30 / 124
魔王と部長
5
しおりを挟む
「やだなあ、そんな顔しないで下さいよ」
「けどおまえ……今は平気なのか?」
「え?」
「その……フラッシュバックとか、男が怖かったり……」
「ああ、それなら彼――じゃなくて、元彼のおかげで克服しました」
事件を知り、すぐに駆けつけてくれた陽介は、号泣するわ、激怒するわで大変だった。
本気で加害者を殺しに行くんじゃないかと、心配になったくらいだ。
その後は一年以上、毎日送り迎えをしてくれたし、ボクシングジムにも付き合ってくれた。そしてなによりも、彼の持つ底抜けの明るさが、私の傷を跡形もなく消し去ってくれたのだと思う。
「ほんとに、優しい人だったんです」
ああ、やっぱりキツイな。
自分でけじめをつけたくせに、心のどこかで、あの頃に戻りたいって思ってる。
「へへ……未練たらしいですね」
じわじわと滲んでくる涙を誤魔化すように、グラスに口をつける。
焼酎ロックは、氷が溶けてすっかり薄くなっていた。
「あんまり飲みすぎんなよ」
「はあい」
なにげなくグラスを月にかざすと、水滴が琥珀色に煌めいた。
「綺麗ですねえ」
「ああ、綺麗だな」
部長はやけに優しく答えてくれる。
それから、アッと小さく声をあげ立ち上がった。
「そうだ七海ちゃん、カイヒモ好きか?」
「カイヒ……モ?」
「赤貝とかホタテのビラビラしたところ」
「ああ、おつまみの。好きですよ」
私が頷くと、部長はパッと顔を輝かせて「待ってろ」と、部屋を出て行き、すぐに戻ってくる。
手には、貝ヒモが入った大きなビニール袋。
「駅裏にある煙草屋のおばちゃんに貰ったんだけど、美味いんだこれが」
「もしかして、手作りですか?」
「ああ、淡路島からホタテを取り寄せて、干したんだと」
引っ越して二週間足らずで、手作り貝ヒモを貰うほど親密になるとは、恐ろしいコミュニケーション能力。
まさか、すでにご近所さんに手を出したりしてないでしょうね。と、心配になったけど、それよりも……。
「確かに、すごく美味しそうですね」
大ぶりで肉厚の見た目もさることながら、堪らない匂いが唾液腺を刺激する。
部長は袋ごと私に差し出すと「いっぱい食えよ」と、目を細めた。
貝ヒモなんて、いっぱい食べるものではないと思うけれど。
「遠慮なく、いただきます」
「どうだ、美味いか?」
「わ、最高です。旨味がジュワーって!」
「そうだろう、そうだろう」
満足そうに腕を組んでうなずく部長が、なんだか可愛くて笑ってしまう。
月明りに濡れたグラスと、心地よい夜風。
いつになく優しい部長の笑顔に包まれて……私はそっと目を閉じた。
――んだけど。
「けどおまえ……今は平気なのか?」
「え?」
「その……フラッシュバックとか、男が怖かったり……」
「ああ、それなら彼――じゃなくて、元彼のおかげで克服しました」
事件を知り、すぐに駆けつけてくれた陽介は、号泣するわ、激怒するわで大変だった。
本気で加害者を殺しに行くんじゃないかと、心配になったくらいだ。
その後は一年以上、毎日送り迎えをしてくれたし、ボクシングジムにも付き合ってくれた。そしてなによりも、彼の持つ底抜けの明るさが、私の傷を跡形もなく消し去ってくれたのだと思う。
「ほんとに、優しい人だったんです」
ああ、やっぱりキツイな。
自分でけじめをつけたくせに、心のどこかで、あの頃に戻りたいって思ってる。
「へへ……未練たらしいですね」
じわじわと滲んでくる涙を誤魔化すように、グラスに口をつける。
焼酎ロックは、氷が溶けてすっかり薄くなっていた。
「あんまり飲みすぎんなよ」
「はあい」
なにげなくグラスを月にかざすと、水滴が琥珀色に煌めいた。
「綺麗ですねえ」
「ああ、綺麗だな」
部長はやけに優しく答えてくれる。
それから、アッと小さく声をあげ立ち上がった。
「そうだ七海ちゃん、カイヒモ好きか?」
「カイヒ……モ?」
「赤貝とかホタテのビラビラしたところ」
「ああ、おつまみの。好きですよ」
私が頷くと、部長はパッと顔を輝かせて「待ってろ」と、部屋を出て行き、すぐに戻ってくる。
手には、貝ヒモが入った大きなビニール袋。
「駅裏にある煙草屋のおばちゃんに貰ったんだけど、美味いんだこれが」
「もしかして、手作りですか?」
「ああ、淡路島からホタテを取り寄せて、干したんだと」
引っ越して二週間足らずで、手作り貝ヒモを貰うほど親密になるとは、恐ろしいコミュニケーション能力。
