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大嫌いな君は夢を見る ~祥子編~ うどん県、ご当地青春LOVE
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* * *
「お疲れさまでーす」
「祥子ちゃん。おいなりさんと醤油豆の天ぷら、持って行くか?」
「ありがと。お母ちゃん醤油豆好きやし、喜ぶわあ」
バイト先のうどん屋『一源』の大将が、惣菜入りの紙パックを渡してくれた。
「お母ちゃんの調子、どんなんや?」
「もうええみたい、明日からは仕事行くって」
「ほおか、そりゃよかった」
「じゃあおっちゃん、また明日」
暮れかけた戸外へ飛び出そうとすると「ちょい待ちいな」と、呼び止められる。
「健太ぁ! 祥子ちゃん送ったれ」
おっちゃんが階段の上、作業場に向かって声を張りあげた。
「ええよ、まだ七時やん。ひとりで大丈夫やで」
「防災無線で不審者が出た言うとったし、なんかあったらいかんけんの」
おっちゃんと問答している間に、憮然とした表情で階段を降りてきた健太が、粉まみれの前掛けを外して、フンと鼻で笑う。
「祥子が不審者のことを襲わんよう、監視しとけってか」
「なんてぇ!」
「アホなこと言うてんと、早う送っちゃれ」
「へえい」
『一源』の跡取り息子、塚本健太は嫌な奴だ。ルックスだけは無駄にいいけど、中身は最低最悪。日々あたしをムカつかせてくれる。
親同士の仲がよいというだけで、多くの時間を共有させられ、小中学校は学区の関係で仕方がないにしても、高校まで一緒になってしまった。もちろん示し合わせたんじゃない。合格発表当日、掲示板の前に健太のバカでかい背中を見つけたときには、この高校を受験したことを激しく後悔したものだ。
「ほら、早う乗れや」
「……」
しかめっ面の健太に言われ、あたしも同じような顔で自転車の荷台に飛び乗った。
「飛ばすし、つかまっとけよ」
「……」
右手だけ伸ばしてシャツをつまむ。
「くっそ、あちぃ……」
自転車を漕ぐ健太のシャツがしっとりと濡れ、汗の匂いがした。
「汗……キモい」
「はあ、ふざけんな、祥子が重いからやろうが!」
「クラスで二番目に細いわ、ボケ」
「そうか、なら着太りするんやな、ブタ」
悪態をつきながら、真夏の夕日にキラキラと光るアスファルトの道を走る。
何百回、何千回と繰り返された日常。
ふと、頭をよぎった。あと何回、こうして健太の自転車の後ろに乗るんだろうって。
「限界や、降りろ」
「ヘタレ」
「うるせえ、ちょっと歩くぞ」
坂道の途中で降ろされる。
「なあ、祥子、おまえって進路希望出した?」
「まだ……でも、文理女子短大と穴川専門の保育かな」
「やっぱり保母さんになるんやな」
「うん。いろいろ考えたけど……健太はええよな、悩むまでもないし」
不意に健太が黙り込んだ。
頭上でヘリコプターの轟音が響く。
嫌な予感がした。
「なんやの……その顔」
「……」
わずかに顎を突き出して自転車を押す彼の、見慣れたはずの横顔が知らない人みたいに見えた。
坂のてっぺんに辿り着くと、健太が足を止めて眼下に見える海を睨みつける。
1分……2分……。
無言で立ち尽くす健太の隣で、あたしも、ただ海を見ていた。
そうして、遠くに見える夕焼けが、燃えるような赤を最後の一滴まで海面に絞り出してから。
「俺……東京、行く」
健太はそう言った。
「え、なんて」
沈殿していた時間が、ゾワリと動いた。
「せやから、高校卒業したら東京行くって」
「待って……だって……うどん屋どうするんよ」
「うどん屋にはならん、聡らと東京行って音楽続ける」
健太がボーカルを務める『銀紙少年』は、高校生バンドながら、小規模なファンクラブを持っている。学生バンドの全国大会で準優勝した際には、華がある上に実力派だと話題になった。
けど、だからって――。
「聞いとらんし」
「うん、メンバー以外はじめて言うしな」
健太、あんた、なんで……なんで笑っとるんや。
唇の端を持ち上げる健太が、猛烈に憎たらしくなった。
「健太のアホ、勝手にしたらええ!」
「おい、待てって」
胸の奥から熱いものがせり上がって、目頭を圧迫した。
むかつく、むかつく、むかつく。
前カゴから鞄をひっつかみ、坂を駆けおりる。
「祥子、危ないし、走んなや」
「うるさい、ついてくんな」
「止まれって!」
自転車で並走する健太に、腕を掴まれた。振り解いたはずみにバランスを崩したのか、後方でガシャンと音がする。でもあたしは振り返らなかった。祥子と呼ぶ声を無視して、走り続けた。
なにをこんなに怒っているのか。
