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なんだかとても疲れましたので
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* * *
こんなときには、愛を語らいながら抱き合って、夢みたいなキスをして。
そういうものだと思っていた。
でも恋の定石を踏めないのが、私達らしいというか……なんというか。
「痛えっ、下手くそかよ!」
「ちょ、動かないで下さいってば」
「雑なんだよおまえは、もう少し優しく――」
「する必要がありますか」
「……ぐっ」
「ありませんよね」
消毒液に浸したガーゼを傷口に押し付けると、彼は苦痛に顔を歪めたけど、もう文句を言うことはなかった。
まったく……三分という無茶な要求を受け入れたのがバカみたいだ。
髪もしっかりと乾かせずに、でもルームウエアの下にお気に入り下着をつけた私の、可愛い乙女心を返して欲しい。
「しばらくは跡が残りそうですね」
「あの女、魔女みたいな爪してたからなあ」
遠い目をする類さんのほっぺたを、思いっきり張り飛ばしてやりたい。
溢れる衝動を抑えて、傷口に絆創膏を張りつけた。
怜悧に整った顔立ちに絆創膏というアンバランスに、萌えなくもない。
でも今はそれ以上に、幸福の絶頂から失望の底まで叩き落とされた虚脱感のほうが大きい。
数分前――、私は彼の待つ居間に足を踏み入れた。
どんな顔をしたらいいのか分からなくて、心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいドキドキしていた。
なのに……類さんの顔を見たとたん、それどころではなくなった。
左側の頬に大胆なひっかき傷が二本。最初は野良猫にでもヤラレタのだと思った。けれども聞けば、この傷をつけたのは猫ではなく、以前になんどか関係を持った女なのだという。
そうだ、この男はそういう人間だった。
ユキちゃんが猫だと判明した今、ホッとした半面、やっぱり、ただ女にだらしが無いだけなんだと気がついた。
「あのさ、七海ちゃん」
溜息を吐きながら救急箱を片付ていると、類さんがしょんぼりと私を呼ぶ。
ふん、そんな顔したって、もう騙されないんだから。
他の女とよろしくやってきた直後に、よくも私の恋心を弄んでくれたわね。
「なんですか」
ギロリと睨みつける。
「や、その……これには深い事情があってだな」
確か媚薬を盛ろうとした時も、こんな顔をして同じことを言っていた気がする。
「その事情とやらは、どうしても聞かなければいけませんか」
「っ……怒んなよ、まず話しを――」
「怒ってません、怒る理由がありませんから」
言い捨てて部屋を後にしようとしたけど、手首を掴んで阻まれる。
「頼むから聞いてくれって」
「離してください……あなたが誰と寝ようが、喧嘩しようが私には関係ありませんから」
手を振り払って「おやすみなさい」と頭を下げ、廊下に踏み出した。
こんなときには、愛を語らいながら抱き合って、夢みたいなキスをして。
そういうものだと思っていた。
でも恋の定石を踏めないのが、私達らしいというか……なんというか。
「痛えっ、下手くそかよ!」
「ちょ、動かないで下さいってば」
「雑なんだよおまえは、もう少し優しく――」
「する必要がありますか」
「……ぐっ」
「ありませんよね」
消毒液に浸したガーゼを傷口に押し付けると、彼は苦痛に顔を歪めたけど、もう文句を言うことはなかった。
まったく……三分という無茶な要求を受け入れたのがバカみたいだ。
髪もしっかりと乾かせずに、でもルームウエアの下にお気に入り下着をつけた私の、可愛い乙女心を返して欲しい。
「しばらくは跡が残りそうですね」
「あの女、魔女みたいな爪してたからなあ」
遠い目をする類さんのほっぺたを、思いっきり張り飛ばしてやりたい。
溢れる衝動を抑えて、傷口に絆創膏を張りつけた。
怜悧に整った顔立ちに絆創膏というアンバランスに、萌えなくもない。
でも今はそれ以上に、幸福の絶頂から失望の底まで叩き落とされた虚脱感のほうが大きい。
数分前――、私は彼の待つ居間に足を踏み入れた。
どんな顔をしたらいいのか分からなくて、心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいドキドキしていた。
なのに……類さんの顔を見たとたん、それどころではなくなった。
左側の頬に大胆なひっかき傷が二本。最初は野良猫にでもヤラレタのだと思った。けれども聞けば、この傷をつけたのは猫ではなく、以前になんどか関係を持った女なのだという。
そうだ、この男はそういう人間だった。
ユキちゃんが猫だと判明した今、ホッとした半面、やっぱり、ただ女にだらしが無いだけなんだと気がついた。
「あのさ、七海ちゃん」
溜息を吐きながら救急箱を片付ていると、類さんがしょんぼりと私を呼ぶ。
ふん、そんな顔したって、もう騙されないんだから。
他の女とよろしくやってきた直後に、よくも私の恋心を弄んでくれたわね。
「なんですか」
ギロリと睨みつける。
「や、その……これには深い事情があってだな」
確か媚薬を盛ろうとした時も、こんな顔をして同じことを言っていた気がする。
「その事情とやらは、どうしても聞かなければいけませんか」
「っ……怒んなよ、まず話しを――」
「怒ってません、怒る理由がありませんから」
言い捨てて部屋を後にしようとしたけど、手首を掴んで阻まれる。
「頼むから聞いてくれって」
「離してください……あなたが誰と寝ようが、喧嘩しようが私には関係ありませんから」
手を振り払って「おやすみなさい」と頭を下げ、廊下に踏み出した。
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