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第1部 高校生偏
はじめてのキス・1
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高校一年の夏、はじめて悠とキスをした。
* * *
「なーにしてんの?」
わたし以外、誰もいないはずだった。
休日の、それも夕方。
たったひとり、秘密の特訓だったのだから。
なのに。
夕暮れ時のプールに、男の声が響いた。
ビート板にしがみついて足掻いていたわたしは、一気にバランスを崩した。
「おいっ、大丈夫か!?」
水中に体が投げ出さるのと、男子高校生がプールに飛び込むのは同時だった。
水泳部員だろうか。彼はティーシャツに短パン姿だというのに、軽やかに泳いできて、わたしを水中から引きあげてくれた。
「もしかして泳げない?」
「ケホッ、は、はい……だから練習してて、すみません」
慌てて体を立て直したわたしは、むせながらも頭を下げる。
と――、彼の表情が変わった。
「めちゃくちゃ可愛いじゃん、一年生?」
「え……あ、はい」
知らない顔……多分、先輩なんだろう。
にしても、いつまで腕を掴んでいるのだろう。
不審に思っていると、彼は反対の手を腰に回してきた。
「俺は二年の八坂圭、そっちは?」
「いっ、一年の谷村花です」
答えながら逃げ出そうとする。
けれど男の力に叶うはずがない。
ましてや相手は水泳で鍛えたスポーツマンだ。
背中を嫌な汗が伝う。
「離して……ください」
「泳げるようになりたいんでしょ、俺が教えてあげる」
ニヤリと笑った八坂は耳元に口を寄せ「色んな方法でね」と、付け加えた。
血の気が引いた。
弱みを見せたら終わりだ。
決死の覚悟で顔を上げる。
「結構です!」
「俺さあ、水泳部クビになってムカついてんの。だから憂さ晴らし、付き合ってよ」
「大きな声、出しますよ」
「いいけど、こんな時間に誰か来ると思う?」
八坂の言うとおりだ。
創立記念で休校だったこの日。どうしても泳げるようになりたかったわたしは、水泳部の練習が終わるのを待って、プールに忍び込んでいたのだ。
夕陽に赤く染まる水面が揺れ。
「ね、俺と楽しいことしよう」
腰に巻き付いていた手が持ち上がり、わたしの胸を包み込んだ。
「やっ……やめて下さい」
恐怖と気持ち悪さで、喉が引きつれる。
逃げなきゃいけない。
頭では分かっているのに、体がピクリとも動かない。
嬉しそうに笑った八坂は。
「その顔……すげえ、そそる」
言いながら、唇を寄せてくる。
「やめっ――」
抵抗はあっけなく封じられ、乱暴に顎を掴まれた。
唇が気味の悪い生温かさに覆われる。
グニャリとした感覚とオスの匂いに、全身が粟立つ。
ファーストキスは運命の王子さまと。
なんて、そこまでの誇大妄想幻想を抱いていたわけではない。
でも、こんなのはあんまりだ。
悔しくて、あんまり悔しかったから。
押し付けたられた唇に、思いきり噛みついてやった。
「っ、痛ってえな」
顔を上げた八坂の唇に、血が滲んでいる。
(逃げなきゃ!)
踵を返したわたしは、水面をかき分け、必死に足を進める。
けれどもあっさりと背後から腕を掴まれ、同時に景色と音が変わった。
歪む視界、ゴボゴボと自分の口から吐き出される泡の音。
息苦しくなる前に、頭を押さえられ、水中に沈められたのだと分かった。
「騒ぐなって、言ってんだろうがよ」
八坂の声がくぐもって聞こえる。
肺の中の酸素が底をつき、次第に息苦しくなる。
いやだ――死にたくない。
父さん、母さん、助けて!
* * *
「なーにしてんの?」
わたし以外、誰もいないはずだった。
休日の、それも夕方。
たったひとり、秘密の特訓だったのだから。
なのに。
夕暮れ時のプールに、男の声が響いた。
ビート板にしがみついて足掻いていたわたしは、一気にバランスを崩した。
「おいっ、大丈夫か!?」
水中に体が投げ出さるのと、男子高校生がプールに飛び込むのは同時だった。
水泳部員だろうか。彼はティーシャツに短パン姿だというのに、軽やかに泳いできて、わたしを水中から引きあげてくれた。
「もしかして泳げない?」
「ケホッ、は、はい……だから練習してて、すみません」
慌てて体を立て直したわたしは、むせながらも頭を下げる。
と――、彼の表情が変わった。
「めちゃくちゃ可愛いじゃん、一年生?」
「え……あ、はい」
知らない顔……多分、先輩なんだろう。
にしても、いつまで腕を掴んでいるのだろう。
不審に思っていると、彼は反対の手を腰に回してきた。
「俺は二年の八坂圭、そっちは?」
「いっ、一年の谷村花です」
答えながら逃げ出そうとする。
けれど男の力に叶うはずがない。
ましてや相手は水泳で鍛えたスポーツマンだ。
背中を嫌な汗が伝う。
「離して……ください」
「泳げるようになりたいんでしょ、俺が教えてあげる」
ニヤリと笑った八坂は耳元に口を寄せ「色んな方法でね」と、付け加えた。
血の気が引いた。
弱みを見せたら終わりだ。
決死の覚悟で顔を上げる。
「結構です!」
「俺さあ、水泳部クビになってムカついてんの。だから憂さ晴らし、付き合ってよ」
「大きな声、出しますよ」
「いいけど、こんな時間に誰か来ると思う?」
八坂の言うとおりだ。
創立記念で休校だったこの日。どうしても泳げるようになりたかったわたしは、水泳部の練習が終わるのを待って、プールに忍び込んでいたのだ。
夕陽に赤く染まる水面が揺れ。
「ね、俺と楽しいことしよう」
腰に巻き付いていた手が持ち上がり、わたしの胸を包み込んだ。
「やっ……やめて下さい」
恐怖と気持ち悪さで、喉が引きつれる。
逃げなきゃいけない。
頭では分かっているのに、体がピクリとも動かない。
嬉しそうに笑った八坂は。
「その顔……すげえ、そそる」
言いながら、唇を寄せてくる。
「やめっ――」
抵抗はあっけなく封じられ、乱暴に顎を掴まれた。
唇が気味の悪い生温かさに覆われる。
グニャリとした感覚とオスの匂いに、全身が粟立つ。
ファーストキスは運命の王子さまと。
なんて、そこまでの誇大妄想幻想を抱いていたわけではない。
でも、こんなのはあんまりだ。
悔しくて、あんまり悔しかったから。
押し付けたられた唇に、思いきり噛みついてやった。
「っ、痛ってえな」
顔を上げた八坂の唇に、血が滲んでいる。
(逃げなきゃ!)
踵を返したわたしは、水面をかき分け、必死に足を進める。
けれどもあっさりと背後から腕を掴まれ、同時に景色と音が変わった。
歪む視界、ゴボゴボと自分の口から吐き出される泡の音。
息苦しくなる前に、頭を押さえられ、水中に沈められたのだと分かった。
「騒ぐなって、言ってんだろうがよ」
八坂の声がくぐもって聞こえる。
肺の中の酸素が底をつき、次第に息苦しくなる。
いやだ――死にたくない。
父さん、母さん、助けて!
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