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第2章

第19話『愛実とのいつもの時間-夜編-』

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 今日も初回授業の教科があったり、体育の授業があったりしたので、時間の進みは結構早く感じられた。あと、明日は健康診断で授業がないため、実質休みのようなもの。そのため普段よりも気分が良かったのも一因かもしれない。
 放課後は午後4時から7時までサリーズでバイト。ただ、ここ最近は一日中だったり、昼過ぎから夜までだったりと長時間のシフトの日が多かったので、3時間のバイトは結構短く感じられた。



「これで終わり……っと」

 午後9時半過ぎ。
 今日の授業で出た課題もこれで全部終わった。明日は健康診断で授業がないから、今日はもう寝るまで自由に過ごそう。

「とりあえず、昨日のアニメを観るか」

 テレビを点け、昨日の深夜に録画したアニメを観始める。
 ラノベ原作のファンタジーアニメで、今まではタイトルとヒロインと思われるキャラクターの容姿しか知らなかったけど……結構面白いな。今度、アニメイクで原作の第1巻を買ってみるか。
 いい気分の中でエンディングを観ていると、
 ――ブルルッ。
 ローテーブルに置いてあるスマホのバイブ音が響く。この鳴り方からしてメッセージが来たのかな。
 スマホを手に取り、さっそく確認してみると……LIMEで愛実から新着メッセージが届いたと通知が。通知をタップし、愛実とのトーク画面を開く。

『今日出た数学Ⅱの課題プリントをやっているんだけど、ラスト2問がどうしても分からなくて。今からそっちに行って訊いてもいい?』

 というメッセージが表示された。
 友達から課題のことでメッセージや電話をされることはたまにあるけど、夜になってから俺の家に来て直接訊くのは愛実くらいだ。小学1年からずっと隣同士に住み続けている幼馴染の関係だからできる芸当だろう。愛実よりも頻度は少ないけど、俺も夜に課題の質問で愛実の家へ行くことがある。

『いいよ。課題終わったし、教えられるよ。』

 と返信した。
 トーク画面を開いていたのか、俺が送信したメッセージにはすぐに『既読』のマークが付き、

『ありがとう! じゃあ、すぐに行くね。』

 という返信が届いた。
 俺は部屋を出て、1階のリビングにいる両親に「課題のことで、愛実がこれから家に来る」と伝える。こういうことはこれまでに数え切れないほどにあるから、伝えなくても大丈夫なのかもしれないけど。
 ――ピンポーン。
 インターホンが鳴った。すぐに行くと愛実がメッセージをくれたので、きっと来訪者は愛実だろう。
 玄関の鍵を解錠し、扉を開ける。

「こんばんは、リョウ君」

 扉を開けた先にいたのは、ベージュの寝間着にピンクのカーディガンを羽織った愛実だった。お風呂を出てそこまで時間が経っていないのか、普段よりもシャンプーやボディーソープの甘い匂いが濃く香ってくる。夜に訪ねてくるときは、今のように寝間着姿なのはしばしば。また、愛実は淡い桃色のトートバッグを持っていた。

「いらっしゃい。さあ、入って」
「うん。お邪魔します」

 愛実を家の中に招き入れる。
 愛実がリビングにいる両親に挨拶した後、2階にある俺の部屋に通す。

「明日は健康診断だから、今日中にやらないといけないわけじゃないけど……分からないところは早めに解決したくて」
「そうか。早めに解決するのに越したことはないと思うぞ」
「リョウ君がそう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、お願いします」
「ああ」

 愛実に教えやすいように、俺は愛実と隣同士の形でクッションに座る。2人きりで課題を教えるときはこの座り方が多い。
 愛実はローテーブルに数学Ⅱの教科書とノート、課題プリント、筆記用具を置く。課題プリントを見ると……さっきのメッセージ通り、最初からラスト2問の手前までは解答がしっかりと書かれている。

「ラスト2問は難しいから解けなくて」
「俺も難しく感じたよ。じゃあ、最初の方の問題から……」

 俺は愛実に数学Ⅱの課題プリントのラスト2問について教えていく。教科書やノートを広げ、俺がルーズリーフで途中式を書きながら。
 ラスト2問の手前までちゃんとできているだけあって、愛実は理解が早いな。時折、俺に質問してくるし。

「それで、これが答えになるんだ」
「なるほどね。この問題も理解できたよ!」
「じゃあ、これで数Ⅱの課題は終わりだな」
「うん! リョウ君ありがとう!」
「いえいえ」
「他の科目の課題も終わったから、これで全部終わったよ」
「そうか。お疲れ様」

