶりにあおいと一緒に映画を観に来たから、それからすぐはたまにあおいの横顔を見てしまう。昔は可愛い横顔だったけど、10年経った今は綺麗になって。
 あおいの横顔を見た際、大半は愛実の横顔も見る。映画に集中しているからか、可愛さは感じられるけど、大人っぽさも感じられる。
 ……2人の横顔を見るのもいいけど、せっかく映画を観に来たんだ。映画に集中しよう。
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