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第1部 高校生偏
雪の日に・4
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ああ、そっか。
悠は分かっているんだ。
確信めいた口調に観念したわたしは、下手くそな笑顔を作った。
「だってさ、そんなこと言ったら、みんな同情するでしょ」
この子は親がいないんだ。
入学式の日だっていうのに、誰も来てくれないんだって。
「別にわたしは可哀想じゃないし、親がいなくても幸せだしね……そういう色眼鏡って、ちょっとだけ傷つくから」
小学校、中学校で貼られた『可哀想な子』というレッテルを、高校では剥がしたかった。
だから奈々美や比呂には、親が居ないことは秘密にしてもらっている。
あ……でも、どうして悠は知っているんだろう。
その疑問は、悠が続けた言葉で解決した。
「瀬下内科医院……あそこ、叔父の病院なんだ」
「え、そうだったの?」
それはあの日、おばあちゃんが行った病院。
『肺に影があるので、念のためよく調べましょう』
そう言って検査入院を勧めてくれたのが、医院長の瀬下先生だ。お陰で初期のうちに肺炎を見つけられて、大事に至らなかったことは今でも感謝している。
「あのときは、叔父さんにお世話になりました」
私が頭を下げると、悠は困ったように眉を下げて首を振る。
「いや……あのさ、実はあの日、俺、叔父さんに相談があって、病院に行ったんだ。それで偶然、病室の前を通りかかって……ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……親がどうとかって、泣き声が聞こえて」
ああ、納得。たしかあのとき、おばあちゃんは泣いていた。
――ごめんね花、両親がいなくてもつらい思いはさせないって……おばあちゃん、心に誓ったのに。
そんなことを言いながら泣くから、必死におどけたのを覚えている。
――ぜーんぜんっ。遅れて行ったお陰でヒーロ―になれたし、両親がいなくて家事が忙しいんですーって、クラス委員を免除して貰っちゃった。アハハ、ほんとは、忙しくもなんともないのにね。
あれを悠に見られていたなんて。
衝撃の事実に唖然としてしまう。
「病室を出たお前が屋上に上がって行くから、心配でこっそり後をつけたんだ」
「うそっ、やだ、そこまで見られてたの?」
「うん。ひとりで泣いているお前に、声をかけようか迷って……でも、出来なかった」
キュッと唇を噛みしめた悠は、もう一度「ごめん」と頭を下げた。
「え、ちょっ……どうして悠が謝るの?」
深々と腰を折る姿に、慌ててしまう。
彼はしばらくしてから体を起こし、熱のこもった目でわたしを見つめた。
「だから、あの日……プールで襲われているのを見て、正気じゃいられなかった。俺にしがみついて泣く花が、めちゃくちゃ可愛くて、今度こそ守りたいって……」
(え、それって……)
「もしかして、悠もわたしのこと……少しは気にしてくれてたってこと?」
ほんの少しの期待をこめて、彼を見つめる。
すると悠はプイと横を向き、小さく答えた。
「少しどころか……めちゃくちゃ気になってたよ」
初めて、彼の心に触れられたような気がした。
いつもの大人びた彼は、どこにもいなくて。
悪戯をして叱られているみたいなその表情に、愛おしさが込みあげ、爆発しそうになる。
「悠」
「なんだよ」
「キスしてもいい?」
「はあっ――って、おい、なにすっ――」
背伸びしても届かない唇。
両手を伸ばして、強引に彼の顔を引き寄せた。
冷たい唇だった。
あの日と同じ……でも、塩素の味はしなかった。
そっと唇を離す。
と、そのとき――。
ふたりの間に、わたぼこりのような白い粒が舞い落ちた。
「あ……雪」
空を見上げようとするのと、悠に手首を掴まれるのが同時だった。
「えっ、ちょっ――悠!?」
彼はわたしの腕を掴んだまま早足に歩きだし、センターの脇にある自転車置き場で立ち止まった。
隣の体育館との通路にもなっているそこは、ちょうど通りから死角になっている。
「……花」
悠は白い息を吐きだしながらわたしを呼ぶ。
言葉などなくても、彼の言いたいことが分かった。
