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第1部 高校生偏
お別れ
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* * *
総体の日を境に、悠は変わってしまった。
入学当時よりもずっと。
触れば切れてしまうような表情で、周囲を拒絶した。
そんな彼に、皆も少しずつ距離を置くようになり。
情けないことに、それはわたしも一緒だった。
そもそもクラスが違うので部活がなければ、顔を合わす機会もない。
――絶対に終わりになんかしない。
あの日、海辺でそう言ったものの、彼にどう接したらいいか分からなくなってしまったのだ。
あまりに明確な彼の人生設計は、つけ入る隙などどこにもないように思えて。
悩んで、悩んで。
ただ時間だけが過ぎていった。
* * *
そして卒業式――。
晴れ渡った空に、桜の花びらが舞っていた。
答辞を読む彼の横顔は、凛としてため息が出るくらい美しかった。
式典が終わり、賑やかになる校内。
「神谷っ、二次会――」
「俺はいい」
水泳部員が話しかけようとしたけど、悠は冷たく断ち切った。
わたしは、誰と別れを惜しむこともなく去っていく彼の後姿を、遠くから見ていた。
その先には、彼を迎えに来たのだろう。
黒塗りの高そうな車。
運転手らしき紳士が、扉を開けて待っていた。
(ああ、本当に世界が違うんだな)
突きつけられた現実に泣きたくなった。
終わってしまう――。
もう二度と逢えなくなってしまう。
ふわり、ふわり。
踊る薄桃色の花びら越しに、彼の背中が小さくなっていき。
車に乗り込む直前。
ふと、悠が振り返った。
かなりの距離があったから、実際には違ったのかもしれない。
でも、彼が泣いているように見えて。
わたしは反射的に走り出していた。
「悠っ!!」
校庭の端からの大声は、悠の動きを止める。
全力疾走で彼の元までたどり着き、そのままの勢いで叫んだ。
「やっぱり終われない、悠が好き!」
傍に立つ運転手さんが、なにか言っていた。
でも、このときのわたしには、悠の姿しか見えていなくて。手を伸ばし、唖然とする彼のブレザーから、二番目のボタンを奪い取った。
ねえ、悠……知ってる?
「第二ボタンってね、戦地に向かう男の子が、分身として残したんだって」
心臓に近い、二番目のボタン。
それは、心だ。
「悠の心は、わたしが預かる」
今はまだ子供すぎて、企業のトップだとか経営者としての人生だとか、難しくて分からない。
でも、待ってて――。
「いつか必ず、悠を水の中に戻してあげるから」
言い捨てて、踵を返す。
「花っ!」
彼に呼ばれたけど、振り返らずに走った。
泣き顔を見せたくなかったから。
桃色に滲む春。
十八のわたしは、彼を縛っているのが『御曹司』という立場なのだと信じていた。
そうして四年後に――。
〝神谷悠として生きるのは、十八まで〟
あの日、海で別れを告げられたとき。
彼が血を吐くように絞り出した言葉の、本当の意味を知ることになる。
【第一部・高校生編 完】
第二部・社会人編 ~Coming Soon~
総体の日を境に、悠は変わってしまった。
入学当時よりもずっと。
触れば切れてしまうような表情で、周囲を拒絶した。
そんな彼に、皆も少しずつ距離を置くようになり。
情けないことに、それはわたしも一緒だった。
そもそもクラスが違うので部活がなければ、顔を合わす機会もない。
――絶対に終わりになんかしない。
あの日、海辺でそう言ったものの、彼にどう接したらいいか分からなくなってしまったのだ。
あまりに明確な彼の人生設計は、つけ入る隙などどこにもないように思えて。
悩んで、悩んで。
ただ時間だけが過ぎていった。
* * *
そして卒業式――。
晴れ渡った空に、桜の花びらが舞っていた。
答辞を読む彼の横顔は、凛としてため息が出るくらい美しかった。
式典が終わり、賑やかになる校内。
「神谷っ、二次会――」
「俺はいい」
水泳部員が話しかけようとしたけど、悠は冷たく断ち切った。
わたしは、誰と別れを惜しむこともなく去っていく彼の後姿を、遠くから見ていた。
その先には、彼を迎えに来たのだろう。
黒塗りの高そうな車。
運転手らしき紳士が、扉を開けて待っていた。
(ああ、本当に世界が違うんだな)
突きつけられた現実に泣きたくなった。
終わってしまう――。
もう二度と逢えなくなってしまう。
ふわり、ふわり。
踊る薄桃色の花びら越しに、彼の背中が小さくなっていき。
車に乗り込む直前。
ふと、悠が振り返った。
かなりの距離があったから、実際には違ったのかもしれない。
でも、彼が泣いているように見えて。
わたしは反射的に走り出していた。
「悠っ!!」
校庭の端からの大声は、悠の動きを止める。
全力疾走で彼の元までたどり着き、そのままの勢いで叫んだ。
「やっぱり終われない、悠が好き!」
傍に立つ運転手さんが、なにか言っていた。
でも、このときのわたしには、悠の姿しか見えていなくて。手を伸ばし、唖然とする彼のブレザーから、二番目のボタンを奪い取った。
ねえ、悠……知ってる?
「第二ボタンってね、戦地に向かう男の子が、分身として残したんだって」
心臓に近い、二番目のボタン。
それは、心だ。
「悠の心は、わたしが預かる」
今はまだ子供すぎて、企業のトップだとか経営者としての人生だとか、難しくて分からない。
でも、待ってて――。
「いつか必ず、悠を水の中に戻してあげるから」
言い捨てて、踵を返す。
「花っ!」
彼に呼ばれたけど、振り返らずに走った。
泣き顔を見せたくなかったから。
桃色に滲む春。
十八のわたしは、彼を縛っているのが『御曹司』という立場なのだと信じていた。
そうして四年後に――。
〝神谷悠として生きるのは、十八まで〟
あの日、海で別れを告げられたとき。
彼が血を吐くように絞り出した言葉の、本当の意味を知ることになる。
【第一部・高校生編 完】
第二部・社会人編 ~Coming Soon~
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