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大嫌いな君は夢を見る ~祥子編~ うどん県、ご当地青春LOVE

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*  * *

「なあ、銀紙少年のライブ行かへん?」
「行かん」
「早っ! なんや、まだ健太くんと喧嘩しとんの」
「別に、もともと関係ないし」


 夏が終わり、秋が過ぎ……冬。
 

 あれから健太とは、進路の話はおろか、雑談さえしていない。
 受験勉強でバイトは休止しているし、学校でも出来るだけ避けている。何度か話をしようと言われたけど断り続けたので、最近ではそれもなくなった。


 春になればアホ健太は、この退屈な町を抜け出して自由になる。


「なあ、このままでええの?」
「なにが」


 親友の高杉美也ちゃんはお節介だ。ことあるごとに、あたしと健太を仲直りさせようと画策してくる。


「なんで美也ちゃんは、あたしらをくっつけたがんの」
「だって、好きなんやろう」
「はあ!? 嫌いやし!」


 子供のころから、あいつには意地悪ばかりされた。
 苦手なヒキガエルをランドセルに乗せられたし、中学のときは、バンドの練習だと言っては掃除当番を押しつけられた。そうだ、好きだった先輩との仲を邪魔されたこともある。
 なんや知らんけど、いっつも隣にいて。アホなことばっかり言うて……あたしを怒らせて……。


「健太のこと、好きやなんてありえへん」


 言いながら、視界が歪んだ。
 水底に沈んだみたいに、美也ちゃんの顔が霞んで、しまいには嗚咽まで漏れる。


「ちょ、祥子!?」
「ごめっ……っく、なんで泣いてんか……分からっ……ううっ」
「ちょっと、おいで」


 強引に腕を引かれて、第2視聴覚室に押し込まれた。美也ちゃんの所属する天文部が使っているそこは、山積みの資料と大きな望遠鏡が部屋の大部分を占めている。


「ここなら誰も来んから、好きなだけ泣き」


 後ろ手で扉を閉める美也ちゃんが、あんまり優しいから、また涙が噴き出した。
 これじゃあ、まるで恋するJKだ。


「酷い顔やなあ。……タオルと氷持って来たるし、待っとき」


 さんざ泣き散らかしたあと。美也ちゃんが出て行くのを見送ってから、また少し泣いた。
 

 ようやく気がすんで、手首の付け根で涙を拭う。
 鼻をかみたかったけど、ティッシュペーパーがない。どこかにポケットティッシュが落ちてないかと室内を散策していると、入り口の戸が開いた。


「美也ちゃん、遅かっ……え……」


 心臓が大きく跳ねた。


「……よう」
「健太……なんで?」
「高杉が……、祥子が泣いとるから、行ったれって」


 ほんとうに、美也ちゃんはお節介だ。


「で、どうした」


 どうしたって……そんなの、あたしにも分からん。


「入っても、ええか」


 答えも聞かずに視聴覚室に足を踏み入れた健太が、そばまで歩いてくる。と思ったら、あたしを素通りして窓に張り付いた。


「おわっ、雪や!」
「え、うそっ、ほんまや!」


 窓の外にはホコリと間違うくらい儚い粒が舞っている。それでも、温暖な瀬戸内地方には珍しい。
 いつの間にか昼休みが終わっていたようで、校庭には誰もいなかった。


「雪、何年ぶりやろね」
「たしか……小6の時が最後?   けっこう積もったよなあ」
「あのとき健太。東小の子らと雪合戦で勝負したん、覚えとる?」
「忘れられんな、アレは」
「雪玉の中に石、仕込んでやり合ったけん、全員血だらけになったんよね」
「俺が言い出しっぺや言うて、親父にドツキまわされるわ、罰としてゲームソフト全部ほかされるわ、散々やったな」


 健太が笑いながら前髪をかき上げた。


「ほら、ここ。まだ傷が残っとるやろ?」
「えっ、ちょっ!」


 不意に顔を近づけられて、肩が跳ねる。
 巨大ポンプに吸い上げられたみたいに、体中の熱が頬に集まって――ん?


「健太?」
「な……なに意識しとんねん」


 意識しているのは健太のほうだ。あたしを避けるように、窓の外に視線を投げたけど、耳まで赤くなっているのを見つけてしまう。


「顔……赤いで」
「うるさい、祥子こそ鼻水垂れとる」
「あ、鼻かみたかったんや。ティッシュ持っとらん」
「俺がそんなん持つとるわけないや……って、おい、アホ、やめろっ!」


 健太のワイシャツをブレザーから引っ張り出して、チーンと鼻をかんでやった。
 裏切り者への制裁や。

 
 「うわあ、マジふざけんな、汚ねえが」


 慌ててブレザーを脱いだ健太は、部屋の隅にある水道でシャツの裾を洗いはじめた。


「ほんま、信じられん。普通、こんなんするか」


 あたしは表情筋を総動員して、嘘っこの笑顔を作る。


「頑張ってな。応援しとるけん」


 健太の動きが止まった。
 流水音が、冷たく室内を満たす。


「祥……子?」


 からくり人形みたいに振り返った健太に向けて、精一杯、笑みを深めた。


「ごめんな……ほんまは、羨ましかっただけなんよ」


 健太……あたし、上手に笑えとる?


「夢、あきらめんと、東京行き実現してしもうた健太のこと、格好ええと思う」


 熱に浮かされたみたいな顔をして、健太があたしに近づいてくるから、その歩みを止めるために声を張った。


「けどな健太、アンタは捨てるんや。おっちゃんも、うどん屋も。あたしのこともな」
「なら、祥子も一緒に――」
「あたしは健太とは違う。お母ちゃんもこの町も、よう捨てん」


 女手ひとつで育ててくれた、お母ちゃん。
 時間が摺り足で進む、田舎町。
 派手に波立つでも渦を生むでもない瀬戸内海。
 田舎くさい、磯と泥の匂い。
 昔話に出てくるみたいな、ポコンとした山々。
 溜池に群生する、ソーセージそっくりの蒲の穂。
   

 本当はそのどれもが、かけがえのない宝物やから。
 この海みたいに穏やかな毎日が、どんなに幸せなことか。
 もう、ずっと前から知っていたから――。


「あたしは、ここにおる」
「なら待っ――」
「そんで、他の誰かと結婚して幸せになる」


  健太は伸ばしかけた手を宙に浮かせたまま、時間を止めた。


 分かっとるんよ、ほんとは。
 待っとけって、迎えにくるから待っといてくれって、そう言いたかったんやろ?


 でもな、健太。うちら、もう子供やないん。
 少女漫画と現実は違うんよ。
  

 人の心は変わる。
 人はきっと寂しさに耐えられん。


 あたしたちは永遠を信じられるほど子供じゃないし、遠距離を埋められるほど大人でもない。
 甘い約束は、いつかきっと枷になる。


 だから今、あたしが健太に言うてあげられるんは、これだけや。


「健太なんか大嫌いや。けど……絶対に夢、叶えてな」


 健太はしばらく奥歯を噛んでたけど……やがてコクリとうなずいた。


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