 労いの言葉をかけ、頭を軽くポンポンと叩くと、愛実はとても嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
 う~ん、と愛実は両腕を上げて体を伸ばしている。課題もやったから疲れが溜まっていたのかな。そんなことを思いながら愛実を見ていると、

「いたたっ」

 そう声を漏らし、愛実の表情が少し歪む。ただ、それは一瞬のことで、愛実は苦笑いをして俺のことを見てくる。

「また肩凝っちゃった」
「じゃあ、マッサージするよ」
「ありがとう。あと……今日は体育があったり、放課後は部活で立ちっぱなしだったりしたから、ふくらはぎも痛みと張りを感じて。肩の後にそっちのマッサージもいいかな?」
「ああ、分かった。まずは肩のマッサージからしよう」
「うん、お願いします」

 俺は愛実の背後に膝立ちして、彼女の肩のマッサージを始める。寝間着やカーティガン越しだけど、両手には愛実の優しい温もりを感じる。
 両肩を揉み始めた瞬間、愛実は「あぁ……」と可愛らしい声を漏らす。

「気持ちいいよ、リョウ君」
「良かった。じゃあ、この強さでマッサージしていくから」
「うんっ」

 愛実はちょこんと頷いた。
 さっき痛がっていただけあって、結構肩が凝っているな。このくらい肩が凝ることはこれまでに何度もあるし、愛実は肩が凝りやすい体質なんだろうなぁ。

「リョウ君に数Ⅱの課題を教えてもらったら、今年も勉強は大丈夫そうだなって思えてきたよ」
「ははっ、そっか。まあ、愛実は教え甲斐があると思ってるよ。分からないところを理解しようって姿勢を感じられるし、教えている間に質問してくれるし。愛実に教えていると、俺の勉強にもなるよ」

 高1の間、良い成績を取り続けられてきた理由の一つは、課題や試験勉強で愛実や道本達に教えることが結構あったからだと思っている。

「俺も古典や英語とかで、分からないところを愛実に訊きに行くことがあると思う。そのときはよろしくお願いします」
「うんっ。いつでも家に来ていいからね」
「ありがとう。心強いよ」

 愛実は国語科目と英語科目がかなり得意で、定期試験や成績では俺よりも上であることが結構多い。これまで、それらの科目で愛実に教わることは何度もあった。愛実の教え方は結構分かりやすいので、分からないときはまず愛実に訊くことが多い。愛実がいたことも、好成績を取り続けられた理由の一つだろう。
 あと、愛実が課題のことで家に来たって話をしたら、あおいも夜に課題のことで訊きに来るのかな。それとも、一緒に勉強する経験がないから、日中はともかく夜には来なかったりして。

「愛実。肩凝りがだいぶほぐれてきたと思うけど……どうかな」
「どれどれ……」

 俺が肩から両手を離すと、愛実は両肩をゆっくり回す。これで肩凝りが解消されているといいんだけど。

「うんっ、楽になったよ! ありがとう!」

 愛実は俺の方に振り返って、そうお礼を言ってくれた。毎度、この笑顔を見ると肩をマッサージして良かったと思える。

「良かった。じゃあ、次はふくらはぎだな。愛実さえ良ければ、ベッドで横になってくれ。ベッドの方が愛実も楽でいられるだろうから」
「うん。お言葉に甘えさせてもらうね」

 愛実が横になりやすいように、掛け布団を壁の方に寄せる。
 愛実は寝間着の裾を膝の辺りまで捲り上げて俺のベッドに入り、顔を枕の上に乗せてうつぶせの形で横になる。寝間着姿で課題を教えてもらい来ることはたくさんあっても、ベッドに横になることはあまりないから艶やかな印象だ。

「リョウ君のベッド気持ちいい」
「良かった。じゃあ、ふくらはぎのマッサージを始めるよ」
「お願いします」

 俺はベッドに向けて膝立ちの体勢に。手前にある愛実の左のふくらはぎに両手を添える。痛みや張りを感じるって言っていたから、まずは弱めに揉んでいくか。そう考え、弱い力で彼女の左のふくらはぎを揉み始める。

「あっ……」
「痛かったか?」
「ううん、むしろ気持ちいいくらい。もうちょっと強くしても大丈夫だと思う」
「分かった。じゃあ、ちょっと強くしてみる。ただ、痛かったから遠慮なく言って」
「うん」

