上 下
91 / 124
反撃です、なりふり構っていられません

9

しおりを挟む
「失敗したら、どう責任を取る?」


小森さんが言う。


「失敗はしません」


私が答える。


たったこれだけのやり取りに、互いの思惑と計算が集約されていた。


彼は私が憧れ続けたデザイナーで、雲の上の人だった。
でも――今は違う。


『クールンルン』という商品を世に送り、ヒットさせるという同じ志を持った、対等な人間でしかない。


小森さんは黙って私の顔を見ていた。まっすぐに……まるで心の内を見透かすように。
だから私も顔を上げ、彼の視線を受け止めた。


一分、二分――。
凍り付くような時間の中、壁掛け時計の秒針の音だけが聞こえる。


「……いいだろう」


静寂を破ったのは、小森さんだった。


「パッケージデザインの引き上げは撤回する」
「ありがとうございますっ、絶対に後悔はさせません!」


私の喜びを笑顔で受け止めてくれた小森さんは、ゆっくりと立ち上がり。


「君と……こいつの熱意には負けたよ」


と、陽介に視線を移した。
ああ、そう言えば。


「陽介はどうしてここに?」


私の質問に彼は照れたように頭をかき、ボソボソと口を開く。


「うん、七海の役に立ちたくて談判しに来たんだけど……でも、俺の出る幕なんてなかったな」


弱々しく笑う彼の目には、一点の曇りもなかった。


「ううん、本当にありがとう。すぐに会って貰えたのは、陽介のお陰でしょう?」
「そうだよ」


と、答えたのは小森さんだった。


「まったく、久しぶりに連絡を寄越したらと思ったら、オフィスまで来ているって言うじゃないか。仕方なくここに通したら、いきなり土下座して『谷川七海を助けて下さい』なんて、青春ドラマの撮影かと思ったよ」


彼の豪快な笑い声で、室内の空気が一気に明るくなる。


「その直後に、谷川さんが現れたんだから、会わない訳にはいかないだろう?」


やけにすんなり、受付を突破できたのは、やはり陽介のお陰だったんだ。


「ありがとね、陽介」
「いや、俺は別に……最後くらいは……な」
「最後?」


首を傾げる私に、陽介は寂し気な笑みを向ける。


「ああ……俺、会社やめようと思っているんだ」
「え、どうして!?」
「うん……これって多分……凛の仕業だろう?」


ああ、やっぱり陽介も気づいていたんだ。


「今、不正アプリの話を聞いて確信したよ、あの日、凛は七海が落としたスマホを持ち帰るって聞かなかったんだ……もちろんダメだって言ったんだけど、ヒステリックに泣き喚かれて……。それにアイツ、SNSとかすげえ詳しいし」


言葉の端々に、松本凛との親密さが滲んでいる。なのに、不思議と心はざわつかなかった。


「でも、だからといって陽介が会社を辞める必要はないでしょう」
「いや、元はといえば俺の浮気が原因だし。すべてを会社に話して、責任を取る……だから、七海はこれからも、企画部で輝いていて欲しい」


ゆったりと語られる彼の言葉に、泣きたくなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】

衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。 でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。 実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。 マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。 セックスシーンには※、 ハレンチなシーンには☆をつけています。

冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する

砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法 ……先輩。 なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……! グラスに盛られた「天使の媚薬」 それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。 果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。 確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。 ※多少無理やり表現あります※多少……?

【R18】そっとキスして暖めて

梗子
恋愛
 夏樹と颯斗は付き合って5年目になる。  同棲も今日で2年目。  いつもと変わらない日常で  今日も2人は互いを求め愛し合う。 ※始終エッチしてるだけのお話しです。 ※ムーンライトノベルズ様にも掲載させていただいております。

先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)

雪本 風香
恋愛
※タイトル変更しました。(投稿時のミスで他サイト様に掲載している分とタイトルが違っていたため) オトナのおもちゃを使って犯されたい… 結城加奈子は彼氏に言えない欲望の熱を埋めるべく、マッチングアプリを始めた。 性癖が合う男性を見つけた加奈子は、マッチングした彼に会うことにする。 約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは会社の後輩の岩田晴人だった。 仕事ではクールぶっているが、実際はドMな加奈子。そんな性癖を知っている晴人はトコトン加奈子を責め立てる。晴人もまた、一晩で何回もイける加奈子とのプレイにハマっていく。 おもちゃでクリトリスでしかイけなかった加奈子だが、晴人に膣内を開発をされ、ナカイきを覚える頃にはおもちゃだけではイけない体になっていた…。 体の関係から始まる恋愛を書きたいと思います。 ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。

やさしい幼馴染は豹変する。

春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。 そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。 なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。 けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー ▼全6話 ▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています

おっぱい、触らせてください

スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは―― 「……っぱい」 「え?」 「……おっぱい、触らせてください」 いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

処理中です...