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魔力を無くした抱き枕【side類】

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* * *


「くそっ、きついな……」


七海ちゃんをベッドに残し、逃げるように車に乗り込んだ瞬間、力が抜けた。
ハンドルに額を落として、深呼吸を繰り返す。


まったく、なにを血迷っているのだろう――。


そう、俺はずっとうまくやれていたんだ。他人と適度な距離を取り、イージーモードの人生を満喫していた。そのためにも、こと女に関しては、決して深入りするまいと最新の注意を払っていた。
こんな生活が一生続くのだと思っていたし、それを望んでもいた。
なのに……なぜこんな欲望に苦しむ羽目になってしまったんだ。


きっかけは分からない。俺の心はゆっくりと、だが確実に、彼女に浸食されていったのだと思う。



数時間前。伊豆からの帰り道、助手席で眠ってしまった彼女に、震えるような愛おしさを覚えた。


警戒心の欠片もない、安らかな寝顔。
それは俺の心に泣きたくなるような幸せと、気が狂うほどの後悔を生んだ。


決して自分の思いは叶わないのだという絶望。
自分で蒔いた種だということは分かっている。それでも、どうしても受け入れなかった。


このまま何処か山奥に連れて行って、監禁してやろうか、などと物騒なことを考えて、そんな自分に身震いした。


いつだったか、もう顔も覚えていない女に言われたことがある。


本気で誰かを好きになったとき、きっと貴方は苦しむでしょうね――と。


なにを言っているんだと、気にもとめなかった。でも今なら分かる。


大切にしたい、誰にも渡したくない、好きになって欲しい。
思えば思うほど、俺自身の過去が邪魔をする。


彼女の幸せを願うなら、自分のように汚れた人間が関わるべきではない。


それが分かっているのに、時々、狂おしい本能が理性を突き破ろうとする。
そして昨夜、七海ちゃんがこう言った時に、思いが溢れた。


『類さんと出会えてよかった、類さんが生まれてきてくれてよかった』


他人からすれば、使い古された陳腐なセリフに聞こえるかもしれない。
けれど澄んだ目をいっぱいに見開きながら訴えられたその言葉は、俺の人生観を丸ごとひっくり返した。


子供の頃、義母は俺を見るたびにこう言った。


『あんたさえいなければ、お前さえ生まれてこなければ』


今思えばそれは、彼女の苦悩が生み出した、憎しみだったのだろう。
けれども呪詛のように刻まれた言葉は、知らず知らずに俺の思考を塗りつぶしていた。


自分は不要な人間なんだ、生まれるべきではなかったんだと。それが当たり前で、疑問を持つこともなかった。


それでも、類さん、類さんと、七海ちゃんが俺の名前を呼ぶたびに、希薄だった自分の存在が、形を成していくような気がした。


そしてついに、覚悟を決めて乞うたんだ。


七海ちゃんが欲しい――と。


結果は予想通りだった。


期待していたわけではない。だが思った以上にダメージは大きかった。だからもう、ヤケになるしかなかったんだ。


余計につらくなることは分かっていたのに、彼女の優しさにつけ込み、抱き枕になれと、バカな要求をした。


断ってくれ……そう、願っていた。
でも彼女は受け入れた。


この瞬間、魔法の抱き枕は魔力を失った。
熟睡どころか、苦しくて、一睡もできない抱き枕になってしまったのだ。

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