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心頭を滅却するのです
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「では続けようか」と迫られ、完全に萎縮してしまった松本凛。
それを見た部長は「そうか、谷川さんが怖いんだね」と、私に視線を向けた。
「少し席を外してくれる?」
「へ、私がですか?」
「警察の取り調べでも、加害者の前で調書を取ったりはしないだろう」
「加害者……」
「すまない、まだ容疑者だったね」
冗談とも本気ともつかない表情。
松本凛を追い詰めるために、カマをかけているのだと思った。でも……だったら私を追い出す理由はない。
「ほら行って、松本さんが怯えてる」
「うーん、分かりましたけど」
それでも上司命令とあらば従うしかない。
「後ほど私にも弁明させてくださいね」
念のためにかけた保険に「勿論だよ」と、極上の笑みを返された。
邪心のない清廉な笑顔。
本性は邪心の塊のくせに。
後ろ髪を引かれながらも、言われた通り部屋を出る。そして運良く空いていた隣室に移り、薄い壁にピタリと耳を貼り付けた。
盗み聞きなんて、褒められた行為ではない。けれども私の進退がかかっているのだ。
助け舟を出してくれたものだと安心していたけど、よく考えたらニコチン男爵にとって私は、自分の本性を知る危険因子だ。松本凛を使って、排除しようと目論んでいる可能性もゼロではない。
湧いてきた疑念に震えながら、耳をそばだてる。
「さあ、これでいいだろう。不正については、明日、会社でチェックするとして、次は虐めの件だ……では松本凛さん、あなたは谷川七海さんに、長期にわたる嫌がらせを受けているのですね?」
部長の質問に続いて、松本凛の消え入りそうな声。
「ええと……それは」
「具体的にはどんな?」
「悪口を言いふらされたり」
「他には?」
「もう忘れました」
「では悪口の内容を教えてください。社長に了承を得た上で、大々的な社内調査を行いますから」
「ええっ、そんなっ!」
松本凛の声が一オクターブ上がった。それから縋るように続ける。
「あの、大袈裟にしないで下さい」
「いけません、虐めなど言語道断、徹底的に調べ上げましょう」
容赦ないな。
松本凛の胸の内を思うと、敵ながら同情した。
「どうしました? 大丈夫ですよ、うちの人事は探偵顔負けなんですから」
ダメ押しの一言で、彼女が陥落した。
「もういいです」
「あっ、松本さん?」
「今言ったことは忘れて下さいっ!」
ガタンと席を立ち、出口へ向かう足音。続いて友人の早苗さんだろう。もうひとつそれを追う足音が聞こえた。
「気が変わったら、いつでも相談に乗るからね」
部長の声に、返事が返ってくることはなかった。
それを見た部長は「そうか、谷川さんが怖いんだね」と、私に視線を向けた。
「少し席を外してくれる?」
「へ、私がですか?」
「警察の取り調べでも、加害者の前で調書を取ったりはしないだろう」
「加害者……」
「すまない、まだ容疑者だったね」
冗談とも本気ともつかない表情。
松本凛を追い詰めるために、カマをかけているのだと思った。でも……だったら私を追い出す理由はない。
「ほら行って、松本さんが怯えてる」
「うーん、分かりましたけど」
それでも上司命令とあらば従うしかない。
「後ほど私にも弁明させてくださいね」
念のためにかけた保険に「勿論だよ」と、極上の笑みを返された。
邪心のない清廉な笑顔。
本性は邪心の塊のくせに。
後ろ髪を引かれながらも、言われた通り部屋を出る。そして運良く空いていた隣室に移り、薄い壁にピタリと耳を貼り付けた。
盗み聞きなんて、褒められた行為ではない。けれども私の進退がかかっているのだ。
助け舟を出してくれたものだと安心していたけど、よく考えたらニコチン男爵にとって私は、自分の本性を知る危険因子だ。松本凛を使って、排除しようと目論んでいる可能性もゼロではない。
湧いてきた疑念に震えながら、耳をそばだてる。
「さあ、これでいいだろう。不正については、明日、会社でチェックするとして、次は虐めの件だ……では松本凛さん、あなたは谷川七海さんに、長期にわたる嫌がらせを受けているのですね?」
部長の質問に続いて、松本凛の消え入りそうな声。
「ええと……それは」
「具体的にはどんな?」
「悪口を言いふらされたり」
「他には?」
「もう忘れました」
「では悪口の内容を教えてください。社長に了承を得た上で、大々的な社内調査を行いますから」
「ええっ、そんなっ!」
松本凛の声が一オクターブ上がった。それから縋るように続ける。
「あの、大袈裟にしないで下さい」
「いけません、虐めなど言語道断、徹底的に調べ上げましょう」
容赦ないな。
松本凛の胸の内を思うと、敵ながら同情した。
「どうしました? 大丈夫ですよ、うちの人事は探偵顔負けなんですから」
ダメ押しの一言で、彼女が陥落した。
「もういいです」
「あっ、松本さん?」
「今言ったことは忘れて下さいっ!」
ガタンと席を立ち、出口へ向かう足音。続いて友人の早苗さんだろう。もうひとつそれを追う足音が聞こえた。
「気が変わったら、いつでも相談に乗るからね」
部長の声に、返事が返ってくることはなかった。
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