だから、そっと目を閉じる。
高校1年の冬。
二度目のキスは、冷たい雪の味がした――。
悠は分かっているんだ。
確信めいた口調に観念したわたしは、下手くそな笑顔を作った。
「だってさ、そんなこと言ったら、みんな同情するでしょ」
この子は親がいないんだ。
入学式の日だっていうのに、誰も来てくれないんだって。
「別にわたしは可哀想じゃないし、親がいなくても幸せだしね……そういう色眼鏡って、ちょっとだけ傷つくから」
小学校、中学校で貼られた『可哀想な子』というレッテルを、高校では剥がしたかった。
だから奈々美や比呂には、親が居ないことは秘密にしてもらっている。
あ……でも、どうして悠は知っているんだろう。
その疑問は、悠が続けた言葉で解決した。
「瀬下内科医院……あそこ、叔父の病院なんだ」
「え、そうだったの?」
それはあの日、おばあちゃんが行った病院。
『肺に影があるので、念のためよく調べましょう』
そう言って検査入院を勧めてくれたのが、医院長の瀬下先生だ。お陰で初期のうちに肺炎を見つけられて、大事に至らなかったことは今でも感謝している。
「あのときは、叔父さんにお世話になりました」
私が頭を下げると、悠は困ったように眉を下げて首を振る。
「いや……あのさ、実はあの日、俺、叔父さんに相談があって、病院に行ったんだ。それで偶然、病室の前を通りかかって……ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……親がどうとかって、泣き声が聞こえて」
ああ、納得。たしかあのとき、おばあちゃんは泣いていた。
――ごめんね花、両親がいなくてもつらい思いはさせないって……おばあちゃん、心に誓ったのに。
そんなことを言いながら泣くから、必死におどけたのを覚えている。
――ぜーんぜんっ。遅れて行ったお陰でヒーロ―になれたし、両親がいなくて家事が忙しいんですーって、クラス委員を免除して貰っちゃった。アハハ、ほんとは、忙しくもなんともないのにね。
あれを悠に見られていたなんて。
衝撃の事実に唖然としてしまう。
「病室を出たお前が屋上に上がって行くから、心配でこっそり後をつけたんだ」
「うそっ、やだ、そこまで見られてたの?」
「うん。ひとりで泣いているお前に、声をかけようか迷って……でも、出来なかった」
キュッと唇を噛みしめた悠は、もう一度「ごめん」と頭を下げた。
「え、ちょっ……どうして悠が謝るの?」
深々と腰を折る姿に、慌ててしまう。
彼はしばらくしてから体を起こし、熱のこもった目でわたしを見つめた。
「だから、あの日……プールで襲われているのを見て、正気じゃいられなかった。俺にしがみついて泣く花が、めちゃくちゃ可愛くて、今度こそ守りたいって……」
(え、それって……)
「もしかして、悠もわたしのこと……少しは気にしてくれてたってこと?」
ほんの少しの期待をこめて、彼を見つめる。
すると悠はプイと横を向き、小さく答えた。
「少しどころか……めちゃくちゃ気になってたよ」
初めて、彼の心に触れられたような気がした。
いつもの大人びた彼は、どこにもいなくて。
悪戯をして叱られているみたいなその表情に、愛おしさが込みあげ、爆発しそうになる。
「悠」
「なんだよ」
「キスしてもいい?」
「はあっ――って、おい、なにすっ――」
背伸びしても届かない唇。
両手を伸ばして、強引に彼の顔を引き寄せた。
冷たい唇だった。
あの日と同じ……でも、塩素の味はしなかった。
そっと唇を離す。
と、そのとき――。
ふたりの間に、わたぼこりのような白い粒が舞い落ちた。
「あ……雪」
空を見上げようとするのと、悠に手首を掴まれるのが同時だった。
「えっ、ちょっ――悠!?」
彼はわたしの腕を掴んだまま早足に歩きだし、センターの脇にある自転車置き場で立ち止まった。
隣の体育館との通路にもなっているそこは、ちょうど通りから死角になっている。
「……花」
悠は白い息を吐きだしながらわたしを呼ぶ。
言葉などなくても、彼の言いたいことが分かった。
だから、そっと目を閉じる。
高校1年の冬。
二度目のキスは、冷たい雪の味がした――。
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