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心頭を滅却するのです
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「なっ、陽介!?」
彼はいつになく強引だった。廊下の死角に連れ込まれてしまう。
私を逃すまいとギラつく目に、恐怖を覚えた。
「職場にプライベートを持ち込まないで」
「だったら無視すんなよ」
「言ってるでしょう、忙しかったって」
「そうだな、七海はいつだって忙しいもんな」
「だから……他の子に心変わりしたの?」
「ハッ、なに言ってんの?」
吐き捨てるように言って、口の端を歪めた彼。その目には、仄暗い光が浮かんでいた。
違う……こんなのは陽介じゃない。私の知っている陽介は、太陽みたいに笑って、時々は子供みたいにムキになったり。間違ってもこんな顔をする人じゃなかった。
言葉を失う私に、彼は嘲笑うような表情で……でも、きっぱりと言い切った。
「俺、七海と別れるつもりはないし」
「……でも、松本さんと付き合ってるんだよね」
「いや」
「うそ、言ったじゃない、この子を愛してるって」
裸に近い松本凛を庇うように抱きしめた陽介。その情景が脳裏によみがえって、吐きそうになった。
「それは突然のことで混乱していたから――」
混乱するのは私のほうだ。ああもはっきり私を切り捨てたくせに、なにが違うというのだろう。
こみ上げる吐き気を我慢するのが精いっぱいだった。それをいいことに、彼は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ほんの出来心なんだ。七海が嫌なら、ベッドもシーツも買い替えるから、そうだ、この際、新しい部屋を借りて一緒に住んだっていい、な……全て忘れて最初からやり直そう」
あんな修羅場を展開しておいて、今さら何もなかったことになど出来るわけがない。
「無理に決まってるでしょう」
「どうして!」
「ちょっと待って、自分の言っていること、分かってる?」
私たちだけの問題ではない。あのとき松本凛は、散らかった部屋を見て『片付けてあげたばかりだ』と言っていた。それはつまり……。
「一度きりじゃないでしょう、彼女は陽介と付き合ってるつもりなんだよね」
「っ……それは」
「部屋をかたずけてもらうくらい、親密なんでしょう」
陽介の勢いがそがれた。気まずそうに視線を反らすのは、私の憶測が正しいからだろう。
「陽介のいうとおり、私が原因なのは分かってる」
一昨日だって、陽介は私の誕生日を祝うために、雰囲気のよいレストランを探してくれた。もしかしたらプレゼントだって用意してくれていたのかもしれない。なのに私は仕事を優先した。
「でも……それなら、こうなるなる前に言ってほしかった」
確かに私にとって仕事は大切だ。でも、それと同じくらい……ううん、もしかしたら、それよりもずっと陽介のことも大事だった。好きだった。そして、だからこそ、彼の裏切りを許すことが出来ない。
「ごめんなさい。あなたと寄りを戻すつもりはありません」
未練を断ち切るように、きっぱりと言い切った。
彼はいつになく強引だった。廊下の死角に連れ込まれてしまう。
私を逃すまいとギラつく目に、恐怖を覚えた。
「職場にプライベートを持ち込まないで」
「だったら無視すんなよ」
「言ってるでしょう、忙しかったって」
「そうだな、七海はいつだって忙しいもんな」
「だから……他の子に心変わりしたの?」
「ハッ、なに言ってんの?」
吐き捨てるように言って、口の端を歪めた彼。その目には、仄暗い光が浮かんでいた。
違う……こんなのは陽介じゃない。私の知っている陽介は、太陽みたいに笑って、時々は子供みたいにムキになったり。間違ってもこんな顔をする人じゃなかった。
言葉を失う私に、彼は嘲笑うような表情で……でも、きっぱりと言い切った。
「俺、七海と別れるつもりはないし」
「……でも、松本さんと付き合ってるんだよね」
「いや」
「うそ、言ったじゃない、この子を愛してるって」
裸に近い松本凛を庇うように抱きしめた陽介。その情景が脳裏によみがえって、吐きそうになった。
「それは突然のことで混乱していたから――」
混乱するのは私のほうだ。ああもはっきり私を切り捨てたくせに、なにが違うというのだろう。
こみ上げる吐き気を我慢するのが精いっぱいだった。それをいいことに、彼は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ほんの出来心なんだ。七海が嫌なら、ベッドもシーツも買い替えるから、そうだ、この際、新しい部屋を借りて一緒に住んだっていい、な……全て忘れて最初からやり直そう」
あんな修羅場を展開しておいて、今さら何もなかったことになど出来るわけがない。
「無理に決まってるでしょう」
「どうして!」
「ちょっと待って、自分の言っていること、分かってる?」
私たちだけの問題ではない。あのとき松本凛は、散らかった部屋を見て『片付けてあげたばかりだ』と言っていた。それはつまり……。
「一度きりじゃないでしょう、彼女は陽介と付き合ってるつもりなんだよね」
「っ……それは」
「部屋をかたずけてもらうくらい、親密なんでしょう」
陽介の勢いがそがれた。気まずそうに視線を反らすのは、私の憶測が正しいからだろう。
「陽介のいうとおり、私が原因なのは分かってる」
一昨日だって、陽介は私の誕生日を祝うために、雰囲気のよいレストランを探してくれた。もしかしたらプレゼントだって用意してくれていたのかもしれない。なのに私は仕事を優先した。
「でも……それなら、こうなるなる前に言ってほしかった」
確かに私にとって仕事は大切だ。でも、それと同じくらい……ううん、もしかしたら、それよりもずっと陽介のことも大事だった。好きだった。そして、だからこそ、彼の裏切りを許すことが出来ない。
「ごめんなさい。あなたと寄りを戻すつもりはありません」
未練を断ち切るように、きっぱりと言い切った。
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