まさか、すでにご近所さんに手を出したりしてないでしょうね。と、心配になったけど、それよりも……。
「確かに、すごく美味しそうですね」
大ぶりで肉厚の見た目もさることながら、堪らない匂いが唾液腺を刺激する。
部長は袋ごと私に差し出すと「いっぱい食えよ」と、目を細めた。
貝ヒモなんて、いっぱい食べるものではないと思うけれど。
「遠慮なく、いただきます」
「どうだ、美味いか?」
「わ、最高です。旨味がジュワーって!」
「そうだろう、そうだろう」
満足そうに腕を組んでうなずく部長が、なんだか可愛くて笑ってしまう。
月明りに濡れたグラスと、心地よい夜風。
いつになく優しい部長の笑顔に包まれて……私はそっと目を閉じた。
――んだけど。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する
砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法
……先輩。
なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……!
グラスに盛られた「天使の媚薬」
それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。
果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。
確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。
※多少無理やり表現あります※多少……?
【R18】そっとキスして暖めて
梗子
恋愛
夏樹と颯斗は付き合って5年目になる。
同棲も今日で2年目。
いつもと変わらない日常で
今日も2人は互いを求め愛し合う。
※始終エッチしてるだけのお話しです。
※ムーンライトノベルズ様にも掲載させていただいております。
先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)
雪本 風香
恋愛
※タイトル変更しました。(投稿時のミスで他サイト様に掲載している分とタイトルが違っていたため)
オトナのおもちゃを使って犯されたい…
結城加奈子は彼氏に言えない欲望の熱を埋めるべく、マッチングアプリを始めた。
性癖が合う男性を見つけた加奈子は、マッチングした彼に会うことにする。
約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは会社の後輩の岩田晴人だった。
仕事ではクールぶっているが、実際はドMな加奈子。そんな性癖を知っている晴人はトコトン加奈子を責め立てる。晴人もまた、一晩で何回もイける加奈子とのプレイにハマっていく。
おもちゃでクリトリスでしかイけなかった加奈子だが、晴人に膣内を開発をされ、ナカイきを覚える頃にはおもちゃだけではイけない体になっていた…。
体の関係から始まる恋愛を書きたいと思います。
ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。
秘密のノエルージュ
紺乃 藍
恋愛
大学生の菜帆には、人には言えない秘密の趣味がある。
それは女性が身に付ける下着――ランジェリーの世界に浸ること。
ちょっと変わった菜帆の趣味を知っているのは幼なじみの大和だけで、知られたときから菜帆は彼にからかわれる日々を送っていた。しかしクリスマスが近付いてきた頃から、菜帆は大和にいつも以上にからかわれたり振り回されるようになって――?
大学生幼なじみ同士の、可愛いクリスマスストーリーです。
※ Rシーンを含む話には「◆」表記あり。
※ 設定やストーリーはすべてフィクションです。実際の人物・企業・組織・団体には一切関係がありません。
※ ムーンライトノベルズにR18版、エブリスタ・ベリーズカフェにRシーンを含まない全年齢版を掲載しています。
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
おっぱい、触らせてください
スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは――
「……っぱい」
「え?」
「……おっぱい、触らせてください」
いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる