戦国LOVERS~まるで憎しみあうような愛でした~

猫田けだま

文字の大きさ
上 下
6 / 11
鬱金の章

しおりを挟む
気おされるな、名ばかりとは言え、私が総大将なんだから。
引き連れた軍兵の命は、ひとつたりとも消してはならない。

「悪かった、もう大丈夫」

帰蝶は言って、傍らの薙刀を握る。
程なく現れた使者は、黒い頭巾ですっぽりと顔を隠していた。敵陣に乗り込んでいるというのに、緊張感というものが微塵も感じられない。さらに不気味なことに、悠然とこちらに歩いてくると、寸分の迷いなく帰蝶を見据えた。

「へえ、女が総大将か」

隣に松永が居る状況で、なぜそれを見抜いたのか。気味の悪さを隠し、帰蝶も堂々と答える。

「いかにも……お主が織田の使者と言うのは誠か」

男が薄く笑った。かと思うと、腰の刀を投げてよこす。

「人払いを」

丸腰になるから、サシで話をさせろという意味だろう。大胆不敵な行動に、松永でさえ驚いて言葉を失っている。
危険は承知だった。だがこの男の話しを聞かねば、なにも始まらない。

「松永、下がって」
「危険すぎます」
「いいから」
「なりませぬ、私もお傍に」
「松永……これは命令です」

引くわけにはいかない。戦地に赴いてしまっているのだから。
誰も死なせない……絶対に。
帰蝶は心に固く誓って、もういちど低くつぶやいた。

「……下がれと言っている」

鬼気迫る表情。それは間違いなく、斎藤を率いる大将のものだった。
松永がぐっと唇を噛み、頭を下げる。

「なにかあれば、すぐに飛び込みます」

使者を一睨した松永が立ち去ってから、使者は地面に片膝を立てた格好で腰を下ろした。
手にした薙刀の柄を握りなおす帰蝶。

しばしの沈黙の後、使者は頭巾を一気に剥ぎ取った。

「なっ……お主」

まさか――こんな事があるのだろうか。
帰蝶の心臓は、落雷を受けたように衝撃を受ける。

目の前で、挑むようにこちらを見つめる男。帰蝶はその容姿と伝え聞いた記憶を、必死にすり合わせた。
頭上で無造作に結ばれた伸び放題の髪、切れ長で目尻の下がった意志の強い瞳、薄く引き締まった唇、そして上背の高さ。この男……噂に聞く信長の特徴そのものではないか。

「……もしや上総介殿か」

帰蝶の掠れ声に答え、男が口の端を上げて頷いた。

主君である信長が、敵陣にたったひとりで乗り込むなど、常軌を逸している。なにを考えているのだ。尾張統一を目前に、今、切られれば全てが終わりではないか。

「上総介殿は、本物の大うつけか」

帰蝶の言葉に、信長が声を立てて笑った。

「夫に向かってうつけとは、聞き捨てならんな」

そして捕らえた獲物を甚振るような目をした信長は、ゆっくりと続けた。

「ようやく逢えたな、帰蝶」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

鬼嫁物語

楠乃小玉
歴史・時代
織田信長家臣筆頭である佐久間信盛の弟、佐久間左京亮(さきょうのすけ)。 自由奔放な兄に加え、きっつい嫁に振り回され、 フラフラになりながらも必死に生き延びようとする彼にはたして 未来はあるのか?

恐妻と愛妻は紙一重

shingorou
歴史・時代
ピクシブにも同じものをアップしています。帰蝶様に頭が上がらない信長公の話です。

天正十年五月、安土にて

佐倉伸哉
歴史・時代
 天正十年四月二十一日、織田“上総守”信長は甲州征伐を終えて安土に凱旋した。  長年苦しめられてきた宿敵を倒しての帰還であるはずなのに、信長の表情はどこか冴えない。  今、日ノ本で最も勢いのある織田家を率いる天下人である信長は、果たして何を思うのか?  ※この作品は過去新人賞に応募した作品を大幅に加筆修正を加えて投稿しています。  <第6回歴史・時代小説大賞>にエントリーしています!  皆様の投票、よろしくお願い致します。  『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n2184fu/ )』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891485907)』および私が運営するサイト『海の見える高台の家』でも同時掲載

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

【短編】輿上(よじょう)の敵 ~ 私本 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 今川義元の大軍が尾張に迫る中、織田信長の家臣、簗田政綱は、輿(こし)が来るのを待ち構えていた。幕府により、尾張において輿に乗れるは斯波家の斯波義銀。かつて、信長が傀儡の国主として推戴していた男である。義元は、義銀を御輿にして、尾張の支配を目論んでいた。義銀を討ち、義元を止めるよう策す信長。が、義元が落馬し、義銀の輿に乗って進軍。それを知った信長は、義銀ではなく、輿上の敵・義元を討つべく出陣する。 【表紙画像】 English: Kano Soshu (1551-1601)日本語: 狩野元秀(1551〜1601年), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

処理中です...