108 / 124
愛しきピンキーちゃん
3
しおりを挟む
* * *
「ピンキーちゃん」
背後からの呼びかけに、彼女は瞬時に反応した。
翌日、場所は会社の給湯室。
「なっ――」
振り返って私の姿を目に映した彼女は、焦りを隠し取り澄ます。
「ああ、七海さん。どうしたんですか、こんなところで」
「松本さん、やっぱり、あなただったのね」
「何のことですか?」
洗い終わったマグカップを棚に置いた松本凛の声に、私は確信した。
「ピンキーちゃんだよね」
「違います」
食い気味に否定するけど、その少しだけ鼻にかかった甘い響きや、語尾を跳ね上げる癖は、ピンキーちゃんそのものだった。
「追及する気はないの……でも、ありがとう」
勢いよく頭を下げると、彼女は途端に焦り始める。
「ちょっ、やめてくださいよ、てか、顔出している訳でもないのに、どうして私がピンキーだって決めつけ…………あ」
言葉の最中に、自分のミスに気づいたらしい。しまったという表情で固まった。
そう、ピンキーちゃんが、Vライバーだと知らなければ出てこない言葉だ。
「あーもうっ」
綺麗にセットされた巻き髪を搔き乱した彼女は、諦めたようにため息をつく。
「言っときますけど、別に七海さんのためじゃありませんから」
「でもピンキーちゃんの配信のお陰で助かったのは、事実だかから」
「そうですか、それは良かったですね」
言い捨てて立ち去ろうとする彼女を、背後から呼び止める。
「待って、ピンキーちゃ――」
「うわっ、声!」
飛びついてきた彼女が私の口を塞ぎながら、辺りを見回す。
「ちょっと、恩を仇で返すつもりですか!」
「あ……ごめん」
「ったく、あの配信だって身バレギリギリの綱渡りだったんですからね」
チッと舌打ちをして顔を歪める松本凛。彼女はなぜ、私の無実を訴えたのだろう。
「気になることがあるんだけど、聞いていい?」
「あーどうぞ、こうなったらスリーサイズでも初体験の年齢でも好きな体位でも、なんでも答えますよ」
この子って、こんなキャラだっけ?
流し台にもたれ掛かって腕を組む彼女は、完全に開き直っている。
若干、引きながらも、私は確信に迫るべく口を開いた。
「あのね、ピンキーちゃんもスト-カー被害にあったことがあるって……アレ、本当?」
配信の中で彼女は、ずっと言えなかったという、自分の過去を告白した。
アイドルになりたかった彼女は、オーディションを受け続け、ようやく夢への切符を掴んだ。ところがあるファンの応援が次第にエスカレートし、ついには度を越したストーカー行為に変わった。付き纏いや監視により、外出もままならなくなり、心を病んでしまった彼女は、事務所を辞め、夢を諦めたのだという。
「本当ですよ、十八歳の頃の話ですけどね」
「過去を告白することに、怖さはなかったの?」
配信の中で彼女は、切々と訴えていた。十年近く前のことなのに、当時の恐怖を思い出すと体が震えるんだって。今でもあのストーカーが自分を監視しているような気がして、時々、どこか遠くへ逃げ出したくなるんだって。
「ピンキーちゃん」
背後からの呼びかけに、彼女は瞬時に反応した。
翌日、場所は会社の給湯室。
「なっ――」
振り返って私の姿を目に映した彼女は、焦りを隠し取り澄ます。
「ああ、七海さん。どうしたんですか、こんなところで」
「松本さん、やっぱり、あなただったのね」
「何のことですか?」
洗い終わったマグカップを棚に置いた松本凛の声に、私は確信した。
「ピンキーちゃんだよね」
「違います」
食い気味に否定するけど、その少しだけ鼻にかかった甘い響きや、語尾を跳ね上げる癖は、ピンキーちゃんそのものだった。
「追及する気はないの……でも、ありがとう」
勢いよく頭を下げると、彼女は途端に焦り始める。
「ちょっ、やめてくださいよ、てか、顔出している訳でもないのに、どうして私がピンキーだって決めつけ…………あ」
言葉の最中に、自分のミスに気づいたらしい。しまったという表情で固まった。
そう、ピンキーちゃんが、Vライバーだと知らなければ出てこない言葉だ。
「あーもうっ」
綺麗にセットされた巻き髪を搔き乱した彼女は、諦めたようにため息をつく。
「言っときますけど、別に七海さんのためじゃありませんから」
「でもピンキーちゃんの配信のお陰で助かったのは、事実だかから」
「そうですか、それは良かったですね」
言い捨てて立ち去ろうとする彼女を、背後から呼び止める。
