新しい嫁探し?バツイチお父さんは娘の為に霊界で伝説になる。

ふなむし

文字の大きさ
上 下
10 / 19

パパは昔握力が52はあったんだよ

しおりを挟む
合宿から戻って新たな「家族」の一員となって数週間、藤倉は共栄教会の寮で新たな生活を始めていた。
長年働いた新聞店を辞めて寮に引っ越してから仕事も変える。
新たな職場は共栄教会の先輩教徒の岡崎正英が働くヤマト運輸の物流センター羽田クロノゲートベース。
そこの投入口Dで岡崎と共に荷下ろし作業に従事し、重い荷物を扱いながら単調なリズムの中で一日が過ぎていく。だが、そんな作業の合間にも、藤倉の頭の中では教会代表のイ・リキョンの言葉が響いていた。

「憎しみはお前の強さである。抑えるな。お前を見下す者に裁きを」

仕事中、藤倉はその教義を口の中で何度も繰り返しつぶやいた。
荷物をベルトに投げ入れながら徐々に湧き上がる怒りを感じる。
それは、ただの職場のストレスだけではない。
彼の中には、これまでの人生で自分を無視し、蔑んできた人間たちへの憎悪が燃え盛っていた。

そうであっても、普段教会の寮の食堂では他の信者たちと顔を合わせてイ・リキョンの教えとその絶対性を一緒に語り合う。
岡崎は年がやや上なくらいの同年代で職場も同じなので面倒をよく見てくれる。
ガソリンスタンドで働く高木泰助も先輩教徒ではあるが、十歳以上年上の自分に気を使って敬語で接してくれていた。

一見皆になじんでいたように見えるが、藤倉の思考は別のところに向かっていたことを彼らは知らない。
共栄教会の教義やイ・リキョンの語録に忠実に従い、合宿ではつきっきりだった桝の言葉を信じる一方で、彼の心の奥底で燃え盛っていたのは違う思いだった。



ある日、自分の計画が完璧に進行していると信じて疑わなかった桝が寮にやってきて藤倉に言った。

「準備は整った。明日の晩やる」

その指示は簡潔で、冷徹だった。
ターゲットは某人材派遣会社社長。
彼の家は藤倉の先輩教徒の岡崎、高木、立花、坂尾によってすでに特定されていた。
防犯カメラの位置も把握し、無力化する準備も整っている。
高木はさらに火炎瓶を複数本準備しており、それを使って社長の家を明日の晩襲撃する計画だった。
教団の言葉で言えば「神の怒り」を下すための行動だ。
しかし、桝が本当に目的としていたのは自分が狙っていたガールズバーの女といい仲になって半妾にした社長への私的な復讐だった。

藤倉はその「天罰」を直接下す役割を担わされることになっていた。
火炎瓶を何本か社長の家に投げ込み、社長とその家族ごと家を全焼させるのだ。
桝は藤倉を洗脳し、完全に自分の都合の良い兵士に育て上げたと思っている。
藤倉は教団の語録を繰り返し口にし、これまで他の信者たちと同じように桝の命令に従順だったからだ。



しかし決行の日の夜が明けようとする早朝。
藤倉の中で何かが変わり始める。
高揚感と憎悪が胸の中で渦巻き、どうにも眠れなかったのもあったが、目がさえながらも頭をぼんやりさせた藤倉は昨晩高木から渡された何本かの火炎瓶をカバンに入れて寮を静かに抜け出した。

頭の中では、桝の言葉が反響し続けている。
「神の裁きの執行者だ」と。
だが、その言葉を反復するたびに、心の中にある何かがずれていくような感覚に苛まれていた。
そんなのでは「裁き」にならないと。
それは自分の考える「神の意志」ではないと。

寮を出た藤倉は、最寄り駅の東西線南砂駅で当てもなく電車に乗り込んだ。
夜の闇が薄れていく中、彼は無心に乗り換えを繰り返し、気づけば新宿駅に着いていた。
人混みが増え始める時間帯だったが、彼の頭はどこか空っぽ。
新宿駅で小田急線に乗り込み、再び当てもなく走る車窓を見つめる。

「どこに向かっているんだ…?」と自問しながらも、藤倉の手は火炎瓶の入ったカバンを握りしめたままだ。
代々木上原駅でふと降り立ったが、どういうわけかまた新宿に戻ろうと、向かいの朝のラッシュアワーでごった返し始めたホームへ向かった。
通勤客が押し寄せるプラットフォームに立ち、新宿へ向かう列車を待っていたが通勤客はあまりにも多い。

真ん中の車両は人が多い。
先頭か最後尾なら人が少ないだろう。

立っていたのが後寄りのプラットフォームだったので自然と最後尾の列車の乗り口へ向かう。
その間、無意識的に・リキョンの語録を口走り始める。

「持たざる者が真の価値を持つ」
「成功者を妬むことは祝福されるべき行為である。なぜなら彼らはお前から奪ったのだ…」
「奪われたものを取り戻せ。それは正義だ」

ぶつぶつ口ごもり続けた藤倉が目的の場所まで来た時、目の前の光景に目を見開くことになる。
彼の口ずさむ語録もより過激さと狂気を含んだものに変わり、声も大きくなる。

「弱者は神の剣となる!」
「恨みを怒りに変えよ、それを解き放て!それは神の意志である!」
「憎しみは強さである。お前を傷つけた者たちを罰せよ!」
「裁きは手を下す者にのみ許される。それが神の意志だ!」
「お前を見下す者は神の敵である!」

彼の目の前には女性ばかり。
そこは自分も含めた男全員を完全排除が合法な女性専用車両の乗り口だったのだ。

「すべての者に与えるべきものが、お前から奪われたのだ。奪い返せ」
「愛されない者こそ、神の真の戦士である」
「愛される資格をお前から奪った者に裁きを下せ」

藤倉の中で、人間として絶対外すべきではない何らかのリミッターが外れた。

「感受性を殺せ、良心というまやかしを捨てよ、さもなくばそれらはお前を滅ぼす」

火炎瓶がつまったカバンのチャックを開けて、藤倉は火炎瓶の感触を確かめ、取り出そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...