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しっかり者の七海ちゃん

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急激に恥ずかしくなった私は、両手で顔を覆う。


「七海ちゃん……?」


私の髪を撫でていた、彼の手が止まった。
数秒の沈黙が落ち、すぐ傍で大きなため息が吐き出される。


「それ……すげえ殺し文句」
「ごっ、誤解しないでくださいね、基本は軽蔑してますから」
「少しくらいは尊敬しろよ」
「どこを尊敬しろと?」


甘いムードにならないように、わざと意地悪な言葉を重ねたけど。


「まあいいや……手、どけてみ」
「え、な――」


答える前に、両手をそっと掴まれる。
左右に開かれた手の向こうから、類さんは心配そうに私を見ていて。


「よかった、少しはましな顔になってきたな」


クシャッとした笑顔が、その顔いっぱいに溢れた。


「俺に出来ることは?」


深々と染みわたる、穏やかな声。


「なんでもしてやるぞ、そうだ、またアポロン様ごっこでもするか?」


彼の言葉が重ねられるたび、凝り固まった心が、少しずつ解けていくのが分かった。


「なあ、七海ちゃん……おまえは、なにも悪くないと思うぞ」
「類……さん」
「肩の力抜けよ、もっと楽に生きようぜ」


それはもしかすると、私がずっと求めていた言葉だったのかもしれない。


錆びついた瓶の蓋が、とつぜん勢いよく開いたみたいに、なにか得体の知れない感情が噴き出した。


喜び、感動……それとも恐怖?
その感情に名前をつけることは出来なかったけど、目頭が熱くなった。


「甘やかさないでください。そうじゃないと私……ダメになっちゃう」
「ダメでいいんだよ、クズの俺でさえ、それなりに上手くやってんだから」


頬を伝った滴が、骨張った指に掬い取られ。


「泣き虫の七海ちゃんは、どうすれば笑うんだろうなあ」


類さんが困ったように肩をすくめた瞬間。


私の理性は弾け飛んだ。
限界だった……彼の優しさは猛毒だ。


「なんでもしてくれるんですよね、だったら――」


衝動に突き動かされ、私は目の前の胸に勢いよくなだれ込む。


「七海ちゃん?」


類さんは驚きながらも、しっかりと抱きとめてくれる。


広くて分厚い胸は、煙草の匂いがした。


でもそれは、ちっとも不快じゃなくて。
それどころか泣きたいくらい安心した。


「少しだけ、こうしてて下さい」


今だけでいい、明日になったら忘れるから。


しっかり者じゃなくて『泣き虫で甘えん坊の七海ちゃん』でいさせて欲しかった。




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