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愛しきピンキーちゃん

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* * *

「ピンキーちゃん」


背後からの呼びかけに、彼女は瞬時に反応した。
翌日、場所は会社の給湯室。


「なっ――」


振り返って私の姿を目に映した彼女は、焦りを隠し取り澄ます。


「ああ、七海さん。どうしたんですか、こんなところで」
「松本さん、やっぱり、あなただったのね」
「何のことですか?」


洗い終わったマグカップを棚に置いた松本凛の声に、私は確信した。


「ピンキーちゃんだよね」
「違います」


食い気味に否定するけど、その少しだけ鼻にかかった甘い響きや、語尾を跳ね上げる癖は、ピンキーちゃんそのものだった。


「追及する気はないの……でも、ありがとう」


勢いよく頭を下げると、彼女は途端に焦り始める。


「ちょっ、やめてくださいよ、てか、顔出している訳でもないのに、どうして私がピンキーだって決めつけ…………あ」


言葉の最中に、自分のミスに気づいたらしい。しまったという表情で固まった。
そう、ピンキーちゃんが、Vライバーだと知らなければ出てこない言葉だ。


「あーもうっ」


綺麗にセットされた巻き髪を搔き乱した彼女は、諦めたようにため息をつく。


「言っときますけど、別に七海さんのためじゃありませんから」
「でもピンキーちゃんの配信のお陰で助かったのは、事実だかから」
「そうですか、それは良かったですね」


言い捨てて立ち去ろうとする彼女を、背後から呼び止める。


「待って、ピンキーちゃ――」
「うわっ、声!」


飛びついてきた彼女が私の口を塞ぎながら、辺りを見回す。


「ちょっと、恩を仇で返すつもりですか!」
「あ……ごめん」
「ったく、あの配信だって身バレギリギリの綱渡りだったんですからね」


チッと舌打ちをして顔を歪める松本凛。彼女はなぜ、私の無実を訴えたのだろう。


「気になることがあるんだけど、聞いていい?」
「あーどうぞ、こうなったらスリーサイズでも初体験の年齢でも好きな体位でも、なんでも答えますよ」


この子って、こんなキャラだっけ?
流し台にもたれ掛かって腕を組む彼女は、完全に開き直っている。
若干、引きながらも、私は確信に迫るべく口を開いた。


「あのね、ピンキーちゃんもスト-カー被害にあったことがあるって……アレ、本当?」


配信の中で彼女は、ずっと言えなかったという、自分の過去を告白した。


アイドルになりたかった彼女は、オーディションを受け続け、ようやく夢への切符を掴んだ。ところがあるファンの応援が次第にエスカレートし、ついには度を越したストーカー行為に変わった。付き纏いや監視により、外出もままならなくなり、心を病んでしまった彼女は、事務所を辞め、夢を諦めたのだという。


「本当ですよ、十八歳の頃の話ですけどね」
「過去を告白することに、怖さはなかったの?」


配信の中で彼女は、切々と訴えていた。十年近く前のことなのに、当時の恐怖を思い出すと体が震えるんだって。今でもあのストーカーが自分を監視しているような気がして、時々、どこか遠くへ逃げ出したくなるんだって。

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