ただ……背骨が抜け落ちるみたいな喪失感を振り払いたくて、無茶苦茶に走り続けた。
「お疲れさまでーす」
「祥子ちゃん。おいなりさんと醤油豆の天ぷら、持って行くか?」
「ありがと。お母ちゃん醤油豆好きやし、喜ぶわあ」
バイト先のうどん屋『一源』の大将が、惣菜入りの紙パックを渡してくれた。
「お母ちゃんの調子、どんなんや?」
「もうええみたい、明日からは仕事行くって」
「ほおか、そりゃよかった」
「じゃあおっちゃん、また明日」
暮れかけた戸外へ飛び出そうとすると「ちょい待ちいな」と、呼び止められる。
「健太ぁ! 祥子ちゃん送ったれ」
おっちゃんが階段の上、作業場に向かって声を張りあげた。
「ええよ、まだ七時やん。ひとりで大丈夫やで」
「防災無線で不審者が出た言うとったし、なんかあったらいかんけんの」
おっちゃんと問答している間に、憮然とした表情で階段を降りてきた健太が、粉まみれの前掛けを外して、フンと鼻で笑う。
「祥子が不審者のことを襲わんよう、監視しとけってか」
「なんてぇ!」
「アホなこと言うてんと、早う送っちゃれ」
「へえい」
『一源』の跡取り息子、塚本健太は嫌な奴だ。ルックスだけは無駄にいいけど、中身は最低最悪。日々あたしをムカつかせてくれる。
親同士の仲がよいというだけで、多くの時間を共有させられ、小中学校は学区の関係で仕方がないにしても、高校まで一緒になってしまった。もちろん示し合わせたんじゃない。合格発表当日、掲示板の前に健太のバカでかい背中を見つけたときには、この高校を受験したことを激しく後悔したものだ。
「ほら、早う乗れや」
「……」
しかめっ面の健太に言われ、あたしも同じような顔で自転車の荷台に飛び乗った。
「飛ばすし、つかまっとけよ」
「……」
右手だけ伸ばしてシャツをつまむ。
「くっそ、あちぃ……」
自転車を漕ぐ健太のシャツがしっとりと濡れ、汗の匂いがした。
「汗……キモい」
「はあ、ふざけんな、祥子が重いからやろうが!」
「クラスで二番目に細いわ、ボケ」
「そうか、なら着太りするんやな、ブタ」
悪態をつきながら、真夏の夕日にキラキラと光るアスファルトの道を走る。
何百回、何千回と繰り返された日常。
ふと、頭をよぎった。あと何回、こうして健太の自転車の後ろに乗るんだろうって。
「限界や、降りろ」
「ヘタレ」
「うるせえ、ちょっと歩くぞ」
坂道の途中で降ろされる。
「なあ、祥子、おまえって進路希望出した?」
「まだ……でも、文理女子短大と穴川専門の保育かな」
「やっぱり保母さんになるんやな」
「うん。いろいろ考えたけど……健太はええよな、悩むまでもないし」
不意に健太が黙り込んだ。
頭上でヘリコプターの轟音が響く。
嫌な予感がした。
「なんやの……その顔」
「……」
わずかに顎を突き出して自転車を押す彼の、見慣れたはずの横顔が知らない人みたいに見えた。
坂のてっぺんに辿り着くと、健太が足を止めて眼下に見える海を睨みつける。
1分……2分……。
無言で立ち尽くす健太の隣で、あたしも、ただ海を見ていた。
そうして、遠くに見える夕焼けが、燃えるような赤を最後の一滴まで海面に絞り出してから。
「俺……東京、行く」
健太はそう言った。
「え、なんて」
沈殿していた時間が、ゾワリと動いた。
「せやから、高校卒業したら東京行くって」
「待って……だって……うどん屋どうするんよ」
「うどん屋にはならん、聡らと東京行って音楽続ける」
健太がボーカルを務める『銀紙少年』は、高校生バンドながら、小規模なファンクラブを持っている。学生バンドの全国大会で準優勝した際には、華がある上に実力派だと話題になった。
けど、だからって――。
「聞いとらんし」
「うん、メンバー以外はじめて言うしな」
健太、あんた、なんで……なんで笑っとるんや。
唇の端を持ち上げる健太が、猛烈に憎たらしくなった。
「健太のアホ、勝手にしたらええ!」
「おい、待てって」
胸の奥から熱いものがせり上がって、目頭を圧迫した。
むかつく、むかつく、むかつく。
前カゴから鞄をひっつかみ、坂を駆けおりる。
「祥子、危ないし、走んなや」
「うるさい、ついてくんな」
「止まれって!」
自転車で並走する健太に、腕を掴まれた。振り解いたはずみにバランスを崩したのか、後方でガシャンと音がする。でもあたしは振り返らなかった。祥子と呼ぶ声を無視して、走り続けた。
なにをこんなに怒っているのか。
ただ……背骨が抜け落ちるみたいな喪失感を振り払いたくて、無茶苦茶に走り続けた。
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