上 下
2 / 25
第1部 高校生偏

はじめてのキス・1

しおりを挟む
高校一年の夏、はじめて悠とキスをした。



* * *


「なーにしてんの?」


わたし以外、誰もいないはずだった。
休日の、それも夕方。
たったひとり、秘密の特訓だったのだから。

なのに。
夕暮れ時のプールに、男の声が響いた。
ビート板にしがみついて足掻いていたわたしは、一気にバランスを崩した。


「おいっ、大丈夫か!?」


水中に体が投げ出さるのと、男子高校生がプールに飛び込むのは同時だった。

水泳部員だろうか。彼はティーシャツに短パン姿だというのに、軽やかに泳いできて、わたしを水中から引きあげてくれた。


「もしかして泳げない?」
「ケホッ、は、はい……だから練習してて、すみません」


慌てて体を立て直したわたしは、むせながらも頭を下げる。
と――、彼の表情が変わった。


「めちゃくちゃ可愛いじゃん、一年生?」
「え……あ、はい」


知らない顔……多分、先輩なんだろう。


にしても、いつまで腕を掴んでいるのだろう。
不審に思っていると、彼は反対の手を腰に回してきた。


「俺は二年の八坂圭やさかけい、そっちは?」
「いっ、一年の谷村花たにむらはなです」


答えながら逃げ出そうとする。
けれど男の力に叶うはずがない。
ましてや相手は水泳で鍛えたスポーツマンだ。
背中を嫌な汗が伝う。


「離して……ください」
「泳げるようになりたいんでしょ、俺が教えてあげる」


ニヤリと笑った八坂は耳元に口を寄せ「色んな方法でね」と、付け加えた。


血の気が引いた。
弱みを見せたら終わりだ。
決死の覚悟で顔を上げる。


「結構です!」
「俺さあ、水泳部クビになってムカついてんの。だから憂さ晴らし、付き合ってよ」
「大きな声、出しますよ」
「いいけど、こんな時間に誰か来ると思う?」


八坂の言うとおりだ。
創立記念で休校だったこの日。どうしても泳げるようになりたかったわたしは、水泳部の練習が終わるのを待って、プールに忍び込んでいたのだ。


夕陽に赤く染まる水面が揺れ。


「ね、俺と楽しいことしよう」


腰に巻き付いていた手が持ち上がり、わたしの胸を包み込んだ。


「やっ……やめて下さい」


恐怖と気持ち悪さで、喉が引きつれる。
逃げなきゃいけない。
頭では分かっているのに、体がピクリとも動かない。

嬉しそうに笑った八坂は。


「その顔……すげえ、そそる」


言いながら、唇を寄せてくる。


「やめっ――」


抵抗はあっけなく封じられ、乱暴に顎を掴まれた。
唇が気味の悪い生温かさに覆われる。
グニャリとした感覚とオスの匂いに、全身が粟立つ。

ファーストキスは運命の王子さまと。
なんて、そこまでの誇大妄想幻想を抱いていたわけではない。

でも、こんなのはあんまりだ。

悔しくて、あんまり悔しかったから。
押し付けたられた唇に、思いきり噛みついてやった。


「っ、痛ってえな」


顔を上げた八坂の唇に、血が滲んでいる。


(逃げなきゃ!)


踵を返したわたしは、水面をかき分け、必死に足を進める。
けれどもあっさりと背後から腕を掴まれ、同時に景色と音が変わった。

歪む視界、ゴボゴボと自分の口から吐き出される泡の音。
息苦しくなる前に、頭を押さえられ、水中に沈められたのだと分かった。


「騒ぐなって、言ってんだろうがよ」


八坂の声がくぐもって聞こえる。
肺の中の酸素が底をつき、次第に息苦しくなる。


いやだ――死にたくない。
父さん、母さん、助けて!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】

日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。 いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。 ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

私が一番近かったのに…

和泉 花奈
恋愛
私とあなたは少し前までは同じ気持ちだった。 まさか…他の子に奪られるなんて思いもしなかった。 ズルい私は、あなたの傍に居るために手段を選ばなかった。 たとえあなたが傷ついたとしても、自分自身さえも傷つけてしまうことになったとしても…。 あなたの「セフレ」になることを決意した…。

処理中です...