「待って、ピンキーちゃ――」
「うわっ、声!」
飛びついてきた彼女が私の口を塞ぎながら、辺りを見回す。
「ちょっと、恩を仇で返すつもりですか!」
「あ……ごめん」
「ったく、あの配信だって身バレギリギリの綱渡りだったんですからね」
チッと舌打ちをして顔を歪める松本凛。彼女はなぜ、私の無実を訴えたのだろう。
「気になることがあるんだけど、聞いていい?」
「あーどうぞ、こうなったらスリーサイズでも初体験の年齢でも好きな体位でも、なんでも答えますよ」
この子って、こんなキャラだっけ?
流し台にもたれ掛かって腕を組む彼女は、完全に開き直っている。
若干、引きながらも、私は確信に迫るべく口を開いた。
「あのね、ピンキーちゃんもスト-カー被害にあったことがあるって……アレ、本当?」
配信の中で彼女は、ずっと言えなかったという、自分の過去を告白した。
アイドルになりたかった彼女は、オーディションを受け続け、ようやく夢への切符を掴んだ。ところがあるファンの応援が次第にエスカレートし、ついには度を越したストーカー行為に変わった。付き纏いや監視により、外出もままならなくなり、心を病んでしまった彼女は、事務所を辞め、夢を諦めたのだという。
「本当ですよ、十八歳の頃の話ですけどね」
「過去を告白することに、怖さはなかったの?」
配信の中で彼女は、切々と訴えていた。十年近く前のことなのに、当時の恐怖を思い出すと体が震えるんだって。今でもあのストーカーが自分を監視しているような気がして、時々、どこか遠くへ逃げ出したくなるんだって。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する
砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法
……先輩。
なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……!
グラスに盛られた「天使の媚薬」
それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。
果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。
確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。
※多少無理やり表現あります※多少……?
【R18】そっとキスして暖めて
梗子
恋愛
夏樹と颯斗は付き合って5年目になる。
同棲も今日で2年目。
いつもと変わらない日常で
今日も2人は互いを求め愛し合う。
※始終エッチしてるだけのお話しです。
※ムーンライトノベルズ様にも掲載させていただいております。
先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)
雪本 風香
恋愛
※タイトル変更しました。(投稿時のミスで他サイト様に掲載している分とタイトルが違っていたため)
オトナのおもちゃを使って犯されたい…
結城加奈子は彼氏に言えない欲望の熱を埋めるべく、マッチングアプリを始めた。
性癖が合う男性を見つけた加奈子は、マッチングした彼に会うことにする。
約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは会社の後輩の岩田晴人だった。
仕事ではクールぶっているが、実際はドMな加奈子。そんな性癖を知っている晴人はトコトン加奈子を責め立てる。晴人もまた、一晩で何回もイける加奈子とのプレイにハマっていく。
おもちゃでクリトリスでしかイけなかった加奈子だが、晴人に膣内を開発をされ、ナカイきを覚える頃にはおもちゃだけではイけない体になっていた…。
体の関係から始まる恋愛を書きたいと思います。
ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
おっぱい、触らせてください
スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは――
「……っぱい」
「え?」
「……おっぱい、触らせてください」
いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる