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初めましてこんにちは、どん底三十路女です

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「え……谷川さん、もしかして今日、誕生日だった?」


部長が、二つある卓上カレンダーのうち、私用の方を指差した。


六月六日金曜日、本日の欄には『My birthday・6時半、プランタン前』と小さく書き込まれている。


「ああ、消し忘れてました」
「もう八時過ぎてるけど」


本当は、陽介とデートの約束をしていた。でも『クールンルン』のプロジェクトが大詰めを迎えているので、落ち着いてから祝って貰うことにしたのだ。


「大丈夫です、キャンセル済みですから」


答えると彼は大袈裟に目を丸くし、慌てた様子を見せる。


「いけないよ、君にとって大切な日だろう、約束は……営業の市原くんと?」


陽介との仲は社内でも公認なので、部長も知っていたのだろう。


「まあ、そうですけど」


曖昧に頷く。すると部長は困ったように腕を組み、私の顔を覗き込んだ。


「谷川さんはとても良くやっていると思う」
「ありがとうございます」


頑張りを認めて貰えるのは、単純に嬉しい。
でも彼の表情は、部下を褒めるそれではなかった。


「ただ君は、もっと周りに頼らなくてはいけないよ」


彼は眉を寄せたまま、続ける。


「例えば僕、上司はなんのために存在しているのだと思う?」


唐突な質問にポカンとしてしまった。
そんな私を見て、ようやく端正な顔に笑顔が戻った。


「答えは、部署の皆をフォーローするため……いわば雑用係ってところかな」


そんな訳はない。でも彼はそれがさも当たり前だというように笑う。


「だからさ、今後こういう時は、僕を頼ればいいんだよ、分かったかい?」
「や、でも――」


そう言われても、彼は企画部のトップだ。『早く帰りたいので、代わりに誤字脱字チェックお願いします』なんて言えるはずもない。


答えに詰まった私の背中を、部長がポンと押した。


「まあいい、とにかく行って。今ならまだ彼とお祝いが出来るだろう?」


なんでもない――ともすればセクハラだと取られる仕草かもしれない。でも彼の爽やかさが、その行為を清廉なオブラートに包んでくれる。


はあ、眼福。


思わずため息をついた私を見つめた彼は、「それに」と、自分の顎を撫で。


「せっかくの週末なのに、君が帰らないと僕も帰れない」


悪戯っぽく笑って、肩をすくめた。




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