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なんだかとても疲れましたので
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「……だ……いや……いやだ、どこにも行かないでよ」
届くはずもない願いが水面を揺らし、静かに沈んでいこうとした。
そのとき――。
「どこかに行こうとしてんのは、そっちだろ」
「……!?」
幻聴だと思った。
だけど顔を上げると同時に、見つけてしまった。浴室の扉、型ガラスに寄りかかるように座っている、大きな背中を。
ピチャン――。
音をたて、私の頬を滑った雫が落ちた。
「つうかさ、俺の悪口……外まで聞こえてたんだけど」
「どっ……どうして」
「なにが」
「どうして、ここにいるの?」
「俺の家だし」
「いつからっ……いつから聞いてたんですか!?」
「んー、エロガッパあたりから」
類さんの影が動いて、首をかしげたのが分かった。
「まあいいけど……なんで泣いてんだ?」
自分のせいだとは、つゆほども想像していない、長閑な口調。
ああ、この人は、こうして沢山の女を泣かせてきたんだ。
そう思うと無性に腹がたち、洗面器でお湯をすくって、思いっきり類さんの背中にぶち撒けててやった。
「うわっ!」
ガラス越しなので濡れるはずもないのだけど、音と衝撃に驚いたのだろう。飛び上がった彼が、態勢を崩すのが見えた。
「泣いてる理由ですよね、類さんのことが、大嫌いだからですよ!」
ぶつけた嘘は、浴室にこだまして、私の心を殴りつける。
違う……好きなの、ほんとうは大好きなの。
喉までこみ上げているのに、くだらない意地が邪魔をして。
私はついに愛想をつかされた。
「ああ……俺だって、嫌いだよ」
扉の向こうで、掠れた声が吐き捨てられる。
ああ、終わった……。
彼の言葉は、私の体から全身の力を奪っていく。
トドメはとっくにさされている。それなのに彼の口撃は止まらない。
「ったく、なんなんだよ……俺の完璧な人生設計を乱しやがって……せっかく人生イージーモードで、ご機嫌に暮らせてたのに、おまえが来てから、めちゃくちゃだ」
心の底からの怒りが、剥き出しにぶつけられ。
でも彼の言い分はもっともだから、受け止めるしかなかった。
私さえ現れなければ、彼は温厚で完璧な企画部の至宝として、エリートコースを歩んでいたのだから。
「……ごめんなさい」
「今さら謝られても、もう遅いんだよ」
そう――彼は既に、辞表を提出してしまっている。
私がなにを言っても、どんな償いをしても、安泰だった彼の未来は戻ってこない。
「なあ、七海ちゃん……だからさあ」
不意に彼の声から怒りが消えた。
扉の向こうの影が動いて、彼の手がガラスにあてられる。
そして彼は弱々しく……とても小さな声で呟いた。
「出ていくとか言うなよ」
届くはずもない願いが水面を揺らし、静かに沈んでいこうとした。
そのとき――。
「どこかに行こうとしてんのは、そっちだろ」
「……!?」
幻聴だと思った。
だけど顔を上げると同時に、見つけてしまった。浴室の扉、型ガラスに寄りかかるように座っている、大きな背中を。
ピチャン――。
音をたて、私の頬を滑った雫が落ちた。
「つうかさ、俺の悪口……外まで聞こえてたんだけど」
「どっ……どうして」
「なにが」
「どうして、ここにいるの?」
「俺の家だし」
「いつからっ……いつから聞いてたんですか!?」
「んー、エロガッパあたりから」
類さんの影が動いて、首をかしげたのが分かった。
「まあいいけど……なんで泣いてんだ?」
自分のせいだとは、つゆほども想像していない、長閑な口調。
ああ、この人は、こうして沢山の女を泣かせてきたんだ。
そう思うと無性に腹がたち、洗面器でお湯をすくって、思いっきり類さんの背中にぶち撒けててやった。
「うわっ!」
ガラス越しなので濡れるはずもないのだけど、音と衝撃に驚いたのだろう。飛び上がった彼が、態勢を崩すのが見えた。
「泣いてる理由ですよね、類さんのことが、大嫌いだからですよ!」
ぶつけた嘘は、浴室にこだまして、私の心を殴りつける。
違う……好きなの、ほんとうは大好きなの。
喉までこみ上げているのに、くだらない意地が邪魔をして。
私はついに愛想をつかされた。
「ああ……俺だって、嫌いだよ」
扉の向こうで、掠れた声が吐き捨てられる。
ああ、終わった……。
彼の言葉は、私の体から全身の力を奪っていく。
トドメはとっくにさされている。それなのに彼の口撃は止まらない。
「ったく、なんなんだよ……俺の完璧な人生設計を乱しやがって……せっかく人生イージーモードで、ご機嫌に暮らせてたのに、おまえが来てから、めちゃくちゃだ」
心の底からの怒りが、剥き出しにぶつけられ。
でも彼の言い分はもっともだから、受け止めるしかなかった。
私さえ現れなければ、彼は温厚で完璧な企画部の至宝として、エリートコースを歩んでいたのだから。
「……ごめんなさい」
「今さら謝られても、もう遅いんだよ」
そう――彼は既に、辞表を提出してしまっている。
私がなにを言っても、どんな償いをしても、安泰だった彼の未来は戻ってこない。
「なあ、七海ちゃん……だからさあ」
不意に彼の声から怒りが消えた。
扉の向こうの影が動いて、彼の手がガラスにあてられる。
そして彼は弱々しく……とても小さな声で呟いた。
「出ていくとか言うなよ」
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