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群青の章

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時は戦国。
野望渦巻く混沌こんとんの世。

若く凛々しい鬼がひっそりと重い腰を上げ、歴史は大きく動き出す。

織田 三郎信長おだ さぶろうのぶなが

彼が元服し、幼名・吉法師を改め、こう呼ばれたころ。世はこの男を『尾張おわりの大うつけ』と呼び、後に戦鬼せんきと呼ばれ、天下統一に王手をかけるとは、想像すらできなかっただろう。


* * *


輝く光が肌を刺す昼下がり。
尾張の国。那古野城なごやじょうから城下町へと続く、青々とした土手。
初老の侍が、これまた初老の雄馬を走らせつつ声を張り上げた。

「若、お戻り下さい、若――!」

その眼差しの遥か前方、黒々とした毛並みの雄馬をあやつる若者は、織田 三郎信長。太陽の祝福に身を晒し、一陣の風のごとく駆けてゆく。
ただしその出で立ちは、上等な黒馬におよそ似つかわしくないものだ。

ボロで丈の短い着物。片方の肩は大胆に抜かれ、半身が剥き出しになっている。腰紐の代わりに巻かれた荒縄には、瓢箪やら火打ち袋、様々な物がぶら下がり、伸びた髪が頭のてっぺんで無造作に束ねられている。
その姿は平民というよりは……奇っ怪、大馬鹿者。

だがしかし、目尻の下がった一重の瞳は熱く輝き、きっちりと引き締まった薄い唇と奇妙に調和して、不思議な魅力を醸し出している。
美しい筋肉を纏った腕が織りなす、華麗な手綱捌き。風と共に駆けて行くさま。彼が発する光が尾を引いて、その軌跡を輝かせた。

信長は高台まで走り続け手綱を引いた。ひらりと馬上から飛び降り、熱を帯びた芝にあぐらをかいて座る。
視線の先、眼下に広がるのは、活気に満ちた城下町。彼はしばらく街並みを眺め、ごろりと寝そべった――と、そのとき。

「若!」

初老の武士が追いつき、年のわりには軽い身のこなしで馬から飛び降りた。

「戯れが過ぎますぞっ!」

顔を真っ赤にして声を張り上げるが、信長は寝そべったままニヤリと笑う。

「じい、遅かったな」
「いい加減になされよ。あなたご自身の婚礼の最中だとお分かりか。美濃みのの姫君をお迎えする為に、この平手ひらて、どれだけ力を尽くしたことか……ううっ」

じいと呼ばれた男、平手は今にも泣き出さんばかりにまくし立てると、その場に膝をつき絶望を体現する。

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