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第1章

第10話『バイト先にやってきた。』

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 4月1日、金曜日。
 今日から新年度がスタート。高校2年生としての1年がスタートする。今日は朝から晴れており、一日ずっと晴天が続くという。この1年がいい1年になりそうな気がした。
 それにしても、まさか……あおいが隣に引っ越してきて、4月からはあおいと一緒に調津高校に通うことになるとは。高校生になったときにはもちろんのこと、数日前でさえも想像できなかったことだ。
 来年度を迎えるときにはどんなことが待っているのだろうか。あおいとの再会のようないい意味で予想外のことがあると嬉しい。


 午前9時45分。
 俺はバイト先であるサリーズ調津駅中央口店へと向かう。今日は午前10時から午後4時までシフトに入っている。
 従業員用の出入口から店内に入る。
 休憩スペースにいるスタッフに挨拶しつつタイムカードを押し、制服に着替えるために男性用の更衣室に向かった。
 ――プルルッ。
 制服に着替えている途中、スマホのバイブ音が響く。さっそく確認してみると……愛実からLIMEでメッセージが届いていた。

『バイト頑張ってね。お昼過ぎにあおいちゃんと一緒に行くね』

 という激励のメッセージが届いていた。ありがとう、と返信メッセージを打とうとしたとき、
 ――プルルッ。
 というバイブ音と共にスマホが震える。それと同時に、画面上側にあおいから新着メッセージが届いたと通知が表示された。

『バイト頑張ってください!』

 あおいも激励のメッセージをくれた。文字でも『頑張れ』って言葉をもらうと元気が出てくる。
 ありがとう、と2人それぞれに返信を送り、俺はバイトの制服に着替えた。

「よし。今日も頑張るか」

 制服に着替え終わった俺は、担当であるホールへ向かう。
 サリーズは全国展開している喫茶店チェーン。コーヒーと紅茶を中心に多くの種類の飲み物を提供している。また、ケーキをはじめとしたスイーツやパン系料理、パスタなどのフードメニューも豊富だ。喫茶店ではあるが、食事目的で来店するお客様も多い。
 俺はホールのスタッフとして、高校に入学した直後からバイトしている。主にカウンターで接客業務をしている。
 バイトを始めた当初はミスも多かった。ただ、先輩スタッフからの指導のおかげもあり、今は一通りの仕事をこなせるようになった。
 ホールに到着すると、俺は『CLOSE』のボードが置かれているカウンターに立つ。

「こちらでもご注文を承ります」

 ボードを下げ、俺が軽く右手を挙げてそう言うと、隣のカウンターに並んでいた若い女性がやってきた。

「いらっしゃいませ」

 そして、今日のバイトも始まる。
 平日の午前中だけど、春休みなのもあって学生と思われるお客様が多い。制服姿のお客様は少ないけど、来店している客層は平日の夕方と似ている。
 カウンター席やテーブル席の方をチラッと見てみると……スイーツを食べながら談笑する若い女性グループやホットコーヒーを飲みながら読書している年配の男性、コーヒーや紅茶を飲まずに見つめ合っているだけの男女など、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。今日もこのお店はいい雰囲気に包まれているなぁ。
 お客様が多くてたくさん接客するので、時間があっという間に過ぎていく。この調子なら、6時間のバイトも平気にこなせそうだ。お昼過ぎになれば、あおいと愛実が来店してくれる予定だし。
 また、たまに休憩スペースで休憩を取るようにしている。
 最初の休憩のとき、アイスコーヒーを飲みながらスマホを弄っていると……あおいから、LIMEで1件のメッセージと写真が届いた。さっそく確認すると、

『愛実ちゃんの家に来ています。昨日のお礼にと、愛実ちゃんが中学の制服を着させてくれました!』

 というメッセージと、出身中学の女子用の制服を着るあおいの写真が表示された。よく似合っているし、笑顔でピースサインをしているので可愛らしい。この姿のあおいを見るのは初めてなのに、ちょっと懐かしい気持ちも抱く。中学を卒業して1年経つからかな。気付けば、頬が緩んでいるのが分かった。

『凄く似合っているよ。可愛いね』

 と、あおいに返信。
 どうやら、あおいはトーク画面を開いているようで、送った瞬間に俺のメッセージを読んだことを知らせる『既読』のマークが表示された。そして、数秒もしないうちに『ありがとうございますっ!』と返信が届いた。
 休憩中にあおいと愛実に元気をもらいながら、俺はバイトに勤しんでいった。


 午後2時過ぎ。
 ランチタイムの時間が過ぎて、店内にいるお客様の数も落ち着いてきた。賑やかな雰囲気もいいけど、今のような静かな雰囲気の店内も好きだ。
 今はお昼過ぎの時間帯だし、俺のシフトが午後4時までだとあおいと愛実には伝えている。だから、そろそろ2人が来店するんじゃないだろうか。

「あそこにリョウ君いるよ」
「本当ですね」

 噂……はしていないけど何とやら。あおいと愛実が来店してきた。あおいはスラックスに長袖のブラウス、愛実はキャミワンピースに長袖のシャツを重ね着している。2人ともよく似合っていて可愛いな。
 あおいと愛実は俺と目が合うと、ニッコリと笑って手を振ってくる。今は誰にも接客していないので、俺も小さく手を振った。
 あおいと愛実がお店に入ってから、店内の雰囲気がより良くなったような気がする。
 あおいと愛実は俺の担当するカウンターの前までやってくる。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました、涼我君!」
「ふふっ」
「サリーズの店員の制服姿も素敵ですね。とても似合っていてかっこいいです!」
「かっこいいよね。バイトしているのもあって、普段より大人っぽい雰囲気だよね」
「そうですね」
「ありがとう」

