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第2部・社会人編
試練・4
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雛子ちゃんが、大きなスーツケースを引き摺って歩きだす。
そうだ、ぼんやりしている暇はない。
部屋に荷物を置いて着替えたら、さっそくホールに集合しなくてはならない。
ビジネスマナー講座や、ソーシャルメディアの使い方、コンプライアンス講座など座学のスケジュール説明。
それからこの合宿いちばんの目玉である、グループ対抗コンペのメンバー決めが行われるのだ。
優勝チームには金一封と、北海道海の幸セットが送られるとあって、みんな気合が入っている。
もちろん、大多数の女子社員の目的はそれだけではない。
――この合宿で神谷建設の御曹司と少しでもお近づきなる。
という野望にギラついているのが、手に取るように分かる。
行きのバスでは、彼の近くの席を奪い合い、ヘアメイクやファッションも明らかに気合が入ったものだ。
おかげで、バス移動だからと、すっぴんに適当な恰好の私は、なんとなく肩身が狭い。
まあ、別にどんなに綺麗にしたところで、悠には避けられているので頑張る必要がないのだけど……。
それに今は、研修についていくので精一杯。
悠の態度に落ち込んでいる暇がない、というのが正直なところだ。
「……よし、行きますか」
日焼け止めだけしか塗っていない自分の頬を、両手でパチンと叩いて気合を入れた私は、大きく足を踏み出した。
*
体操着に着替えて部屋を出ると、同じタイミングで、向かいの部屋から雛子ちゃんが出てきた。
彼女のウエアは、ラベンダー色のトップスにショートパンツ。
黒のレギンスからまっすぐに伸びる足の細いことったら。
ヨガの先生みたいで、とてもよく似合っている。
「可愛いウエアだね」
「ありがとう、今日のために新調しちゃった」
まんざらでもない顔をして、くるりと一周してみせる雛子ちゃんの無邪気さに思わず笑ってしまう。
それに比べて私ときたら……。
「花ちゃんも女子高生みたいで可愛いよ」
でしょうね。
だって、ほんとに高校の体操着なんだもん。
渡された持ち物リストには『運動ができる服』とあった。
私の中で運動といえばコレだったのだ。
だけど次々と部屋から出て来る女子たちを見るに『運動が出来る服』イコール『お洒落なスポーツウエア』だったらしく、胸に大きく『東高校』と刺繍されたあずき色のジャージは、明らかに浮いている。
「やだ、なにあれ、ダサ」
「もしかしてさあ、あの子、神谷さんと同じ高校だったっていうから、わざと……?」
聞こえよがしに投げられる敵意に、うんざりしてしまう。
私が俯くと、雛子ちゃんが声を荒げた。
「言いたいことがあるなら、直接言いなさいよ!」
「ちょっ、雛子ちゃん!?」
「花ちゃんも黙ってないで、言い返さなきゃ」
悪口を言ったであろう女子をキッと睨みつけた雛子ちゃんは、声高にまくし立てる。
「それにあなた、木ノ内さんだっけ、他人の服に文句を言う前に自分の恰好をどうにかしたら? 短くて太い足なんだから、ピンクのレギンスなんて子豚ちゃんみたいよ。あと瀬下さんも、黄色くて浅黒い顔なんだから、パステルカラーはだめ、すっごく肌が汚く見える」
「なっ――なによ、そんなの勝手でしょ!」
「そうね、あなたたちの滑稽さが、爽やかな私と、キュートな花ちゃんを引き立ててくれるわね」
「よかったねえ、花ちゃん」と、腕を絡められる。
合宿初日から、平然と女子を敵に回すとは、なんて恐ろしい子なんだろう。
私は曖昧な笑みを浮かべながら、一刻も早くこの場を立ち去るべく足を速めたのだった。
そうだ、ぼんやりしている暇はない。
部屋に荷物を置いて着替えたら、さっそくホールに集合しなくてはならない。
ビジネスマナー講座や、ソーシャルメディアの使い方、コンプライアンス講座など座学のスケジュール説明。
それからこの合宿いちばんの目玉である、グループ対抗コンペのメンバー決めが行われるのだ。
優勝チームには金一封と、北海道海の幸セットが送られるとあって、みんな気合が入っている。
もちろん、大多数の女子社員の目的はそれだけではない。
――この合宿で神谷建設の御曹司と少しでもお近づきなる。
という野望にギラついているのが、手に取るように分かる。
行きのバスでは、彼の近くの席を奪い合い、ヘアメイクやファッションも明らかに気合が入ったものだ。
おかげで、バス移動だからと、すっぴんに適当な恰好の私は、なんとなく肩身が狭い。
まあ、別にどんなに綺麗にしたところで、悠には避けられているので頑張る必要がないのだけど……。
それに今は、研修についていくので精一杯。
悠の態度に落ち込んでいる暇がない、というのが正直なところだ。
「……よし、行きますか」
日焼け止めだけしか塗っていない自分の頬を、両手でパチンと叩いて気合を入れた私は、大きく足を踏み出した。
*
体操着に着替えて部屋を出ると、同じタイミングで、向かいの部屋から雛子ちゃんが出てきた。
彼女のウエアは、ラベンダー色のトップスにショートパンツ。
黒のレギンスからまっすぐに伸びる足の細いことったら。
ヨガの先生みたいで、とてもよく似合っている。
「可愛いウエアだね」
「ありがとう、今日のために新調しちゃった」
まんざらでもない顔をして、くるりと一周してみせる雛子ちゃんの無邪気さに思わず笑ってしまう。
それに比べて私ときたら……。
「花ちゃんも女子高生みたいで可愛いよ」
でしょうね。
だって、ほんとに高校の体操着なんだもん。
渡された持ち物リストには『運動ができる服』とあった。
私の中で運動といえばコレだったのだ。
だけど次々と部屋から出て来る女子たちを見るに『運動が出来る服』イコール『お洒落なスポーツウエア』だったらしく、胸に大きく『東高校』と刺繍されたあずき色のジャージは、明らかに浮いている。
「やだ、なにあれ、ダサ」
「もしかしてさあ、あの子、神谷さんと同じ高校だったっていうから、わざと……?」
聞こえよがしに投げられる敵意に、うんざりしてしまう。
私が俯くと、雛子ちゃんが声を荒げた。
「言いたいことがあるなら、直接言いなさいよ!」
「ちょっ、雛子ちゃん!?」
「花ちゃんも黙ってないで、言い返さなきゃ」
悪口を言ったであろう女子をキッと睨みつけた雛子ちゃんは、声高にまくし立てる。
「それにあなた、木ノ内さんだっけ、他人の服に文句を言う前に自分の恰好をどうにかしたら? 短くて太い足なんだから、ピンクのレギンスなんて子豚ちゃんみたいよ。あと瀬下さんも、黄色くて浅黒い顔なんだから、パステルカラーはだめ、すっごく肌が汚く見える」
「なっ――なによ、そんなの勝手でしょ!」
「そうね、あなたたちの滑稽さが、爽やかな私と、キュートな花ちゃんを引き立ててくれるわね」
「よかったねえ、花ちゃん」と、腕を絡められる。
合宿初日から、平然と女子を敵に回すとは、なんて恐ろしい子なんだろう。
私は曖昧な笑みを浮かべながら、一刻も早くこの場を立ち去るべく足を速めたのだった。
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