 俺は少しずつふくらはぎを揉む力を強くしていく。愛実の言う通り、ふくらはぎがパンパンだな。

「んんっ……」
「強くし過ぎたか?」
「痛みはあるけど、それ以上に気持ち良くて。それで声出ちゃった」
「そっか。そう感じられる強さがいいんだ。この強さでやっていくよ」
「お願いします」

 この強さで、俺は愛実の左のふくらはぎをマッサージしていく。
 気持ちいいのか、愛実は「んっ」とか「ああっ」といった声を時折漏らしていて。ふくらはぎとはいえ、素肌に触れているので、肩をマッサージしているときとは違ってドキッとする。

「張りがあるな。体育もあったし、いつもは火曜日にないキッチン部の活動もあったもんな」
「うん」
「キッチン部の方はどうだ? 入部する生徒はいるか?」
「1年生の女子5人が入部届を出したよ。あと、女子中心に昨日と今日で15人くらいの生徒が見学に来たり、仮入部したりしてくれてる」
「良かったな。説明会の効果があったんじゃないか。みんなエプロン姿が可愛かったし」
「うちの部員もそう言ってる。1年生の前で紹介するのは緊張したけど、今はやってみて良かったって思うよ」
「そっか」

 教室からテレビで見た限りでは、愛実は特に緊張しているようには見えなかったけどな。ただ、あの可愛い姿で、生徒達に向けてしっかりとメッセージを言ったから、キッチン部を見学したり、入部したりする生徒がたくさん来たんじゃないだろうか。
 左のふくらはぎの張りがなくなってきたので、今度は右のふくらはぎをマッサージしていく。

「あぁ、気持ちいい。リョウ君って脚のマッサージも上手だよね」
「陸上をやり始めた中学時代から、脚のマッサージやストレッチをしているからな」
「……そっか」

 愛実は静かな口調でそう言った。
 中学で陸上をやっていた頃は、怪我や故障防止のために、練習後には欠かさずに脚のマッサージやストレッチをしていた。交通事故に遭い、脚が治ってから月日が経った現在も、体育の授業があった日や長時間バイトをした日にはするようにしている。

「……よし、右のふくらはぎの張りもなくなったな。愛実、どうだろう?」
「……うん。さっきまであった張った感じがなくなってる。きっとこれで大丈夫だと思う」
「良かった」
「ありがとう、リョウ君」

 愛実はいつもの優しくて柔らかな笑みを浮かべながら、俺にお礼を言ってくれた。
 ただ、その直後、愛実は「ふああっ」と可愛らしくあくびする。

「リョウ君のベッドがふかふかで気持ちいいし、いい匂いもするし、マッサージも気持ち良かったから眠くなってきちゃった」
「ははっ。もう10時半過ぎだもんな」
「……このまま、リョウ君のベッドで寝ちゃおうかなぁ」

 眠くなってきたからなのか、愛実はとろんとした笑顔でそう言ってくる。寝間着姿で俺のベッドに横になっているのもあり、今の言葉には結構ドキッとする。互いの家でたくさんお泊まりした小学生の頃なら躊躇いもなく受け入れていたと思うけど。
 高校2年生の今は……いいのだろうか。10年間、隣に住む幼馴染だけれど。
 色々なことを考えていると、愛実の顔が見る見るうちに赤くなり、体を起こした。

「ご、ごめんね。変なことを言っちゃって。とても快適な環境だから、このままリョウ君のベッドで寝てもぐっすり眠れそうだから言っただけで。た、他意はないからね」
「そ、そうか。分かった。この部屋の主として嬉しい言葉だよ」
「い、いえいえ」

 愛実はそう言うとベッドから降り、ローテーブルに置いてあった勉強道具をトートバッグにしまう。

「今日はありがとう。課題を教えたり、マッサージしたりしてくれて。家に帰るね」
「分かった。じゃあ、また明日」
「また明日。おやすみ、リョウ君」
「おやすみ、愛実」

 その後、俺は玄関まで愛実を見送った。
 昨晩録画したアニメがもう一作残っていたので、それを観て眠ることに。
 愛実が帰ってからそこまで時間が経っていないから、ベッドや枕には愛実の甘い匂いがしっかりと残っていて。うつぶせに横たわる姿や「ここで寝ちゃおうかな」と言ったことを鮮明に思い出す。
 いつも以上にベッドの中が温かくて、いつもと違って甘い匂いがする。それは心地良かったけど、いつもよりも眠りに落ちるまで時間がかかった。
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