 あおいに似合っていると言われて嬉しいな。あと、何度も見たことがある愛実からも、かっこいいとか大人っぽいと言われたことも結構嬉しい。

「2人も今日着ている服似合ってるよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、リョウ君」

 あおいは嬉しそうな、愛実は柔和な笑みをそれぞれ浮かべる。2人の笑顔を見ると、これまでのバイトの疲れが体からすーっと抜けていくよ。

「ここが涼我君のバイトしているお店なんですね。サリーズは京都にもあってそのお店もいい雰囲気でしたが、ここもいいですね。ゆっくりできそうです」
「長時間いるお客様もいるし、常連さんもいるからね」
「私も友達とお喋りしたり、課題や試験勉強したりして何時間もいることあるよ」
「そうなんですね。……いつまでも、ここでお喋りしてはいけませんね。注文しましょうか」
「そうだね」

 じゃあ、俺も店員モードになるか。切り替えのためにも「こほん」と小さく咳払いする。

「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか」
「はいっ!」

 あおいが元気よく返事する。店内にいてくれるのか。もしかして、俺のバイトが終わるまでいてくれるのかな。もしそうなら嬉しいな。

「店内ですね。では、ご注文をどうぞ」
「あおいちゃんから注文してくれるかな? 私、まだ迷ってて」
「分かりました! ロイヤルミルクティーのMサイズをアイスでお願いします。以上で」
「ロイヤルミルクティーのアイスのMサイズをお一つですね。350円になります」
「350円ですね。……はい」

 あおいはお財布から500円玉を出す。

「500円お預かりします。……150円のお返しになります。少々お待ちください」

 あおいにお釣りの150円とレシートを渡して、注文されたアイスのロイヤルミルクティーを用意していく。
 この1年でドリンクを用意することは数え切れないほどにたくさんやってきた。でも、あおいに対して用意するのは初めてだからちょっと緊張する。
 ロイヤルミルクティーの入ったカップとストローをトレーに乗せ、

「お待たせしました。ロイヤルミルクティーのアイスのMサイズになります」
「ありがとうございますっ」

 あおいに手渡した。笑顔でお礼を言ってくれると、接客する人間として嬉しい気持ちになる。たまに偉そうな態度を見せるお客さんもいるから。
 あおいは席の方へ行かず、カウンターから少し横にずれるだけ。愛実のことを待つのだろうか。このカウンターは端だし、あおいの立つ場所なら他のお客様や店員の邪魔にはならないだろう。
 あおいがズレた直後、愛実は俺の目の前までやってくる。

「アイスコーヒーのMサイズをお願いします」
「アイスコーヒーのMサイズをお一つですね。ガムシロップとミルクはお付けしますか?」
「1つずつお願いします」
「ガムシロップとミルクお一つずつですね。以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「300円になります」

 俺が値段を言うと、愛実はトレーにちょうど300円を出してくれた。
 愛実にレシートを渡し、先ほどと同じように注文されたドリンクを用意していく。愛実にはこれまでたくさん接客しているので、あおいのときのような緊張感は感じなかった。
 Mサイズのアイスコーヒーとストロー、ガムシロップとミルクをそれぞれ1つずつトレーに乗せて、

「お待たせしました。アイスコーヒーのMサイズになります」
「ありがとう」

 愛実に手渡した。その際、愛実は彼女らしい優しい笑顔を向けてくれる。そのことで気持ちが癒されていく。

「愛実ちゃんへの接客も落ち着いていましたね。凄いです」
「1年近くバイトしているからな。愛実は何度も来てくれるし。何とかできるようになったよ」
「そうなんですね。あの小さかった涼我君がしっかりとバイトしているなんて。立派になりましたねぇ」
「親戚のおばさんか」

 以前、母方の親戚に今のあおいのような言葉を言われたことがある。
 俺のツッコミが面白かったのか、あおいと愛実はクスクス笑っている。良かったよ、ドリンクだけじゃなくて笑いも提供できて。ただ、隣のカウンターにいる女性の先輩スタッフまで笑っているからちょっと恥ずかしいけどさ。

「だって、働く姿を見てとても感激しましたから。こういうことでも、10年の長さを実感しますね」
「……そうか」
「では、涼我君のバイトが終わるまで、私達はテーブル席でゆっくりしていますね。この後もバイトを頑張ってください」
「頑張ってね。終わったら3人で一緒に帰ろうね、リョウ君」

 あおいと愛実は俺がバイトを終わるのを待ってくれるのか。嬉しいな。

「ああ、分かった。ごゆっくり」 

 軽く頭を下げると、あおいと愛実はテーブル席の方へ向かっていく。テーブル席は……2人用も4人用もいくつか空いているから大丈夫だな。
 あおいと愛実は空いているテーブル席の中で、俺の担当するカウンターに一番近い2人用のテーブル席に座る。座った直後、2人は俺の方を向いて笑顔で手を振ってくれて。俺も2人に小さく手を振った。今日のバイト代はこれで十分かも。
 さあ、残り2時間弱のバイトを頑張りますか。
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